成就 或いはモノローグ
勇気
<アンジェリーク>
大好きなヴィクトール様
大好きで大好きで・・・・・・でも
ううん
大好きだからこそ臆病になってしまう私
もしも嫌われたら泣いてしまうから
もしも軽蔑されたら死んでしまいたくなるから
もしも
もしも拒まれたら・・・・・・心が砕けてしまうから
見晴らしの木の根本。
うららかな日差しと、涼しい風。
目の前には穏やかな水面。
そして、傍らには大好きなヴィクトール様。
学芸館にいるときよりも、少しだけ優しい目。
ちょっとだけ砕けた口調。
見慣れない私服姿と相まって、それはとても新鮮に私の目に映る。
「今度の休日。宜しければ私とご一緒して下さいませんか?」
この間の学習が終わったとき。
たったこれだけの言葉を言うのに、私がどれほどの勇気を必要としたのか、あなたはご存じかしら?
「こんにちは、ヴィクトール様。今日はとてもいいお天気だから、森の湖に行きませんか?」
聖地に悪いお天気があるのかどうか知らないけれど。
この台詞。こっそり何度もお部屋で練習していたなんて、想像もしないでしょう?
「サンドイッチを作ってきたんです。お口に合うと良いんですけど」
女王候補寮で私達のお世話をして下さっている方々。
ここ数日、そのランチがサンドイッチばかりなのは、どうしてだかおわかりになるかしら?
「ここは素敵なところですね。水も冷たくてとってもいい気持ちです」
けれど、一人で来たときはこんな気持になったことはないの。
それが何故かって、私がお尋ねしたらどんな顔をなさるかしら?
でも、言わないの。
言えないの。
だって・・・・・・もしも。
もしも、冷たい言葉が返ってきたら?
ううん、そんな事はないわね。
きっと、いつものように少し怖い顔で、とても真剣な瞳でこう仰るのだわ。
「お前は女王候補だ。その事を忘れるな」
とても重くて痛い言葉を。
だから、私は言わないの。
言えないの。
もうすぐ、新しい宇宙が惑星で満ちるけど。
もうすぐ、遠くへ行かなくてはならなくなるけど。
もうすぐ、お別れの時が来てしまうけど。
まだ、勇気がないの。
だって。
だって・・・・・・もしも?
罪
<ヴィクトール>
許されぬ罪。
許されることを望まぬ罪。
息をする度に。
美しい景色に心を奪われる度に。
ありふれた日常に埋もれそうになる度に思い知らされる。
それは償うことさえ叶わぬ罪。
けれど、俺は出会ってしまった。
小さくて泣き虫の・・・・・・愛しいアンジェリーク。
平和で、穏やかで、とても心が休まる。
カフェテラスからの風景は、ひどく優しい。
目の前には、飲みかけのカップとケーキの皿。
そして、隣にはアンジェリーク。
しなやかな髪が風に揺れる。
ほんの少し広めの襟元から、細い鎖骨が覗く。
儚げで、それでいて芯の強さを感じさせる澄んだ瞳が、俺を映し出す。
「今日はいい天気だな。もし予定がないならどこかに行かないか?」
予定があるなら、そっちをキャンセルしろ。
そんな風に言ったら、お前はきっとその蒼い目をいっぱいに見開いて驚くのだろう。
「お前は女王候補なんだ。時間を無駄に使うわけにはいかんな」
せっかくお前と二人だというのに、こんな事が言いたくて、わざわざ誘ったんじゃない。
だが、言わなくては通じるはずもない、それがわかっていても尚、言葉は心を裏切り続ける。
「正解だ、さすがは女王候補だな。その調子で頑張るんだぞ」
心と裏腹な俺の言葉に、どうしてそんなに素直に頷く?
お前にとって、俺は本当にただの教官でしかないのだろうか。
「今日はお前と過ごせて楽しかったぞ。お前は良い女王に成れるだろう」
これだけは、うそ偽りのない本当の気持ちだ。
なのに、口に出したとたんにひどく空しくなるのは何故だろう。
償えない罪。
償う術のない罪。
なのに・・・・・・何故。
何故俺はここにいる?
ここに、お前のすぐそばに。
それとも、これが罰なのだろうか。
ただ一人生き残り、望まぬ名声を得、今また心ならずも聖地での大任についた俺に与えられた罰なのだろうか。
「新宇宙の女王、アンジェリーク」
誇らしげに、そうお前の名が呼ばれるのを聞く事が。
償えない罪の。
償う術のない罪への罰なのだろうか。
もうじき、新たなる宇宙は星で満ちる。
もうじき、お前は遠くへ行く。
もうじき、お前は俺の手の届かないところへ。
これが許されないことならば。
何故お前は俺の前にいる。
俺の手の届く距離に・・・・・何故?
そして
<ふたり>