子供の時、泣いているとママが抱きしめてくれた。
そして必ず『アンジェ、あまり泣くと青い鳥が逃げちゃうわよ?』って言っていた。
童話の『青い鳥』が大好きで、何時かその鳥を捕まえに行こうと思っていた私はその言葉で慌てて泣き止んだ。
何時かきっと幸せの青い鳥を見つけようと思っていた子供の頃‥‥。
‥‥なのに今は。
滅茶滅茶にうちひしがれて、こんな所にいる。
交通量激しい道路と月の光より街路灯が眩しい空の間。
いわゆる”歩道橋”の上。
目は、ずっと流れっぱなしだった涙で腫れ上がっている。その行き着く先のほっぺたも。
何せかれこれ6時間近く泣いているのだから当たり前と言えば当たり前。
今日は2/14。世間的には”聖バレンタインデー”とハート付きで言われる日。
御多分にもれず、私もチョコレート会社の陰謀に乗ったのだけれど。
待ち合わせたのが正午。
けれども相手は来ない。
そのままで3時間。
次いで根性で2時間。
最後は惰性で1時間。
---待ちぼうけを喰らった。
最初の1時間で相手が来ないのは分かった。
けれどもそこを動けなかった。
でもって今も動けない。
『幸せの青い鳥』がいるのなら今、会いたかった。
この不幸のどん底まで落ちた私に光はないのだろうか?
「おい」
もう涙と洟で顔はぐちゃぐちゃ。今思うと明日が試験休みで本当に良かったな。
「おいってば」
でも本当だったら、今日告白して休みの明日に早速デートしようと思っていたんだっけ。
「お前、耳付いてないのか?」
物思いに耽っている私の耳をつまんだ奴がいるっ!
「うひゃっ!」
吃驚して思わずつままれた耳を両手で庇う。そしてその無礼な奴を睨み付けた。
「なんだ。生きてんじゃねーか」
その(私から思えば)火の着くような視線の先には、その苛烈さをそよ風程にも感じていないような男が立っていた。それも黒い上着に黒いズボンに黒い帽子。おまけに御丁寧にサングラスまでしている。帽子の隙間から見えるつんつんに尖らしてある銀髪だけが違っていたけれど全身真っ黒の男。そう、まるでカラスみたい。
普段の私だったら絶対睨んだ事を後悔して直ぐ視線を外し、そそくさと人込みに紛れてしまいたくなるようなそんな変な迫力のある男だった。
でも、今の私には怖いものなんか何もないのよ!! 失恋したての女の子がどんなに恐ろしいものか身を持って体験すればいいんだわっ!
「何すんのよっ!」
言った言葉の激しさに自分で驚いたけれども、その男はまったく気にしていない。
「あんた、昼くらいからここにずっといただろう?」
それどころか気軽に話し掛けてきた。それも私が一番触れてくれたくない話題を。
「‥‥何で知ってるの?」
「俺、自転車便のバイトしてるんだけど、この真下を通るんだな。でもって今日何度もここを通ったって訳」
‥‥じゃ気付く筈だわ‥‥。私だってこんな所に女の子がずっと立っていたら”飛び下りるんじゃないか?”って気が気じゃないもの。
‥‥って‥ん?
もしかして?
「‥‥自殺、とか疑った?」
それに答える相手の表情だけで答えが分かった。
なんか急に力が抜けた。
確かに今日はずっと傷ついていたけど。半日ここから動けずに泣いていたけど。
それ位、あの人の事が好きだって思っていたけど。
急に現実に引き戻された気がした。
鼻がぐずぐずいう。
もうティッシュはとっくに使い終わっていたし、ハンカチもびしょぬれ状態。
手で擦っていたら、その男は首に巻いていたタオルを渡してくれた。
それで思いっきり洟をかむ。もうびしょ濡れのボロボロ状態なんだから格好つける気もおきない。
「お前‥それ鼻紙じゃなーんだぞ。あ〜あ‥‥」
呆れたような声が上がる。
「ありがとう」
「‥返すな。やるから」
洟をかんだお陰で掠れてはいたけど何とか普通に話せる。
でも実際は、そのまま黙っていた。一応この人は見知らぬ人なんだから。
けれど。
「‥‥なんで泣いてたかは聞かねーけど、こんな所にしゃがみ込んで寒くないのか?」
相手の方から話し掛けてきた。そう言う相手もそのまま私の隣にしゃがみ込んでいる。
「‥寒い」
「じゃ、家に帰れば?」
「帰れないの」
相手の顔が歪んだのが分かった。厄介な事に首を突っ込んだな、って思っているんだ、きっと。
何かそう感じたら、無性に今の現実を話したくなった。
どうせこの人は身も知らぬ人。明日から会わなくてもいい人なんだから。
「‥‥泣いてた理由、聞いて」
「あ?」
相手は更に訝しげな表情をする。その時、サングラスの隙間から相手の瞳が見えた。
ふ〜ん、珍しい。紅い瞳なんだ。
「私、好きな人がいたの」
「あ、今日バレンタイン、だっけ?だもんな。チョコ渡して玉砕したって訳か」
その目がずっと手に持っていて今は膝の上に乗っかっているラッピングされた箱に注がれている。
「違うの」
そんな単純じゃない。それだけだったら家に帰れないなんて言わない。
「へ?」
そうに違いないと思ってらしく、相手の顔が崩れる。
「うちね、パパが私の小さい頃に死んじゃってママと二人暮しだったの」
「ふ〜ん」
「でね、そのママがこの間の春に再婚したんだ。新しいお父さんもとても優しい人で私、すごく嬉しかったのね」
「へ〜」
「お父さんにはやっぱり子供がいてね‥」
「‥ちょっと待った」
いきなり話の腰を折られた。
「まさかその兄貴だか弟に惚れたなんてベタなオチじゃ‥‥?」
「ベタで悪かったわねっ!!」
だってだって。
兄妹になる前から好きだったんだもの。同じ高校の一学年上の先輩。
それが一つ屋根の下に暮らすようになってから、もっともっと好きになった。
だから今日家を出る前に言ったの。
『妹としてじゃなく貴方が好きです』って。
そして正午にここに来てくれるように言ったの。兄妹じゃなく、普通に待ち合わせがしたかったから。
‥‥でも、先輩は来てくれなかった‥‥。
また涙が溢れてきた。
「‥タオル、使えよ‥」
「‥すん‥やっぱり、青い鳥なんて‥‥」
「え?」
「『幸せの青い鳥』なんて‥エッ‥‥こんな時でも‥‥来て‥ヒック‥くれないんだ‥‥」
幸せをもたらす青い鳥なんて結局何処にもいないんだ。こんなに心が痛いのに、来てくれないもの。
今までで一番苦しいのに。こんなに重いのに。
私はきっとずっと不幸なんだ。一生一生不幸のままなんだぁぁぁぁ‥‥。
貰ったタオルに顔を埋めていた。きっともう顔は再起不能状態になっている筈。
失恋した相手が家にいる以上、気まずくって家にも帰れない。
その時。
くっ、と噴き出す音が聞こえた。
その音に驚いて、思わずその方向を向いてしまった。
そこには案の定、おかしくて堪らないといった風情の一人の男。
「何がおかしいのよっ!」
「‥‥そりゃ可笑しいさ」
さんざんっぱら笑い転げて、息を絶え絶えにしつつ、その男は滲んだ涙を拭った。
そこまで笑うもの、普通?!
「アンタ、とりあえず間違ってるよ」
あまりにも失礼なこの男を何とかしてコレと言う目にあわせようと考えを巡らせている私にその男は言った。
「え?」
何を?
「青い鳥はな、待ってるんじゃなく捕まえにいくもんだろ?違うか?」
‥‥確かにチルチルとミチルは探しに行った。けれど。
「この世知辛い世の中、それ位夢見ちゃいけない?!」
「いけなくはねーけど、『幸せの』ナントカっていうのは、きっとどれでももれなく不親切だと思うぜ。じゃなきゃ、お伽話にならねえ」
そりゃまぁそうかも。‥‥あれ?
「君、お伽話なんか読むの?」
悪いけどとてもそんな風には見えない。けれど。
「ばっ‥! ‥‥年の離れた兄貴がそう言うのを寝しなにするのが好きだったんだよ!」
そう言って急に真っ赤になった姿は、ちょっと可愛かった。
「‥‥とにかく、幸せってもんはな、どこから来るかわからないようなそんな大層なもんじゃないんだ」
ゴホン、と咳払いして子供の時のトラウマらしきものから何とか立ち直った男は、偉そうに続けた。
「例えば寒い日のあったかい風呂だったり、日溜まりの中のひなたぼっこだったり、一杯のお茶だったり。そう言うのが本当に『幸せ』って奴さ。『幸せ』は『奇跡』じゃないんだからな」
‥‥悔しいけど、なんとなくこの男の言っている事は正論な気がした。
でも。
「‥‥家に帰れないのは、どうしようもない事実だもん‥‥」
いくら幸福論並べられても、そしてそれを納得しても今日の現実は消えない。それこそ『奇跡』か『魔法』でもおきない限り。
なのに。
「とりあえず」
男はいきなり私の膝の上の箱を取り上げて、その包装紙をビリビリに破いてしまった。
「何すんのよっ!」
そんな非難も聞く耳持たず。それどころか。
「へ〜、ブラックの生チョコか。こいつはラッキー。俺、これしか喰えねーんだ」
なんて言いながら、私が三日もかかって作り上げたチョコレートをむしゃむしゃと食べ出したのだ。
「キャー!!ちょっとやめてっ!!」
「うるせーな。どうせやる当てのないチョコだろ?‥‥ほら」
そう言うとその男は、そのひとかけらを私の口に放り込んだ。途端にとろけるように口一杯に広がる甘苦い味。
「結構旨いだろ」
なんて笑うその顔といったら。
「とりあえず、玉砕したのは事実。でもってそれが兄貴だったのも。だけどな、別に実の兄妹じゃなかったんだからいいじゃないか?」
「当たり前でしょう!」
この期に及んで訳のわからない事を言っている。
「相手だってきっと気にはしてると思うぜ。相手にあげる為のチョコもなくなった事だし、ここであんたが変に気を回すと相手も余計おかしくなっちまう。さっさと帰って『ただいま〜♪ 今日の夕飯なぁに?』とでも言った方が一番楽な道だぜ」
---偉そう。何か、凄く、とってもっっ。あなたに何がわかるっていうのかしら。
「あんたもずっと泣いて、気が済んだろう?」
---とんでもない。あなたが来なければ一晩中でも泣いていられたわ。涙で洪水起こせるって思ってたんだから。
「もしまだ帰り辛いなら、近くでお茶くらいつき合ってやるからさ。ここじゃ流石に俺も寒い。あんたも唇、蒼いぜ?」
そう言ってまた笑う。
こんな悪そうな外見の癖に‥‥笑い顔が素敵なんて凄く卑怯な気がするわ。つい、自分が凄く莫迦な事をしていたような気になる。
仕方なく、伸ばされた手に掴まって立ち上がる。6時間座り続けた膝はもうガクガクしていた。
上手に歩けない私に、しょうがないなと言う感じで腕が伸ばされた。
「そうだ、あんた名前は?」
「アンジェ‥アンジェリーク」
そう言えば名前もなにも名乗らないで、こんなに長い事話してたんだ。おまけに泣いて怒って。
「そうか。俺の名前はゼフェル」
きっと私は、熱くて甘いお茶を飲んで『あ〜、幸せ』って思うんだろう。
今日一日の悲愴さもその時ばかりは全部忘れて。ケーキでもあれば尚更。
と、すれば。
今、この手を差し伸べてくれた人は『幸せ』のナントカになるのかな?
私の中に幸せな気分がまだ、ある事を教えたんだから。
目的のお店から洩れる暖かい灯りを見ながら。
私は、何時から『幸せの鳥』は、カラスになったんだろうって考えていた。
あとがき?
どうも。イベント信者ならぬイベント管理人でございます。
無理矢理書いたこの話。今読んでもいまいちゼフェリモに見えません。
どう見てもトラパス! ゼフェルがこんな風に女の子に声をかける訳がないっ!
フォーチュンクエストを知っている貴女! そう言う訳でそう言う風に読んで頂く方が臨場感がより出るかも知れません。お試し下さい(←殴)