本日六十三回目の『暑い』が美樹の口から放たれた。
「・・・これで美樹が一位に踊り出たぞ」
恭一郎はボソボソと呟いて壁にかけてあったホワイトボードに向かい、キュッとマジックで『正』の字を書く。字になっているのが十二、不完全なものが一つ。
「ふっふっふ、バーゲンラックのアイス、楽しみでス」
床に転がったままそれを見上げてやや引きつった笑顔を浮かべたのは蓮花。
「・・・心頭滅却・・・練氣発現・・・ぅ・・・駄目だ・・・気が散る・・・」
一人座禅を組み、耐え、そして挫折したのは愛里。三人とも恭一郎の住む安アパートの同居人である。
「・・・なんでこんなことになっちゃったんだろ・・・」
呟いた美樹に残りの3人の視線がざっくり突き刺さった。
「あ、あたしのせい?せいだっての?」
「でハ、現場の状況、再現するデすよ」
蓮花はふらふらと立ち上がり、肩のあたりまでのびる薄いピンクの髪が顔にかからないよう適当に結い上げた。
「くらくらするデす・・・」
発音のおかしい呟きとともに壁にへと手のひらをあてて目を閉じる。
「nutshr・・・」
気の抜けたような、だが不思議と頭に響く声。それが空気に溶けると同時に壁がぼんやりと輝いた。
「こレが、今朝の映像その1デす」
大き目のテレビくらいのサイズに凝縮された光は写真のような鮮明さでその映像を映し出した。
恭一郎を起こそうと布団を剥ぎ取る美樹の姿。
「そしてこレが、今朝の映像その2デす」
その布団の中、パンツ一枚しか身につけていない恭一郎と猫のように丸まって寄り添う愛里。ただし全裸。
「・・・こら」
「れれれれれ蓮花!な、なんてもの映すのだ!」
額を抑えてうめく恭一郎と真っ赤になって詰め寄ってくる愛里を無視して蓮花はパチリと指を鳴らした。
「で、こレがその3デす」
金属バットを振り回す美樹とそれを回避するあられもない姿の二人、ついでに部屋の隅で壁にもたれてうとうとする蓮花。カメラへのぶいサインは忘れない。
「その結果、こうなリまシた」
振りぬかれたバット、身を低くしてそれを回避した恭一郎。
・・・そして、その身代わりとなって直撃を受けた背後のブレーカー。
「おマけです」
ブレーカー、爆発四散。
「ちょ、ちょっと待った!爆発はしてないでしょうが!」
「でも、壊したのはおまえだよな?」
「だ、だって!なんでいきなりあーなわけ!?愛里さんの羞恥心やら倫理観はどこへ!?寝る時は確かに服着てたじゃん!その、したあとで!」
絶叫を聞いた愛里は真っ赤になったまま心外そうに顔をしかめる。
「失敬な・・・別段私とて好きであんな状態だったわけではない」
「きょういちろサンに、剥かレたですね?」
「愛里は、何時までたっても初々しくてなあ・・・」
妙に朗らかな顔でぐっと親指を立てる恭一郎の姿に美樹の瞳が炎と燃えた。
「何よそれ!?あたしらは飽きがくるっての!?そもそも恭一郎が愛里ばっか構うのが元凶ってこと、わかってんの!?」
「あ、そレはレンも思うデす」
のほほんと挙手して同意する蓮花と美樹の視線が恭一郎に集中する。
「い、いや、まあ一応俺は愛里が一番だといつも主張してるわけで・・・」
「恭一郎・・・」
コリコリ頭をかく恭一郎と照れ照れととろけまくる愛里の姿に美樹の脳内でブツリと理性の糸が切れる。
ちなみに、一日三度は切れる。
「そう思うならあたしらを喰うなぁっ!」
「くうなー」
「おまえらのことも好きなんだからしょうがねぇだろうがっ!」
身勝手な一喝に、しかし美樹と蓮花はなんとなくはんにゃりとして怒りを納めてしまう。惚れた弱みという奴だ。
「第一・・・それはそれとしてだ・・・この危機的状況とは、関係ねぇだろ・・・」
「・・・そね」
「・・・あツいデす・・・あ、言っちゃたデす」
「51回目だな・・・」
愛里はマジックでキュッとホワイトボードに書き込みその場に崩れ落ちた。
「ああ、しかし流石にこれはつらい・・・」
「恭一郎、ここはプライドを捨てて葵ちゃんに頼もうよ。お抱えの電気屋さんとか回してもらえばいいじゃん」
大の字で倒れた美樹の言葉に恭一郎はため息とともに首を振る。
「駄目だ。昔ならともかく、今はボディーガードなんだからな。あんまり頼ったり頼られたりはまずい」
「きょういちろ、大馬鹿だと思うデす。心の距離、離れたら守ルどころ、ないデす」
「そよ。だいたいあんたらがそんな割り切った関係になれるわけ無いじゃない。冷たくしたって反動で葵ちゃんがここに転がり込んでくるとかそんな未来しか待ってないわよ。絶対」
複雑な表情で窓枠に腰掛け、恭一郎は遠くを眺めたまま応えない。
「あんたと愛里は神楽の双剣。葵ちゃんはあんたらを包む鞘、誰が欠けたってろくなことにならないよ。あんたらはさ」
「・・・私は恭一郎の為だけに存在している。申し訳ないとは思うが、葵さんと恭一郎の両方が危機に陥れば恭一郎を守る。神楽の剣とは言えない」
静かに呟き、愛里は微笑む。美樹はニヤリと笑い返し、しかし指をちっちと横に振る。
「でも、その恭一郎は守るとなったら葵ちゃん重視で、葵ちゃんはみーさんに愛里の警護を命じてる、と」
「ぐるぐる、きっちり護りあってるデすね〜」
蓮花はニコニコと笑い、ポンと手を打って呪文を唱えた。
「UVR・VTRSYR・・・」
声が消えると共に小さな氷が合わせた手の平に生まれ、心地よい冷気が伝わってくる。
「ひゃっこいデす・・・」
「!」
「!?」
「っ・・・!」
空気が、変わった。
「レン!貴様独り占めかァッ!」
「氷!こ、氷だとっ!?そんなことができるならば早くやらんか!」
「蓮花!それをおねーさんに渡しなさいっ!」
鬼。
鬼がおる。
それも3人。
「わ、わっ!?駄目デす!媒介無しでまほー使うのは疲れるデす!無制限じゃないデすから!」
「問答無用・・・神技!虚空雷鳴!」
蓮花が振り払おうとした恭一郎の手か揺らめいて消える。超高速の動きと完全な静止を組み合わせることで幻影を見せる神楽坂無双流の秘技である。
「よっしゃ!氷ゲット!」
「させないわよ!ジマー直伝、無拍子!」
漣花が空振りした隙にもぎ取った氷のかけらが、いきなり弾き飛ばされた。それを為したのは一本の金属バット。意識の死角を通って打ち込まれたみ見えない一撃を放ったのは美樹だ。
・・・ちなみにこの技の開発者は現在東京圏最強と名高い暗殺者だったりする。
「だが、瞬発力では私に軍配が上がる・・・閃華撫子!」
空中を舞う氷のかけらに手を伸ばした一同の視界を黒い影が横切った。恭一郎ですら気をつけないと見失いかねない超高速で駆け抜けた愛里の手にはしっかりと氷の欠片。
・・・ハイレベルだ。
武術に携わるものならば誰でも目を見張るであろう奥義のオンパレード。
あまりにハイレベルな技の応酬が、ここにあった。積み上げてきた研鑚のぶつかり合いが、そこにあった。
ただ一欠片の氷を、独り占めするために。
「よぅし!いい度胸だ愛里!神技の2番3番、その身に刻めコラァ!」
「不意打ちは無影式の得意技ッ!あたしを舐めてると痛い目みるわよ!っつうかみさせる!」
「うー!レンが作った氷、とっチゃ、嫌デす!」
「来るがいい!高速戦闘の世界ならば負けはしない!」
対外種戦闘組織、神楽機関。その実戦部隊長。
同じく、遊撃部隊長。
最近はテレビでもおなじみになった武闘派突撃ジャーナリスト。
そしてドクタークラスを習得の正式な魔術師。
豪華キャストによる能力の無駄遣い極まる決戦が始まろうというその時・・・
「恭ちゃ〜ん」
のどかな声と共にアパートのドアがノックされた。
「今の声は・・・!?」
重いがけぬ声に唐突に恭一郎の動きがビクリと止まる。
「はぷっ!?」
「ちょ、恭一郎!いきなり止まんないでよ!」
いきなりの動きに愛里と美樹があいついで激突し、上空から襲い掛かってきた愛里は胸へ、低い姿勢でタックルをしかけてきた美樹はやんごとなき下半身へすがりつく形になった。
「わー、わー、ずるいデす!レンも、レンも〜!」
杖を片手に隙を狙っていた蓮花が背中におぶされば、女の子ツリー、完成。
完成させてどうする。
「恭ちゃ〜ん?あけるよ〜?」
「ま、待て葵ッ!」
悲痛な叫びを無視してガチャリとドアが開き・・・
「え・・・」
「い、いや、葵さん、これは違うのだ!」
「あ、あはははは!葵ちゃ〜ん、おひさ〜」
「葵お姉さマ、こんにちはデす」
声の交差が虚しく響く。
沈黙。1秒、2秒、3秒・・・
「お・・・お邪魔しました・・・」
入ってきたプロセスを逆回しにするように表情を変えず葵はドアを閉めた。
「ま、待て葵!多分それは誤解だ!」
慌てて恭一郎はまとわりつく三人を引き剥がして・・・そっと床に横たえてからダッシュ。
「フォロー、丁寧デす」
「うるせ!・・・葵!」
背後の蓮花に言い捨ててドアを開けると、葵はそこで耳を両手でふさいでうずくまっていた。
「・・・葵?」
その手を引き剥がすと困ったような笑顔が振り返る。
「あ、気にしないで。30分ほど、ここで蟻さんでも観察してるから・・・」
「変な気遣いしてんじゃねぇ。さっさと入れって」
「う〜」
葵は難しい顔で恭一郎を見上げた。
「私・・・はじめてで多人数はちょっと・・・」
「・・・・・・」
恭一郎は物凄い笑顔で葵の頭を鷲掴んだ。
「ほぅら葵〜、六合の空手部に伝わる折檻だぞ〜」
「い、いた、きょ、恭ちゃん、これほんとに痛い〜」
そのまま吊り上げられた葵の悲鳴にため息をついて恭一郎はその小柄な身体を床に戻した。
「ったく、そういうネタをするな。おまえは清純派なんだから、うちの淫乱派に感化されるんじゃねぇっての」
「う〜ん、わりと本気なんだけどな〜」
「というよりも、私もい、いん・・・その、そっち派なのか?」
ドアから首を出して微妙に落ち込んだ表情を見せる愛里に恭一郎は苦笑混じりで肩をすくめる。
「昼は淑女、夜は・・・言わぬが花」
「ある意味恭ちゃんの理想だね・・・私も頑張らなくちゃ」
後半は聞こえぬよう小さく呟いて葵はぐっと拳を握って気合を入れる。
「てゆーか、あんたら、中入ったら?」
呆れ顔の美樹の声に従い葵と恭一郎は室内へ戻った。
「わ、暑〜い!恭ちゃん、なんか、物凄く暑いよ?」
瞬間。
恭一郎と美樹の目にピキーンと閃光が走った。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人してホワイトボードに歩み寄り、無言でそこに『葵』の文字と線を二本引く。
「恭ちゃん?なに、それ?」
「・・・その言葉を言われるとな・・・よけい暑くなって来るんだ・・・」
「・・・夕方までに一番多く言った奴が全員にバーゲンラックでアイスおごるのよ。バケツの方で。ちなみに恭一郎、一回分追加ね。これで並んだわ・・・」
キュッとマジックを鳴らせて線を引く美樹に恭一郎は喉の奥で唸り声を上げ、窓際にへたりこむ。
「で・・・どした?葵。今日は特に予定があるとは聞いてねえけど」
「うん、遊びに来ただけだよ。座っていい?」
「どうぞデす。葵お姉さマ」
蓮花の持ってきた座布団に礼を言って座り、葵はきょろきょろとあたりを見渡した。
「あー、やっぱりエアコン壊れてる〜」
「いや、壊れたのはブレーカーだ。おかげで冷蔵庫の中身も全滅・・・修理は頼んだんだが、18時過ぎまでこれねぇときた・・・そこまで、なんとしても耐えなくちゃならねぇんだよ・・・」
「そレで、美樹ねーサんがNGワードシステムを考えたデす。みんナ、のりのりデす」
蓮花はそう言ってコテンとその場に転がった。
「あたし発案なのに負けそうなのあたしなのよ〜。くっ、このままじゃ終わらないわよ!?」
「ふふふ・・・精神修練の差だな、美樹。私の勝ちは揺ぎ無い」
「ああ、ラムレーズンが、呼んでるデす」
「ちょ!バニラとかの安い奴にしてよ〜!」
賑やかな、というより騒がしいやり取りに葵は首をかしげた。10秒ほどして、逆側に首を傾げなおす。
「・・・みんなで外に出かければいいんじゃないかな?」
ピタリ。
動きを止めた馬鹿4人。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙し、じっとこちらを見つめてくる一同に葵は引きつった笑みを浮かべる。
「あ、あはは・・・何か問題あるんだよね、きっと・・・ごめんね、よけいなこと言ったよね・・・」
「・・・総員、着替え開始」
恭一郎は首を振りつつ呟いた。その声に答え、愛里達はのそのそと着替えをはじめる。
「・・・恭ちゃん」
「頼む、何も言うな。言わないでくれ・・・みじめな俺達に・・・」
暗黒太極拳の如きゆらゆらとした動きで着替える恭一郎の背後で美樹はぼそりと呟いた。
「ったく・・・なんで誰も気づかないかな・・・」
「・・・美樹だって気づかなかっただろう」
「レンは、勝負にいしょーけんめいになってタのが、原因、思イます」
その言葉に愛里はじとっと美樹の方へ視線を送る。
「ま、またあたしだっての!?さすがにちょっと責任転嫁じゃない!?」
「・・・そうだな。すまない・・・」
愛里はためいきと共に着替えを続行。
「?・・・妙に物分りがいい・・・あっ!?どさくさにまぎれてあんたさっきの氷持ちっぱなし!」
「・・・・・・」
ぴくりと震えた愛里に葵以外の視線が突き刺さる。
「・・・・・・」
愛里は握り締めていた氷の欠片が溶けきるまでその場に立ち尽くし・・・
『愛里さん、こういうときは作戦245号だよ!』
葵からのアイコンタクトに大きく頷きポーズをとった。首を軽くかしげてちょっと上目遣い。手は腰の後ろで軽く組む。そのままちょっとだけ舌を出して・・・
「・・・てへっ?」
「誤魔化されるかぁああああっ!っていうか、葵ちゃん!変な作戦吹き込まないっ!」
「・・・いい」
「・・・いいデす」
回避、ヒット、ヒット。
「あ、あんたらは・・・」
どこか違う国へ旅立った二人に歯噛みして美樹はズビッと愛里へと指を突きつける。
「エニかく!(注:anyhow+ともかく)あたしはそんなんじゃ誤魔化されないわよ!そもそも意識的に萌えを振りまくとは悪辣極まりない!」
「む・・・さりとて、恭一郎を自分の所に繋ぎとめる為には多少の芸も必要というのは美樹の台詞だろう」
「そうデす。昨日の晩も見せテくれた秘技、びっくリしたデす」
「あー、あれか・・・美樹。嬉しいことは嬉しいんだけどよ、うちの風呂狭いし、ありゃあちょいつらくないか?」
「しゃ、シャラーップ!黙れ黙れ黙れ!」
右手で恭一郎の喉を、左手で蓮花の頭蓋骨を掴んだ美樹はそれを全力で握り締めた。
「み、美樹!二人の骨からペキペキと異音が聞こえるぞ!?殺す気か!?」
「殺すのよ!」
「殺すなよ!」
恭一郎は視界がブラックアウトしそうな酸欠の中、何とかそれだけ叫び美樹の右肘を指で弾いた。
「なぅっ!?」
瞬間、神経に直接響く衝撃に右腕全体から力が抜けた(命名:風間電撃)。恭一郎はその機を逃さず部屋の端までひと跳びで逃げ延びる。
「うぅ、vjsmfr!」
それを見て蓮花も集中攻撃される前に声をあげた。ぽんっ!と軽い破裂音と共に煙がまきおこる。
「にゃー」
その煙の中から現れたのはピンクっぽくも見える白の毛並みを持つ猫だった。同時にパサリと連花の着ていた服が床に落ちる。
「かわいー。連花ちゃん、おいでー」
葵に招かれて猫はぴょんっとその腕に納まった。少し怯えのまじった目で美樹を見上げる。
「くっ・・・どいつもこいつも人外魔境な・・・」
「美樹。おまえの行動も、人外だと思うのだが」
冷静に評する愛里の台詞に葵はくいっと首をかしげた。
「で、結局美樹さんの秘技ってなんなの?さっきお風呂がどうとか・・・」
「こ、子供はそんなことに興味持っちゃいけません!」
「わ、私、美樹さんと同い年じゃないカナ同い年じゃないカナ・・・」
二回言うな。そしてわかる人だけわかってプリーズ。
「まあ、元ネタがわからないギャグほどつまらないものはないんだけどな・・・」
「どうしたの?恭ちゃん」
首を傾げる葵の頭をぽんっと撫でて恭一郎は肩をすくめた。
「気にするな・・・む」
そして、昔から変わらぬ自分の行動にちょっと眉をひそめる。
「・・・ほら、変えられるわけないのにね。心臓にはいつもお世話になってるからちょっと距離を置いてみよう!とかいうのと同レベルなんだからさ」
「何の話?」
きょとんとした葵に恭一郎は一瞬だけ躊躇ってから苦笑する。
「いや・・・おまえを選べなかった俺がこんなにもおまえの近くに居るのは間違いではないのか、ってな」
素直に告げると、葵はう〜んと考え込んだ。
「確かに、私にだって恭ちゃんを独り占めにしたいなぁって思いはあるよ?でも、それと同じくらい、恭ちゃんが好きだって想いをみんなとわかちあうのも、嬉しいことだから」
「合法ハーレム、デすね」
蓮花の混ぜっ返しを聞き流しながら恭一郎はもう一度ぽんっと葵の頭に手を置いた。
この小柄な少女・・・いや、いまや少女というには、少々大人びてきた・・・が、己の世界の全てだったころが、確かにあった。
世界そのものを相手にしても良いと思えたあの情熱は、確かに今も有る。
だが。
「すまねぇな。大事なものが、いっぱいできちまって・・・それが、やっぱ嬉しいんだよ。俺も・・・」
愛里が、美樹が、蓮花が、それぞれの笑顔を浮かべる。そして葵が昔から変わらぬ微笑で見上げてくれる。
誇れることといえば剣を振るうことしかない自分には過分なほどの・・・
「ほら、なんかしんみりしてないでさ、着替え終わったんだからさっさと行こうよ恭一郎!」
「元に戻っテ・・・そうでスね。暑いのはもう嫌デす・・・って、また言っちゃったデす」
「ふふ・・・そうだな。CherrySnowにでも行かないか?冷たい甘味フェアーをやると言っていたぞ?恭一郎」
だから、恭一郎はいつも通りに笑って指を鳴らす。
「よし、いっちょ派手に繰り出すか!みー!居るんだろ?おまえも出て来い」
「ん」
例によってどこからともなく降って来るみーさんも加え。今はまだ、にぎやかに皆と行ける道を行く。
できればずっと続いて欲しい。
たとえばそんな、おだやかな夏の午後。