レシピ

◇レシピ◇




それは、ある穏やかな日の昼下がり。


遊びに来ていたアン・ディアナとジュニアと、アンジェリークはお茶をしていました。
お菓子は、焼き立てのクッキー。冷たいミルクティと共に三人は穏やかな午後を楽しんでいました。


その時。


ピンポ〜ン♪


軽やかなチャイムの音が響きました。
「あら? 誰かしら?」
ちょっと訝しげな顔をして、アンジェリークはドアフォンをとりました。
「はい‥‥えっ?!」
穏やかな声が突然驚きにひっくり返ります。
「え‥ちょっと待ってっ!」
カチャンと受話器を置くと、アンジェリークは玄関に向かって走りました。その慌てた様子を二人は不思議そうに見ています。
少し間が空いて。
パタン。
扉が開く音がしました。
ぱたぱたと歩く音が聞こえます。‥‥ん? どうやら複数です。
再び、パタン。


「ちょっと待ってよ、レイチェル!」
呼び声とともに入って来たのは、子供達もよく知る人物でした。


レイチェル・ハート。
新宇宙の女王陛下。
アンジェリークとその地位を争いましたが、アンジェリークがその聖獣を成体にした後、ヴィクトール様との恋を実らせた為、今現在、アルフォンシアの宇宙を治める女王としてその地に渡った女性です。
試験中にアンジェリークと育んだ友情は今も変わらず、二人はよく会っていたのです。
‥‥いたのですが。


「あ、レイチェルさん。こんにちは〜」
ジュニアが、にっこり手を振りますが、その手が急に止まりました。
何故かというと。
「あれ?」
少年の琥珀色の瞳が、見開かれます。
「やっほ、ジュニア!」
「‥‥レイチェル、急に訪ねてきて言う言葉がそれなの? それにその子は?」


そう。子供達やアンジェリークが驚いたのも無理はありません。
なんとレイチェルの腕の中には、白金に近い金髪の生後6ヶ月くらいの赤ちゃんがいたのです。
この騒ぎにもちっとも驚かず、静かな赤ちゃんが。
「なに言ってんの? 自分の子を連れてきてオカシイ?」
「え? その子、レイチェルの子なの?」
「当たり前でしょう? なんで私が他人の子を抱いて、あんたんチに来なきゃいけないノ?」
「だって‥‥女王は?」
「女王よ、今でも。
‥‥あのね、女王は全ての命を育み愛おしむ存在。星や大陸を生み出すのに、子供を生んじゃいけないなんて変じゃない」
「う…う〜ん……」


‥‥いってる事はすごく正しい気がするけど、でもやっぱり何処か間違ってる気が・・・。


(そう言えば、この1年くらいこっちの宇宙に来なかったわよね‥‥)
この間の約束も結局『やっぱり行かれない』と連絡があり、会うのは、ヴィッジホンだけ。でもまさかこういう事態になってるとは夢にも思わなかったアンジェリークでした。
「もういい加減、新しい情報も仕入れなきゃいけなくてさぁ。でも、今日に限ってベビーシッターたのめなかったのヨ」
心底困りきったようなレイチェル。
「そ、そう‥‥‥で、誰といつ結婚したの?」
アンジェリークは、さっきから聞きたかった事をやっと口にする事が出来ました。
でも、それに返ってきた返答は。
「結婚? なんで?」
「え?」
まるで思ってもみなかった事を聞かれたかのようなレイチェルの反応。
「あのね、女王が誰か一人のものになったら、まずいじゃない。結婚なんかしてないわヨ」
きっっっぱり、言い切るレイチェルの顔に小さな手が当てられました。
「あ、はいはい。ちょっと待ってね〜‥‥アンジェ、ちょっとこの子抱いててくれない?
荷物下ろせないから」
「あ、ええ」
なんだかよく理解出来ないうちに、アンジェリークはその子を腕に抱き取りました。
「じゃ、アンジェリーク。あと、よろしくね」
次の瞬間、そう言ってレイチェルはにっこり笑いました。
「え‥? よろしく、って?」
子育てした人間だけが持つ安定した抱き方で子供をあやしているアンジェリークには、何がなんだか判りません。
そんなきょとんとした瞳の前に広げられたもの。それは。
「これが、哺乳瓶、ミルクの缶。これが消毒液。哺乳瓶はよく消毒してね、熱湯消毒でも可だから。あと、紙おむつと濡れテッシュと着替えと‥‥」
赤ちゃんのお出かけ用具一式。
「ちょっと待って‥‥これって‥‥」
はっきりいって点目です。
「あなた、ジュニアがいるから赤ん坊の面倒はお手のものでショ? 研究遅れてんのよ。とりあえず今日は1日でいいからさ」


‥‥ってことは、また頼みに来るつもりだな‥‥‥。


と思ったのは、多分これを読んでいる貴女方だけで。
温和で優しいアンジェリークはまったく邪念もなく、
「わかったわ。安心してお仕事してきてね。‥‥で、この子の名前は?」
「ルーティス」



「‥‥で、張本人はまだ迎えに来ない、と」
小さなその身体に膝を占拠されたヴィクトール様がボソリと呟きました。小さな領主は、そんなその人を恐れ気もなく、色素の薄いホリゾン・ブルーの瞳でじっと見つめ、紅葉のような掌で顔を掴もうとしてました。
「ええ。どうも区切りがつかないらしくって」
張本人よりもさらに申し訳なさそうな愛妻の態度に、やや頬を揺るめ笑いかけます。
「いや、別にいいんだけどな。この家は無駄に広いから。お前さえよければ俺は別に構わん」
「私は別に‥‥。ルーティスちゃんは、良い子で、大人しくって‥‥」
そこでアンジェリークは、唇を止めます。
「大人しくって‥‥‥」
「‥‥‥泣かんな、全然」


自慢じゃ有りませんが、ヴィクトール様は威厳が有ります。ええ、そりゃあもう、見つめあった子供が思わずべそかくらいに。
けれども、ルーティスは。
「俺が抱き上げても、ただ顔を凝視するだけだったしな」
「預けられてからも、殆ど泣かないんです」
夫婦は、顔を見合わせます。


「‥‥それよりもこの子、何処かで見た事ないか?」
「あ、ヴィクトール様もそう思います? 私もさっきから誰かに似ているような気がして」
見合わされた首が同時に捻られます。
そんな二人を、ただただ不思議そうに見上げるルーティス。
夜は更けていきました。





聖地にて。


何故かかなり煩い室内。そこに声が響いています。
「なんでルーティスを連れて来なかったんですっ!」
「あー、もう煩いわね。誰も面倒みれないでしょ。ここには、アブナイものも一杯有るし。アンジェリークならジュニアもいるし、最高のベビーシッター‥‥ワタシってば相変わらず天才ねっ」
「そうじゃなくて‥‥私が見ますから」
「じゃ、誰がワタシの研究見てくれるのよ?」
「じゃ、おんぶして!」
「ワタシを笑い死にさせたいんだったらそれでもいいけどね。とりあえず今この場にいないんだから、ごちゃごちゃ言わないっ!」
母は強しっ!という感じで会話を打ち切ったレイチェルの後ろでは、何やら暗くなっている淡い髪の色の持ち主。
「私だってルーティスに会いたいんです‥‥‥」
と言う言葉は悲しげに夜空に昇って行きました









あとがき?

あとがきと言う名の蛇足。ほんとはweb拍手に乗っけようとしたら長過ぎておかしくなったものです。
取りあえず、ちょっとした箸休めって事で。




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