それは、美樹の何気ない一言から始まった。

「あのさあ」

 うららかな昼下がり、いつものように学食に集まっていた一同を見渡して美樹は首をかしげる。

「この学校って、番長は居ないのかな」

 思いがけない言葉に恭一郎はなめこ蕎麦をすするのをやめて顔をしかめて見せた。

「番長って・・・あの番長のことか?」

「そ。下駄とか履いてて夏でも長ラン着てて・・・あ、もちろん裏地には龍とか刺繍されてんの。んでもって一人称が<ワシ>だったりして、裏とか表とか居るあの番長!」

「・・・側室。もういい加減言い飽きてきたのだが・・・本気で頭の中身をどうにかしたほうがいいのではないか?」

 やれやれといった調子で言ってくるエレンに美樹はむぅっと口を尖らせる。

「なんでよぉ。だってこの学校よ?居てもおかしくないじゃない」

 恭一郎たちはその言葉を否定しようとしてふとお互いの顔を見て黙り込んだ。この狭いテーブルにさえ剣士が3人、猫耳が一人、元工作員が一人、万能スポーツ娘一人。

「・・・否定、できんかもしれんな」

 愛里はやや引きつった顔で呟く。

「まあ、別に居たからってどうってこともねえんだけどな」

「駄目でしょうがそんなこと言っちゃ!」

 苦笑いしながら恭一郎が口にした言葉に美樹は激しく首を振った。

「あんたも漢なら頂点を目指さなきゃ!母さん、そんなチキンに育てた覚えないわよ!?」

「奇遇だな。俺も育てられた覚えはねぇな・・・っと!」

 恭一郎はあきれたように呟き箸を持った手を閃かせる。

「あっ、酷っ!」

 最後に食べようとしていたエビフライを掠め取られて美樹は涙目で叫んだ。

「殿!見事なお手前です!」

「そう言うあんたの卵焼きもらったぁっ!」

「くぁあっ!側室!よくも!」

 

 

『・・・ばんちょー。居る、聞いたな・・・     御伽凪観衣奈』

 

 そして午後の授業も滞りなく過ぎ、HR

「はじめるでー」

 相変わらずやる気のない声と共に担任は教室に入ってきた。おしゃべりに興じていた生徒たちが席に戻るのを見届けてから教壇に立つ。

「さて・・・」

 実に久しぶりの登場に感慨など覚えながら担任は生徒たちを見渡し・・・

「気ぃつけて帰り、じゃ」

 それだけ言い残してさっさと教室を出て行った。

「相変わらず楽でいいよなぁ」

「教師としてあれでいいのか疑問は覚えるけどね」

 恭一郎と美樹はそんな言葉を交わしながら空っぽの鞄を手に立ち上がる。

「よいしょっと。準備出来たよ恭ちゃん」

 こちらはきちんと教科書とノートを鞄に収めた葵に頷き、恭一郎はぐぃっと伸びをした。

「じゃあ今日も一発汗をかくかぁ!」

「なんか卑猥ね。その言い方」

 とりあえずつっこみを入れた美樹が窓の外へ視線をうつしたのは特に意味があってのことではなかった。天気がよかったからとりあえず眺めていた・・・その程度の。

 だが。

 何気なく眺めたそこに、紐が一本たれていた。

「・・・なにこれ?」

 美樹は首をひねりながら窓を開け、その紐を手にとってみる。緑色の、頑丈そうな紐・・・と言うよりロープだ。

「ねぇ、なんだろ?これ・・・」

「・・・俺は知ってるんだけどな・・・それ、とりあえず持ってないほうがいいぞ?」

 やれやれといった様子の恭一郎の言葉に美樹は顔中に疑問符を浮かべてロープを手放した。

 その瞬間。

「あろーはー」

 抑揚のない声と共にみーさんがそのロープを滑り降りてきた。

「・・・一応説明しておいてやると、そのロープは登山用の実に頑丈なロープだ。みーの奴がそれで屋上へ行くのを何度か見たことがある」

 恭一郎が肩をすくめて見守る中、みーさんは開け放たれた窓からひらりと教室に入ってきた。

「ちなみに、すかーとの下はぶるまだから大丈夫」

「・・・いや、そういうレベルの問題じゃないし」

「今日も葵は可愛いから何もかも問題なし」

 謎のガッツポーズをとるみーさんとの会話に疲れて口を閉じた美樹に代わって今度は葵が首をかしげる。

「それで、どうしたの?みーさん。そんなに急いで」

「うん、それ」

 パチンと手を打ち鳴らしみーさんは窓の外を指差した。

「さっきのこと、情報入った。で、教えに来た」

「さっきって?みーさんと最後に会ったのはお昼だから・・・」

 “それ”に思い当たり、葵はなんとなく口を閉じる。

「おい、みー・・・ひょっとして・・・」

「うん。番長、発見〜」

 

 

『・・・まぢ?     天野美樹』

 

 

 みーさんの先導で恭一郎たちはあまり人気のない校舎裏へとやって来ていた。

「見知らぬ秘境を突き進む我々の前に現れるのは一体何なのだろーかー」

「なんでノリが謎の生物探索なわけ?」

 つまらなそうに呟く恭一郎に美樹はずどんと突っ込みの裏拳を打ち込む。

「だってよぉ、番長発見って言われたってなぁ。本当におまえが言ってたような奴なら笑えるけどよ、今の時代せいぜいこの学校の不良どもの元締めってだけだろ?」

「殿の言う通りだぞ。たかだか20人そこらの集団をまとめている男など、大したものではない」

 何故か胸を張って自慢気に言い放つエレンに美樹はジト目を向ける。

「そー思ってんなら何で見に来てんのよあんたたち」

「・・・まあ、暇つぶしというかなんというか」

「うーん、本当に居るんならちょっと見てみたいかなぁ・・・とか」

 葵の言葉にみーさんはくるっと首だけ振り向いた。足が止まらないあたりが結構怖い。

「気をつける、良い。噂によると番長が歩いた後、立っているものは居ない、言われてる」

「・・・そんな強いなら俺も話くらい聞いてそうなもんだが」

 恭一郎の言葉にみーさんはぶんぶんと首を振る。

「大丈夫。葵、可愛い」

「いや、本当に会話が成立してないし・・・え?」

 頭をかきながら呟いた美樹は思わず硬直した。いや、美樹だけではない。恭一郎も、エレンも、のんびり屋の葵さえもその場に足を止め、目を見開いてそこを見つめる。

 校舎裏・・・いわゆる不良たちのワンダーランド。タバコと学ランがよく似合う場所。

 そこに、彼らはいた。

「・・・えっと?」

 美樹は意識しないうちに呟いた。

 目から入ってきた情報が頭の中で一つ一つ消化されていく。

「なんじゃ?貴様らは・・・」

 そう言って立ち上がった男は下駄を履いていた。

その長身を包むのは、六合学園の制服はブレザーであるという事実を無視して足元まである丈の長い学ランだ。風に翻りちらりと見えた裏地には龍と虎。

目深にかぶった学帽はつばに切れ込みが入っておりそこから片方だけ目がのぞいている。

 隆々とした筋肉に押し上げられたシャツの胸元には紐でつられたお守り。

「・・・番長?」

「いかにも。ワシがこの学校の番長だ」

 風が、吹き抜けた。

「・・・・・・」

 恭一郎は何かを言おうとして結局そのまま口を閉じる。つっこみや軽口のいっさいを否定する重厚な雰囲気が、そこにあった。

 つっこみどころ満載だというのに。

「おうおうおう!番長様に何のようだオルァ!」

「ぼさっと突っ立ってんじゃねえぞコルァ!」

 その硬直状態は番長の両脇にしゃがんでいた二人の男子生徒の声で破られた。二人とも額から数センチは張り出したリーゼントの、古式ゆかしい不良スタイルである。

「あ・・・えーと」

 とりあえず呟いて葵は傍らの恭一郎を見上げた。

「・・・何しに来たんだっけか。俺たち・・・?」

「・・・見物だっけ?」

 恭一郎と美樹の言葉に番長の取り巻きABの表情が険しくなる。

「なんだとコゥルァ!」

「ふざけてんじゃねぇぞオゥルァ!」

 ABの言葉を聞いてエレンは嬉しげに何度も頷いた。

「いやはや!日本の伝統たる不良文化はいまだ絶滅していないのだな!よいことだ!」

「な、なんだおまえ・・・オラァ!」

「べ、別に俺たちはそういうつもりで・・・ドルァ!」

 意外なリアクションだったのか、ABはちょっと顔を赤らめて叫ぶ。嬉しいのかもしれない。

「・・・あ、思い出した」

 そんな様子を眺めて美樹はぽんっと手を打った。

「番長!あんたも漢なら誰の挑戦だって受けるんでしょうね!」

「おい、美樹!てめぇ!」

 恭一郎の制止を打ち消すように番長は大声で笑う。

「はっはっはっはっは!無論だ!ワシはいつ、どこでも、誰の挑戦も受ける!」

「さすがですぜ番長!オルァッ!」

「惚れ直しやしたぜ!コルァッ!」

 盛り上がる三人を眺めて恭一郎は深くため息をついた。

「ったく、なんなんだこいつら・・・校長とエレガント部の連中を混ぜたようなキャラしやがって・・・」

「あ、恭ちゃんそれ的確な表現」

「ともかく!」

 美樹はビシィッと音がしそうな勢いで番長を指差す。

「六合学園の核弾頭!ウォーキングタイフーンとも一人ラストバタリオンとも言われるうちの恭一郎があんたに挑戦するわっ!」

「するなっ!」

 即座に叫んだ恭一郎の声を美樹も番長たちも聞いていない。

「おうおうおう!番長様に勝てると思ってんのかコゥルァッ!」

「身の程を知れってんだドゥルァッ!」

「あんた達こそ後悔するんじゃないわよ!?」

 ヒートアップする三人を番長は静かな動きで制止する。

「落ち着け・・・全て、やってみればわかることだ・・・」

「つーかよ、なんで本人の意向を聞かずそこまで盛り上がってんだ?」

「でも、恭ちゃんもやる気満々なんでしょ?」

 葵に微笑まれ、恭一郎はニヤリと笑い返して上着を脱いだ。すかさず歩み寄ってきたエレンにそれを渡し木刀を構える。

「まあ、強い奴が居れば即勝負ってのも悪くねぇさ。男ってのは根本的にそう言うのが好きだからな」

「ふっ・・・笑止。ワシに勝てるつもりで居るのか」

 番長は腕組みをとき、取り巻きABを下がらせた。

「おうよ。何せ俺は風間恭一郎だからな」

 いつもの台詞を聞いて葵達は素早く邪魔にならないところに退避する。

 そして、恭一郎と番長は数メートルの距離を開けて向かい合った。

「番長とやら・・・こっちは木刀を使うが、かまわねぇのか?」

「ふっ・・・漢たるもの、勝負の条件など問わぬ。ワシの武器はこの両腕だ」

 そう言って仁王立ちする番長に恭一郎は満足げに笑い、流れるように姿勢を落とす。

「なら、行くぞ!」

 刹那、恭一郎は弾けるように番長へと飛び掛った。

(まずは、様子見ってな!)

 心の中で呟き、いつでも引き戻せる軽めの突きを番長の胸へと突き出す。

 だが。

 

 ボグン。

 

 鈍い音がした。

「なにぃっ!?」

「嘘!?」

 エレンと美樹の声が同時にあがる。

「・・・なんで?」

 そして恭一郎も思わず呟いていた。

 ダメージよりもむしろどう反応するかを見るためのその一発の突き。

「・・・いや、直撃してんだけど?」

 それが、見事に鳩尾に突き立っていた。

「恭一郎!油断しちゃ駄目よ!校長みたいにノーガードの・・・」

 美樹が警告の叫びをあげた瞬間。

「・・・見事なり」

 番長は重々しくそれだけ言ってその場に崩れ落ちた。

「弱っ!」

「激弱ッ!」

 恭一郎と美樹は思わず叫ぶ。葵とエレンはぽかんとしたまま動けない。

「番長!」

「そんなっ!番長がっ!」

 取り巻き二人が大の字に倒れた番長に駆け寄るのを恭一郎達はただただ呆然と見つめる。言葉も出なければ動くことも出来ない。

「しっかりしてくだせぇ番長!」

「番長!傷は・・・傷は浅いですよ!」

「おめぇ達・・・いや、ワシはもう番長じゃない・・・ワシを倒したあの男が次の番長だ・・・」

 三人分の視線を受けて恭一郎は激しく嫌な顔をした。

「くっ・・・(元)番長!俺達はそれでも(元)番長の舎弟ですぜ!」

「そうですよ(元)番長!俺達の番長は(元)番長だけだ!」

「ふっ。おめぇら・・・」

 がっしと抱き合う三人の背後に真っ赤な夕日がゆらゆらと揺れる。

「こんなワシについてきてくれるか!」

「ぅぅ、あたりまえじゃないっすか(元)番長っ!」

「俺たち三人どこまでも一緒ですぜ!」

 抱き合って男泣きに泣く三人組を引きつった顔で眺めていた恭一郎は無言で木刀を構えなおす。

 

 

『だったら三人まとめてどっかにうせろぉぉぉぉぉぉっ!   風間恭一郎』

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・一体何なんだ!」

 恭一郎は肩で息をしながら毒づいた。傍らには番長たち三人がボロボロになって痙攣している。

「つーかみーさん、番長がとおった後は誰も立ってないって言ってなかった?」

「うん」

 美樹の呆れたような言葉にみーさんはあっさりと頷く。

「そう言う噂。裏番長」

「こいつらのどこが強・・・裏?」

「裏」

 みーさんは不思議そうな顔でピクリとも動かない一同を見渡した。

「あたらしい、遊び?」

「唖然としてるのよ!何?裏番ってのが居るわけ!?この見掛け倒しのほかに!?」

「美樹、自分で言った。番長、裏と表、居る」

 恭一郎はそれを聞いて深いため息をつく。

「ほんとに何でも居やがるなこの学校は・・・ともかく、ここまできたら見ないわけにもいかねぇだろ。見に行こうじゃねぇか。その裏番って奴を!」

「うん、だいじょうぶ。情報によると、そろそろここに来る」

 そう言ってみーさんはちらりと懐中時計を見てから辺りを見渡した。恭一郎達も同じようにきょろきょろと辺りを見渡す。

 そのとき。

「あの〜番長さ〜ん?どこですか〜」

 細くかわいらしい声が頼りなくあたりに響き渡った。

「あん?」

 恭一郎は耳を澄まし、声のぬしを探す。

「番長さ〜ん?」

 そして、その声のぬしは校舎の影からひょっこりと姿をあらわした。

「番長さ・・・はわっ!?」

 現れたのは一人の少女だった。葵と同じくらいの小柄な、まん丸のメガネをかけた少女。中途半端な長さの髪を2本の三つ編みにまとめている。

「・・・・・・」

「ば、番長さんがぼこぼこに・・・!」

 おろおろする少女を恭一郎達は無言でその少女を見詰めた。

 正確には、その服装を。

 だぶだぶの学ランの袖を何度も折り返して着ている。びっくりしたらしくのけぞった拍子に落ちかけたぶかぶかの学帽を慌ててかぶりなおしている。足にはもちろん使い込まれた下駄。

「・・・裏・・・番?」

「うん」

 美樹がおそるおそる呟いた言葉にみーさんはあっさりと頷いた。

「おい、あんた」

「は!はい!?」

 恭一郎に呼ばれて少女はちょっと飛び上がってから向き直る。

「裏番ってのはあんたか?」

「え!?あ、は・・・はい!あの、その、一応・・・」

 怯える小動物のようにおどおどと辺りをうかがう少女に恭一郎はため息をつき視線で葵に助けを求めた。

「うん、恭ちゃん。あのね、私たちは別に喧嘩しに来たんじゃなくてね?強いって噂の番長さんと腕比べをしに来た剣術部のメンバーなの」

 にっこりと微笑みながらゆっくりと話す葵に落ち着きを取り戻したのか少女はなんとか震えるのをやめて頷く。

「えっと、あなたが裏番長さんなの?」

「・・・はい。そう言う風に呼ばれてるのは確かなんですけど・・・」

「気を悪くしないでね?、私たちが噂に聞いた番長さんってのは歩いた後に誰も立ってないほど強い人だって聞いてるんだけど・・・?」

 葵に尋ねられ、少女・・・裏番は『ああ』とため息をついた。

「あの、それ・・・嘘じゃないですけど、誤解なんです・・・」

「なんだそりゃ?」

 呟いた恭一郎に・・・というより彼のかついだ木刀にちょっと怯えたような視線を送りながら裏番はとつとつと話し始める。

「あの・・・わたし、すごく不運なんです。二日にいっぺんは目覚し時計が止まっちゃうし道を歩いてたらマンホールが抜けちゃいますし犬は追っかけてきますしビルの下を歩いていたら鉄骨が落ちてきますし」

「鉄骨?」

 美樹の小さな呟きには気付かず裏番は堰を切ったように喋りつづける。

「宿題を忘れた日は必ずさされますし野球のボールなんて毎日飛んできますし銀行に行ったらATMが私の番に壊れますしカレーは辛口ですしスカートは風でめくれますし飛行機は落ちますしバスは止まりますし・・・」

「わかった、あんたが不幸なのはよぅくわかった・・・で?それと裏番に何の関係があるんだ?」

 何かにとり憑かれたように不幸を主張していた少女ははっと我に帰って顔を赤らめた。頭からずり落ちたサイズの合わない帽子をよいしょと元の位置に戻す。

「あの、そういうわけなんで、たまたまこの辺を歩いていたときに先代の裏番長さんにぶつかっちゃって、それを挑戦ということにされてしまったのも不思議じゃないんです」

「いや、不思議に思ったほうがいいわよ・・・それ・・・」

 美樹の突っ込みにあぅと落ち込んでから裏番は恥ずかしそうに俯いた。

「で、どうしようと思ってたらどこからともなく野球のボールが飛んできまして・・・私の頭を直撃したそのボールが跳ね返って裏番さんのあごに、こうガツーンと・・・」

「・・・わかってきたぞ。それでその裏番がダウンしておまえが次の裏番だーとか」

「はい〜断るのも怖くて・・・先代の裏番さんはもう卒業してしまいましたし、番長さんはいい人だったので。そのまま今まで・・・」

 裏番の言葉に恭一郎達ははぁ〜っとため息をつく。

「なんだかなぁ・・・番長ってそういうもんなのかしら」

「・・・これも時代というものだろう側室」

 呆れて顔を見合わせる美樹とエレンに対し、葵は一人首をかしげた。

「ん〜・・・でも、通った後に誰も立ってないってのは何なんだろう?」

「あ、それは、その・・・」

 裏番はすまなそうにくらい顔をする。

「私の不幸って、大概他の人にも飛び火するもんで・・・」

「え?」

 恭一郎が聞き返した瞬間だった。

「あぶないぞぉっ!」

 頭上からの声に恭一郎達は一斉に宙を仰いだ。

 それぞれの目に映ったのは、赤い何か。長く、太く、いかにも重そうな・・・

「鉄骨ぅ!?」

 正真正銘の鉄骨が正確に恭一郎達をめがけて落ちてきていたのだ。

「ちっ・・・伏せろ!」

「う、うん!」

 まっさきに葵が、続いて美樹とエレンがその場に伏せる。みーさんも一瞬だけ懐に手を入れてから恭一郎をちらりと見て素早くその場に倒れこみ、そして・・・

「神楽坂無双流絶技っ!天照ッ!」

 その頭上を掠めるように閃いた木刀が、今まさに恭一郎の頭を直撃しようとしていた鉄骨を激しく打ち据えた。

 ィィィィィィンっ!

 金属音にしても高すぎる異音をたてて鉄骨の落下が止まった。一瞬にも永遠にも思える均衡が続き。

「そうりゃぁっ!」

 二度目の気合の声と共に鉄骨は斜めに軌道を変え・・・ 

「あ・・・」

 そばに居た裏番の方へと真っ直ぐに吹き飛んだ。

「やばっ!よけろ!」

 叫びながら恭一郎はそれが無理であるだろうことを確信していた。誰もが洒落にならない結果を予想し顔をゆがめる。

 だが。

「どっせぇぇぇい!」

 かわいらしい声に似合わぬ力強い叫び声があたりに響き渡った。

「え?」

 美樹の呟きは、その場に居た全員の意思を代表していたといえる。

 裏番は、その細い手で鉄骨を支えていた。身長130センチちょいの体よりはるかに長いそれを両手で持ち上げ、

「ちぇぃさーっ!」

 再びあげた謎のかけごえと共にその場に投げ捨てる。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 そして、あたりを静けさだけが包んだ。

 恭一郎と美樹は無言のまま鉄骨と裏番を何度も見比べる。

「裏番・・・だな」

「裏番・・・ね」

 無表情に呟く二人に裏番はおどおどと口を開いた。

「そ、そんな私はただ運が悪いだけで・・・」

「いや、大丈夫だ・・・いくら不運だろうが、幸せに生きていけるよおまえは・・・」

「力づくでね・・・」

 二人同時に肩を叩かれて裏番は『はぁ・・・』とあいまいに頷く。

 

 

『こうして、番長伝説に新たな一ページが  御伽凪観衣奈』

『?・・・誰に話してるのみーさん?    神楽坂葵』

 

 そして翌日。

「あのさあ」

うららかな昼下がり、今日も今日とて学食に集まった一同を見渡して放った美樹の一言に恭一郎は顔をしかめて見せた。

「美樹・・・こんどはなんだ?」

「この学校って、七不思議とかないのかな?」

「あ、それってどこかの人が調べてたよ?さがせば有るみたいだけど」

 油揚げをくわえた葵の言葉に美樹はう〜むと唸る。

「よし!じゃあ今日の放課後はあたし達も七不思議探索に!」

「一人で行って来い・・・」

 恭一郎はそっけなく言って窓の外をぼんやりと眺める。

「っておい!」

 何気ないその動きが急停止した。その視線の先には・・・

「(新)番長!」

「こんなとこにいたんですかい(新)番長!」

 (元)番長の取り巻きABが窓の外で手を振っていた。その無遠慮な大声に学食中の視線が集まる。

「番長?」

「あ、風間恭一郎がいるぜ!あいつのことじゃねぇの?」

「ああ、風間君なら何か納得〜」

 恭一郎はぴくぴくとこめかみ血管を走らせながらゆっくりと立ち上がった。

「(新)番長、探しましたぜ?」

「・・・てめぇら、何のようだ?」

 恭一郎の声が細かく震えているのにも気付いた様子なく取り巻きABはニコニコと笑いながら大きな荷物を差し出す。

「ささ、どうぞ(新)番長!」

「(旧)番長からのプレゼントですよ!」

 恭一郎は無言でそれを受け取りゆっくりと包みを開いた。

「・・・・・・」

 中から出てきたのは古びた学ランだった。裏地に竜と虎の描かれたそれはあきらかに番長の着ていたものだ。

「さあさあ!遠慮せずに着てください!」

「番長の義務ですからね!」

 恭一郎はゆっくりと顔を上げにっこりと微笑んで見せる。

「おお、そんなに喜んでくれるとは!」

「(新)番長、万歳!俺達は(旧)番長派ですけどね!」

 騒ぎ立てるABをよそに美樹は食べかけのオムライスが乗ったお盆を手にテーブルを離れた。葵や愛里もそそくさとその場を離れる。エレンは残ったカレーを数秒で胃に叩き込み空になった食器を持って退避する。みーさんは既に影も形もない。

「どうしたんです(新)番長!」

「さっさと着て下さいよ(新)番長!」

 

 

『誰が番長だぁああっ!俺はもっとクールなキャラなんだぁぁ! 風間恭一郎』