見渡す限り、木、木、木・・・。樹海は、どこまでも広がっていた。
確かに細い道はありはしたけれども、獣道よりほんの少しましな程度。歩きづらいことこのうえない。
そんな人が滅多に通らなそうな道を切り分けつつ、二つの人影が進んでゆく。
一人は、見たところ二十代前半。180cm以上こえそうな長身に鍛え抜かれた身体、その身体を覆う軽甲冑、右手に握られた長剣、どこからどう見ても戦士である。
それで顔の方も武人らしく仏頂面かと思えばそうではなく、金属の防御環(サークレット)で金褐色の短い髪を押さえ、今はちょっとうつろではあるが綺麗な眼をしている。どこか不思議に品のある、それでいて気さくな感じのする青年だった。
「もうそろそろか?」
青年は、その左が藍色(コバルトブルー)、右が氷青色(アイスブルー)という変わった瞳を片割れの人影に向けた。
「地図ではもうすぐなんですが」
そう答えた少年は、年の頃17,8、背丈は170cm程、肩ぐらいまで無造作に伸ばした黒髪を革紐で括り、全体的に華奢な感じを受ける。そして、なによりの特徴はそのどんな美少女でも逃げ出してしまいそうな完璧に整った美貌。
少し紫がかった黒い瞳に白い肌、紅も塗らないのに紅い唇。とてもこんなところを歩いているような人物には見えない。服装も、一応戦闘服らしきものを着ている連れとは正反対に黒のGジャンにジーンズと軽装である。
「で、身体の具合はどうなんです?」
「あー、入った時よりはましってとこだな。とりあえずくしゃみは止まったし・・・」
鼻を啜り、かったるそうに青年が答える。
「でも、本当に珍しい体質ですよね」
「まったくだ」
ぼやきながら、青年は道を塞いでいた茂みを切り払った。
その途端、唐突に視界が開けた。
今まで森だったのが嘘だったかのように、そこは広場で花が溢れ、日ざしが眩しい。
その中央に古ぼけた丸太小屋が建っていた。そして、そのベランダに三人の人影が見られた。
「猪口将軍!」
青年は、その姿を認めると駆け寄った。
「・・・どなたかな?」
ベランダの籐椅子に子供二人に囲まれ腰掛けた老人は、訝し気な顔をする。
「お久しぶりです! 『晃』の部隊でお世話になったリュー・・・リュナリアス=ガートです」
青年・・・リューは老人に向かって敬礼をとった。
暫く老人---猪口将軍は、しげしげとリューを見つめていたが、記憶に該当者があったらしく大きく微笑んだ。
「おお、久方ぶりだね。あまりに立派になったものだから見違えてしまったよ」
「将軍もお変わりなく・・・」
「“将軍”は、やめてくれ。もう7年も前の事だ。今の儂は、ただの老いぼれに過ぎんよ」
将軍は、しがみつく子供らに遊んでくるように言うと、二人を小屋に招き入れた。そして椅子を勧めると、奥からお茶をいれてきてくれた。
「そんな・・・言ってくだされば私がいれましたのに」
盛んに恐縮するリューの様子に、将軍は、手を挙げて押しとどめた。
「何度も言っておるだろう? もう将軍扱いはよしてくれ。・・・それより、こちらの方を紹介してくれんかね?」
その視線の先には、連れのリューが舞い上がっている為、紹介もされぬまま部屋に通された少年の姿があった。
「あ、ああ。彼は、私の今の仕事のパートナーでアル・・・」
「瀬名有人(せな・あると)といいます。お目にかかれて光栄です、猪口さん。お噂はリューから予々伺っております」
リューの台詞を奪って、有人--アルは、深々と頭を下げた。
「どんな噂やら・・・リュナリアスの事だからまた大層な事を聞かされたんじゃろう?」
苦笑混じりに、言葉を返す。
「猪口さんなしに今のリューは、存在しないそうです」
「それは買い被りだ。リュナリアスは儂なんかと会わんでも立派にやっておったわ」
「でも、今でも殆ど伝説として残ってます。『稀代の策士・猪口』の名は」
「昔の話だ」
その声に一抹の苦さを感じ取ったのは、アルだったか、リューだったか・・・。
「儂も人間じゃ。年をとっていくし、それにつれて頭の回転も鈍くなってゆく。体力だって衰える。いつまでも奇跡などおこせる筈ない。それなのに皆はそれを認めようとせん。いつまでも儂は『英雄』のままじゃ、人の造ったの」
「・・・それで引退なさったんですか」
「人間、引き際が肝心じゃからな」
冷めてしまったお茶をグイッと飲み干す。
「で?」
「はい?」
「部隊は除隊したのだろう? 今は、なんの仕事をしてるんじゃ? 見たところ、瀬名さんはリュナリアスがしそうな仕事とは全く関係なさそうな人種にみえるが?」
「・・・俺は、荒事専門ってことですか」
ぼやく相棒を片目に、アルはにっこりとする。
「封魔師(ふうまし)をしています。魔導士として」
---惑星『フーマ』---
宇宙暦007年に日本州によって発見された地球型惑星である。温暖な気候、豊富な資源、発見されたと同時に大きな期待がもたれた星であった。
が、その夢もすぐに大きく崩れた。この星には、あの存在がいたのである。
地球では迷信、おとぎ話、ファンタジー小説などにしか存在しないもの---『妖魔』が。
その存在は、あちこちの星系で絶対の支配者であった人間を脅かし、人の存在及び精神を補食した。そして、それは人間の今までの科学力では対処できないものだった。
普通ならここで惑星の開発は諦めるところだが、地球惑星国家が出来てから数年、他のアメリカ州や北ヨーロッパ州に技術ではともかく、惑星開発でかなりの遅れをとっていた日本州が、初めて発見した惑星プラス、資源の豊富さ(地球ではもう掘り尽くされたいろいろな宝石や化石燃料などがゴロゴロしていた)ということで話が違ってきた。
かくして、日本州は見栄と欲の三人連れで歴史上思っても見なかった敵と戦う羽目になったのである。
最初の十年間は、かなり悲惨なものであった。ミサイル、ガス、レーザーはては細菌にいたるまで・・・あらゆる武器・兵器が完全に無効になった。移民者および居住者は減る一方。最後の頃には、惑星上には、すでに十数人のみしか残っていなかった。
この劣悪きわまりない環境故、惑星介入を諦めようとする案が出た。
事実、全て機械による完全オートメーション化が寸前まで決まりかけていた。だが、見栄と欲は強い。こんな気候も温暖な、保養星としてもっとも適してる、宝の山ともいえる惑星をあっさり捨てることができようか?
更なる対応が練られた。その結果、思いもかけない反撃の仕様が発見されたのだ。
迷信には迷信・・・『魔導』と呼ばれるもの。
科学とは対極にあり、今まで人を惑わすものとして忌み嫌われ、存在を完全に歴史上より消されたもの。それらが『妖魔』に対して絶対の有効を見せたのだ。
斯くして、人類の天敵に対する対策が直ぐさま取られた。地球上のあらゆる地域より魔力を受け継ぐ血筋が集められた。魔女の血筋、陰陽道の家系、道具に力を込める血筋---。
そして残された人々の反撃が始まった・・・。
結果、『フーマ』には12の都市が建っている。完全自給自足が出来る豊かな星、そして『魔』がいることを逆手に取り『現代のファンタジーランド』として地球からの観光旅行の人気ベスト10にいつも入るような星として。
12の都市は最後の戦いに望んだ者達の末裔がそれぞれ統治し、それを民衆から選ばれた星知事が管理するという制度がとられている。
そんな平和な星・・・だが、『妖魔』との戦いは終わってはいない。
未だに、襲われる街や村が後を断たない。それゆえ、各都市にはそれぞれ自衛軍なるものが配備されている。そして、それが個人レベルになり、妖魔を狩ることを生業としているのが『封魔士』である。
この惑星の歴史と希望は、この三つに象徴されるであろう。
『12の至宝』と呼ばれる都市、『封魔士』、そして名前。
ここは惑星・『封魔』----。
|