プリンセス・ブライド

何で、自分はここにいるのか。
考えても、ポップは答えがでなかった。
しかも、来ているのはドレス。レオナやマアム、メルルだって着ているのを見たことがない、古典的なドレスなのだ。コルセットで締められ、スカートの下には暑苦しいペチコートが何枚も重ねられている。唯一の救いは、胸が大きく切り取られてはいないことだろうか。だが、高い襟についた無駄に派手なレースは、うっとうしいことこの上ない。
「…仮装舞踏会にでも、つれてこられたのかね?」
口にして、自分の言葉の空々しさに肩を落とす。ここが大広間の控え室なら、まだわからいでもないのだが。
小さな石造りの部屋には、寝椅子がひとつきり。テーブルさえもない。外側から鍵のかかったドアと、鉄格子の嵌った窓。窓の外に広がる風景は見たことはなく、この部屋が相当高い位置──すなわち塔にあることだけを教えてくれた。
目を背けたいが、結論のように頭の中で響く声がある。
「囚われの姫君、ってのがぴったりだよな…」
虚ろな声で呟いた後、ポップははぁーと大きな溜息をついていた。
窓があるのに、ルーラは使えない。どういう訳か、ポップの魔法は封じられていた。自分に魔法封じがや呪いがかけられているワケでもなかったから、場所に結界が張ってあるのだろう。情けない話だが、ポップは呪いの可能性に冷や汗を流し、スカートのペチコートをまくり上げて己の性別の確認までしたのだ。おかげさまで、今も昔も自分が男であるとはっきり言える。なぜ、男の自分がドレスを着せられているのかはわからないのだが。
ふとドアの向こうに気配を感じた。
身構えていると、ドアの上部にある小窓が開かれる。そこから老婦人の顔が覗いた。
「覚悟はお決まりですか?」
「何の覚悟だ?」
訳のわからない問いに答えると、老婦人は呆れたように言葉を続けた。
「まだ、そんなことを。あなたも子供ではないのですから、いい加減になさいませ。今夜、あなたは嫁ぐのです。逃げようとしても無駄です。観念して、夜をまちなさい」
「ち、ちょっとまてっっ!」
だが老婦人はポップの声が聞こえていないかのようだった。
「ポリアンナ姫。あなたはご自分の義務を果たすべきなのです」
「…なに───っ!」
叫ぶポップのまえで、小窓がぴしゃりと閉じられる。呆然と残されたポップの頭の中は、大パニック状態だった。
「ポ、ポリアンナ姫って、あれか?愛の王女ポリアンナか?よかったさがしをやってた、ちょっとアレな王女なのか?なんで俺が、ポリアンナなんだ!そもそも、あれはおとぎ話だろーがっ!」
ぶつぶつと派手な独り言を呟いていたポップは、はた、と欠落していた記憶の一部を思い出していた。

「ポップ!これは画期的な大発明なんですよ♪」

…嬉々として謎の実験薬をもっていたのは、アバンだったろうか。そして、あのとき。自分はダイに読んでやるおとぎ話として『愛の王女ポリアンナ』の本をもっていたはずだ。たしか、そこに暴れ牛が飛び込んできて(なんで王宮に暴れ牛がいたんだ!)実験薬をモロにかぶってしまった…はずだ。
そして、気がついたらここにいたのだ。まるで本の中のポリアンナと同化したかのように。
いや自分は同化しているのだ、とポップは思い直す。おそらくは、アバンの謎の実験薬のせいで。そうとしか考えられなかった。そう考えれば、たしかにこのシーンは読んだことがある。いろいろ反発したけれども、結局ポリアンナは国を救うために、我が身を征服者の王に差し出すのだ。読みながら「こんなもん、子供向けにしていーのかよ」と、思いっきり突っ込んでいたので間違いない。このままでは、マズイ。真剣にポップは考え込んでいた。
このままでは、間違いなくポップはポリアンナとして嫁がねばならない。しかもポリアンナは初夜の行為で身ごもったものの、早すぎる妊娠で不貞を疑われ、身重の身で追放されちゃったりなんかして、苦労一直線なのだ。いやいや、苦労一直線なのはまだまだ先だ。
ポップの最大の問題点は。
「…男と初夜なんざ、やってられるかーーーっ!」
真剣にポップは絶叫していた。
だがしかし、有効な解決策は何一つみつからなかった。魔法も使えず、わけもわからず物語の住人に配役されたのだから、正直、どうしようもなかったといえる。脱出する方法もなく、ポップは引きずられるように式場へと花嫁姿で登場させられていた。
「俺は嫌だ──っ!」
叫ぶポップの声は、登場人物たちには聞こえない。
自分を無視して流れていく物語のなか、突然、ポップは懐かしい声を聞いていた。
「ポップ!」
あわてて首をめぐらせば、自分の花婿がいる場所に…花婿の格好をしたダイが立っていた。
「ダイ?!」
「よかった…俺、ポップを助けにきたんだ!」
「助けに…って、そもそも俺は、どーなってるんだ!」
こそこそと声をひそめて二人は会話をかわす。もともと花嫁と花婿で隣同士なのが幸いしていた。
「あのね、アバン先生の薬が、なんだかわからないけど暴走しちゃったんだって。それで、とりあえずこの章が終わるまでは薬がきれないらしくって…」
「現実世界に、俺は帰れないのか?」
「うん。そうなんだって」
こまったように答えるダイは、詳しい説明をされていないのだろう。もっとも説明されても理解できないに違いない。ポップは、ダイのそういう理解力にこれっぽっちも期待してはいなかった。
「…とりあえず、お前が来てくれて助かったぜ」
しみじみとポップは呟いていた。自分より、まだ若干背の低い親友が花婿役で安堵していた。物語の通りなら、相手の花婿は厳つくてごつい壮年の国王のはずだったのだから。そんな筋肉ダルマに耐えきる根性は、ポップにはなかった。
「俺も、ポップを助けられて嬉しいよv」
にぱっとお日様のように親友が笑ってくれると、何故だか安心した。さっさとこの章を終わらせて、現実世界へかえるという目標が身近なものに思えて、嬉しかった。つられて微笑んだ頃には、結婚式は終わる頃だった。
物語の流れに従って、新郎新婦は初夜の床へと向かわされる。
相手役がダイとすり替わったことで、ポップは安心していた。
この章が、どこまで続くのかなんて、すっぱり忘れ去っていた。
───実は、ダイが物語の展開を確実にこなす気でいるとは…ヤル気満々だということなど、これっぽっちも想像してはいなかったのだ。

とりあえずポップの嬉し恥ずかし初体験の相手は、ダイだった。
もちろんポップは初夜で身ごもったりもしなかったし、ダイも追放なんてしなかった。
ただ、恋人同士になるまでに、かなりのすったもんだはあったらしいけれども。








         
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kodak様から頂いたものです。ありがとうございます〜。
因みにリクお題は『囚われのお姫様ポップ』でした。
何を期待してるかバレバレのリク(笑)にめげず、書いてくださってありがとうございます。
ダイとポップって、何処に行ってもこんなペースって感じがしますよね〜(萌え)
しかしポリアンナ…すごい懐かしいと思ったのは私だけ無いはず。

kodakさんのとこのポップは、すごく『らしく』て、好きです。
『ポップらしい』『男らしい』『ダイのことが大好きらしい』(笑)などなど。
これからもサイトストーキングさせて頂きます〜!

サイトUPの許可も快く頂いて、感謝の仕様が… か、身体で?!
などと、勝手に判断し、挿絵など描いてしまいました。
イメージ壊しちゃったらゴメンナサイ…(古典的なドレスがわかんなくて…苦)
kodakさん、よろしかったら挿絵お持ち帰りください。(恩を仇で返しちゃったかしら…汗)
本当にありがとうございました!

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