体育館裏というのは一種の聖地である。
 大概の学校において職員室から見えない位置にあるせいか、はたまたその薄暗さが彼らを呼び込むのかは知らないが・・・そこはいわゆる不良と呼ばれる人々の生息地となっているのだ。
「ったく・・・おもしろくねぇな!」
 それはここ、六合学園でも変わりはない。
「そうだよなあ・・・なんか俺達って無茶苦茶浮いてるもんな。ここじゃ」
 少年達は二人して肩を落とし煙草を吹かす。
「だいたいよぉ、ここの奴らって何であんなに喧嘩が強ぇんだ?俺達が全っ然怖がられねぇじゃねぇか!普通不良つったらよ、はみ出し者だけど一般生徒に恐れられてるから好き放題できるもんじゃねぇか?」
「・・・言うな。こんな化け物だらけの学校を選んじまったのが悪ぃんだよ・・・」
 ため息と共に吐き出した紫煙の向こうにゆらりと人影が浮かんだ。
「ん?」
 思わず目を凝らした少年がぽかんと口を開けた。その口から煙草がぽたりと落ちる。
「で、でけぇ・・・だ、誰だてめぇ・・・」
「はっはっはっはっは!」
 人影は馬鹿笑いと共に跳んだ。
「ぬわっ!?」
 刹那、少年の首をぶっとい二の腕がなぎ倒す。
「う、ウェスタンラリアット!?」
 叫んだ少年の背後にゆらりと人影が移動した。
「早い!」
「はっはっはっはぁっ!」
 人影・・・筋肉質の男は少年の腰を両腕でホールドした。そしてそのまま少年を真後ろへと投げ落とす。
「バックドロッ・・プぅぁっっ!?」
 地面に叩き付けられて伸びた少年を見下ろし男は腕組みをした。
 地面に伸びた二人を見下ろすその顔に満足げな笑みが浮かぶ。
「うむっ!絶好調ぅぅぅぅぅぅぅ!」
 男は右腕を高々と天に突き上げて吠えた。
 
 暑苦しい。

『・・・もうやだ・・・転校しよっかな・・・      不良A』


「ねぇねぇ、例の噂知ってる?」
 美樹は隣でかき揚げ蕎麦をすすっている恭一郎に勢い込んで問いかけた。
「何の噂だ?」
「あれよ。連続暴行事件。あちこちで生徒が謎の大男に襲撃されてるんだって」
「あ、私それ知ってるよ」
 美樹の言葉に葵はキツネうどんのあぶらあげをいじくる手を止めて大きく頷く。
「えっとね、マイナー系の部活を中心に被害者は既に32人。加害者については一様に『絶好調』と叫んでいたという証言しかないの」
「絶好調、ねぇ」
 恭一郎はさして興味なさげに呟いた。
「あれ?あんま興味ないの?バトルマニアのあんたが」
「あのなぁ。俺はあくまでも剣術修行の一環として喧嘩してるんであってべつにそれが好きってわけじゃねーの。そいつが剣かなんかを使うんならともかくな。ってどうなんだ葵」
 葵は懐から取り出したメモをペラペラめくって首を振る。
「ううん。素手だったって。プロレス技を使うらしいよ?」
「プロレス研の連中の腕試しかなんかじゃねぇのか?30人抜きっつーのはかなりすげぇけどよ」
 恭一郎のあいかわらず興味なさげな台詞でその話はうち切られた。
 その時は。

『絶好調・・・まさかなぁ・・・   風間恭一郎』


 エレガントの為に生き、エレガントの為に死す。
 常人には理解すらできないその信念に青春を燃やす男達が居る。それが六合学園エレガント部である。
「ふっ・・・廊下をただただ歩く僕も限りなくエレガントさ・・・」
 その部長である綾小路薫はエレガントな歩法で廊下を突き進みながらうっとりと呟いた。
「おや、北村君に南山君」
 前方に後輩二人を発見した綾小路は優雅な仕草で髪を掻き上げる。
「あ、部長!今日もエレガントですっ!」
「そりゃもう、むっちゃエレガントです!」
 挨拶代わりに叫ぶ後輩達に笑顔を返し綾小路はエレガントに口を開こうとした。
 だが・・・
「危ないっ!避けたまえ!」
 その口からは鋭い警告の声が放たれ、同時に綾小路は後輩二人を突き飛ばしていた。
「きゃあっ!?」
 悲鳴と共にガラスが割れる音が響く。
「絶・好・調っっっっっ!」
 一瞬前まで後輩達が居た位置で綾小路はそれを見た。
 窓を突き破り、自分に向けて突っ込んでくる和服の男の足の裏。
「くっ・・・!」
 何とかガードした腕越しにドロップキックを喰らって綾小路は勢いよく吹き飛ばされた。
「ぶ、部長!」
「大丈夫ですか!?ああ!吹き飛ぶ部長もエレガントですっ!」
 駆け寄ってきた後輩二人を制して綾小路はよろよろと立ち上がった。多少よろけていてもその仕草はエレガントだ。
「ふむ、婦女子を庇う姿勢見事なり。しかし、その後の防御まことに稚拙」
 男はえらそうに腕組みをして呟いている。
「ふっ、エレガントなこの僕を・・・」
 台詞が途切れた。茶色の着物を着た、信じられないほど筋肉質な男。その頭部を包むけばけばしい色のマスクに思わず絶句してしまったのだ。
「君は、とことんまでエレガントじゃないな・・・」
 いささかげっそりした様子の綾小路に男は高笑いを上げた。
「故あって顔を隠さねばならんのでな!それよりどうだ?まだ戦えるのか?」
「ふっ・・・このエレガントな僕が逃げるとでも?よりによってレディを襲った貴様から?冗談はよしてもらおう!」
 優雅な仕草で腰のレイピアを抜き払った綾小路に後輩二人は卒倒しそうな勢いで目を輝かせた。
「ああああああああっっっっ!部長!もうなんちゅーかエレガントです!」
「そりゃもう死ぬほどエレガントです!ふぅぅぅぅぅぅぅっっ・・・」
 男は腕組みをとき、両腕を軽く開いた姿勢で仁王立ちになった。
「うむ!その意気や良し!かかってきたまえ!」
「後悔しないで貰おう!たああああっっっ!」


『部長っ!エレガントです! 部員AB』


「ちょっと恭一郎!聞いた!?」
 練習場に駆け込んできた美樹の大声に恭一郎は振り上げていた蹴り足をそのままに振り返った。
「・・・肉抜きのチンジャオロースはチンジャオロースって言わないんじゃねえか?」
「・・・言うのよ。金のないときはね」
 出会い頭のボケに律儀に突っ込む美樹に満足しながら恭一郎はあらためて体ごと振り返る。
「で、何の話だ?」
「あ、そうよそうよ。あのエレガント男が昼に話したプロレス男に負けたんだって!」
 思わぬ話に恭一郎は傍らでタオルを差し出す葵と顔を見合わせた。
「エレガント男さんって、綾小路さんのことだよね?」
「だろうな。あいつ、馬鹿だが剣の腕はいいぞ・・・そう簡単に負ける奴じゃないんだが」
 美樹はコキンと首を傾げる。
「なんか、直前に腕にダメージを受けたのが敗因であって実力じゃないってエレガント部の一年生が叫んで回ってたわよ?」
 ふむと頷いて恭一郎は考え込んだ。
「奴ほどの使い手が負けたとなると・・・いよいよ怪しいな・・・」
「?・・・恭一郎、まさか心当たりがあるの?」
 美樹の問いに僅かに苦笑する。
「いや、まさかな。先輩も冗談半分だったし・・・気にすんな」
「ふぅん」
 
『いくらなんでも・・・なぁ・・・   風間恭一郎』


「副将!来ました!奴ですっ!」
 剣道部棟二階、一軍用練習場で正座のまま目を閉じていた中村愛里に伝令の一年生は息を切らせながら報告した。
「・・・わかった」
 呟いて愛里は裾を払い立ち上がる。
「先輩から聞いてはいたが、まさか本当だったとは・・・」
 隣に控えていた部員から愛用の竹刀を受け取って深呼吸をする。
「よし!皆は手を出すな!被害が大きくなるだけだ!」
 凛とした声で叫んだ瞬間、勢いよく練習場のドアが開いた。
「総出での出迎え、恐れ入る」
 和服の覆面男は腕組みのまま不敵に笑う。
「・・・趣味の悪い」
 不機嫌そうに呟く愛里にはかまわず男はずんずんと練習場に踏み入った。
「そこをどきたまえ。剣道部部長、稲島貴人に用がある」
「あいにくだが部長は外出中だ。もし居たとて、すんなり通す剣道部だとは思うまい?」
 言い放ち竹刀を構える愛里に男の笑みが深くなる。
「その意気や良し。ならば婦女子とて容赦せぬ。前進制圧するのみ」
「・・・六合学園剣道部が副将、中村愛里参る!」
 叫ぶが早いか愛里は滑るように間合いを詰めた。
「ふむ、縮地か・・・素晴らしい鍛錬だな」
 呟く男の鳩尾へと愛里は全力で突きを打ち込んだ。
「貰った!」
「どうかな?」
 声が交錯する。そして・・・
 ビンッ!
 鈍い音を立てて吹き飛んだのは愛里の竹刀だった。
「ふ、腹筋で跳ね返した!?」
 信じられないと言うように叫んだ愛里に男はそれまでとはうって変わったスピードで掴みかかる。
「甘いッ!」
 愛里は素早いバックステップから後ろへの縮地に繋いではじき飛ばされた竹刀に追いついた。
 素早く竹刀を拾い上げて振り返った愛里の目が点になる。
「は?」
 男が何故かでんぐりがえしをしていたのだ。
「奮っ!」
 ごろりと転がった男はそのまま凄い勢いで愛里に飛びかかってきた。顔の前でクロスした腕から突っ込んでくる。
「おおっ!フライングクロスチョップだ!」
 部員の誰かが叫んだ声を聞く余裕もなく愛里は反射的に竹刀を投げていた。
 ゴツン。
 鈍い音を立てて竹刀は男の眉間に突き立った。
「むうっ」
 顔をしかめたまま飛んできた男の体を愛里はギリギリでかわして飛び退く。
「ば、化け物め・・・」
 思わず呟いた愛里に男はニヤリと笑いながら立ち上がった。
「流石は剣道部だ。よい判断をする」
 その手に、愛里の竹刀がある。
「くっ・・・」
 愛里は唇を噛みしめた。あの場合しょうがなかったとはいえ、これはまずい。
「剣道部副将、中村愛里に問う」
「・・・なんだ?」
 じりじりと間合いを整えながら愛里が聞き返すと男は腕組みをした。
「貴殿、何を護るために戦っておる?」
「は?・・・剣道部のために決まっているだろう」
 眉をひそめる愛里に男は首を振る。
「違うな。ワシにはわかる。貴殿、何か違う者・・・ワシが襲うであろう誰かを心配して戦っておるな?」
「ち、違う!違うぞ!」
 思わず叫んだ愛里をよそに剣道部員達は一斉に手を打った。
「ああ、風間恭一郎のためか」
「ぬばっ!?馬鹿者!そんなわけがあるか!なんていうか、その、違うっ!」
「風間恭一郎とは、剣術部部長で無双流の男か?」
 あわてふためく愛里にかまわず男は部員の一人に声をかける。
「無双流ってのはしらねっすけど、剣術部っすよ」
「こら馬鹿!何を和やかに話しておる!」
 男は満足げに頷き、まだ手に持っていた竹刀を丁寧に床に置いた。
「成る程。ならば当初の予定通り奴を試しに行くとするか・・・」
 そして愛里を無視して一階への階段に向かう。
「くっ!総員攻撃っ!剣道部を襲撃してきた奴をただで帰すわけにはいかん!」
 愛里の号令と共に部員達は一斉に男へと襲いかかった。
「行くぞみんな!姉御の愛のために!」
「おおっ!純愛万歳っ!」
「ばばばば馬鹿者どもっ!そうじゃないって言っとるだろうが!」


『わはははははははっ!絶・好・調!   謎の覆面男』


「・・・やはり、私一人になるとしても日本に残らせて貰うか・・・?」
 ぶつぶつと呟きながら歩いていたエレンは剣術部練習場に続く道を歩いている不審人物に眉をひそめた。
「おいそこの極めて怪しい覆面男!剣術部に何のようだ!」
「む?」
 振り返った男はすっと目を細める。
「ふむ・・・剣術部部員、エレン・ミラ・マクライトか。ちょうど良い。今貴殿の部活を襲撃しようと思っておったところだ」
「!?・・・あちこちの部活を襲って回っているのは貴様か!」
 エレンは叫びながら荷物を投げ捨て背負っていた竹刀を抜きはなった。
「敵と見れば即臨戦態勢、武人として良い心構えだ」
 男は両腕をやや開いて仁王立ちになる。
「一つ聞くが、貴殿がワシと戦うのは部のためか?それとも風間という男のためか?」
「愚問!剣術部と殿は私にとって同意!殿ある限り剣術部も有り、剣術部有るところに又殿もいらっしゃる!」
 エレンは叫びを残して男に飛びかかった。
「とうりゃあああっっ!」
 超高速の三連付きを腹に喰らった男はニヤリと笑う。
「よい踏み込みだ。だが、未熟!」
「な!?」
 微動だにしない男に唖然とした隙にエレンは竹刀を叩き落とされてしまった。
「奮っ!」
 男はエレンにのしかかりその両肘を外側から自分の肘で固定し、一気にブリッジすることで投げ飛ばした。ダブルアームスープレックスである!
「きゃあっ!?」
 背中から地面に落ちたエレンはぐったりと気を失った。

『殿・・・申し訳ございません・・・  エレン・M・マクライト』


 恭一郎はふと気配を感じて顔を上げた。
「どうしたの恭ちゃん?」
 となりでお茶を入れていた葵の問いに答えず無言であたりを見渡す。
「みー、居るんだろ?出てこいよ」
「は?みーさん?」
 雑誌を読んでいた美樹の声を遮るように天井から何かが落ちてきた。
「恭一郎、お届け物」
 音も立てずに着地したみーさんはゆっくりと立ち上がり肩に担いでいたものをどさっと床に置く。
 気絶したままのエレンを。
「生ものだからお早めに・・・」
「何を!?ねぇみーさん何を早く!?」
 全力で突っ込む美樹をよそに恭一郎はエレンを揺さぶった。
「・・・ぅぅ」
「着物を着たやけにでかい男にやられたか?」
 うめき声を上げて目を覚ましたエレンに低い声で尋ねる。
「・・・はい」
 悔しげに頷くエレンの頭を一つ撫でてから恭一郎は奥歯を噛みしめた。
「奴だ・・・間違いない。そうだろ?みー」
「うん、わりとそんな感じ」
「そ、そんな・・・」
 みーさんの返事に葵は口を押さえておののく。
「あのー、なんか状況がつかめないんすけど?」
 ジト目の美樹に恭一郎はカリカリと頭をかいて見せた。
「いや、俺もまさか二年連続でこんな事をしでかすとは思ってなかったんだよな」
「うん。ホントに毎年やってたんだね」
 頷く葵に美樹はさらに視線を冷たくする。
「だから、なんなのよ一体」
「・・・予算編成」
 みーさんはぽつりと呟いた。
「は?」
「だから、予算編成だよ。来年度の」
 恭一郎はそう言って苦笑した。
「この六合はむやみやたらに武道系の部活が多くて盛んだろ?辻試合が公認されてるくらいにな・・・だから、どうしたって予算は足りなくなる。練習場もだ。だから毎年学年末にどのくらいの戦闘力があるか調査が行われるんだそうだ」
「は!?じゃあ一連の襲撃は・・・」
 唖然とした美樹の言葉に葵は重々しく頷く。
「私が調べた限りでは襲撃された生徒は全員何らかの武道系部活に所属してたよ・・・何カ所かは直接部室が襲撃されたっていうし・・・」
「しかもだ。去年通りだとしたら調査してる奴がまたとんでもねぇんだよ」
 恭一郎は苦々しげに呟いた。
「確か、和服のプロレス男だよね?」
「・・・ぜっこうちょうなんだよ」
 恭一郎の言葉に美樹はいぶかしげに首を傾げる。
「絶好調がどうしたの?」
「違う。・・・絶校長だ・・・」

 ひゅぅぅぅぅぅぅぅぅ・・・・

 あたりを沈黙が支配した。
「まて!俺が言い出したんじゃねえぞ!去年奴がそう言ってたんだからな!」
「その通りっ!」
 恭一郎の弁明を野太い大声が引き継いだ。
「まさに今!絶・校・長!」
 剣術部練習場の扉を大きく開け放ち、和服に覆面の大男が仁王立ちになっていた。
「・・・ちなみに名前は豪龍院醍醐」
 みーさんの平坦な声に答えて男・・・校長はむんっとビルドアップした。
「ちっ・・・もうきやがったのかよ・・・」
 恭一郎は嫌そうに呟いて立ち上がった。
「きょ、去年はどうしたのよ。勝ったんでしょ?」
「・・・俺が吹き飛ばされたところで葵が割って入った。んで、あいつが引き上げて終わり」
 不機嫌そうな恭一郎の声に校長は笑顔を浮かべた。
「そこな少女の勇気に感服したまでよ。風間恭一郎!この一年でどの程度腕を上げたかこのワシに!絶校長、豪龍院醍醐に見せてみよ!」
「言われるまでもねぇ。うちの部員に手ぇ出したんだ。そっちがやらねぇっていっても俺はやる!」
 叫んで木刀を構えた恭一郎と数歩の間合いを取って校長は両手を軽く前に出した対打撃戦スタイルを取った。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 ジリジリと間合いを整える両者の均衡が一気に弾ける。
「奮ッ!」
「覇ッ!」
 校長の裏拳をしゃがみ込んで回避した恭一郎はそのまま校長の腹めがけて横一文字の斬撃を放った。
 ドンッ!
 重い音がするが校長は姿勢一つ乱さず恭一郎の腕を掴む。
「ちっ!」
「絶好調っ!」
 一瞬後には恭一郎の体が宙を舞っていた。高速の一本背負いで叩き付けられた恭一郎の体が床の板をきしませる。
「恭ちゃん!」
「・・・大丈夫。今のは受け身が取れてた」
 今にも飛び出しそうな葵を胸に抱え込んでみーさんは冷静に解説する。
「糞っ。化け物かてめぇは・・・どういう腹筋してるんだよ・・・」
 起きあがって呟く恭一郎に校長はワハハと笑う。
「ワシは今、絶好調だからな」
「うーむ・・・」
 なにやら首を傾げる美樹をよそに恭一郎は校長に飛びかかった。
「てやぁっっ!」
 右肩へ打ち込む動きをフェイントに左肩へと本命の斬撃を繰り出す。
 ドスッ・・・
 音は鈍いが校長の表情はちらりとも変わらない。
「甘いぞ風間恭一郎!」
 痛覚が無いかのように平然と掴みかかってくる校長の腕をひらりとかわして恭一郎は奥歯をぎりぎりと噛みしめた。
「ちっ・・・これじゃ去年と同じパターンじゃねぇか・・・」
「絶好調・・・」
 美樹はなにやら悩んでいる。
「奮ッ!」
 今度は校長が動いた。飛び込み前転のような動きで恭一郎の背後を取りガシッとその腰を掴む。
「恭ちゃん!」
「まかせとけって!」
 恭一郎は叫びざま木刀を投げ捨て、あいた両手で背後の校長の腋をくすぐった。
「うひゃふぅ!?」
 妙な笑い声をたててゆるんだ腕から自分の体を引き抜き恭一郎は床の木刀を足でぽんっと跳ね上げて掴む。
「取りあえずピンチ脱出」
「こんな抜け方をされたのははじめてだわい」
 校長と恭一郎は互いに不敵な笑みを浮かべながらジリジリと様子をうかがいあう。
「うーん。なんかさっきからひっかかってるのよねぇ・・・」
「何なのだ側室・・・真剣勝負の途中なのだぞ」
 首をひねる美樹をエレンはうるさそうに仰ぎ見た。
「いや、何かさっきから気になるんだけどね・・・」
 言ってる間にも恭一郎と校長の舌戦は続く。
「長引かせるのも何だからな・・・次で決めてやるぜロートル野郎!」
「ふっ!このワシに!絶好調のワシに勝てるかな!」
 叫び大きく手を広げる校長に恭一郎は木刀を腰溜めに構える。
「わかった!」
 その瞬間、美樹は大声で叫んだ。
「豪龍院醍醐!あなたは六合『学園』の長なんだから『学園長』よっ!だから校長じゃないし絶好調じゃない!あえて言うなら絶学園長よ!」
 風が舞った。
 沈黙。
 なんだか、色々と痛い沈黙。
「側室・・・馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、まさかそこまで・・・」
 あきれかえったエレンの声が、なにやら弱々しい声に遮られた。
「そ、そんな馬鹿な・・・ワシは絶好調にはなれないのか・・・」
「はい?」
 ポカンとしたエレンの声を無視して美樹は豊かな胸を反らす。
「ふっ・・・残念だったわね・・・余人ならいざ知らず、この天野美樹の目は誤魔化せないわよ!あなたは断じて絶好調じゃない!」
 びしっと突きつけられた指に校長・・・いや、学園長は思わずよろめいた。
「今よ恭一郎!」
「お、おう・・・」
 恭一郎は半ばひきながらも学園長に飛びかかった。
「い、いかん!」
 慌てて筋肉を引き締める学園長に凶悪な笑みを向ける。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄あああああっっ!喰らいやがれ!」
 筋肉をしならせ、床をこするような下段から振り上げられた木刀が学園長の脇腹を抉る。
「くっ・・・」
 爆発的な腹筋でそれを押し返そうとした学園長の顔が驚愕に歪んだ。
「な、何!?」
「絶技、天照ノ剣ッッッッ!」
 恭一郎は咆哮と共に剣を振り上げた。
「のおおおおおおおっっっっっ!」
 その壮絶な衝撃を受けた学園長の体が浮いた。高く吹き飛ばされた巨体が天井にぶつかり反動で床に激突する。
「ぬおっ!?ぷばっ!?」
 二度、三度と跳ねてから学園長は動かなくなった。
「流石にこれでも平気ってわけにゃいかんだろ」
 恭一郎はニヤリと笑ってから美樹にぐっと親指を突き出す。
「つーかあんたっってやっぱり化け物ね」
 言いながら親指を突き出し返し美樹も同じような顔で笑った。
「恭ちゃん、おつかれさま」
 駆け寄ってきて濡れタオルを差し出す葵の頭を意味もなくグリグリと撫でながら恭一郎は汗を拭く。
「恭一郎、ここ十年で唯一の予算争奪戦勝者」
 みーさんの声に美樹はコキンと首をひねった。
「そういや、これって予算かかってるんだっけ・・・」
「うむ。その通りである」
「じゃあこれで剣術部の予算は潤沢にってうわああ!?」
 美樹は思わず飛び退いた。いつのまにか学園長が立ち上がっていたのだ。何事もなかったかのように。
「あ、あれ喰らって立つか普通!?」
 流石にぞっとした様子の恭一郎の肩を学園長はその分厚い手のひらでぽんっと叩いた。
「なあに、ワシに怪我をさせるつもりで撃っとればさしものワシの筋肉も防ぎきれんかっただろうて。貴殿は素晴らしい武人である」
 ポカンとしている一同をよそに学園長はパチンと指を鳴らす。
「沢木っ!」
「はい学園長」
 どこからともなく現れたスーツの女性に学園長はかぶっていたマスクをはずして渡した。
「今年度の活動調査はこれにて終了とする。ワシは帰るぞ」
「はい学園長」
 恭しく例をする女性を残して学園長は悠然と歩き出した。
「そうそう」
 剣術部練習場を出たところでふと足を止める。
「来年も楽しみにしておるからの」
 そう言ってニカッと笑い、学園長は今度こそ歩み去った。
「・・・もうよせって。疲れるから・・・」
 残されたのはげっそりとした一同とクールな表情で立っているみーさんと沢木という女性。
「・・・沢木。学園長秘書」
 そのみーさんの呟きに頷いて沢木は恭一郎に向き直った。
「さて、剣術部部長風間恭一郎様。慣例により武術系部活動査察をトップでクリアーされた部活には要望を何でもかなえる権利が与えられます。よほど無茶なことでなければどのような事でも我々スタッフが手配しますが、何を望みますか?」
 思いがけない言葉にエレンと美樹が顔を見合わせた。
「どんなことでも・・・」
「かなえてくれるの?」
 葵は傍らの恭一郎を見上げた。頭上の顔はたいしてうれしそうでもない。
「恭ちゃん、どうするの?」

『・・・そうだな。じゃあ、こうするか・・・  風間恭一郎』


 恭一郎はあくびを一つしてごろりと床に転がった。板張りの床からほんのりと熱が伝わってきて暖かい。
「ねー恭一郎。よかったの?こんなんで」
「あん?」
 恭一郎は首を巡らせて傍らで雑誌を読んでいる美樹に顔を向ける。
「その気になれば他の練習場に・・・あのでっかい剣道部練習場にだって移れたんでしょ?床暖房程度でよかったわけ?」
 そう。恭一郎の希望は剣術部練習場の床に・・・それもはじっこの方だけに床暖房を導入して貰うことだったのだ。
「いいんだよ。俺はこの練習場に愛着があんだからよ」
「せめて床全部に床暖房入れるとか・・・」
 美樹の言葉に素振りをしていたエレンが呆れたように振り返った。
「おまえは馬鹿か側室。激しい運動をするのだぞ。壊れたらどうする」
「・・・ま、それもそっか」
 呟いて再びファッション雑誌に目を落とす美樹を盗み見てから葵は恭一郎の耳元にそっと口を寄せた。
「ありがと、恭ちゃん・・・前に私が座ってるときに寒いって言ってたの、覚えてくれてたんだね・・・」
 恭一郎は軽く顔を赤らめてからごろんと寝返りを打って葵から顔を背ける。
「・・・俺もここで寝ころんでるとき寒かったからな」
「ふふふ・・・」
 葵は軽く笑みを浮かべて、それからふと顔を暗くした。


『・・・今回は・・・私、何もできなかったな・・・  神楽坂葵』