縦読みしばり


「キョン、縦読みをやってみるわよ!」
 古泉とタイマンインディアンポーカーという不毛な遊戯にふけっていた俺は唐突に叫びだしたハルヒの声にいつもの気配を感じてため息をついた。
「何を言ってるんだおまえは・・・」
「何って、だから縦読みよ。このよくわかんないけど書き込みがいっっぱいある掲示板で流行って
るらしいの!」
 どうやらSOS団のパソコンにもセキュリティフィルタが必要なようだ。ハルヒがねらー
になってしまった日には、この世界がどんなものになってしまうかわからない。こいつ、よ
く釣れそうだからな・・・今月の標語だ。悪いインターネットに毒されないッ!
「縦読みが何かはわかってる。だが、縦読みを『する』っつったって何をしたいんだって聞いて
るんだよ」
「そうね・・・じゃあ自分の名前を縦読みで完成させるってのはどう? やっぱり、まだま
だ、だめねアンタ。これで山田」
 誰だ山田。そして何故か無性に馬鹿にされている気がして腹が立つ。
「それは縦読みというか・・・何かこう、日曜の五時くらいから放映しているアレっぽいよ
うな気がするが・・・」
 あいうえお作文とか言ったか?
「そんなことはどうでもいいのよ」
 いいのか。
「とにかく、みんなでやってみるわよ! 団長命令!」
 何がこいつをそんなにも突き動かすのか。まあ、くだらない命令ではあるがさすがにコ
レが原因でトンデモ現象や猟奇的な何かとかはおきまいし、どうせ暇つぶしなら付き合っ
てやってもかまわないか。
「・・・で? 具体的にはどうしたいんだ?」
「ちょっと待ってなさい」
 俺が尋ねると、ハルヒは部室の隅から文化祭の時に宣伝ポスターを作るとか言ってどこ
かから強奪・・・もとい、調達してきたでかい紙を引っ張り出し、スケッチブックくらいの
大きさに切り分けた。
「はい、これみんなの分」
 言いながらお茶っ葉の選り分けをしてきた朝比奈さんと微動だにせず本を読んでいる長
門、そしてトランプを片付けた俺達の前にそれぞれ二枚ずつその紙を置いていく。二回も
やらせる気か? それとも書き損じ用か?
「みんなでコレに書いて見せ合うの。簡単でしょ?」
「あのー、どんな内容でもいいんですか?」
 無駄に無意味に無常にも自信たっぷりなハルヒの説明に朝比奈さんがおずおずと挙手す
る。
「駄目に決まってるじゃない。どんなでもいいなら極端な話ややややや、ままままま、だ
だだだッ! でもいい事になっちゃうわよ。キョンとかそういうのやりそうだわ。考える
のだるいとか言って」
 ばれてる。っていうかほんとに誰なんだよ山田。
「そうね、だから内容は部員の誰かに語りかける言葉! コレよ!」
 語りかけるっておまえ。
「まあお手本を見せてあげるからそれを参考にしなさい」
 ハルヒは言って自分の分らしき紙を手に団長席に戻った。筆箱からボールペンを出し、
思いなおして机の引き出しにしまってあったマジックに持ち帰る。太さが気に入らなかっ
たのだろう。確かに人に見せるのなら太めに書いた方がいいが。
「・・・んー」
 ボールペンの尻を顎にあて、ハルヒは首をかしげた。あいうえお作文にしろ縦読みにし
ろ結構考えるのは大変なのだがこいつは不公平な事にも成績はけっこう良い。
「よしっと」
 やはりすぐに思いついたようだ。マジックでキコキコと書き始める。
 ・・・何故こっちを見る。
「どうやら、涼宮さんのメッセージはあなたあてのようですね」
 耳元で囁くな古泉。あと顔近いんだよ。
「わざとですよ」
「わざとかよ」
 こいつとは一度決着をつけなければならない血の宿命とかいてさだめなのかもしれん。
「はいはいはい、無駄口聞いてないでちゅーもーくっ!」
 今のこの時間そのものが壮大な無駄のような気がするがな。
「いいから黙ってこっちみなさい」
 怒られた。
「ごほん・・・じゃあ、いくわよ」
 ハルヒは咳払いなどしてじゃんっと紙を前に突き出した。

 何も、書いてなかった。
「って白紙かよ!」
「違うわよ。二枚重ねてるだけ。一度に全部見えたらおもしろくないでしょうが」
 なるほど。だから一人に二枚配ったわけか。
「念の為確認しとくけど、あたしは涼宮ハルヒよ。すずみやはるひ。涼しいにお宮の宮―
――」
「ストーーーーーーーップ! 駄目だ! その表現は昏睡を招くッ!」
 はぁ? と首を傾げられたが構わない。世界には護らなくちゃならないものがいっぱい
あるのだ。見れば、古泉も携帯電話に着信したメールをちらりと見て、やや青ざめた顔で
頷いている。危機はギリギリさけられたか。
「よくわかんないけどいいわ。さあ、ちゃんと見てるのよキョンっ!」
 俺かよやっぱり。
「す―――」
 ハルヒは俺達の視線をあびながら単音でそう言い、隠し紙を一行分ずらしそこに書いて
あった言葉を読み上げた。
「すきなの」
 


 はい?

「ずっと
 みていてほしい
 やらしいめでもいいの」

 なんだ!? なにが起きている!? 何故おまえはそんな潤んだ目で俺を見る! なん
で朝比奈さんが親戚のおばさんみたいな生暖かい目で俺を見る! なんで長門が陶芸家が
失敗作を叩き割る時のような目で俺を見る! そして古泉! 悔しげに爪を噛むな気味が悪いッ!

「はしたないけど」
「ちょ、待てハルヒ―――」

「るらりらら
 ひゃっほう」

「思いつかなかったのかよっっ!」
 っていうかどこからつっこめと言うのかッ! このつっこみであってるのか俺ッ!
「・・・キョン」
 待て。もじもじするな。ゆっくり近づいてくるな。この状況ッ! スタンド攻撃の可能
性があるっ!
「ない」
 錯乱する俺の前にすっと小さな体がすべりこんだ。にじりよるハルヒの進路を遮ったの
は、言うまでもなくこの部室でもっとも頼りになる大明神さまだ! ナイスインターセプ
トだぞ長門っ! あとで飴でも買ってやろう。
「次は、わたしのばん」
 視線でどけと言っているハルヒに淡々と長門は告げる・・・ってやるのかよおまえも。
「やる」
 首だけ振り返った長門は僅かに顎を引いてそう言い、ハルヒに向かって紙をかかげる。
「なめたこといってると」
 え?
「がつんいくぞこのびっち
 とっととうせろ
 ゆびさきから
 きりきざむぞ」

 長門ーーーーーーーーーーーーっ!

「あ、できましたぁ!」
 この状況下で何故そんなに楽しげにっていうか作文に熱中してて周りが目に入ってなか
ったんですかあなた!
「あしたこそ
 さくらんして
 ひゃーいとか
 ないようにしたいです
 みらくる
 くれば
 るんるんかも」
「すごい普通だっ!」
 しかも出来はいまいちだ!
「では僕も―――」
「おまえは黙ってろ」
 古泉は黙って部屋の隅へ移動した。
「こんなぼくですが
 いつかはめいんをはれるって
 ずっとおもっているんです
 みなさんのおうえんがあれば―――」
 なんかぶつぶつ言ってるがどうでもいい。

「すきだったのねあんたもきょんが
 ずっとそうだとおもってたわ
 みはってたんだものいつも
 やよゆずるなんて
 はったおしてでもてにれるわ
 るーるもてかげんもないのよ
 ひゃっほう」

「ながいじかんをかけて
 がくしゅうしたのにんげんのせいこうい
 とめられないこのおもい
 ゆきさきはおかのうえのちゃぺる
 きっとかれとむすばれてみせる」

 そしておまえらはいつまでやっている! ついでにハルヒ、何故ひゃほうにこだわる!
 どっかの娘属性かおまえは!

「これじゃらちがあかないわね・・・いいわ。じゃあキョンに聞いてみましょ。あたしとあ
なた、どっちが好きか!」
 って言ってるうちにこっちに矛先が!
「答えて」
 な、長門・・・
「あいうえお作文で」
 長門ーーーーっ!
「そうね、当然よね。縦読みであたしに告白しなさいキョン」
「待て待て待て! なんでこんな事になってるのかさっぱりだがそれ以上にそこまであい
うえお作文にこだわるのが何故かをまず説明しろ!」
 必死の説得をしながら俺はずんっと腹の中に重いものがたまるような感覚を味わってい
た。こいつが自分の意見をまげるなんてことはありえないし、そうなると―――
「縦読みよ」
「どっちでもいい!」
「それは駄目。ちゃんとどっちかを選ぶ」
「いやそういうどっちでもでなくて!」
 駄目なのだ。
 無理なのだ。
 不可能なのだ。

 ―――名前であいうえお作文は俺にはできない、してはいけない!

「ああもうまどろっこしいわね! ハルヒ・ド・クールテンプルが命じる! 全力で縦読
みせよ!」
「どこのゼロだおまえは! そもそもおまえとゼロだと組み合わせ的に俺が使い魔になっ
ちまうだろうが!」
 もはや何をしてるのかわからなくなりながら俺はマジックを手に取った。
 こうなりゃヤケだ。やるだけやってやる! 絶対遵守上等だ・・・!
「いくぞ・・・みんなよく見てろ・・・!」


 覚悟が伝わったのかごくりと喉をならしてこちらを凝視する部員達の前で、俺は―――

「きょうおれひっこすんだ
 んじゃめなに」

 盛大に、すべった。

 ンジャメナ。アフリカにあるチャドの首都。人口60万くらい。

「・・・じゃあ、そういうことで」


 俺はアフリカに旅立った。

 完。しょうじきすまん。

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