Day





その日、ヴィクトールは宮殿の廊下を歩いてました。
丁度、九つ並んだ執務室の終わり近く、突然ガチャーンッという何か壊れる音が響きました。
続いて何やら人の争う声も。
それにつられて、ヴィクトールは音の源…少し開いていたドアを覗き込みました。
中では。

「もう、ゼフェルの莫迦! 大嫌いっ!」
「いてっ! …やめろってば」

あろう事か女王補佐官のアンジェリークと鋼の守護聖・ゼフェルがくんずほぐれずもつれあっているではありませんか?!
……いいえ、良く見るとアンジェリークが一方的にゼフェルを責めているようです。ひたすら胸板を叩かれてるゼフェルは、いつもの仏頂面を更に仏頂面にして補佐官の白く細い腕を両手できゅっと戒めました。
この二人は、昔なら考えられませんが、今では女王黙認の仲なのです。
”下手に首をつっこんだら馬に蹴られるかもな・・・”
そう思ったヴィクトールは、苦笑を頬に刻みドアからそっと離れようとしました。
だけど、そうはいきませんでした。
「ヴィクトール様!」
その人影を見た補佐官が駆け寄ってきたのです。
「これはアンジェリーク殿」
しょうがなく相手をします。補佐官の肩の向こうでしかめっ面をする守護聖が見えました。
「ヴィクトール様! 守護聖が女王候補生一人に執着するのをどう思われますっ!」
「………はァ?」
突然呼び止められての台詞じゃありません。
「おい、そいつは関係ねーだろっ!」
「だって、ゼフェルが悪いんじゃないっ! 私知ってるんだから!」
「おい、やめろって!!」
制止の声も振り切って金の髪の補佐官は続けます。
「ヴィクトール様、ゼフェルったら、このところ日の曜日は何時もアンジェリークを私邸に呼んでいるんですよ! おまけに最近平日までも・・・」
最初怒ってた瞳は何時の間にか潤んでました。
「やっぱり若い子の方がいいんだわ!」
「だから、ちげーって!」
でも。
すでにヴィクトールにその言葉は届いてませんでした。

”アンジェリークがゼフェル様の私邸に何時も通ってる”

その言葉がヴィクトールから考える力を奪っていたからです。

アンジェリーク・コレット………それは、今の女王候補生でありヴィクトールのもっとも愛しい存在の少女です。
それは、アンジェリークも同じだと思っていたのですが。

そのまま、二人の争いも止めず、ヴィクトール様はふらふらと学芸館への道を歩き始めました。

『そう言えば、最近日の曜日の約束をしてない』
『アンジェリークは忙しいからと言っていたが、先週朝早く誘いに行ったら、もういなかった』

頭の中は、考えたくもない想像で一杯でした。
気付くとヴィクトールは、公園の約束の木の下に立っていました。
『そう言えばここでアンジェリークと良く話したりしたっけな』
ぼーっと木を見上げるその態度は……端から見るとかなり変でした(笑)

「ヴィクトール様♪」
突然、かわいらしい声がかかりました。
途端、ヴィクトールの瞳が正気に返ります。
「アンジェリーク!」
そこには、たった今まで彼の苦悩の元だった少女が佇んでいました。
栗色のさらさらとした如何にも触り心地の良さそうな髪にいつもと同じ黄色いリボンを結んで、頬は走ってきたのか、薔薇色でした。
何処をとってもそのまま抱き締めてしまいたくなるような可憐な姿です。
「どうした? アンジェリーク」
平静を装っていますが、先程の想像の影響か、少々語尾が震えるのはしょうがありません。
でも、アンジェリークは、そんなヴィクトールの様子には全く気付きません。
「ヴィクトール様。今度の日の曜日、お暇ですか? 良ければ御一緒したいのですが…」
いつものヴィクトールでしたら即答でした。
けれども。

”アンジェリークがゼフェル様の私邸に何時も通ってる”

さっきの言葉が目の前にちらつき。

「……すまんが、先約があってな……」
気付くと断っていました。
それを聞いたアンジェリークの顔はみるみる曇り、悲しそうな表情を浮かべました。
けれど、あからさまに落胆の様子を見せるのも気がひけたのでしょう。無理矢理笑顔を浮かべると、
「わかりました。済みません、無理言って」
ぺこんと頭を下げると、そのまま顔も上げずに行ってしまいました。
そんな姿は、哀れに見えましたが、一度言った言葉は取り消せません。それに、どうしてもさっきの言葉が気になりヴィクトールは追い掛ける事が出来なかったのです。




その週の日の曜日。
ヴィクトールは、どこか最低な気分で眼を覚ましました。
ゼフェル様とアンジェリークが手に手をとって、エアバイクで聖地を去っていく夢を見たのです。
「……重症だな・・・」
起き上がり様、額に垂れかかった前髪をざっとかきあげました。
気付くと、既に時計の針は9時を回ってます。
こんな事は、初めてでした。今までは、どんな事があっても日課のロードワークの時間には、しっかり眼が覚めたものでしたから。
なんとはなしに苦笑を浮かべつつ、ヴィクトールはシャワーを浴びに浴室に向かいました。

その時。

  突然部屋のドアが物凄い音をたてて開いたかと思うと、次の瞬間、ヴィクトールは胸ぐらを掴まれてました。 幸い、と言っていいのか、相手の背はヴィクトールよりかなり低く20cm近くも差があった為、持ち上げられるところまでは行かなかったのですが。
「ゼ、ゼフェル様…?」
ルビーに輝く紅い瞳が、激烈な炎のようにヴィクトールをねめあげます。
「‥‥っめー、余裕こいて朝寝なんかしてんじゃねー!!」
今朝の夢が、脳裏に蘇ってきます。それと、補佐官の言葉も。
「…突然はいってらして、言う言葉がそれですか?」
少々の腹立たしさを抑え、襟元の手を離します。
「ああ。てめー、今日は約束があるとかなんとか言ったらしいな」
その言葉は、更にヴィクトールの感情を逆なでしました。アンジェリークはゼフェルに総てを話していると言う事だからです。
「‥あなたには関係のない事だと思いますが?」
完全に間には火花が散っています。
「関係ねー・・・だと? 上等じゃねえか!」
まさに一触即発状態。息詰まる緊張。

・・・そんな状態を押さえたのは、意外にも少年の方でした。
振り上げそうになってた拳を何とか収めると、それでも剣呑な瞳はそのままに、
「今日が何の日か、わからねーのか?」
「今日?」
ヴィクトールには、さっぱり分かりませんでした。
でも、そんな不思議そうな顔が更に少年の怒りを煽った事は間違いありませんでした。
「てめーの誕生日だろうがっっ!!
  アンジェリークはな、一月も前から準備してこの日を待ってたんだよ!」

「・・・俺の・・・誕生日・・・?」
そう言えば、すっかり忘れてました。大体、軍隊にはいってからこの方、自分の誕生日など認識表の書き換えなどに確認するくらいで、これと言って意味がなかったからです。
「アンジェリークが、俺の為に?」
「ああ。ぜってー、勿体無い話だと思うぜっ! ……大方、この間のアンジェの戯言に惑わされたにちげーねーが、それにしても・・・」
改めて強い瞳がヴィクトールを射抜きます。
「何を考えてたかしらねぇが、アンジェリークが俺のところに来てたのは、俺が必要だった訳じゃなく、俺の家が必要だったからだ。今日だって、あいつは俺の家にいる」
「ゼフェル様・・・」
呆然と見る男に少年は、にやっと笑いを返し、
「分かったなら、着替えて行ってこい。……そのパジャマだけは相応しくねーからな」




コトコトコト………。
目の前の赤いお鍋は、盛んに湯気をたてている。
慌てて少し火を弱くする。
お豆は、もう煮えたかしら?
 
これで何度めの料理になるのかしら?
日の曜日になる度にお台所を借りに来て、その度にお豆のスープをつくる。
一回目は、塩をいれ過ぎちゃったんだわ。
二回目は、トマトを焦がしちゃって、三回目は……えっと、確かお豆が煮えてなかったんだわ。
お菓子を作るのは得意なんだけど、普通のお料理はそう上手くいかない。
何かしら失敗してしまって、とうとう平日までも特訓する事にしたんだっけ。
寮のお台所を借りても良かったんだけど、いろんな人に知られちゃうと恥ずかしいし、万が一そこからヴィクトール様に知られちゃったら困る。
ゼフェル様に相談出来たのは本当に良かった。
ゼフェル様ってば、普段の食事も携帯簡易食みたいなのばかりで、お台所なんかちっとも使ってなくて、そこを使えって言ってくれた。
でも・・・。

ヴィクトール様のお誕生日を知った時、どんなプレゼントを送ろうか悩んだの。
ダンベルもいいけど誕生日プレゼントには可愛くないし、ライオンの置き物も何か相応しくない。
私とヴィクトール様が出会って、初めてのお誕生日ですもの。
何か心に残るものが送りたかった。

『俺の好きな食べ物か? あまり食い物には詳しくないんだが・・・豆のスープは美味しいと思うぞ。大豆を入れたトマトのスープなんだが・・・』

ぽたっ。

透明な雫が鍋の蓋に落ちた。
このスープが例えとっても良く出来たとしても、本当に食べさせたい人には食べて貰えないの。
その人は、今日はいないから。
もしかしたら他に誕生日を祝ってくれる人がいるのかもしれない。

ぽたっ。

ぽたぽたっ。

「やだ…泣きたくなんかないのに……」
例えこの場にいなくても、大切な人の大切な日。笑って過ごしてあげたい。
なのに。
涙が止まらない。

とうとう蹲ってアンジェリークは涙を零しました。
突然にドアが開くまで。

それは、見慣れない姿できました。
アンジェリークは最初それが誰だかまったく分かりませんでした。
洗い晒しのシャツにジーンズ、赤褐色の髪は風になびいて。
その中で輝く琥珀の瞳を見て、やっと誰だか分かりました。
「ど…う…して?」
見開く蒼碧色の瞳から先程まで溜ってた涙がほろほろと零れ落ちました。
その様子に慌てたように
「すまん・・・今日は急に暇になって・・・いや、お前といたくて・・・」
しどろもどろのその姿は、いつもからは全く考えられないような様子でした。長めの前髪が額に落ちて、とても教官の職にあるようにも見えない程、若々しい感じでした。
「私と?」
「ああ」


突如後ろを向いたアンジェリークにヴィクトールは、どきっとしました。
莫迦な焼きもちがばれて、少女が気を悪くしたと思ったのです。
だけど。

「はい」
「え?」
差し出されたのは、いい匂いの湯気が立ち上る赤いお鍋。
その向こうで、泣き笑いのアンジェリークはとても輝いて見えます。
「お誕生日、おめでとうございます! ヴィクトール様」
・・・そしてその日は、始まりました。




おしまい♪





あとがき?


なんかかなり尻切れとんぼですね。甘くもないし(汗)
あぁ!! 砂吐く程、滅茶苦茶甘いの書いてみたかったよぉぉ!!!
こんなので、更新が遅れたんかいっ!っていうお叱りは、慎んでお受け致します(^^;)
ああ、よそ様のは素敵なのばかりだったのに(反省)
それと。
話は違いますが、皆様『おや?』と思ったのでは?
そうです。この話ではZ×Aです。流那にとっての金アンの大本命カップル。・・・好き過ぎて書けなかったんですがゲストって感じで練習してみました。
オスカー様じゃ台所貸してもらえそうもないし、浮気しても”やっぱり”って感じになっちゃうものね(ってああ、石は投げないで下さい!!)



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