休憩室

最近の学会報告や投稿原稿を掲載いたします

1.第55回日本東洋医学会関東甲信越支部会
               1999.10.17  (於 宇都宮)

2.東邦大学佐倉病院図書室通信  No.89/1999.12
               とっておきの話 24
3.日本産科婦人科学会千葉地方部会平成11年冬季学術講演
                2000.2.5 (成田)
4.中医臨床創刊20周年記念号


5. 中医臨床(更年期障害) 

6.第52回日本東洋医学会学術総会抄録

7.ストレスと四逆散〜和田東郭に学ぶ〜
               
2002.5.25 東邦大学漢方フォーラム
8.
第54回日本東洋医学会学術総会抄録



  第55回日本東洋医学会関東甲信越支部会
    1999.10.17  (於 宇都宮)

    清熱剤服用による「冷え」の検討

露仙堂クリニック1) 、東邦大学佐倉病院産婦人科2)、伝統医学研究会あきば病院3)
柳堀 厚1)、伊藤元博2)、秋葉哲生3)
 自律神経失調症、更年期障害、発汗異常に対して清熱剤(黄連解毒湯、温清飲等)を投与することが多いが、今回清熱剤の投与により症状の改善をみるも「冷え」の出現があった症例を経験したため、「誤治」も考慮し清熱剤投与による「冷え」を検討した。
【症例1】40歳女性、4〜5年前より就寝時腋窩を中心に発汗異常(盗汗)があり不眠傾向となり、他院受診するも改善せず漢方治療を希望し来院。めまい、立ちくらみ、頻尿等の症状もあり苓桂朮甘湯エキス顆粒6週間投与するも改善せず、陰虚を考え六味丸エキス顆粒投与するもかえって発汗強くなり中止。実熱と考え清熱剤である黄連解毒湯エキス顆粒投与し内服後より盗汗が減少した。二週間の服用で4〜5年来の症状は消失するも腹部から下半身にかけて「冷え」を強く自覚した。本人の継続服用の希望により用量を減じて継続内服している。
【症例2】55歳女性、3年前よりHot flush出現しHRTにより治療していたが薬剤性と考えられる発疹により中止し、漢方による治療を希望。温清飲エキス顆粒、女神散エキス顆粒でHot flushの回数が減じてきたが下肢から末端にかけて「冷え」が出現。加工附子末を加えやや改善するも冬季は用量を減じて処方した。
【考察】黄連解毒湯にはオウゴンが含まれ体温低下作用が認められ、他の生薬も清熱作用を有するため「冷え」が副反応として出現することも考えられる。今回、主症状が改善されたにもかかわらず「冷え」が出現した二症例を経験した。副反応か誤治か判断は困難であった。清熱剤使用に際しては「冷え」の出現に注意し用量も検討する必要があると考えられた。




東邦大学佐倉病院図書室通信  No.89/1999.12
とっておきの話 24


中東訪問記

                                   柳堀 厚
 医師になって2年目の1986年冬、外務省派遣医師団中東メンバーの一員として中近東諸国を約2ヶ月にわたって訪問した。外務省からの依頼で訪問したわけだが、当時の中東はまだイランイラク戦争の最中で後の湾岸戦争の5年前であったが物騒な地域で、産婦人科医局内では誰もメンバーに立候補せず、2年目で臨床に少し飽きてしまった自分が興味本位で手を上げた結果、一員に選ばれてしまった。他に内科、小児科の先生の同行があったが若手で独身だった。
仕事は1か国が約1週間の滞在で、駐在している日本人の健康管理を行うのが目的であった。しかし国際法から現地での診療はできず、大使館内で健康診断と相談をうけるのみであり、1週間の滞在でも仕事は約3日間の午前中のみで、それ以外の時間の多くは観光に充てられ、夜は毎晩のように各国日本人会主催のパーティで、日本で心配していた両親、友人をよそに楽しい毎日を送っていた。
 訪問した国は当時一番平和だったクウェートからヨルダン、シリア、イラク、バーレーン、カタール、オマーン、アラブ首長国連邦の八カ国にわたった。僅か2ヶ月間であったが各国で貴重な経験をした。ヨルダンの塩分が世界一濃い「死海」では足のつかない深さでも上半身が出ていられるぐらいの浮力を体験し、ラッコの姿勢で新聞が読めた。オマーン、アラブ首長国連邦では見渡す限りの砂漠を、他の草原では竜巻が数本発生し逃げたりもした。
しかしこの中東で一番興味深かったのはやはりイラクであった。最初の脅威はバクダット到着後現地の大使館員から聞かされた「12時間以内にイランがミサイルを発射する」との予告であった。当時イランイラク戦争は激化しており自分の訪問後6ヶ月後には一時日本人が退去したほどであった。「ミサイルなんて...」と安易に考えていた自分の予想に反して、ホテル到着して就寝後3時間ほどして爆音で目が覚めた。翌日ホテルから約2km離れた地域にミサイルが投下され、住民40名が被害を受けたと聞いた。当時のイランのミサイルは中国製で精度も悪くひとつ間違えばと思うと背筋が震える想いがした。
イランでは2千年前にユーフラテス川流域に栄えた文明に歴史の重みと驚異を覚えた。バビロンの遺跡では2千年以上前のアスファルト道路や上下水道、また地上100m以上もあったとされる空中庭園(模型)遺跡から発掘された美術品、生活品などから、昔のこの地域の生活様式、文化のレベルは予想以上に高いと感じた。その後、湾岸戦争が勃発した際には、遺跡のすばらしさを知っている自分としては「2度とあの地にはいけないのか」と残念でもあり複雑な思いであった。
旅行中の宿泊先は外務省が手配してくれた為ヒルトン、シェラトン、インターコンチと超一流ホテルを連泊した。スウィートルームに近い豪華さで食事もトルコ料理、中華料理、フランス料理、イタリア料理と多彩であったが、あの時以来あの手のホテルには宿泊したことがない。親方日の丸のころが懐かしい。
(露仙堂クリニック 佐倉病院客員講師)



日本産科婦人科学会千葉地方部会平成11年冬季学術講演  2000.2.5


(抄録)
うつ状態を伴う更年期障害患者の検討

露仙堂クリニック1)
東邦大学佐倉病院産科婦人科学教室2)
○柳堀 厚1) 伊藤元博2)

  更年期障害に対する治療は血管運動様神経症状にはHRTが有用であるが精神神経症状に対してはHRTは効果がやや低く病態の中に仮面うつ病、うつ状態が隠され治療困難にする症例も多くみられる。仮面うつ病、うつ状態の評価することが更年期障害を治療する上で重要であり、心療内科、精神科への紹介の是非にも参考となる。今回我々はうつ状態の患者を対象とし初診後の診療内容検討し若干の知見を得たので報告する。
【方法】露仙堂クリニック及び東邦大学佐倉病院産婦人科更年期外来を受診し初診時の東邦大式抑うつ尺度評価表(SRQ-D)が16点以上の症例について治療期間、治療内容、SRQ-Dの推移、転帰を検討した。症例の内訳は露仙堂クリニック8例、東邦大学佐倉病院30例の計38例で検討した。平均年齢は50.2±2.2歳、初診時のKupperman Indexは46.4±16.4点であった。
【結果】@SRQ-D16点以上(うつ状態)の患者の占める割合:露仙堂クリニック10.1%、東邦大学佐倉病院14.6%で計13.3%に認めた。A治療期間:初診のみ3例、3ヶ月未満3例、6カ月未満5例、12ヶ月未満2例、36ヶ月未満8例、36ヶ月以上17例であり、長期にわたり通院している症例が多かった。B治療内容:HRT15.8%、Sulpride52.6%、抗不安剤65.8%、抗うつ剤13.2%、睡眠剤21.1%、漢方薬47.4%と抗精神薬と漢方薬の使用が多くHRTは比較的少なかった。CSRQ-Dスコア-の推移の検討では初診時に比べ治療中の値は減少していたが臨床症状が改善しているにもかかわらず値の減少が少ない症例もありうつ状態の治療効果判定の指標としてSRQ-Dの使用に関しては今後検討が必要であると考えられた。D転帰:継続治療中21例、他科(精神科)紹介4例、他院紹介2例、治癒2例、中止9例。精神科紹介症例は6例15.8%であった。今回の検討では治療期間も長く転帰でも治療中が半数以上を占め高い治療継続が確認できた。【結語】SRQ-Dにより精神科、心療内科への紹介の"ふるい分け"が可能であると考えられた。更年期不定愁訴患者の治療に際しては理想的には十分な問診とSRQ-Dを含めた心理テスト等で患者像の正確な把握が必要と考えられた。



中医臨床創刊20周年記念号


                   露仙堂クリニック(千葉県八千代市)
                               柳堀 厚

「中医臨床」創刊20周年に際し御祝い申し上げます。
 漢方治療を中心に掲げ昨年5月に新規開院した小生は漢方治療の奥の深さと自らの未熟さを痛感しております。自分の置かれている立場から若輩ものの意見をお聞き下さい。多く先生方が御指摘の通り日本の漢方医学には二つの特徴があります。
 第一に日本には日本漢方(古方派)と中医学が共存しております。しかし双方の優劣を論ずる訳ではありません。鎖国により国内で洗練された漢方は日本人の特徴や日本の文化慣習のうえに確立された医学ですし中医学も底流には黄帝内経、傷寒金匱があり聖書は同じです。自分のような世代は双方を区別することなく受け入れるつもりですが、多少混乱してしまいます。現在漢方薬はエキス剤による治療が主流ですが中医学の弁証論治、漢方の方証相対でも第一選択されるエキス方剤は大差ないと考えられます。しかしながら効果が芳しくない時の次の治療では大きく変わってくるように思えます。つまり理論の基盤をもつ中医学のほうが第二選択、次の方剤は納得して処方できますし方剤変更の流れがあります。しかし自分の勉強不足は否めませんが中医学は多くの弁証法がありまた陰陽五行を基にしており複雑で理論が先行してしまい治療まで遠路となり勉強するものにとって大変厄介なことも事実です。虚実の解釈、生薬量などの相違を埋めて今後中医学(日本版)の確立が求められていると思います。
 第二に日本では自分も含め多くの医師が西洋薬と漢方薬を併用処方しております。漢方薬の効能は充分理解している上で我々西洋医学を就学してきたものにとって漢方薬は病人を前にして治療方法の1つにすぎません。もちろん小生は漢方治療が主体になっておりますが、多くの医師が漢方を理解した上で使用していくにはEBMの現代ではしっかりとしたデータの提示がますます必要になると思われます。今後、現代医療のなかで漢方薬を有効に活用するためにもそれぞれの長所を有効に取りいれた混合治療として患者のQOLを高めることが臨床医としての使命だと考えております。また西洋薬との相互作用についても検討する必要がある思われます。
 最後に、最近 Alternative medicine(代替医学)という言葉を耳にしますが中医学、漢方は決して代替医療ではなく臓器別や検査結果を重視するあまり全人的に診断が困難になっている現代医療のなかで必須の医学であると考えられます。今後共「中医臨床」が漢方医学の良き道標としていただけることを切に願います。

更年期障害に対する中医学的治療   投稿原稿


 更年期障害は西洋医学的には閉経前期から始まる卵巣機能の低下による女性ホルモンの減少を主原因とした内分泌環境の変化、外環境の変化(夫、子の進路、結婚、出産、両親の病気、死別など)、また性格構造に基づく心理的因子(悲観的思考、うつ的性格)などを原因とし、器質的疾患に基づかない症状、症候を総称している。一方中医学でも"更年期綜合症""経断前後証候""経断前後諸症"として病因病機を@腎陽虚、腎陰虚による衝任脈虚、精血の不足、他の臓腑への温煦作用の低下 A先天の本である腎気の低下により心、肝、脾気の失調 B腎気の衰えによる痰C互阻 とし黄帝内経にいう"女子…………七七任脉虚、太冲脉衰少、天癸竭、地道不通、故形坏而无子"腎気の低下から考えている。
更年期障害の症状は西洋医学的にも中医学的にも上記の原因により症状は多岐にわたり症候は"不定愁訴"といわれ更年期障害の特徴的な症候はなくあらゆる症候を呈する。
治療は西洋医学では主体はホルモン補充療法(HRT:Hormone replacement therapy)でありホルモン欠落に伴う血管運動神経様症状であるのぼせ、熱感に対しては著効を示す。また近年高脂血症、骨粗鬆症、痴呆症に対しての効果も報告されている。しかし知覚神経障害、運動器官障害、精神神経障害に対しては効果のでない症例も多い。中医学では本治は補腎を主体にしていき、標治として腎以外の心、肝、脾の失調、痰湿、C血から肝腎陰虚、脾腎陽虚、心腎不交、心脾不足、肝気鬱滞、痰C互結など弁証論治し治療している。
 中医学的な更年期障害の弁証論治の解説は諸先生に委ね、更年期婦人を治療する機会の多い婦人科医である筆者の更年期障害の症例を"頭痛"を中心に若干の知見を報告する。頭痛は男女問わず各年齢でも多い症状であり器質的疾患を検査により除外された後は婦人科だけでなく各科で治療する症状である。しかし更年期不定愁訴で訪れる患者の主訴では"肩こり、腰痛""のぼせ、熱感"に次いで多い愁訴である。

症例1 55歳女性
平成11年12月5日電話中に突然激しい頭痛が前頭部を中心に出現。近隣の総合病院脳外科にてCT、MRIなど検査にて異常を認めず、入院加療するも症状改善せず。他の脳神経外科病院受診し随液検査等施行するも異常認めず。国立病院に入院加療するも安静のみで安定剤の投薬受けるも頭痛は座薬使用するも改善せず退院。友人の紹介で漢方治療を希望し平成12年1月18日当院初診。初診時前頭部から頭頂部かけての頭痛あり、"くらくらする"の訴えあり。頭痛以外にほてり、発汗、不眠あり、手足の冷感と吐き気を伴っていた。吐き気は平成11年11月よりあり近医胃腸科より消化吸収の洋薬を処方されていた。
既往歴:特記すべきことなし。閉経51歳、3回経産
現症;身長157.5cm 体重52.5kg  血圧130/70 ホルモン検査(E2 10.8pg/ml、FSH 46.7pg/ml)抑うつ検査(SRQ-D 9点)異常なし。二便良好。
中医学的所見;舌診: 舌質暗紅色、舌辺縁部C血色、舌薄白苔 
脉診:渋脉左右尺虚
腹診:腹力中等度、右臍下圧痛軽度、臍下不仁なし。
弁証:腎陽虚による温煦低下。脾虚不通。C血阻絡
治則:温胃散寒、温中補虚、活血化C
治療:煎じ薬の使用が初診時困難であったため呉茱萸湯エキス剤7.5g/日、桂枝茯苓丸エキス剤2.5g/日開始。1週間の処方で頭痛やや軽減。煎薬を希望したため、呉茱萸湯加味方(大棗4g 呉茱萸3g 人参3g 乾姜2g 桃仁3g 牡丹皮3g 芍薬3g)処方する。投与2週間で頭痛発作は2回あるも"くらくら感"は消失。投与4週目で発作は1回に減少し寝つきが良くなる。冷え、肩こり感を訴えた為附子1.5gを加える。投与6週目で頭痛発作は消失し睡眠不足の際のみ頭重感を感じるのみである。現在も同処方継続内服中。

症例2 48歳女性
平成10年頃から月経周期は正常であったが経血量も減少に伴い月経前後に頭痛が出現し強いときには嘔気を伴う。月経前はむくみが強く体重の増加も認められる。頭痛時は週末が多く書道で神経を集中した翌日に出現することが多い。近医の脳神経外科にて検査を受けるも異常は認められなかった。頭痛が激しい時は座薬を使用している。更年期障害によるものと考え当院を平成11年5月26日初診。初診時頭痛以外に肩こり、手足のむくみによる痛み、冷え、軽度の易疲労感、軽度ののぼせ、ほてり感、睡眠途中覚醒を訴えていた。
既往歴:特記すべきことなし。2回経産
現症:身長160cm 体重60kg 血圧134/82 二便良好
中医学的所見;舌診:舌質痰白色、胖大、舌縁歯痕。
脉診:浮弦滑  腹診:腹力中等度、胸脇苦満左右あり、胃内滞水軽度、臍下不仁なし
弁証:水飲気虚、肝気鬱結
治則:健脾利湿、疏肝解鬱
治療:水飲の症状が強かった為、(煎)苓桂朮甘湯加味 (茯苓6g 桂枝4g 白朮3g 甘草2g 沢瀉3g 柴胡2g)を投与。2週間目内服により下痢をした。沢瀉1gに変更。 4週間目に月経痛あり 香附子2g 五味子2g加味投与、6週間目に月経時頭痛が軽減、身体の浮腫感が減じてきた。月経前後の1週間は乾姜1g 呉茱萸2g 附子2gを加味しその他は(煎)苓桂朮甘湯加味にて経過内服し冷え、睡眠良好である。

 終わりに
西洋医学のホルモン補充療法が盛んになり、抗精神薬の開発も盛んで更年期治療の現場では中医学治療は上記のような西洋医学では対症療法でしか対応できない症例に対して多いに効果を発揮できると考えられる。
閉経前後に起こる更年期症状は腎気の低下により様々な症状を呈するが治療には標治が優先される。中医婦人科の書籍には弁証論治で腎陰虚、腎陰虚それぞれに滋陰養陰、温腎扶陽、佐以健脾をもって本治を解説しているが実際中医学に未熟な筆者は更年期治療に標治に手一杯で本治である補腎の治療まで到達できない現状である。



第52回日本東洋医学会学術総会抄録  
              2001.6.19  札幌



        卵巣機能不全に対する
         活血薬投与の試み

  ○柳堀 厚(千葉・露仙堂クリニック)
   秋葉哲生(千葉・伝統医学研究会あきば病院)


 【緒言】卵巣機能不全に対して中医学での活血薬の生薬の周期投与(排卵湯)を参考に活血作用、駆C血作用の生薬を組み合わた散剤を投与し卵巣機能不全の改善を認めた症例を紹介すると共に若干の考察を加え報告する。
【使用薬】散剤は活血作用、駆C血作用のある牡丹皮、桃仁、紅花、川、莪朮、赤氈A三稜を末にし月経終了後から5日間連続投与し5日間休薬を繰り返す周期投与を行なった。
【症例1】40歳、G-0、主訴;無月経。体外受精の既往あり、基礎体温は一相性でありホルモン検査からも卵巣機能不全と診断し漢方エキス剤(桂枝茯苓丸他)と排卵誘発剤を投与、無月経に対してはEP製剤投与により治療。6ヶ月後EP製剤による副作用や治療効果が乏しかったため、月経終了後より散剤による周期投与を行なった。排卵誘発剤に無反応であったが散剤投与により基礎体温が二相性となり自然に月経が発来した。
【症例2】38歳、P-1、主訴;月経不順。来院までは他院にてホルモン療法、温経湯が投薬されていた。EP製剤を投与しないと月経が発来せず、血清E2値10pg/ml以下と低値なため漢方エキス剤による治療を開始。約二年使用したが併用した排卵誘発剤は無効、EP製剤は頭痛が強く出現したため、散剤の周期投与を行なった。内服にて月経の発来は認められていないが血清E2値が25pg/mlと上昇してきた。
【総括】卵巣機能不全に対しての活血薬、駆C血薬のみの投与により効果を得たが血行、C血の改善だけでなく排卵誘発剤などと異なった作用が示唆された。漢方薬は幾つかの作用を有する生薬の組み合わせにより構成されているが今回、活血作用、駆C血作用を有する生薬のみを投与し効果がみられたことは漢方薬の成り立ちからみて興味ある結果と考えられる。





第2回東邦大学漢方フォーラム 
         2002.5.25  東邦大学習志野キャンパス



ストレスと四逆散〜和田東郭に学ぶ〜
                露仙堂クリニック  柳堀 厚

はじめに
現代はストレス社会とも云われ大人だけでなく小児にいたるまでストレスによる心理的、精神的な圧力を受けたり、ストレスの受動が容易になって、自律神経系の失調や精神不安の結果として様々な身体的反応が心身症となって臨床では治療に当たることが多い。
 四逆散は傷寒論では少陰病の薬方であり急性熱病に用いられてきたが江戸時代の御医であった和田東郭は四逆散の運用に優れ急性期のみならず慢性疾患に対して様々な疾患に応用し特に肝気鬱血であるストレスに対する心身症に応用され、このことを参考に現在でも多くの疾患で使用されている。今回、和田東郭の四逆散の使用経験談である「蕉窓雑話」「蕉窓意解」より四逆散の応用、和田東郭の思想を学ぶとともに露仙堂クリニック開院3年間で四逆散を使用した60名余の中で、不妊症に対し使用した症例を挙げるとともに漢方的にストレスに対する四逆散の効果を検討していきたい。

四逆散について
 四逆散の"四逆"とは末梢循環障害による四肢の冷えいう。傷寒論の少陰病篇には『少陰病四逆シ、ソノ人或ハ?シ、或ハ悸シ、或ハ小便不利、或ハ腹中痛ミ、或ハ泄利下重スル者ハ四逆散コレヲ主ル。』とあり古方では急性熱病に使用された薬方であった。陽気が内鬱して四肢末端にまで拡散されないと四肢の厥逆、身熱をみると解釈されている。
一方、折衷派の和田東郭や中医学は肝気鬱結の状態に適応を広げその後諸家によって種々のストレスに起因する病態の神経症、うつ状態や自律神経失調症と考えられる症候に応用されてきた。
 四逆散は生薬では柴胡、芍薬、枳実、甘草の四味のみで構成されている。芍薬・甘草からなる芍薬甘草湯が基本処方であり柴胡・枳実が加味されたものである。芍薬甘草湯は脚攣急を治す作用があり、その他に内臓平滑筋の痙攣の緩和、中枢性の鎮痙鎮痛鎮静作用を有する。柴胡は少陰厥陰の邪熱を瀉す作用を有し、肝気の流れを滑らかにし内鬱している熱を外に発散する。枳実は鬱熱を発散し痞満を除き気の流れの停滞を解消する作用がある。このことからも四逆散は肝気鬱結に伴う気の鬱滞、過緊張による平滑筋のみならず精神的な緊張状態を緩和する作用を有していると考えられる。
また、四逆散は大柴胡湯の黄ゴン・半夏・大黄・生姜・大棗の代わりに甘草を加えたものであり、腹症からも大柴胡湯の変法と考えられている。大柴胡湯と小柴胡湯との中間症とも考えられる。
最近の四逆散の臨床知見報告では先のストレスによる抑うつ状態や自律神経失調症の症候に対する症例だけでなく消化器潰瘍、慢性副鼻腔炎、乳腺症、掌蹠多汗症、糖尿病などに応用され効果をみている。

和田東郭と四逆散
和田東郭は江戸中期で活躍し法眼まで叙した漢方医であるが当時の漢方医界は古方派中心であったが吉益東洞門下でありながら東郭は折衷派として活躍した。古方医学の価値を十分に認めつつも、臨床上では古方の欠点として不足している部分では柔軟な考えで後世方で補った。中庸を得た治療方法は深い漢方医学の理論、生薬の知識、多くの臨床経験の集約した結果であり患者を目前にし己の全力を注いで其の病気に向かう姿勢は今日においても学ぶべきことが非常に多い。門人の筆録による「蕉窓雑話」「蕉窓意解」には多くの臨床経験が記されているが、特に四逆散の運用には優れており、四逆散の基本を肝気鬱結として古方では運用できない領域で応用し効果をあげた。その後の四逆散の運用だけでなく漢方界の影響は大なるものがある。
具体的には四逆散について「蕉窓意解」では『大柴胡湯ノ変法ニテ、其ノ腹形専ラ心下及ビ両肋下ニツヨク聚リ、其ノ凝り胸中ニモ及ブ位ノコトニテ、竝ニ両脇バラモ強ク拘急ス。サレド熱実スルコト少キユエ、大黄・黄ゴンヲ用ヒズ、唯心下、両肋下ヲ緩メ和ラグルコトヲ主トスル薬ナリ。本論ハ症ヲ説クコト今少シ詳ナラズ、且ツ文章モ亦正文トモ見エズ。』
『余多年此ノ薬ヲ疫病及ビ雑病ニ用イテ種々ノ異病ヲ治スルコト勝テ計フベカラズ。稀代ノ霊方ナリ。常ニ用イテ其ノ効ノ凡ナラザルヲ知ルベシ』と述し、「蕉窓雑話」では嘔吐下痢の強い脱水症の対する症例、膝関節水腫の症例、マタニティーブルーと思われる症例、婦人の原因不明の非腫瘍性の疼痛に対する症例など具体的に治験を弟子に伝えている。

婦人科疾患とストレス(不妊症を中心に)
 婦人科領域でもストレスが要因であると考えられる病態やそれによる症状の増悪する疾患は臨床上多く経験する。
月経不順、月経困難症、月経前緊張症などは社会的環境の変化(受験、進学、就職、転職、一人暮らし等)人間関係のトラブル(恋愛、失恋、交友関係)から失調をきたしホルモン環境の変化や恒常性の維持ができず容易に発症してしまうことが多い。
更年期障害も同様であり女性ホルモンの低下は主病因であるが家庭環境の変化(夫のリストラ、退職、子供の進学就職結婚、父母の病気、死など)によるストレスにより病態は複雑多様化している。
特に当クリニックでは不妊症に対して漢方治療を希望されてくる患者が多く、その大半は既に他産婦人科に於いて不妊症治療を長年受けてきている方が多いことが特徴である。不妊症治療は治療内容も身体的負担は大きいが周囲からの期待や自暴自棄、葛藤等精神的ストレスはより大きいと考えられる。不妊症治療は内診、繰り返される注射等本人にとっては過酷とも思われる治療で、基礎体温に一喜一憂することが少なくない。医療側も治療受ける立場側の気持ちを疎かにしてしまうことも多い。
 上記のストレスにより影響する婦人疾患の症例の多くは肝気鬱結の状態にあり、また婦人には四逆(四肢厥冷)の状態が少なくないことを考慮すると四逆散の適応症が多いと考えられる。臨床上四逆散単独投与だけでなく駆オ血剤、活血薬との併用する症例も多い。

症例提示 
当院における四逆散の症例を提示する。
症例1 32歳女性、初診時までに約十ヵ月間他院婦人科にて不妊症の治療を受け、排卵誘発剤、ホルモン療法施行するも妊娠にいたらず、現治療に対し嫌悪し、漢方治療を求めて来院。婦人科的診察には異常認めないが血液ホルモン検査にてPCOPatternを認める。舌診は淡紅色やや胖大、脉診やや沈細、腹力中等度胸脇苦満、心下痞鞭軽度。不妊症治療に疲れ来院時には基礎体温表を診るにストレスを感じ、月経前は不安感が特に強かった。肝気鬱結の状態と考え、冷えも存在したため四逆散を投与した。1ヵ月後。月経前に浮腫傾向強く活血消腫のため当帰芍薬散を合方し投与。約3ヵ月後妊娠確認。

症例2 36歳女性、5年前より他院にて不妊症治療を受け現在も通院中。人工授精
、体外受精するも妊娠にいたらず。本人自身の卵巣機能不全もあるが不妊には男性因子(乏精子症)が強く関与している。現在の治療も続けながら漢方治療を受けたい希望があり来院。治療当初は基礎体温も二相性であったが来院時には排卵刺激が必要となっている。舌診は淡紅色やや列紋、脉診緊浮、腹力中等度胸脇苦満強く、心下痞鞭あり。不眠、抑うつ状態強く、夫婦関係もうまくいかない。抑うつ状態が強く肝気鬱結、気鬱の状態と考え、四逆散、眠前に半夏厚朴湯を加えて処方。内服後より抑うつ状態が改善、不眠症もやや軽快し、6ヶ月経過した時点妊娠したが流産。その後現在も治療中で妊娠に至ってないが引き続き四逆散を中心に処方治療中である。

結語
東洋医学では病因には外感、内傷に分類され、ストレスと謂う名の内因により内が傷つけられ気血水、五臓六腑の失調から様々な症候病態となって現れている。一方、西洋医学でもストレスは中枢神経で受け自律神経系、内分泌系、免疫系を介して均衡が破られると生体反応と現れる。心身症は生体反応が自律神経失調症、ホルモン失調症、免疫不全症として現れた総称といえる。現代、ストレスが多様化したことは事実であるが過去よりも程度には大きな変化がないように思われ、近年ストレスに対する反応の閾値が低下したことは事実と考えられる。こうした背景から四逆散はもっと頻用されてよい方剤と考えられる。
今回、ストレスによる病態に対し四逆散を投与し多くの治験を得た。また四逆散の運用に優れていた和田東郭の治験書である「蕉窓雑話」「蕉窓意解」を参考にみると、心身医学が研究される前の時代とは考えられない理論で治療を実践していた。四逆散の運用の妙だけでなくその医師としての考えは漢方医の先人としてだけでなく臨床医として敬意を表するものである。


参考文献
和田東郭   「蕉窓雑話」「蕉窓意解」


第54回日本東洋医学会学術総会抄録


月経困難症に対する芍薬甘草湯の有効性について
柳堀 厚(千葉・露仙堂クリニック)

【緒言】月経困難症に対して多くの漢方方剤が使用されているが、月経4~7日前より使用される芍薬甘草湯の有効性が諸家より報告されている。当院においても機能性月経困難症には第一選択薬として使用しているが、今回、芍薬甘草湯の効果を再検討した。また、無効例を検討することにより芍薬甘草湯の使用目標を検討した。
【方法】平成11年5月より平成14年10月まで器質的月経困難症を除外した機能性月経困難症322例のうち、漢方治療を施行した207例(芍薬甘草湯163例)について検討した。VASによる治療効果の検討、無効例の検討(芍薬甘草湯投与1周期のみ群、芍薬甘草湯無効例の反復投与の成績、転帰)についておこなった。
 【成績】使用方剤の検討では芍薬甘草湯投与単独群91例、合桂枝茯苓丸29例、他の方剤併用33例であった。治療成績の検討では芍薬甘草湯単独投与群は有効18%、やや有効29%、無効23%、不明31%と漢方治療全体(有効40%、やや有効32%)に比較して効果が低かった。芍薬甘草湯1周期のみ(58例)の無効例の検討では83%が芍薬甘草湯単独投与であり43%が再診されていなかった。初回周期芍薬甘草湯が無効であった症例に対し反復投与するも無効であった。無効例の転帰を検討するとNSAID、経口避妊薬に変更し効果をあげていた。
 【考察】機能性月経困難症に対する芍薬甘草湯は短期投与で簡便であり有効ではあったが、再診率の低下など有効性の差が症例により大きかった。初回投与により無効であった場合は他の方剤使用を検討するべきであり、一因である?血の治療として駆?血剤と芍薬甘草湯との併用がより有効である可能性が示唆された。