はばたき




              

<angelique side>




見上げる夜空には、満天の星。
いつも不思議。
ここは、飛空都市で本当の空との間には特殊な隔壁があって‥‥でも、やっぱり見える空は普通の空で。




「どうした? お嬢ちゃん」
ついっと右手が引かれた。
見るとオスカー様が、可笑しそうな顔をして見ている。
いけない、つい星に見とれてて、オスカー様が一緒にいる事を忘れてたみたい。
「星が綺麗だな、って」
「そうか」
そう言うと、オスカー様は私の顔を覗き込んだ。
「他の男のそんな顔を見せたら駄目だぜ? あっという間に攫われてしまう」
「んもう! そんな事をするのは、オスカー様だけですってば」
くすくす笑いながら、受け流す。




今日は、オスカー様とのデート。
とっても楽しかった。
公園に行ってお茶を飲んで、それから森の湖に行って、水の波紋や流れる雲をみながらおしゃべりして。
『もう、帰るか?』
っていうオスカー様の言葉に、つい横に首を振ってしまった。











だって‥‥。











そうしたら、オスカー様は聖殿の裏手のテラスに連れていってくれた。
そこは、まるで燃えるような夕焼けがとても綺麗で。











いつまでもいつまでもそうしていたかった。
オスカー様と一緒にいたかった。











でも。 流れる時は止められない。
夕日は、やっぱり落ちて、薄闇の夜を連れてくる。











オスカー様は、私を寮まで送ってくれてる。
私は、そっと右手をオスカー様の掌に滑り込ませた。
彼は、『ん?』という顔をしたけど、何も言わずにその手を握りしめてくれた。






どこまでも続けけばいい、この道が。
部屋になんかつかなくてもいい。このままでいられるのなら。
でも。
飛空都市は、とても狭いの。
気づくと、もう寮のすぐ近くの小さな花畑に立っていた。











手を放さなくては、いけない。
わかっていたけど、どうしても出来なかった。
寮が見える。
でも、その一歩がどうしても踏み出せなくて、ただただその手の中にある温もりを握りしめていた。
この手をほどいてしまったら、多分これで全てが終わってしまうから。
これから先、自分が望んでいた事全てをやり残したままで。
















夕べ、宮殿から使者が内密に来た。
『次の女王に貴女が決まりました』と。
確かに大陸の育成は、私の方が少し進んでいる。けれども、勝敗を決した訳ではないのに。
それに私は、女王試験を辞退しようと思っていたし‥‥。
その疑問は、予想されたのか、使者の方は私にディスクをおいていった。
『これを御覧になってから、御決断ください‥‥』と。






それに映っていたのは、今の外界の様子だった。
私がいた主星では、まったく感じ取れない事だったけど、辺境各地では女王陛下のお力の弱まりが確実に現宇宙を蝕んでいく様子がありありと映し出されていた。
それは、鳥肌がたつような思いだった。
‥‥もし、私が女王位を辞退すれば、この侵食は全てを覆い尽くしてしまう。
それが、はっきりわかったから。













だから。













「どうした、お嬢ちゃん?」
立ち尽くす私を不審に思ったのか、オスカー様が顔を覗き込んで来た。
燃えるような紅い髪、氷のような薄蒼色の瞳。両極端の激しさをその身に持ち、それでいて優しい人。
大好きなオスカー様。
自分自身よりも大切な人が出来るなんて、思ってもみなかった。
その腕に抱かれて、愛を全身に受けて‥‥このまま死んでもいいと思える程の幸福をもらった。
何よりも、誰よりも愛しい人。









‥‥あなたがこれから出会う幸せを願いたい筈なのに、この手を放しきれない未熟な自分に拭いても涙が出る。









「‥‥オスカー様」
たまりきれずにその懐に飛び込んだ。










必死に考えたの。これ以上ないくらいに。
そしてせめて、貴方を嫌いになろうとした。
何一つ、嫌いにはなれないくせに。






‥‥さよなら、オスカー様。
愛しています、他の誰よりも。
でも、言えない。私が何を決心したかなんて。











「‥‥アンジェリーク」
はじめ驚いたようだったオスカー様は、直ぐに抱きしめてくれた。
お願い。もっと強く抱きしめて、離さないで。
今のこの時がいつまでも身体に残るように。
遠く離れてても、貴方と生きていけるように。
ただ、それだけが私の救いだから。





















               

‥‥‥私、女王になります‥‥。





















<oscar side>



今日のアンジェリークは、ちょっと変だった。
ぼんやり沈みこんだり、そうかとおもうと急にはしゃいだり。
湖の後は、帰るのがとても厭そうで、だからそのままテラスまで連れていってしまった。









俺だって、離れたくなかったから。









テラスでは、彼女はぼんやりと沈み行く太陽を見つめていた。
その姿は、とても寂しそうで、思わずこのまま抱きしめて、この腕の中に閉じ込めてしまいたいと思った。











だが。











寮までの帰り道の途中、アンジェリークは手を滑り込ませて来た。
その手を、しっかりと握る。
この道が、どこまでも続けばいい。
ずっとこのまま手を取り合って生きていければ、何もいらない。
‥‥それでも、やはり道には終わりが来る。
気づけば、そこは寮のすぐ近くの小さな花畑の前で。
アンジェリークの手に力が篭った。











俺は知っている。
彼女が、今日どうしてこんなに落ち着かないのかを。
だって、そうだろう?
誰よりもアンジェリークを見つめて来たんだ。彼女がどのくらい素敵で素晴らしくて‥‥女王に向いてるかは、他の誰よりもわかっていた。











‥‥わかっていたが、認めたくなかった。
認めれば、彼女は羽ばたいていってしまうから。
認めなければ、今、この身の近くに彼女がいる事だけを喜びとすれば良かったから。











そう。普通の人間ならば、全てから目を逸らし、彼女だけを見つめて、彼女をその腕に攫って行けただろう。
だが、俺は守護聖。
この宇宙を統べる女王陛下を助け、支える存在である者。
其れ故、わかってしまうのだ。
‥‥この宇宙が、今、どんな状況にあるのかを。











『俺が本気になったら、女王候補だろうが、女王陛下だろうが立場なんて関係ない。
この手に奪って、宇宙が滅んでも愛しぬく!』






そう言ったのは、俺だ。
‥‥そう。確かにそう思っていた。
だが。
















攫っていけば、それはきっと俺の愛したアンジェリークではなくなってしまう。
たとえ、その一瞬は幸せでも、彼女は『本当の幸せ』にはなれないだろう。
自分の幸せではなく、彼女の幸せが一番大事だから。
彼女が泣くのは、見たくないから。











「‥‥オスカー様」
ふいにアンジェリークは、俺の胸に飛び込んできた。
そのまま、抱き締める。
この腕から飛んでいってしまう天使を思って。
















ずっと。
綺麗ごとだと思ってた『希望』と言う言葉を、苦しいくらい抱きしめて、君を見上げていこう。
これ以上、君が苦しまないように。
これ以上、君が泣かないように。
いま以上‥‥‥幸せになれるように。
いつの日かこの腕にもう一度、君を抱き締める日まで。











俺が、今、できる事はただ一つ。
















『強さ』を贈ろう。
これからの日々に彼女が負けないように。
これからの日々に俺が負けないように。





















今日、エリューシオンに『強さ』が満ちる‥‥‥。











<Fin>








さてさて、『翼』の続きのお話です。
イメージソングは、坂本真綾のアルバム『ハチポチ』の中の『光の中へ』。というより、この歌を聞いてこのお話が出来ました。
文中の『貴方が出会う幸せを願いたいはずなのに、出来ない未熟な自分に拭いても涙が出る』と
『綺麗ごとだと思ってた希望と言う言葉を苦しいくらい抱きしめて、あなたを見上げている』は、まんま使わせてもらってしまいました(反則?)
でも、思いっきり煩悩でした! よかったら聞いてみて下さい。
ところで。ほんと最近しゃれにならン程、書けません(^^;)
これも書きはじめて二ヶ月近くかかっております。
ほうぼう多数あちらこちらに御迷惑をおかけしてますが、本当に申し訳ございません。
でも、今の流那には頭擦り付けて謝るくらいしか出来ないのです‥‥。



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