●年末特番● 

 時は元禄、大江戸八百八町の夜空を小柄な人影が横切った。屋根から屋根へ、ひらりひらりと影が舞う。

 体にフィットした濃紺の着物を着て同じ色の布で頭から顔にかけてを覆った姿は闇に紛れて半ば見えない。

「・・・到着〜」

 とある屋敷の屋根に降りたったその人物は静かに見を乗り出して地上の様子をうかがった。

「ん。見回りは来てない、と」

 呟いて屋根の瓦を静かに踏んで進む。目指すは屋根裏倉庫の換気窓だ。そっと中の様子をのぞいてするりと身をくぐらせる。

 古びた木張りの天井板を音一つ無く踏みしめてひたすら歩いていたその足がふと止まった。目的の部屋の真上には、既に別の侵入者が居たのだ。

『警備・・・違う。先客?・・・おーい』

 階下に届かないように声をかけると黒ずくめの人影がゆっくりと振り返る。

『・・・おう、ネズミの小娘じゃねぇか』

『そういうあなたは石川のゴエさん』

 ややきょとんとした表情で二人は顔を見合わせる。江戸の町を代表する大怪盗が同じ屋根裏で鉢合わせしてしまったのだ。

・・・ちなみに、時代考証とか細かいことをは考慮してはいけない。

『で?おまえもここに盗みに来たのか?』

 と尋ねた黒ずくめの男は石川五右衛門(水島景一)。元忍者とも言われる大盗賊である。

『まぁね。私はゴエさんと違って悪党専門だから』

 と答えたほっかむりをした少女はネズミ小僧(遠藤かなえ)。悪徳商人から金を盗んでは貧しいものに分け与える義賊だ。

『しゃーねーなぁ。まぁ、ここに盗みにくんのは盗賊のステータスみたいなもんだけどな』

『そーだよねー・・・ビッグネームだもんね。ここ』

 一区切りして、二人は同時にその名を口にした。

『越後屋』

 言わずと知れた悪い商人の代表である。実際に存在している越後屋さんや元越後屋の某デパートとは関係ないのであしからず。

『とにかく、ここで対立してもしょうがないし・・・適当に取り分を決めて手を組むってのはどう?』

『そだな。じゃあ・・・俺8のおまえ2』

『あんですと!なんでそんなに偏ってるのよ!』

 小声で叫ぶネズミに五右衛門はふんっと胸をそらす。

『俺の方が先に来てんだからあたりまえだろうが』

『だからってそれはひどいっしょ?せめて6で4くらいは』

『おまえここまで苦労無しだろ?鳴子も巡回も俺が外したんだぞ?7の3は常識だろ』

 五右衛門の言葉にネズミは口を尖らせた。

『じゃあこっからは私が罠とか解除するから6.5の3.5!ねーねー・・・』

『ぐっ・・・上目遣いにこっちを見るな・・・』

『ねーねーねーねーねー』

 五右衛門が敗北するまで、1分かからなかった。

『・・・ほい、最後の警報解除っと』

 ネズミは張り巡らされていた鈴のついた糸を丁寧に排除してから背後の五右衛門に声をかけた。

『よし・・・この下が越後屋の自室だ。奴は猜疑心が強くて金子の類は全部自分の部屋に集めてるらしい』

『ん。それはいいんだけどさ、なんか下・・・妙にうるさくない?』

 五右衛門は言われて足元の天井板に耳をつけてみる。

『確かに。でもあれじゃねぇか?悪代官かなんかを呼んで宴会してんじゃねぇか?強行突入して全員のしちまえば問題ないだろ』

『そだね。いつものことだし』

 はっきり言って、盗賊の会話ではない。

『じゃ、とりあえずその辺にのぞき穴あけてくれ』

『うん』

 ネズミは懐から取り出した錐で天井板に小さな覗き穴をくりぬく。もちろん木の粉が下に落ちないように少しずつ拭い取るのも忘れない。

『よし、あいたっと。ついでだからゴエさんの分もあけちゃうよ』

『ご苦労。どれ、悪徳商人さんの顔でも拝んでみますか・・・』

 五右衛門は音を立てないように腹ばいになり覗き穴から下を見た。そして。

「は?」

 おもわず声を殺すのも忘れて呟く。

『ちょっとゴエさんどうしたの・・・よ・・・』

 同じように下を覗き込んだネズミも絶句する。

 眼下に、悪徳商人が居た。

 宴会をしていた。

 それだけならば彼らにとっては見慣れた風景だ。

 ただ一点、その悪徳商人が、ざっと数えて50人ばかりそろっていなければ。

『ご、ゴエ、ゴエさん?』

『聞くな。わかるわけねぇだろ』

 二人は顔を見合わせて囁きあう。

『だ、だってさぁ。この人数って江戸中の悪徳商人を集めたくらいの人数だよ?私の懲らしめちゃうリストに載ってる奴全員ここに居るもん』

『そんなもん作ってたのか・・・と、おい!あの上座に居る奴、越後屋だろ?なんか言ってるぞ?』

 五右衛門の言葉にネズミはのぞき穴に耳を当てて目を閉じる。

「ええ、皆さんに集まっていただいたのは他でもありません」

 越後屋の言葉に宴会をしていた商人達が騒ぐのをやめた。

「我々は今まで幾度と無く迫害を受けてきました。盗賊に入られるは闇奉行に狩られるは仕事人に誅されるは何故かどこにでも居る元副将軍にこらしめられるは・・・」

 悪徳商人の多くが心当たりがあるのだろう。あちらこちらで鼻をすする音が聞こえる。

「それに対抗して我々も用心棒を雇ってみたり悪代官と手を組んだりしてきたわけですが毎回敗北・・・ですが、この状況を今日こそ変えようではありませんか!これまでの失敗は我々が単独で事を行っていたためです!今こそ我々も手を組むときなのです!」

 商人達の間に衝撃が走る。

「幸い、我らにも強力な後援者が名乗り出てくれました。用心棒の補充には事欠きません・・・そうですよね?吉良様」

『!?』

 ネズミは目を見開いた。

『どうした?ネズミ?』

 ネズミほど耳がよくない五右衛門にネズミは乾いた笑いを浮かべる。

『ちょーっとやばいかもしれないなぁ、と。あのさ、今回は逃げた方がいいかも・・・』

『あー、そうだな。さすがにこの人数に突っ込んでくのもなんだし』

『というよりもね、バックについてる奴がやばすぎ。話のジャンル違うし』

 言いながら立ち上がったネズミの足元でミシリと音がした。あせりから起きた凡ミス。だが、この状況では致命的なミスだった。

『しまった・・・!』

「何奴!」

「侵入者だ!警備はどうなっている!」

「先生!お願いします!」

 案の定集まっていた商人達が騒がしく叫びたて始める。

「ま、まずいよねこれ。ど、どうしよ・・・!?」

「逃げるんだよ!・・・ちっ!どけ!」

「きゃ!?なにす・・・ゴエさん!」

 不意に突き飛ばされて文句を言おうとしたネズミの声が悲鳴に変わる。五右衛門の脇腹がざっくりと裂けているのに気がついたからだ。

 それは、足元の天井板から突き出した槍が抉った傷。

「手ごたえはあったぞ!やっぱり侵入者だ!」

 下から聞こえる声に舌打ちして五右衛門はネズミに鋭い視線を向ける。

「ぐずぐずしてられないな。さっさと逃げるぞ!」

「で、でも傷・・・」

「これくらいなら支障ない!行くぞ!」

 それだけ言って五右衛門は疾風のように走り出した。

「あ、ちょっと!」

 その後をネズミが追う。こちらもとんでもなく早い。

「どこだー!」

「上だ!屋根を見ろ屋根を!」

 百人からいるであろう用心棒やら使用人やらの声を聞きながら二人は屋根から屋根へと飛び移り越後屋邸を脱出する。

「くそっ!番所に連絡しろ!盗賊だ!」

「外に出たぞ!捕まえろ!」

「・・・捕まるかよ」

 屋根伝いに逃げる五右衛門の声に力が無いのに気付きネズミは唇をかみ締めた。

「何が支障ないのよ・・・思いっきり堪えてるじゃない・・・私のせいで・・・」

「大丈夫なものは大丈夫なんだよ。もういいから二手に分かれるぞ。その方が追っ手をごまかせんだろ」

 そう言った五右衛門の手をネズミはぎゅっと握る。

「な、なんだよ・・・」

「それより確実な方法があるの。下に降りるわよ!」

 

             ●年末特番●

「こっちですぜ旦那!」

「ええ。今行きますよ」

 越後屋の若い衆に先導されて同心の中村主水(稲島貴人)はゆったりとした駆け足で現場に向かう。

「急いでくださいよ八丁堀の旦那!逃げちまうじゃないですか!」

「わかってますよ」

 口ではそう言いながら主水はあまり急いだ風も無く走りつづける。

(ほんとにその賊がネズミ小僧か石川五右衛門だとしたらもう逃げおおせてるだろうし・・・そもそも越後屋が被害者ではやる気もおきないしね・・・)

「で?たしかこの辺に逃げこんだって言ってましたよね?」

 しばらくして辿り着いた路地裏で主水は若い衆に声をかける。

「へい!屋根伝いにひょいひょい逃げてたんですがこの辺で飛び降りまして・・・ついさっきです」

「ふむ・・・ん?」

 辺りを見渡した主水は近くの茂みの中に気配を感じてそちらに目を向けた。

「旦那?」

「いや、ちょっとね」

 首をかしげながら主水がその茂みをかき分けると・・・

「あ」

「あら」

 茂みの中では、一組の男女が抱き合っていた。女の方の着物が僅かにはだけられているのを見て主水はカリカリと頬をかく。

「ええと、失礼しました。ごゆっくり」

「い、いいえ。こちらこそ・・・」

 なんとなく頭を下げあってから主水は茂みから離れた。

「旦那、なんでした?」

「いえ、この辺にはもう居ないようですね。今度はあちらの方を探しましょうか」

 主水は言いながらも心の中で冷静な計算をめぐらしている。

(ふむ。今の二人からは修羅場をくぐっているもの特有の気配がした。あの二人がネズミと五右衛門なのはいいとして・・・さてさて、越後屋で何がおきたのやら)

「旦那!行きますぜ!」

「はいはい・・・」

 歩きながら主水は細い目をなお細めて頷く。

(彼に・・・連絡しておく必要があるね)

     年末特番●

 小石川療養所。それは享保7年設立の、ようするに国立病院である。

「んー、今日もいい天気〜」

 その庭先で少女が一人、洗濯物を物干し竿にかけていた。小柄なその少女は療養所で働く看護婦(神楽坂葵)である。

「よお、おじゃまするぜ」

「はい?」

 看護婦が手を休めて振り返ると、そこには着流しに木刀をぶら下げた男が立っていた。

「あ、金ちゃん。おはようございます」

「おう、おはよう」

 遊び人の金さん(風間恭一郎)は軽く手を上げて挨拶してから縁側に腰をかける。

「そういや知ってるか?昨日の晩、あの越後屋に賊が入ったらしいぞ」

「越後屋さんって呉服問屋の?」

 てきぱきと洗濯物を干しながら聞き返す看護婦の背中に頷いて金さんはかるく自分の顎を撫でる。

「そ、あの江戸で一番でかくて江戸で一番悪い商人だ。いやー、これで何度目だろな?」

「あはは、でも何回どろぼうさんがきてもやっぱりお金もちなんだから凄いね」

 看護婦の言葉に金さんは苦笑してごろりと縁側に寝転がった。

「まぁ金って奴はあるところにはあってないところにはねぇってとこだな〜俺んとこにもねぇけどな。金」

「金ちゃんなのにね」

 看護婦はくすっと笑って最後の洗濯物を竿にかけた。

「さて、ひと段落ついたし・・・お茶でも飲む?」

「おう、そだな。俺が入れるから茶菓子を・・・」

 言って立ち上がりかけた金さんの足が止まる。

「誰だ!」

「ひゃっ!?」

 それまでとは打って変わって厳しい声に看護婦はびくっと身をすくませる。

「そこに居るのはわかってる。出て来い」

 金さんの声に応えて茂みががさりと揺れた。

「怪我人が居るの・・・ちょっと事情があって表からは入ってこれない身なんだけどね・・・」

 そう言って出てきたのは極端に小柄な少女だった。その背に、ぐったりとした長身の男を背負っている。

「葵!」

「うん!」

 金さんと看護婦は庭に飛び出し小柄な少女から男を受け取ってとりあえず縁側に寝かせる。

「重度の創傷だね・・・これ自体は簡単に治せるけど出血がひどいよ。すぐ輸血しないと・・・」

「槍の傷だな。そう言えば昨日越後屋に入った賊は天井越しに槍で突かれたって聞いたがなぁ」

 試すような言葉に少女は黙して語らない。だが、その体はいつでも男の体を奪還して逃げられるように緊張しているのが金さんにはわかる。

「金ちゃん!すぐ治療するから手伝って!話は・・・」

「おうよ。それからだな」

 看護婦の厳しい声に頷いて金さんは男の体を慎重に抱き上げた。

「・・・そんな顔すんなよ。俺たちはあんたの味方だ。少なくともいけすかない悪商人の味方をするつもりはねぇ」

 少女は数秒間迷いの顔を見せてから深く頭を下げる。

「お願い。ゴエさんを助けて・・・それから、聞いて欲しいことがあるの」

     年末特番●

「久しぶりの江戸ですね〜」

 茶屋の軒先に座った頭巾をかぶった少女がのんびりと呟いた。頭巾から背後に流れる長い髪は雪のように白い。

「そうだな。日本中の悪代官を成敗して回って・・・何年ぶりだ?」

「ん〜・・・3年くらいはかかってるかな?」

 それに応えるのは赤い髪の男と短い髪の少女だ。そののんきな会話に黒ずくめの女性がやれやれとため息をつく。

「おいスケとカク。あんまこういうところで正体ばらすなよ」

「わかる奴にはわかるしわからない奴にはわからない。大丈夫だ」

 スケと呼ばれた男(山名春彦)はそう言って肩をすくめてから茶をすする。

「そーそー。気にすることないって」

 カクと呼ばれた少女(三上友美)も笑いながら団子をほお張った。

「まったく。ご隠居ものんびりしすぎだ」

「まぁまぁ、弥七さんもどうです?ここの団子、おいしいですよ?」

 ご隠居(藤田冬花)にたっぷりと餡のついたあん団子を差し出されて弥七(浅野景子)はうっと眉を寄せる。

「お、俺はいい。甘いものは・・・」

「大好きなんですよね」

 そう言って断った弥七の背後から軽薄そうな男が現れてぴっと指を立てた。

「弥七さんは甘いものを食べ始めると止まらないので落ち着いたところ以外では食べないようにして・・・」

 ばきっ。

「おやぁ?どうしたのかなハチベエ君?頭から血が出てるなぁ?」

 弥七は少し血のついた石を遠くへ放ってから倒れ伏したハチベエ(佐野孝明)をどこへともなく引きずっていく。

「あはは、ハチベエはあいかわらずうっかりだなぁ」

「ああ。ハチベエはうっかりだな」

「そうですね〜うっかりなハチベエさんですねー」

 水戸出身のご隠居一行は今日ものんきであった。

     年末特番●

 一方。

「で?どうだった?副長」

 とある宿屋の二階で二人の少女が向かい合っていた。

「はい局長。残念ながら我らが追っているキンノウロウシどもの情報は入りませんでした」

「・・・そうか。わざわざ京の町から出てきたのだが」

 浅葱色のだんだら染めの着物に身を包んだ二人は、京の壬生狼と恐れられる新撰組のメンバーである。何度も言うが時代設定は考えてはならない。

「しかし、気になる話は聞きつけて参りました。豪商の越後屋に賊が入ったとのことです」

「ほぅ・・・だが、それだけなら珍しいことでもあるまい?何せ越後屋だ」

 ポニーテールを揺らして局長・・・近藤勇(中村愛里)は首をかしげる。

「はい。ですが我等の密偵によればその晩、越後屋邸には最低でも50人を超える商人が集まっていました。ただの年末の懇親会と言っておりますが・・・それにしては集まっていたメンツがあくどいのが気になります」

「ふむ。悪とならば我々も多少は注目する必要があるか」

 局長の言葉に副長・・・土方歳三(エレン・M・M)は金髪の頭を勢いよく揺らして頷く。

「はい!悪・即・斬の元に、士道を全うする覚悟です!」

「うむ。だが先走るのはよすのだぞ。江戸に住んでいる知り合いと連絡をとってからだ」

 局長の何気ない言葉。だが、その瞬間に一瞬だけ目が泳いだのを副長は見逃さなかった。

「・・・殿ですね?」

「い、いや、別に彼に限ったわけでもその・・・」

 

●年末特番●

 舞台は戻って小石川療養所。

「うん、もう大丈夫だね。体は凄く丈夫みたいだから、ゆっくり休めばすぐよくなるよ」

 洗面器でざぶざぶと手を洗いながら看護婦はにっこりと微笑んだ。

「あ、ありがとう!よかったぁ・・・」

 部屋の片隅で歯を食いしばって祈っていた少女は一気に脱力して床にへたり込む。

「さて、治療も終わったことだし」

 看護婦を手伝って治療をしていた金さんは手についた血をぞんざいに手ぬぐいで拭いて少女に近づいた。

「何を見たのか、話しちゃあくんねぇか?ネズミ小僧さんよ」

「!?」

 びくっとした少女に金さんはにぃっと笑う。

「遊び人のネットワークを舐めちゃいけねーなぁ。あのネズミ小僧の正体が女だったってのを聞いたときにゃあ俺もびびったけどな」

「・・・町方に・・・突き出すの?」

 全身に緊張感をみなぎらせているネズミに金さんは首を振って見せた。

「んなことしても俺の得にゃあなんねぇよ。ただ、この江戸でなんかでけぇ祭りがあるらしいときいちゃあ遊び人の金さんとしては首つっこまねぇとな」

「あの、ネズミさん。金ちゃん、凄く頼りになる人だから・・・話してみてくれないかな?」

 金さんと看護婦をかわるがわる見つめてネズミは軽く頷く。

「うん・・・でも、後悔しないでね。話し、大きいわよ?」

「まかせとけ。何せ俺は・・・っと、設定上名乗れねぇえんだよなこれが」

「?」

 きょとんとした表情の看護婦の頭をくしゃっと撫でて金さんは近くに有った椅子に座り込んだ。

「じゃあ話してもらおうか。越後屋の野郎が何考えてやがるかをな・・・」

●年末特番●

 水戸のご隠居さんたちは早めにとった宿でくつろいでいた。

「しっかし久しぶりに来たけど江戸はにぎやかでいいよねー」

「賑やかはいいが・・・少々きな臭いな」

 スケさんとカクさんの会話に弥七はニヤリと笑ってみせる。

「流石だな。実は俺の仲間達から連絡があってな。どうも近々討ち入りがあるらしいぞ」

「はぁ、討ち入りですか」

 ご隠居さんののんびり声に弥七は笑顔を苦笑に変えて話を続ける。

「ああ。ほれ、最近まで高家筆頭だった吉良の爺さん。あいつに浅野家の殿様が切りかかって切腹させられたろ?」

「松の廊下事件か・・・いろいろ不可解な部分が多い一件だったな。上野介の方が抵抗しなかったんで喧嘩両成敗が成立しなかった事を不服に思ったものも多いと聞くが」

 スケさんは軽く目を細めて呟く。

「でもさ、吉良の爺さんってあれでしょ?あちこちから賄賂を取ってて浅野のお殿様が賄賂払わなかったんで意地悪したとかなんとか」

 カクさんの言葉にスケさんは軽く苦笑を浮かべた。

「塩の製造法を教えなかったのが原因という説もあるな。まあ、実際はどうだったのかはわからんが・・・吉良公が優秀な治世者であったのは間違いない。だが、優秀な官吏というものは庶民からは嫌われがちだからな」

「事実って奴は民衆好みに曲げられるもんだよな・・・ともかく赤穂藩の食い詰めた奴らが40から50人、この江戸にきてるのは間違いない。お庭番の奴らも襲撃は必至と見ている」

 弥七はスケさんの台詞を引き取ってそこまで言ってからハチベエに手招きをした。以心伝心、ハチベエが荷物から出したトックリを受け取りぐいっと中の酒をあおる。

「討ち入りは、勇壮ですけど・・・へたしたら切腹物ですよ〜」

「そうだよねー・・・でも大丈夫じゃない?あれでしょ弥七さん。公儀隠密が嗅ぎつけてるなら事前にリーダーでも捕まえてチョン・・・って感じで」

 心配げなご隠居にカクさんはパタパタ手を振りながらそう言って机に置いてあった茶菓子をかじる。

「そうだな。よほど幕府に影響力がある奴が口出しでもしなければ・・・」

「・・・影響力、ねぇ」

 弥七は横目でご隠居を眺めた。

「・・・影響力、かー」

 カクさんは唸りながらご隠居を見つめる。

「・・・?」

「言っとくがやらせんぞ。そんな後味の悪い」

●年末特番●

「おう、じゃまするぜ」

 ご隠居さんたちがのんきかつ物騒な話をしている同じ宿の別の部屋。本来なら幕末まで待たないと出番のない二人組が泊まっている部屋のふすまを金さんは勢いよく開けた。

「何奴!?・・・って金さん!?」

「をを、殿ではございませぬか!」

「・・・おまえ、普段とキャラ一緒じゃねぇか・・・」

 金さんは一瞬ジト目になりながらも部屋に入り後ろ手にふすまを閉める。

「それで殿、何の御用でしょうか?もしや、日本の心、夜這いでございますか!?」

「よ、よば・・・!?」

 土方の直球勝負な台詞に近藤は反射的に着物の襟をぎゅっと握る。本人は胸元を隠してるつもりなのだろうがなんだか逆にかわいらしい。

「まだ日も沈みきってねぇのに夜這う奴が居るかっつーの。それなりに真面目な話をしに来た・・・今、いいか?」

「うむ。私達の方からも接触しようとしていたところだ。おそらく話しの内容は一緒ではないのか?」

 言って近藤は部屋の隅から座布団を3つ持ってきた。金さんと土方はそれをうけとってどっかりとあぐらで座り込む。近藤だけが綺麗な正座だ。

「さってと、おまえらも昨日の晩越後屋に賊が入ったのは知ってるな?」

「うむ。その晩江戸中の悪徳商人どもが集っていたのもな」

 さらりと言ってきた近藤に金さんはにぃっと笑みを浮かべる。

「話しが早いな。だが問題はむしろそっちじゃねぇ。その商人達が担ぎ出してきた野郎が問題だ」

「担ぎ出した野郎・・・ですか?それは初耳ですが?」

 首を傾げる土方に金さんは軽く頷いた。

「おうよ。俺のほうのつてで手に入れた情報だがな・・・やつらのバックには吉良がついている」

 吉良の二文字に近藤は顔をしかめる。彼女自身組織の管理者として権力というものの怖さはよく知っているのだ。

「・・・元高家筆頭か。うかつに手を出せば返り討ちになりかねんな」

「なんの!我らは天下の壬生狼ですぞ!事情なぞ考えず悪・即・斬!です!殿、ご決断を!」

一人盛り上がる土方に金さんは苦笑して首を振る。

「町の遊び人にそんなこといわれてもなー」

「・・・よく言う」

 近藤はかるく笑ってから金さんを正面から見つめた。

「だが、土方の意見も一理ある。身分、事情に関わらず悪とあれば即成敗・・・それこそが壬生狼と揶揄され人斬りと蔑まれるわれらの唯一の正義である故に」

「俺だってほっておくつもりはねぇ。まぁ、もう少し待ってくれ」

 言って金さんは立ち上がり二人に背を向ける。

「踏み込む大義名分さえ手に入れりゃあ・・・こっちのもんなんだからよ」

●年末特番●

 江戸の町の片隅に建っているどこにでもありそうな長屋・・・だが、そこに集った男達の顔つきはとてもではないが平凡とはいえない厳しいものであった。

「皆!大石殿が参られたぞ!」

 誰かの言葉に45人の男達が一斉に姿勢を正した。狭い長屋の中に詰め込まれてるだけでも不気味なものがさらに暑苦しい。

「大石殿!ついに決行ですか!?」

「大石殿!ご決断を!」

 口々に叫ぶ男達を見渡して大石と呼ばれた人物は傍らに立つ腹心の部下に向けて唇を尖らす。

「安兵衛くん。この人たち暑苦しいよ」

「・・・家老様。ストレートな表現は避けてください・・・」

 堀部安兵衛(竹中正太郎)はがっくりと肩を落として呟いた。

「殿!我らの忍耐も既に限界です!すぐにでも討ち入りの許可を!」

「へぇ?それで為す術もなく全滅するの?何故だかすっごく警備が厳重になってるお屋敷に突入して?」

 大石内蔵助(瑞穂・R・舞園)は気軽そうな口調で辛らつな言葉を投げかける。

・・・何度も繰り返すが細かい設定を考えてはならない。赤穂浪士の中には大石の息子の主税がいるじゃんとかいう突っ込みもキャンセルである。

「しかし!」

「安兵衛くん?」

「はい」

 安兵衛は携えていた書類をぺらぺらとめくりながら浪士たちの前に進み出る。

「いいですか?我々はあくまでも亡き主君の仇を討ち、幕府に抗議の意を表するのが本懐です。上野介を討てばそれで終わるというものではありません」

 静かな声を引き継いで大石はにっと笑ってみせた。

「いい?目的はただ一つ。吉良邸を占拠する事なの。武家にとって屋敷はお城。ここを抑えるってことは浅野家が吉良家を打倒したという意味を持つってわけ」

「故に制限時間はせいぜい一晩・・・夜襲をかけ、朝までには屋敷内の戦闘力を全て奪わなければなりません。その上で吉良上野介を殺す・・・情報戦なのですよこれは」

 浪士達は悔しげに俯いて応えない。

「大丈夫だってば。ちゃんと準備はすすめてるよ。そうだね・・・あと数日で決行するつもりだから」

「おお!ついに・・・!」

 今にもすがりついてきそうな浪士たちを軽くあしらってから大石は安兵衛を伴って、長屋を出る。

「さて、どうしよっかなー」

「?・・・何がですか?家老様」

 安兵衛の声に大石は肩をすくめる。

「準備。正直吉良邸強襲だけならなんとかなるけどねー。あそこっていま各地から集められた用心棒が溜まってるじゃない?あれ、なんとかならないかな」

「・・・僕の調べた限りでは彼らのスポンサーは江戸でも有数の商人ばかり。一応彼らの護衛のために雇われたとのことですが・・・吉良としては、自分の警護が目的でしょうね」

 大石は髪の先をくるくるといじりながらため息をついた。

「あー、めんどくさいねー。やめちゃおっか?」

「いまさら無理ですよ。ちゃんと働いてください」

「討ち入りが成功しても、どうせ切腹だよ?」

 さらっと放たれた言葉に安兵衛は慌てて大石の方に視線を向ける。

「みんなは吉良を倒せばそれで万歳って思ってるけど・・・忠義っていうのも所詮私情だもん。幕府は・・・絶対に切腹を要求するよ・・・」

 うつむき、小刻みに肩を震わす大石に安兵衛は言葉もない。

「どうしよう安兵衛くん・・・討ち入りの許可を出したら・・・みんな死んじゃうよ・・・安兵衛くんまで・・・」

「か、家老様!」

 安兵衛は思わず叫んでいた。ただでさえ小柄な大石の体が、今は消えそうなほどか弱く見えたのだ。

「ぼ、僕が!僕が家老様を守りますから!絶対大丈夫でから!」

「そっか、じゃ。おねがいねー?責任全部安兵衛くん持ちでお願い〜☆」

 瞬間、大石はぱっと顔を上げた。その顔はにまーっと笑っている。

 いつものように、意地悪く。

「か、家老様?」

「ほんっと安兵衛くんって素直で可愛いねー」

「家老様っ!」

 顔を真っ赤にして叫ぶ安兵衛の肩をぱんっと叩き大石は再び歩き出す。

「ありがとう・・・君のために、もうひと頑張りするからねー」

「え・・・?」

 気軽な声で言いながらも、後についてくる安兵衛からは見えない彼女の瞳は冷徹な光をたたえて空を睨む。

(死なせたりはしないよ。黙ってシナリオに従うなんてこと、絶対しないから・・・)

 ●年末特番●

 

 日も落ち宵闇に包まれた部屋で一人の少女が目を覚ました。

「・・・ふぁぁ・・・」

 かるくあくびなどしながら身を起こした少女はごしごしと目をこすりながら背伸びをする。

「?・・・あれ?なんか変」

 呟いて辺りを見渡した動きがぴたっと止まった。

「・・・どこ?ここ」

 だだっ広い部屋だ。畳敷きの豪奢な部屋で、ふすまから床の間の掛け軸まで明らかに金ぴかなのが少女にとっては気に食わない。

「なんなのここ!?っつーか趣味わる!」

 叫びざまばっと飛び起きて少女はうろうろと部屋の中を歩き回る。

「ちょっと待ってよ?あたしなんでここにいるわけ?たしか・・・いつもどおり団子屋で働いてて、早上がりだったんで金さんとでも遊ぼうってんで小石川へ行こうとしてたのよね?」

 呟いて障子を小さく開け、外をうかがう。視界に入るのはどこまでも豪華な庭しかない。

「で、ちょっと近道をしようって裏道に入って・・・うわ、そっから記憶がないし」

 ガシガシと頭をかきながら少女は自分の顔が引きつっていくのを感じた。

「・・・んでもって・・・あたし、なんでこんな豪華な着物きてんの?あたしの着物どこよ?」

 ゆっくりと振り返り、隣の部屋につながるふすまにゆっくりと近づく。

 彼女も噂には聞いていたのだ。最近若い娘が・・・とくにあまり裕福ではない娘がよく行方不明になると。

(お上はどうせ駆け落ちでもしたんだろうとか言ってるけど・・・やっぱりこういうことなわけね)

 少女がふすまに手をかけようとした瞬間だった。

 がらり、と。

 一足早くそのふすまが開いた。

「のわっと!?」

 おもわずたたらを踏んだ少女がなんとか身を起こすと、そこには一人の男が立っている。

「っくっくっく・・・なるほど、美しいではないか」

 明らかに金のかかった着物にがっしりとした体格。下卑た表情を浮かべたその顔に見覚えがある。

「あ、あんた・・・見るからに悪代官ね!」

「誰が悪代官だ!いや、代官は代官だが悪をつけるな!」

 悪代官は反射的に叫んでから再びにやにや笑いを浮かべる。

「まあいい。ともかく、ワシがおまえを買ったご主人様だ。今夜から楽しませてもらうぞ」

「ぅお?」

 帯に手を伸ばされた少女は一瞬だけ修羅の形相になってからにっこりと微笑んだ。

 ただし、目は笑っていない。

「お代官様?」

「む?なんじゃなんじゃ?覚悟が決まったのか?」

 下品な笑みに少女は口の端が引きつるのを必至で抑える。

「説明的な台詞をありがとうございますお代官様・・・お礼に・・・」

「む?礼に?」

 悪代官が期待に胸とそれ以外の場所を膨らました瞬間だった。

「お礼に、天国を見せてやるっちゅーねんっっっ!」

 少女はバックに炎を燃やしながら悪代官に飛び掛った。

 江戸の爆弾娘(天野美樹)・・・ここに降臨・・・

 ●年末特番●

 十数分をさかのぼる。

 爆弾少女が目を覚ます直前、同じ屋敷の塀の外には三人の男女の姿があった。

「・・・いけるのか?」

「ああ。世話になりっぱなしは気に食わないからな」

 金さんの言葉に石川五右衛門はぱんっと自分の腹を叩いてみせる。

「ゴエさん!無理は・・・」

「しないって。大丈夫だぞ、俺は。まぁ愛しい俺を心配するのはわかるけどなー」

 ネズミの心配げな声に石川は『にっ』と笑った。ネズミはそれに冷たい視線で答える。

「・・・腐ってんの?味噌」

「・・・優しさとか暖かさとか言う単語、知ってるか?」

「知ってるわよ?で?」

 石川はむぅと唸って金さんに視線を向ける。

「つーわけで行くが・・・いいのか?あんたが俺たちに仕事を頼んで」

「ああ。かまわねぇよ。なんでもいい・・・あいつらが悪事をしてる証拠を取ってきてくれ」

「・・・あのさ、これっていちおー悪いことなんじゃない?」

 ネズミに試すような声で言われて金さんはきゅっと口のはしを吊り上げて笑った。

「おおよ。それにおまえらだって見逃すってわけじゃねぇぜ?いつかは捕まえる・・・でもよ、あいつらを何とかしねぇとおまえらまで手はまわらねぇのさ」

「つまり、俺たちは自分が捕まるために手伝うのか?」

 五右衛門は呟いて黒い布で覆面をする。

「その通りだな。やめるか?」

「冗談!やるわよ。少なくとも私は庶民の味方名乗ってるし」

 ネズミも同じように覆面をしながら気合満々な目で屋敷を見詰めた。

「まぁそういうわけで俺も行くさ。何せ俺とこの娘が一緒に居てなんかトラブルがおきねぇわけがないんだからな」

「また子ども扱いするし・・・ちょっと年上だからって・・・」

 口を尖らせながらも覆面の間から見える目は嬉しそうに細められている。

「頼むぜ。がつんとな」

 金さんの言葉に頷き二人の姿がすっと消えた。一瞬して屋根の上に黒い影が二つ現れる。

「・・・さすが元陸上部×2

 屋根の上を音ひとつ立てず歩きながらネズミは石川の横顔をちらりと眺める。

『ほんとに・・・痛まないの?』

『縫っただけだぞ。痛いに決まってるだろ』

 盗賊同士で使う音の出ない特殊な声で問われて石川は目に苦笑を浮かべた。

『別に私だけでいいんだよ?怪我も私をかばってだし・・・』

『考えるより早く動いちまう俺が悪いんだあれは。おまえなら何もしないでもよけれただろうしな』

『・・・やっぱり、かなわないなぁ・・・』

 ネズミは呟きぐっとガッツポーズをとる。

『よっし!じゃあ今回は私がメインでがんばるからね!ネズミ、ふぁいとっ!』

『なんだかな・・・まぁいいか。俺は楽だし・・・ん?』

 石川の目が一転して真剣な物に変わった。鍛え上げられた聴力が何かを捕らえたのだ。

『おいネズミ・・・』

『うん、聞こえる。ちょっと待って』

 体力で劣る代わりに視力や聴力が鋭いネズミが目を閉じて聞き耳をたてる。

『ん、こっち!』

 ネズミの先導で石川も屋根の上を駆ける。

『ア〜〜〜れ〜〜〜』

 二人は再度悲鳴の聞こえた部屋の真上に辿り着くと、音もなく庭へと飛び降りた。

『・・・踏み込む?』

『ああ。いきなり進入から強襲になっちまうけどな』

 苦笑しながら顔を見合わせて二人はバッと障子をあけて屋敷の中へと飛び込む。

「そこまでだ・・・?」

「何をやって・・・るの?いやマジで・・・」

 そして、そのままぽかんと口を開けて硬直した。

「ほぅれ、ほぅぅれ!」

「あ〜れ〜〜〜〜」

 二人の目に入ったのは帯を引っ張られてくるくる回されて悲鳴をあげている姿。それはある意味見慣れたものであった。

 まわしているのが瞳に炎を燃やした少女で回されているのがごつくてむさくるしい男でさえなければ・・・

「お、おやめください町娘様!」

「よいではないか、よいではないか〜!」

 石川とネズミは顔を見合わせた。ちょっと前までシリアスに潜入していた自分がなんだか少し恥ずかしくなる。

「・・・どうする?帰ろうか?」

「・・・そうもいかないだろ?多分・・・」

 着物をはだけてがたがたとふるえる悪代官に迫る町娘の姿に二人はあきれ返りながらも気を取り直す。

「おい、そこのあんた・・・なにがなんだか事情は予想も出来ないがそのくらいにしとけよ。その男、白目剥いて痙攣してるし」

 石川の言葉に悪代官をもてあそんでいた町娘はふと正気に返って振り返った。

「・・・誰?あんたら?」

「それは俺達が聞きたい・・・」

 ため息とともに吐き出された言葉に村娘はちらりと近くでうずくまっている悪代官を眺めて乾いた笑いを浮かべる。

「えっと、ほれ、あれよ。その・・・悪代官に手篭めにされかけた哀れな町娘・・・」

「どうみてもそっちが手篭めにしようとしていたように見えたんだけどな」

「あ、あは、あはは・・・はっはっはっは・・・!」

 石川の呆れ声に町娘は冷や汗をたらしながら町娘は笑いつづける。

「笑ってごまそうとしてるし」

「・・・ちょっとやりすぎちゃった。えへ☆」

 町娘が振り絞った渾身の笑顔に石川は深くため息をつく。

「まぁいいか。ともかくこの子が証拠だな。さらわれてるのは間違いないだろ?」

「うん。そーみたいね」

 ぶんぶんと頷く町娘の姿にネズミはくいっと首をひねった。

「じゃあこの人連れて帰ればいいわけ?大義名分とか言うのはそれでOKっぽいけど」

「・・・いや、連れて帰ると・・・まずいんじゃないか?」

「マジで!?」

 石川は詰め寄ってきた町娘をまぁまぁといなす。

「いいか?というよりまだ何も言ってないからわからないと思うけどな・・・俺たちはこの屋敷の主を・・・越後屋を攻める準備をする為にここに来たんだ」

「ぅえ?ここってあの越後屋なの?」

「そよ?『あの』越後屋」

 ネズミは床に転がっている悪代官を手際よく縛り上げながら頷いた。

「でだな。俺たちを雇った奴はここに踏み込むための大義名分が欲しいわけだ。本当は抜け荷(密輸)の証拠とかを見つけようとしてたんだけどな。さらわれてきた女っていうんなら証拠としてはばっちりだけどな・・・」

「あー、そうね。この子を連れ戻しちゃったら・・・ここには踏み込めないのか・・・ねぇ、他に誰か閉じ込められてるとか知らない?それか何か悪い事してる証拠」

「うーん・・・さすがにそんなのわかんないよ。あたしもさっき目を覚ましたばっかだしさ」

 三人そろって首を傾げて悩む。

「よし!」

ややまったりと仕掛けた空気を振り払ったのは町娘だった。

「OK!そんならあたし、ここに残るわ」

「!?・・・いいの?何されるかわかんないわよ!?」

 ネズミの言葉に町娘はぱたぱたと手を振る。

「一日や二日大丈夫よ。現に今夜はこうやって乗り切ったしね。そのかわりあんた達の雇い主せかしてよ?あんま長いとほんとに、その・・・」

「・・・やられちまうしなぁ」

 ぼそりと石川が言った瞬間ネズミの小柄な体が宙を舞った。

「ぬぉっ!?」

 剣閃のように振り下ろされたジャンピング踵落としをぎりぎりで避けて石川は悲鳴をあげる。

「何すんだよ!」

「本気で湧いてんの!?このセクハラ男がぁっ!」

「事実だろうが!」

 騒ぎ立てる二人に町娘は一抹の不安を覚えながらふと思い出したことを口にした。

「あのさ、もう一つ頼めるかな?」

「ん?何?」

 にらみ合いを中止して振り返ったネズミに町娘は微笑む。

「金さんって言う遊び人に連絡して欲しいんだ。よく小石川療養所で暇つぶししてるから」

「・・・遊び人に、連絡するの?こんな大事なことを?」

 試すような言葉に町娘はぐっと胸を張った。

「素性はよくわかんないんだ。自分のことあんま話さないしね。でも・・・」

 町娘はちょっと区切ってから極上の笑みを浮かべる。

「でも、世界で一番頼りになる奴だよ。どんなことがあってもあきらめなくて・・・見てると一緒に頑張ろうって思える奴。だから、お願いね。あいつが知っていてくれれば、あたしは絶対に大丈夫だからさ」

「・・・いいぞ。そいつに、そう言っとく」

 重々しく答えた石川の言葉に町娘ははっと我に返り力いっぱい腕を振りまわす。

「全部言っちゃ駄目よ!?本編でもそんなぶっちゃけてないのに番外編でそんなこと言っちゃまずいっしょ!?」

●年末特番●

 越後屋邸で男女3人がにぎやかに漫才を繰り広げている中、そこからあまり離れていない裏路地に一組の男女の姿があった。

「ちょっと待て、オレはこれで一応女だ!」

・・・訂正、二人の女性の姿があった。

「ごほん、ともかく・・・話ってのはなんだ?」

 闇に溶け込むような黒い着物を纏った長身の女が囁くように口を開く。

「うん、ちょっと頼みがあるの〜」

 答えるのは金色の髪を頭の両脇で束ねた少女だ。

「・・・討ち入り関係、か?」

「もっちー☆」

 金髪の少女・・・大石内蔵助はにっこりと笑う。

「断る。オレたちの仕事はあくまでも世直しだ。おまえらの討ち入りは正しいにしろ間違ってるにしろ・・・私情だってのがオレ達の結論でね。手伝う理由はない」

「そこを何とかしてもらわないといけないんだよねー。どうせ討ち入るなら成功しないと意味ないでしょ?」

 黒い女・・・風車の弥七は冷たい目で大石を打った。

「オレ達には関係ないと言ったぞ。それに・・・オレの見立てではおまえらの討ち入りは成功する。カクやご隠居には黙ってあるが、おまえらの行動に賛成な奴らは多い。いや、こう言い直すべきか?」

 大石はにっこり微笑んで次の言葉を待つ。

「おまえの情報操作で江戸中の町民達が吉良への討ち入りを支持している・・・それを無視できない奴らが多い、ってな」

「あはは、考えすぎだよ〜」

 弥七は陽気な声を無視して大石に背を向けた。

「どちらにしろオレたちにはメリットがない。他を探すんだな」

「あるよ〜?メリット。と、いうよりもむしろ私たちの存在自体がメリットだしね」

 弥七は足を止めた。やや不本意な光を目にたたえて肩越しに頭だけ振り返る。

「自信ありそうだな・・・なら、言ってみなよ。そのメリットって奴をさ」

「簡単なことだよ?吉良を殺しても不自然じゃないのは、私たちだけ・・・それがメリットだから」

「・・・何?」

 思いもかけない台詞に弥七は顔をしかめた。対する大石の表情はまったく変わらない。

「吉良が生きてると・・・そうとまでは行かなくとも無事で居られると困る状況が起きようとしてるって事だね。そして権力があって表立っては抑えられないあのお爺ちゃんの動きを抑えられるのは・・・」

「おまえらが手っ取り早いって事か。だが今の話しの根拠は?吉良が何かをたくらんでいる根拠がなければ信用できないんだけどな?」

 大石はひとつ頷いてからぴっと指を立ててみせた。

「情報は二つ。お願いしたいことも二つ。先に情報から言うけどね?この町のあまりまっとうでない商人さん達が結託して悪事を行おうとしてるって事。そしてそれを後援してるのが吉良だって事」

「・・・気付いてなかったわけじゃないけどな。お庭番の連中も江戸の治安が悪くなってきてるのは嗅ぎつけてる。抜け荷、人攫い、暴利・・・しかもそれらを取り締まる動きが鈍い。裏に誰か居るとは思ったけど」

 弥七は完全に足を止め路地裏の塀に背を預ける。大石も表情を変えないままに同じようにして塀に寄りかかる。

「でも、いくらご隠居さんでも吉良上野介を成敗!ってわけには行かないんじゃない?立場上殺しは出来ないし捕まえたって証拠なんて何もないんだもん」

「・・・筋は通ってるな・・・頼みとやらを聞こうか」

「へぇ?引き受けてくれるんだ?」

 大石の言葉に弥七は口元を軽くゆがめて笑みを作った。

「オレは合理的な考えが好きだからな。目的の為の手段は選ばないさ」

「その為になら、自分が汚れ役になるのもいとわない?」

 僅かな沈黙の時間。それを埋めるように弥七は懐から取り出した煙管に火をつける。

「・・・オレがやらなかったら・・・あいつが代わりにやっちまうじゃないか」

「あいつ?」

「あいつには、それが出来る。オレと同じくらい・・・いや、下手をするとオレよりもこういう裏の仕事が得意なのはわかってんだ」

 大石の問いには答えず弥七は半ば自分へ語りかける言葉を紡ぎつづける。

「でも・・・あいつは日の当たるところで生きていけばいい。あの娘達を支える正義が、あいつに似合う仕事だ。こんなことをするのはオレでいい」

「・・・そういう愛は、自己満足に過ぎないって思うけどね」

 大石の放つ刺に弥七はゆっくりと首を振った。

「いいさ。オレはあいつに会う前からこうだった。それに・・・」

 ゆっくりと、ゆったりと煙を吐き出す。

「オレは、そういう自分の愚かさも・・・わりと嫌いじゃないんでね」

「・・・あはは、似たもの同士かもね。君とは・・・」

 大石はほろ苦い笑みと共に小さく呟いてからぐっと伸びをしてみた。

「じゃあ、似た者同士、わるだくみでもしましょっか?」

 ●年末特番●

 あけて翌日。

「そうか・・・美樹が捕まってやがったか・・・」

 小石川療養所の縁側に座った金さんはそれだけ呟いて湯飲みを口に当てた。

「どうするんだ?俺は今からもう一度忍び込んでもいいけどな」

 その隣に座り石川は首の関節をパキポキと鳴らす。

「いや。ネズミの嬢ちゃんが監視してくれてんだろ?大丈夫だ・・・少なくとも一日や二日は抵抗するよ。あいつならな」

「・・・信頼か?それともどうでもいいのか?」

 金さんは肩をすくめながら湯飲みの中の茶を飲み干して傍らに置いた。

「確信、だな。近藤や土方なら暴れすぎを心配するとこだけどよ。あいつなら程よく抵抗して程よく取り押さえられるだろ。都合よく時間稼ぎできるってわけだ」

 やや酷薄な台詞に石川は苦笑する。

「そういうクールな発言をするときは、湯飲みをヒビが入るほど握るのはよした方がいいな」

「・・・うるせ」

 金さんは赤くなった顔をばしっと叩いて咳払いをした。本人は落ち着いたつもりなのだろうが全体的に苛ついた感じは取れない。

「金ちゃん、代わりのお茶持ってきたよー」

 背後からの声に振り返ると看護婦の少女がお茶と茶菓子の乗ったお盆を持ってそこに立っていた。

「おう、すまねぇ。葵も座れよ」

「おい・・・いいのか?まだ話は続くんだぞ?」

「あ、大丈夫ですよ。私は金ちゃんのこと全部知ってますし何もかも聞かなかったことに出来ますから」

 看護婦はニッコリと微笑んで金さんに新しい湯飲みをわたして自分も小さな湯飲みを手に取る。

「・・・まあ、俺には関係ないからいいか。ともかくあそこは黒い。越後屋だから当たり前だけどな。そこにあの子がさらわれてるならまぁ大義名分はばっちりだろ」

「そうだな・・・となると後の問題はひとつだ」

 金さんは呟いてから再び茶をすすった。

「俺やネズミだから忍び込めたんであって・・・カチコミせんもんのあんたじゃな。要するにあんたらのやり口って殴りこんで重要な証拠を押収、ついでに首謀者が逃げられないようにボコボコにするわけだろ?事が大きくなればお白州に引っ張ってけるわけだし」

「・・・冷静に説明されるとなんだか冷や汗が出るけどな」

(金ちゃんファイト!こういうのってノリが大事だよ!)

 看護婦は心の中でそっと応援してみる。

「今回の場合あの子を保護しないと駄目なわけで、そうなると時間が勝負だぞ。正面から殴りこんでいったって逃げられるのが落ちじゃないか?」

「・・・何も正面から行くって決まったわけじゃねぇさ。俺だって多少の小細工はする。後はまぁ、俺の法廷テクニックってもんに期待してくれや」

 石川は苦笑しながら茶菓子に手を伸ばす。

「ん。うまい」

「いっぱいありますからどんどんどうぞ」

 看護婦に言われて石川は嬉しげに茶菓子をいくつも手に取った。

「・・・さて、後はいつのりこむかだが」

「うん、それ、わりと大事」

「そうだよなぁ。今日か明日にだな・・・」 

 言いかけた言葉が止まる。

「今日か明日、その先、何?」

 言葉の主は金さん、石川、看護婦三人分の視線を受けてくいっと首をかしげる。微妙に可愛い。

「・・・っておまえいつの間に現れやがった!?」

「みーはいつでもあなたのそばに」

 金さんは頭を抱えて数秒間首を振っていたが気を取り直してその少女(御伽凪観衣奈)に視線を向けなおした。

「で?公儀隠密が何のようだ?こんなとこに」

「!?」

 石川は一瞬だけぴくっとしてから無表情になる。現役の盗賊が関わるにしては国家お抱えの忍者というのは危険すぎる相手だ。

「うん。昔の同僚から伝言、越後屋に殴りこむ時間、おしえる、よい」

「何でだ?だいたい誰だよ昔の同僚って」

 金さんのあきれ声に隠密は指を一本立てた。

「ひ・み・つ」

「・・・まあいい。おまえが言うんなら意味があることなんだろ。カチコミかけるのは今夜遅くから明日の朝にかけて。12月14日の0時ぴったりに・・・行く!」

 隠密はうんと頷きごくごく小さな笑みを浮かべる。

「ありがとう、信じてくれる。嬉しい」

 声と同時に隠密の姿はかき消すように消え去った。

「・・・やれやれ。心臓に悪いぞ。いまの女」

 石川の言葉に金さんは苦笑して肩をすくめる。

「だが、信用はできるぜ。あいつが動いてんならきっとうまくいく」

「金ちゃん?」

 立ち上がった金さんに看護婦は声をかけた。

「今夜は大仕事だからな。奥で寝かせてもらうぜ」

「うん。布団は適当に出してね。今は入院している人居ないから」

 頷いて金さんは石川に顔を向ける。

「悪いが夜までは見張りを続けてくれ。後は自由にしてくれてかまわねぇ。何なら俺が踏み込むのにあわせて越後屋へ盗みに入るか?」

「幕府が裏で動いているような時に動くほど馬鹿じゃないぜ。適当に逃げるさ」

 石川は行って立ち上がった。お茶菓子をもう一つ掴み懐に押し込んでから小さく笑う。

「さて、あいつと交代してくる。ほかに何か用はあるか?」

「ああそうそう。知り合いのところに連絡しに行ってくれないか?今夜0時にはじめるってな」

 

 ●年末特番●

 そして夜。

 とある宿屋から二つの影が現れた。人通りの少ない道を駆けるその体には浅葱色の着物。

「土方さん。今、時間は?」

「23時48分・・・ぴったりにつきそうですね」

 ちなみに何で江戸時代に24時間表示で時間を考えてるんだ?というつっこみは却下である。

「よし。指示は正面から突入しろ、だった。ということは・・・」

「正義は我にありということですね!」

 ぐっとこぶしを握った土方に近藤は額に一筋の汗を浮かべる。

「いや、そうではなくてだな・・・私たちは陽動の襲撃だという意味だ」

「陽動ですか?」

「その通り。おそらくあの屋敷には厳重な警備が引かれている・・・そこに三人で殴りこむのだ。かなりの無理は必至だろう。助っ人の我らは知らない何らかの目的があるとすれば・・・」

 土方は『おお』と手を打ち鳴らす。

「我々がかき回してるうちに殿が中枢に乗り込むわけですね!」

「その通りだ」

 並んで宵闇の中を走りながら近藤はふと思いついた疑問を口にしてみた。

「ところで・・・あの金さんが何故『殿』なのだ?」

「殿は、殿です!」

「そ、そうか・・・」

 ●年末特番●

 一方、蕎麦屋の2階を借り切った47人の赤穂浪士は最後の準備に取り掛かっていた。

「堀部さん!言われたとおり鉄芯入りの帯、全員に行き渡りましたよ!」

「鉢金はどうです?」

「それも装着済みです」

 堀部安兵衛は火消し装束に身を包み各々得意の武器を携えた浪士たちを見渡して一つ頷く。

「では、家老様に報告をしてきますのでもう少し待っていてください」

 言い残して一階に降りた安兵衛の目に入ったのは、そばをすする大石と外へ出て行く男の後姿だった。

「?家老様、今の男は・・・?」

「だーいじょうぶ!浮気なんてしないよダーリン☆」

 ずるり、と安兵衛は階段を踏み外した。残った数段を尻で滑り落ちてから勢いよく立ち上がる。

「な、なななななな何を言ってるんですか!ぼ、僕は、その!」

「嫌いなの?わたしのこと」

 涙をためた上目遣いに放たれた一言。再度放たれたハードパンチが安兵衛の思考をぐちゃぐちゃにかき回す。

「そ、そんなわけないじゃないですか!ぼ、僕はむしろ、その、す、す、す・・・」

「ん〜☆・・・す、なにかなぁ?」

「す・・・大石さん?涙はどこ行ったんですか?」

 大石はにぃっと笑ってから舌を出す。

「いつでも泣けるのが特技の一つなのよ」

「・・・家老様、みなの準備が出来ました。出発します」

「はいはい。じゃあ挨拶のひとつもしよっかな〜」

 安兵衛は額をおさえてやれやれと首を振り、階段を上っていく大石に一歩遅れて後を追う。

 あまり長くもない階段を上り終え、大石は浪士たちが待機している部屋へと足を踏み入れた。口々に自分の名を呼ぶ浪士たちを眺め、軽く息を吸う。

「さて、これから討ち入りを始めるよ〜」

(軽っ!)

 安兵衛は心の中で小さく叫んだ。

「それでね?討ち入りに失敗した時はもちろん、成功しても全員切腹かもしれないんだけど、それでもいいかな?」

 ざわりと。

 浪士たちの間に動揺が走った。

『お、大石さん!』

 小声で呼ぶ安兵衛にウィンクを返して大石は続ける。

「討ち入り自体には邪魔は入らないと思うんだ。それに、吉良屋敷の戦力もこの人数で勝てるレベルにはなってるし。でも・・・今度は私たちに喧嘩両成敗が適応されると思うの。多分これは回避不能だよ?」

(半ば覚悟していたとはいえ、面と向かって死ねといわれれば誰だって動揺する・・・大石さん、何故今頃そんなことを・・・?)

 そんな安兵衛の想いをよそに大石はやや青ざめた表情の浪士たちを見渡し、ニッコリと微笑んだ。

「それでも、ついてきてくれる?わたしがこのシナリオをひっくり返せるって信じられる?もし信じてくれるなら・・・わたしはみんなを死なせないようにやってみる。これは取引だよ。全部信じた人だけ・・・私は救う。成功するって断言はしないけどね」

 ざわつく浪士たちを眺めて安兵衛は心の中で首を振った。

(やっぱり・・・大石さんはうそつきですね・・・大石さんについてこなかった人たちは、そもそも死ぬ必要がない。ついてきた人は大石さんが助ける。結局全員を助けてるじゃないですか・・・)

「お、俺、やります!討ち入り!」

 一人が叫んだのを皮切りに浪士たちは口々に賛成の意を表し始めた。それまで以上に気合の入った表情で叫びあう。

「やるぞ!吉良をぶっつぶせ!」

「おうよ!殿の無念を晴らして差し上げるんだ!」

(・・・そして、ひとりだけ救われていない。みんなで大石さんに頼って縋って・・・みろこのメンバーを。食い詰めた奴らばかりじゃないか・・・だれも、大石さんを救わない。僕にも救うことなんて出来ない・・・)

「そんなことないよ」

 小さな声。

「え?」

 我に返った安兵衛に、首だけ振り返った大石の笑顔が写る。いつもの・・・そして、彼以外が見ることのほとんどない、何の作為もない自然な笑顔。

 その事実を安兵衛自身は知らないのだが。

「君は救ってはくれないかもしれないけど、救おうと思ってくれるから・・・寄りかかることは出来なくても、たった一人分だけでも・・・支えあえるってのは、嬉しいことだから」

 真っ赤になった安兵衛が何かを言う前に大石は再び浪士たちに向き直る。

「さて、出発しよっか!さっきも言ったけどわたしの指示に従えない人はついてきちゃ駄目だよ!」

『応っ!』

 それに答えた45の声に頷き大石は身を翻した。

 12月14日・・・歴史に名高い吉良邸討ち入りが、いま、始まる。

 ●年末特番●

「じゃあ行ってくるぜ」

 金さんは小石川療養所の門の前に立っていた。

「うん・・・あ、ちょっと待ってね」

 見送りに出てきていた看護婦は懐から出した火打石をカチカチと打ち鳴らす。ヤクザなどが出入りの時に行う武運長久のおまじないである。

「これでよしっと、頑張ってね。金ちゃん!」

「おうよ。まあ軽くかき回してくるぜ」

 うんと頷き看護婦は少し心配げな顔になった。

「美樹さん、大丈夫かなぁ・・・」

「あいつなら平気だろ。いざとなったら一人で脱出くらい出来る女だ」

 金さんは答えてぽんっと葵の頭に手を置く。

「おまえはゆっくり休んでろよ?いつもどおり忙しくなるからな」

「うん。今回も?」

 看護婦の言葉にニヤリと笑ってから金さんは歩き出した。

「ああ。一人も殺さねぇよ・・・それが俺のやり方だ」

「頑張ってね!怪我人だったら何人来たって私たちが治すからね!それと、金ちゃんは怪我したらやだよ!」

 声援に手だけ挙げてこたえて金さんは歩き続ける。

「・・・お?」

 数分ほどたった頃だった。金さんの歩みがふと止まった。

「・・・やあ」

 その前方、十字路の影から人影がひとつ、すべるように現れる。

「どうしたんだ主水?俺の手伝いでもしに来たか?」

「それもいいんだけどね。今日は仕事なんだよ」

 人影は・・・江戸町方、中村主水はマフラーの位置を直しながら答えた。

「・・・また、殺すのか。一人一両・・・裏の仕事人稼業で・・・」

「ああ。君が大嫌いな殺人による解決だよ。でも、僕はこの道を選んだ。正しくはないかもしれない・・・だが、僕は後悔だけはしないよ」

 二人の間にはらりと雪が舞い降りる。

「・・・今は、何も言わねぇよ。おまえも俺も自分の正義で動いている。そして・・・今回俺たちが守ろうとしているものは多分同じものだからな」

「そうだね。僕が仕事前に顔を出したのは・・・それを伝えに来たからだよ。だから、そう。頑張ろうってね」

 二人はそのまま口を閉ざし、歩き始めた。

 ●年末特番●

 同時刻、広大な越後屋邸の片隅で小さな戦いが繰り広げられていた。

「ぼ、ぼ、ぼくとあそぶんだな」

「嫌だって言ってんでしょーがっ!」

 大きな座敷を駆け回っているのはでっぷりと太った少年とウェーブのかかった長い髪を振り乱した少女だ。

「あぁ、もう!よりによってこういうタイプ!一番苦手なのよぉ!」

「待ってよぉ」

 太った少年はふひぃふひぃと息をつきながら少女を追いかける。

「ええい、もう・・・ぶっとばしちゃおうかしらあいつ」

「どうして逃げるんだよお。ぼくは越後屋の長男なんだな!」

「関係ないっ!っていうかあたしは金持ち嫌いっ!」

 少年はちょっと嫌そうな顔になって走るのをやめた。

「ふぅ、ふぅ・・・わからずやなんだな・・・仕方ないんだな。おまえたち、入ってくるんだな!」

「ぅえ!?」

 少女は思わず呟いてしまった。少年の声に答えて座敷の中に入ってきたのは明らかに柄の悪い男たちがぞろぞろと入ってきたのだ。

「おまえたち、その娘をおさえるんだな。そのあとゆっくりたのしむんだな」

「・・・あたしを簡単に攻略できるとは思うんじゃないわよ?詩織ちゃんより凄いわよあたしは・・・」

 わかりづらい上に江戸時代とは関係がない台詞を放って少女は身構えた。

「あんたにゃあ気の毒だがこっちも仕事でな・・・」

 迫る男たちは気づいていなかった。

 屋敷の表門が、二人の少女によって突破されていたことを。

「京都守護職!新撰組だっ!」

 叫びながら駆け込んで土方は手近な敵を斬り倒す。

「抵抗する者は全て斬り倒す!こちらの要求はひとつだけ・・・越後屋を出してもらおう!」

 近藤は大声で叫び『誠』とかかれたのぼりを地面に突き立てる。

「くそぉっ!何で京都守護職が江戸にいんだよおい!」

「出張だ!」

 至極まっとうなつっこみに土方は自信満々に叫び返す。

「ええい!かまうことはねぇ!斬れ、斬っちまえ!殺しちまってもあの方が何とかしてくれる!」

(あの方・・・吉良、か)

 近藤は心の中で呟きかちゃりと刀を揺らした。

「いい度胸だ!かかってこい!」

 ●年末特番●

「吉良様、越後屋邸に賊が入ったとの報告がありました」

「む・・・」

 吉良上野介は寝入りばなを起こされて不機嫌そうに身を起こした。

「集めた用心棒を派遣してくれとのことですが・・・」

「やむをえんだろう。金づるとして奴らを使う交換条件じゃからな・・・だが3分の1だけじゃぞ。残りはここに残しておくのだ」

 吉良の指示に深々と頭を下げて部下は姿を消した。

「・・・糞。浅野の若造め・・・死してなおワシの邪魔をしおる・・・浪人どもめ・・・このワシの命を狙うなぞ・・・」

 ●年末特番●

 越後屋とは吉良邸を隔てた反対側の位置にあるやや小さい悪徳商人の屋敷。その前に一組の男女が居た。

「・・・でさ、あたし達・・・何しに来てるんだろね?」

「知らん。だが弥七が頼んで来たのだからきっと意味があるのだろう」

 スケさんとカクさんは顔を見合わせてひとつ肩をすくめ、門へと向き直る。

「ではではスケさん。ひとつ派手にどーぞ」

「ああ」

 短く答えてスケさんは門扉に右の手のひらを押し当てた。

 そして。

「覇ッ!」

 吼えるような気合とともにスケさんの足がバンッとはじける。一瞬おいてぎしっと門扉がゆがみ・・・粉々に飛び散った。

「・・・竹上流、『破陣』」

 呟いてスケさんは砕け散った門の破片を踏み越えて屋敷に入る。

「いやぁほんとにあんた人間離れしてるわねー」

「それほどでもない」

 カクさんのからかいにさらっと答えてスケさんは屋敷から飛び出してきた人相の悪い男たちに向き直る。

 が。

「・・・どうもこういう口上は苦手だ。頼む」

 そのままカクさんをずいっと前に出す。

「あ、あんた・・・いいけどさ、得意だし・・・」

 カクさんはちょっと憮然としながらも一歩前に出た。

「よぉし!んじゃまぁ悪党ども!成敗してやるから前に出なさいっ!ちなみにこっちには国家権力がついてるから半端なごまかしは聞かないわよ!」

「く・・・くそっ!なんかよくわかんないけど怖い!」

 男たちはじりじりと後ずさる。

「お、おい・・・あの方に連絡した方が・・・いいんじゃないか?」

 その中の一人が不意にそんなことを言い出した。

「そ、そうだな・・・門を素手でぶち破るような化け物相手だし・・・」

 それが予定通りであることを、男たちは知らない。

 ●年末特番●

「大殿様・・・お休みのところ二度も申し訳ございません」

 もう一度寝始めたところを再び起こされて吉良上野介は不機嫌そうに起き上がった。

「先ほどとは別の商人から救援の要請がありましたので用心棒どもを派遣しておきました」

「勝手にか!こ、ここの警備は・・・!」

 吉良の悲鳴に部下はさっと頭を下げる。

「はい、派遣したのは三分の一のみです。全体の三分の一は残っておりますので」

「そ、そうか・・・」

 ほっとした中にやや苦悶の色を見せて吉良は呟いた。

「だが・・・大丈夫なのか?本当に・・・」

「はい。では私はこれで・・・」

 そう言って部下は深々と頭を下げる。

「よい夢を・・・」

 ●年末特番●

「はぁっ、はぁっ・・・ちっくしょー・・・強い・・・」

 息を荒げ片膝をついて少女は呟いた。場所は越後屋邸の一室、彼女の周りには既に三人の用心棒が意識を失って転がっていた。

「な、なにをやってるんだなみんな!」

「大丈夫ですよ若。確かに手こずりましたが・・・俺らもプロなんでね」

 用心棒の数は残り5人。既に疲労している少女にとって、それは絶望的な人数だった。

「そ、それならいいんだな。苦労した分、思う存分楽しんでやるんだな!」

「ったく、せめて自分で襲ってきなさいよ・・・」

 反撃する言葉にも力がない。

「さて・・・じゃあちょいと痛い目にあって動けなくなってもらうぜ!」

「か、顔は絶対殴っちゃ駄目なんだな!」

 声とともに五人のとこが同時に飛び掛ってきた。

「くっ・・・!」

 少女は一人目の男の手をすり抜けその鼻先に全力で頭突きを叩き込む。

「ぐべばっ!?」

 男は意味不明の叫びをあげてよろめくがそのまま踏みとどまって少女の肩を掴んだ。疲労が少女の力をわずかずつ奪っていたのだ。

「し、しまった!」

「おら、みんな剥いちまえ!手足の一本くらいはしょうがねぇから全力でおさえるぞ!」

 少女は体中の力を振り絞って抵抗するが5人がかりで抑える力にはかなわず床におしたおされてしまう。

(なんで・・・こうなるのよっ!あたしってばなんでこう中途半端なの!?)

 心の中の叫びが体中を支配し、少女の口が知らずひとつの言葉を紡ぎ始めた。

 悲鳴代わりに・・・一人の男の名前を。

「き・・・」

 だが。

(駄目っ!)

 ぎりっと歯を食いしばりその言葉を封じ込める。

(ただ助けを待つなんてこと、あたしじゃないよ!あたしはあいつの恋人にはなれないけど・・・)

 少女はその代わりに右腕を押さえつける男の鼻面に肩を叩きつけた。

「ぐっ・・・こいつまだ!」

「あきらめる!?そんなわけないじゃない!あたしはあいつの・・・」

「相棒だからな」

 声。

 やや低く、自信と力にあふれた、声。

「きょ・・・違った、金さん!」

「おうよ!」

 その声とともに、風が舞った。

「神楽坂無双流武技・連風牙!」

「ぶべばっ!?」

 駆け抜けざまに振るわれた木刀が少女を押さえつけていた男たちの鼻をまとめて陥没させる。

「よぅ、遅くなったな」

「ま、まったくよ!も、もうちょっとで(ピー)が(バキューン)だったわよ!」

 畳の上にべったりと座り、やや涙目でまくしたてる少女に金さんは苦笑しながら手を差し出す。

「すまん。本当に・・・ありがとよ。無事で居てくれて、よかった・・・」

「・・・無事に、決まってるじゃない・・・馬鹿・・・」

 少女はその手をぐっと掴み・・・

「馬鹿っ!無茶苦茶怖かったわよ!」

 そのまま金さんの胸に顔をうずめた。一日半の不安と恐怖を押し隠すように・・・

「・・・ほんと、すまん・・・」

 一方、同じ屋敷の門近くでは。

「局長、何人くらい斬りました?」

「わからないな。30人くらいまでは数えていたのだが」

 声を掛け合いながら近藤と土方は同時に用心棒を斬り倒す。

「それより土方さん、気づいていたか?」

「はい!館の中心の方も騒がしくなって来ました!」

 近藤は3人がかりで斬りかかってきた用心棒たちの剣戟を滑るような動きですり抜けてそのアキレス腱を続けざまに切り裂く。

「おかげで屋敷からは増援が来なくなったな」

「外から入ってくる敵もいい加減打ち止めだと思うんですけどね」

 土方は目に付いて敵にしなやかな体さばきで飛びかかり、相手の防御の上から強烈な唐竹割りを打ち込む。

「う、うぉお!?」

受け止めた用心棒は弾き飛ばされ、門柱に叩きつけられてぐったりと動かなくなった。

「土方さん、そろそろ引くか」

「はい!ですが・・・」

 土方はあたりを取り囲む用心棒の群れに眼を向けて苦笑する。

「全滅させるのと、手間は大して変わらないかもしれませんね」

 ●年末特番●

「さて、と」

 そして吉良邸では。

「攻め込むよ!突入!」

 大石の声とともに赤穂浪士たちはいっせいに吉良邸へと突入したところであった。

「・・・しかし、大丈夫でしょうか」

 安兵衛は門を大槌で叩き割って屋敷になだれ込んでいく浪士たちを眺めてつぶやく。

「何が?安兵衛君」

「確かに中に詰めていた用心棒の半分以上は出て行きましたが・・・それでも速やかにこの屋敷を占拠して、尚吉良を捕らえるのは難しいと思うのですが?」

 だが大石はいつものようにニッコリと笑って首を振った。

「だーいじょうぶだって。まずは目の前のことから処理しようよ。この屋敷の戦力を潰す・・・まずはそれだけでいいのよ」

 ●年末特番●

「さて、問題はこのガキか」

 金さんは部屋の隅でガタガタと震えている肥満体の少年・・・越後屋の息子にゆっくりと近づく。

「く、くるんじゃないんだな!ぼ、ぼくは越後屋の跡取りなんだな!」

「おうよ、それがどーした?」

「ど、どーしたって・・・」

 今まで聞いたことのない返事に少年は絶句する。

「ほれ、なんなら呼んでみろよその自慢のパパをよ!」

「!・・・パパぁぁぁぁぁっ!カァモォォォォン!」

「ほんとに呼んでるよ・・・」

 少女のあきれた声に同じく呆れ顔で頷いて金さんは少年を気絶させようと一歩を踏み出した。

だが、その時。

「なにかあったのかっ!」

 ふすまが乱暴に開きその奥から恰幅のいい男が飛び出してきた。それは、まごうことなき越後屋本人である。

「ファーザー!」

「おぉう、マイサンッ!」

 唖然として立ち尽くす二人を無視して越後屋とその息子はがっちりと抱き合った。その瞳に後から後から涙があふれる。

「・・・ねぇ、なんかあたし、どっと疲れが・・・」

「・・・我慢しろ。俺もだから・・・」

 どちらからともなく呟いて二人はため息をついた。

「おまえ達が私の可愛い息子をいじめたのだな!?」

「そうだよダディ!こいつらをけちょんけちょんにして!」

「だでぃ・・・」

 金さんが心底嫌そうに呟いた瞬間部屋中のふすまがばんっと開いた。その向こうに立っているのは数十人に達する人相の悪い男の群れ。

「うわー・・・暑苦しいなぁ・・・」

 少女の言葉を強がりと取ったのか越後屋はふふんと鼻を鳴らす。

「安心せい。おまえは殺さんよ。まぁ隣の男は簀巻きだがのぅ!」

 同時に用心棒たちはゆっくりと部屋に入り二人を取り囲んだ。右を向いても左を向いても刀を握った男・男・男。

「ど、土下座して謝るんなら、す、少しは痛くなく死なせてあげるんだな。あ・・・女のこの方は、は、はだ、裸になって謝んないと駄目なんだな!」

「・・・最っ低!」

 越後屋の息子の下卑た言葉に少女は瞳に怒りをみなぎらせてこぶしを握った。

 刹那。

「とくと見やがれ!」

 金さんはバッと着物をはだけ、上半身裸になっていた。

「ち、違うんだな!ぼ、ぼくは男の裸は見たくないんだな!」

「き、金さん・・・まさかそんな趣味があったなんて・・・!」

「だぁああああああっ!違う!」

 その場の全員から冷たい視線を受けて金さんは慌てて叫ぶ。

「見るのは俺の背中っ!この桜吹雪だ!こいつを散らせるもんなら散らしてみやがれぇつ!」

 その言葉に越後屋&息子、用心棒連合、少女の視線が金さんの背中に集まり・・・

「・・・・・・」

 しばしの沈黙の後に全員の口から同じ単語が繰り出された。

「・・・『葵命』?」

「何ぃっ!?」

 恭一郎は首を無理やり後ろにひねって自分の背中を睨む。そこには、確かに桜吹雪の彫り物がある。だが、それよりも目を惹くのはその桜吹雪の中心に大きく書かれた二文字。

「・・・葵命」

 金さんは呆然と呟き、慌てて着物を元通り着なおした。

「くそ!誰だよこんな刺青勝手に入れやがったのは!っつーかみーの奴に頼んだんだからあいつ以外いねぇぞ畜生!」

「お、恐ろしい奴なんだな・・・あんな恥ずかしい刺青を堂々と見せるなんて只者じゃないんだな・・・!」

 越後屋(息子)の台詞に用心棒たちはうんうんと頷く。

「ぐぉぉぉおおおおおお畜生ぉぉぉぉぉぉ!一番の見せ場がぁあああああ!」

「んなこと言ってる場合じゃないでしょ!さっさとこの場の奴らを叩きのめして帰るわよ!」

 少女に言われて金さんはバリバリと髪をかきむしって叫んだ。

「わかってんよ畜生!このやるせない怒りを全部奴らに叩き込んでやる・・・!神楽坂無双流武技・火車っ!」

 結局一番の貧乏くじは、用心棒たちであった。

 ●年末特番●

 同じ頃、吉良邸では。

「お、大石様っ!大変です!」

「ん〜、どしたの?」

 正門前に陣取っていた大石の前に浪士の一人が駆け込んできていた。

「き、吉良が・・・吉良上野介がいません!屋敷は完全に制圧しましたが本人は抜け穴から脱出した模様!」

「あー、やっぱりそっか。ちょぅっと制圧が遅かったかな」

 あっけらかんと言う大石に浪士も安兵衛もぱかっと口を開ける。

「そ、そんな気軽に言うことではありませんよ!すぐに捜索して首を取らない我々は・・・!」

「大丈夫だって。みんな、信じてくれてるんでしょ?」

 大石はそう言ってわずかに目を細めた。

「君、わるいけどその辺を見回ってきて頂戴。何も聞かずにね」

 ●年末特番●

「はぁ・・・はぁ・・・な、何故ワシがこんな目に・・・」

 その吉良上野介は老体に鞭を打ちながら雪を蹴立てて走っていた。

「ぬ、抜け道を掘っておいて正解じゃったわい・・・ぬ!?」

 手近な番所(江戸の警備を行っている町方の待機している場所)を目指る吉良の目に、こちらへ向かってぶらぶらと歩いてくる人影が写った。

 一瞬警戒した吉良だが、その男の持っていた提灯に丸に番のマークが入っているのを見てその表情が一変する。

「あれ?いかがいたしましたこんな時間に夜着で・・・」

「おお!町方か!」

 吉良は満面の笑みを浮かべてその人影へと駆け寄った。

「わ、ワシは吉良上野介じゃ屋敷に、屋敷に賊が入ったのだ!赤穂の馬鹿浪人どもが大挙してワシのところに・・・!」

「それは大変です。ささ、こちらへ。案内しますので・・・」

 手招きする人影の輪郭が徐々にはっきりとしてくる。マフラーを巻いた、細身の男。片手に提灯、片手には・・・

(刀・・・?)

 呟いたはずの言葉が、虚しい呼気となって宙に消える。

「・・・?」

 吉良は呆然と自分の胸を見下ろした。はだけた夜着の中心に音もなく突き立った銀色の輝きを。

「案内しますよ。あの世にね・・・」

 呟いて男は・・・八丁堀こと中村主水はゴリッと刀をねじり吉良の心臓をえぐる。

「・・・がっ・・・はっ・・・」

 口の端から血を流して吉良はその場に崩れ落ち、主水はその体を受け止めてそっと雪の積もり始めた地面に寝かす。

「仕事は、完了。帰ろうかな・・・」

 主水は呟いてぶらりぶらりと歩き始めた。十分離れてからすっと視線を背後に移すと火消し装束に身を包んだ男が吉良の死体を前に驚愕の声をあげているのが目に入る。

「・・・あの少女の計算どおりか・・・誰が誰をどう利用してたのかは知らないけれど・・・何事も一筋縄ではいかないものだね・・・」

 ●年末特番●

 こうして、剣戟の吹き荒れた夜は幕を閉じた。

 そして数日が過ぎ・・・

「んー、今日もいい天気〜」

 小石川療養所の庭先で少女が一人、洗濯物を物干し竿にかけていた。小柄なその少女は療養所で働く看護婦である。

「よお、おじゃまするぜ」

「はい?」

 看護婦が手を休めて振り返ると、そこには着流しに木刀をぶら下げた男が立っていた。

「あ、金さん。おはようございます」

「おう、おはよう」

 金さんは軽く手を上げて挨拶してから縁側に腰をかける。

「聞いたか?赤穂浪士たちの討ち入り事件」

「うん。結局全員切腹だったんだってね・・・ちょっとかわいそう」

 看護婦の台詞に金さんはちょっと複雑な顔をした。

「・・・それがだな、そうでもねぇんだこれが・・・おかげで後始末が大変だったぜ・・・さすがにあんだけ大事になっちまうとそういうのが面倒でいけねぇ」

「へぇ、あの事件の片、ついたのか」

 肩を叩きながら言った言葉に、返事は頭上から返ってきた。

「あん・・・おう、石川じゃねぇか」

「よう、遊びに来たぜ」

 石川は音もなく屋根から飛び降りて金さんの隣に腰掛ける。

「こんにちは。石川さん。あ、お茶菓子持ってきますね!」

 洗濯物の籠を地面に置こうとする看護婦を石川は手を振って制した。

「ああ、気にしないでくれ。それが終わってからでいいから」

「そうですか?・・・すいません」

 看護婦が再び洗濯物を干し始めるのを眺めながら石川は金さんのほうに体を向ける。

「聞いたぜ?結局越後屋はしょっぴけなかったんだろ?」

「ちょっと違うな。しょっぴかなかった、が正しい」

 金さんはそう言ってごろりと寝転がる。

「というよりも、もともとそこまでは期待してなかったんだよ俺は。何しろあいては50人からの悪徳商人だぜ?一気に捕まえられるわけねぇし。今回の狙いは一番でけぇ越後屋を叩くことでいくら連帯してても駄目な時は駄目だぜって伝えることだったんだ」

「・・・まあ、確かに・・・今回はおまえの方にも助っ人がたくさん居たなどあいつらにわかるはずもないしな」

 石川は苦笑してから金さんと同じように寝転がった。

「それで?その助っ人連中はどうしたんだ?」

「ああ。あいつらは・・・」

 ●年末特番●

「あいたた・・・まだ少し痛みますね局長」

「そう言うな。私とて少々傷が痛む」

 二人の少女がとある宿屋の前に立っていた。

「でもまぁ、おかげで幕府の力まで借りれましたしね。やっぱりいいことはしとくもんです」

「そうだな。では、乗り込むとするか・・・」

 軽く深呼吸をしてから近藤は宿屋の障子を勢い良く押し開ける。

「新撰組だっ!キンノウロウシども!覚悟せよ!」

「殿からねぎらいの言葉までいただいて我々は今無敵状態だ!」

「あ、いや、その、別に私はだな・・・」

 ●年末特番●

「ご隠居〜朝ごはんだよ〜」

 カクさんは寝起きの悪いご隠居に今朝何度目かの声をかけながらてきぱきと朝食を作っていく。

「お、いいにおいじゃないかカク・・・ってスケもご隠居もまだ寝てんのかよ」

「ああ、スケの方はさっき大きめの岩をおなかの上に置いといたからもうすぐおきるんじゃないかな」

 あっけらかんと言ってくるカクさんに弥七の後から部屋に入ってきた八兵衛は苦笑をもらす。

「スケさん、そのうちほんとに死んじゃうんじゃないですか・・・?」

「大丈夫だって。あいつは無敵なんだからよ」

 弥七はそう呟いてから窓の外に視線を投げた。

(そう。あいつは普通に無敵であればいい・・・こういう裏方はオレ一人で十分なんだからな)

 雪もやみ、ご隠居一行が再び旅立つ日も近い。

 ●年末特番●

「いやあ、南に来るとあったかくていいねぇ」

 江戸を遠く離れた九州へと航行を続ける一艘の船。その船上に立ち、少女はうーんと背伸びをする。

「・・・そうですね。島流しの途中でなければ尚いいです」

「やだなぁ、ちょっと長めのバケーションだと思えばつらくもないでしょ?」

「いえ、きっぱりとつらいです」

 安兵衛の言葉に大石はケラケラと笑う。

「気にすることないって。島流しっていったって公式には死んだことになってるんだよ?どこへ行くのも自由だよ」

「国内でなければ、ですけどねー・・・」

 相変わらずぼやき調の安兵衛に大石はむぅっと唇を尖らせて見せた。

「安兵衛君いじわる。そんなにやなの?わたしと一緒に居るのがー」

「い、いえ、そんなことはありえません・・・!」

「じゃあもっと気楽にいこうよ。せっかく二人して船旅なんだしさ」

 大石の台詞に安兵衛は額をおさえてしゃがみこむ。

「・・・45人ほど、人が多すぎますよ・・・」

 狭い甲板に47人の男女を詰め込んで、船は行く。

 南へと、そしてまた、どこかへと。

 ●年末特番●

「そういうおまえさんはどうだ?最近。相変わらず盗みをはたらいてんのか?」

 金さんはねっころがったまま洗濯物を干し終わった看護婦の持ってきたお茶に手を伸ばす。

「ああ。とはいっても最近はネズミの奴と組んでるからな・・・相手は悪徳商人ばっかだな。多少稼ぎが落ちたような気はする」

「・・・捕まるなよ。捕まって俺んとこに廻されてきたら・・・確実に有罪にしてやるからな」

 石川はひょいっと肩をすくめた。捕まるかよという意思表示かもしれない。

「まぁ、気はつけるさ。噂の桜ふぶきを見ないようにな・・・さて、俺はそろそろ帰るぜ。じゃあな、金さん」

「・・・あー、それだけど」

 金さんは起き上がってお茶をすする。

「俺、名前変えるわ」

「は?なんでだ?」

 石川のもっともな問いに金さん・・・いや、元金さんは苦々しい顔をする。

「桜吹雪の金さんって肩書き・・・もう使えなくなっちまってなあ・・・」

「!・・・思い出した。俺も聞いたぜ」

「?・・・何をですか?」

 タイミングよく戻ってきた看護婦に(元)金さんは青くなり石川は大笑いし始める。

「今じゃおまえ、こう言われてんだよな確か!『葵命』の金さんって!」

「言うな!笑うな!」

「ぁ、ぁぅ・・・」

 真っ赤になってもじもじしている看護婦を隠すように(元)金さんはばたばたと手を振り回す。

「もう俺は金さんじゃねぇ!あだ名も一緒に変更だ!」

「んで?次はなんて名乗るんだ?」

 石川の問いに(元)金さんはぎらりと目を輝かせた。

「長谷川平蔵でどうだ!」

 

・・・ともあれお江戸は日本晴れ。

今日も平和なようである。

                        ―終幕―