Tururururur・・・
それは朝の電話。
「はい?」
朝も早いと言うのにさわやかに出る少女。
「あ。ヴィクトール様」
『あ、アンジェリーク・・・』
電話の先は愛しい恋人。
「今日の午後、お約束してましたよね」
『その事なんだが・・・』
「え?・・・まぁ、お仕事が?」
『すまん。この埋め合わせはきっと』
「いいんです。仕方ないですもの。お仕事頑張ってくださいね」
『・・・ああ』
それは当然の言葉。忙しい恋人に対する思い遣り。
でも-------。
何時の時代も女子高生の最大の楽しみはおしゃべりだ。
そしてその題材が”恋”ともなれば、最大の関心事だろう。
「えっ?! じゃあ忙しい彼氏の家までおべんと届けてあげるの?」
「わ! アンジェリークったら、やる〜」
「羨ましいなー♪」
「もう、皆茶化さないで!」
その集団の中心にいるのがアンジェリーク。
ついこの間まで女王候補生として聖地に呼ばれていた少女だ。
聖地で着実に実力を伸ばし、新宇宙の女王候補として誰にもまけない力をみせた彼女だったが、それと同時にそこで生涯掛け替えのない出会いをし、それを捨てきれず相手---精神の教官ヴィクトールと二人して、主星に戻って来て早半年。
今や女子高生としての生活を満喫しているところだ。
ヴィクトールとの仲も上手くいってるが、いかんせん、相手は軍の高位に近い肩書持ち。忙しくてなかなか会えない日々が続いてる。
今日だって・・・。
ほんとは二週間振りに会える筈だった。三日前から何を着ていこうか悩んでた。部屋の中は服だらけだし、クローゼットは中身が全部出てる。
でも。
ほんとに申し訳なさそうなヴィクトール様の声を聞くと何も言えなくなる。
わがまま言ったら嫌われてしまうかも知れない。
それだけは嫌。
だから。
だから声を飲み込んだ。
『いいんです』(いやよ)
『仕方ないですもの』(何があっても会いたい)
『お仕事頑張ってくださいね』(私よりも仕事が大事?)
そんなこと思った自分が嫌で。
だから、せめて。
「だってヴィクトール様、とってもお忙しそうなんだもの。きっと食事をされることを忘れてお仕事に励んでると思うし」
「いいなぁ、大人の彼氏か・・・」
「ねぇねぇ、合鍵とか持ってんでしょ?」
ふるふるふる。
衝撃的な言葉に耳まで真っ赤になり、続いて首が凄い勢いで振られる。
「そんなっ! おうちにいけるかどうかも怪しいの。まだ行った事ないから」
「え!」
「うそ!」
一瞬みんなの目が丸くなる。その妙な雰囲気もわからずアンジェリークはにこやかに続ける。
「住所は知ってるけど、まだお伺いした事もなくて・・・」
「ちょっと待って! それ本当?」
「自分から行きたいとか、連絡した事ないの?」
「え? だっていつもヴィクトール様から連絡下さるし・・・そういえば私から連絡した事も・・・」
みんなの視線に押され、自然小さくなる言葉。
自分の都合のいい時だけ、連絡。
部屋の中にもいれない。
一瞬の沈黙の後、沸き上がったものは。
「アンジェリークッッッ! それ絶対騙されてるよ!!」
「え?」
「絶対二股かけてるって!」
「 ………え?」
「女よっ、きっと別に女がいるんだわっっっっ!!」
「男なんてこれだからっっっっっっっ!!」
「…………………………え?」
盛り上がる周りに対し、呆然とするアンジェリーク。
「あの・・・ちょっと・・・?」
「アンジェリーク、何かあったら相談すんのよ」
「あたし達、絶対あんたの味方だかんね」
「まったく、もうっ、男なんてー!」
………人の話なんて聞いちゃいないし………。
その日の午後。
今日は土曜日。まだ空は明るい。
「ここ・・・よね」
アンジェリークはとあるマンションの一室の前に立っていた。
間違いなく表札にはヴィクトールの名前がある。
(お仕事お忙しいって言ってたし、きっと今日も遅いんだわ。お弁当だけ置いて帰ろう)
黒い鉄のドアの前に紙袋を置く。
その時。
ふと脳裏に。
『女よ、きっと別に女がいるんだわっ!』
『騙されてるよ、きっと』
「やだ・・・何気にしてるのかしら・・・」
聖地で殆ど毎日会っていてそんな事はないとわかってる。でも・・・。
(まさかね)
でも、その指はインターホンを押そうとしていた。
(まさか、そんなことある訳が・・・)
ピンポ〜ン♪
「はいはいはいっっ!」
「!?」
予想とは反し、勢い良くドアが開けられる。その開いた先にいる人は。
綺麗な金髪を顎の位置でぷっつり切り揃え、浅黒い肌に、こちらを見る勝ち気そうな瞳はサファイア。
年の頃は20代後半、背は170cmくらいあるかもしれない。
スタイル抜群の気の強そうな美人だったのだ。
「誰? ヴィクなら今、留守よ」
ヴィクトール様を愛称で呼んでる・・・アンジェリークはくらくらと目眩を覚えた。
(あ。でも、そう言えばヴィクトール様、妹さんがいるって)
どこをどうみても全然似てないのだが、一縷の望みに縋る。
「あの・・・初めまして。私アンジェリーク・コレットと申します。あの・・・ヴィクトール様の妹さんですか?」
「え? あたしが?
やだなぁ、あたしがあんなゴッツイ男の妹な訳ないじゃん♪」
けらけら笑う彼女は、かえってそのあけっぴろげなところがコケテッシュな魅力的で………本気でアンジェリークは倒れそうになった。
「え・・・? アンジェリーク?」
必死に嫌な考えと戦っていたアンジェリークの耳にそんな言葉が入って来たのは、一瞬の間が空いてから。
「はい・・・」
もう、どうでもいい・・・帰って泣こう。
そう思った時。
ぎゅっ!
アンジェリークの顔は、豊かな胸に押し付けられていた。
「きゃー♪ あんたが噂のアンジェリークね! 一遍みたいって思ってたんだぁ」
「あ、あの?」
少女には何がなんだか分からなかった。
「ヴィクが落とされたっていうからどんな子かとおもってたのよぉ。う〜ん、可愛いっ!」
すりすり、と頬擦りまでされてしまった。
「? ? あの・・・あなたは?」
「ああ、あたし? ビビアン」
にっこり笑う彼女はやっぱりとても素敵で。
「アンジェ、ヴィクに会いに来たんでしょ? これからあたしも行くんだ。よかったら一緒にいこ?」
「え? でもヴィクトール様、お仕事じゃ?」
「そうよ」
なにを当たり前な。
そういう顔で聞き返すビビアン。
「だって・・・お邪魔じゃ・・・」
「なにいってんの。お弁当持って来たんでしょ? ヴィクは随分家に帰ってきてないみたいだし、持ってかないと食べてもらえないよ。
それに会いたくて来たんでしょ。どうどうと邪魔しに行けばいいのよ♪」
ほらほら。
何時の間にかアンジェリークは彼女に背を押されるように歩き始めていた。
『・・・依然状態は緊迫したままでテロリストと軍の間では一触即発の状態が続いてます。王立府は相手の要求に付いて…………』
「まったく何時まで待たせるんだ! テロリストどもは人質を手放さないし、上は要求は絶対飲まんと言ってるし、それならそれでの対策は言ってこないしっ!
人員の補充は上にいったんだろうな!!」
「は、はいっ! 『その道のプロ』を寄越すとのことです!」
対策本部の部屋の中。
垂れ流される無責任な情報に怒りの炎に更なる油が注がれる。
上官のあまりの迫力に直立不動で答える部下を見、ヴィクトールはため息を一つ漏らす。
しまった・・・。
つい、自分の苛立ちをぶつけてしまった事に気付いたのだ。
だが、それも無理のない事。すでにこの仕事に一週間も掛かり切りなのだ。その間、家にも帰ってない。
(まったく、折角の二週間振りのアンジェリークとのデートまでつぶれるし・・・)
苛立ちの一番の原因はそれだ。
それがよくわかっているから、更にため息が出る。
「なのに、あいつ。”それじゃ仕方ないですね”なんてあっさり言うしな・・・」
ヴィクトールにしてみれば、『会えないなんて嫌!』ぐらい言って欲しいのだ。まぁ、あのおとなしいアンジェリークがそんな事を言わないのはわかってるし、そんな心優しいところに惚れたのだから、それは単なる男の我が侭。
だが・・・。
「たまには我が侭も言って欲しいよな」
そんな事を呟いてる上官をみた部下は見てはいけないものを見たような顔をし、すぐ目を逸らした(笑)
そんなこんなしている内に急に部屋の外がざわついた。
自分の考えに入り込んでいたヴィクトールは、暫くしてその騒ぎに気が付いた。
「なんだ?」
「て、提督っ!」
慌てて本部に駆け込んでくる部下の後ろから。
「おっそーい! 出迎えが足りないんじゃないの、ヴィク? 六年振りだね」
「ビビィ?!」
ヴィクトールの瞳に映ったのはかつての同僚と………アンジェリーク。
「アンジェリークっ?! どうしてここへ?」
「は、はいっ! すみません! お邪魔する気はなかったんですっっ!」
ヴィクトールの疑問符に身を縮こませて答える少女。そのふるふると震える姿は男の庇護欲を掻立てて。
「やっだ〜! そんなに震えなくてもだいじょーぶよ」
思わず抱き締めそうになったヴィクトールより早くビビアンが少女を抱き締めた。
「あんたね〜、アンジェは女の子なのよ? もうちょっと言葉使いに気をつけなさいよ!」
きっと睨み付けるサファイアにヴィクトールは、がしがしっと頭を掻く。
「あのな、ビビィ! 突然来てなんなんだ、お前は」
「あら、あんたが呼んだんじゃない」
あっけらかんという彼女。
「なに?」
「あんたが上に申請したんでしょ? 『その道のプロ』を」
『え?』
その時、アンジェリークとヴィクトールの声がはもる。
「ビビアンさんて軍の方なんですか?」
「そーよ?」
何を今さら。そんな感じで答える。
「じゃ、なんでヴィクトール様のお部屋にいらしたんです?」
「だってタダじゃない。こんなむさいとこに直行するのは嫌だったし、どーせ、ヴィクは家にいないってわかってたし、シャワーを借りてただけよ」
「お前、人ん家に勝手に・・・て、いや、それはどうでもいい。『その道のプロ』って」
「対テロリストのプロ、でしょ? わざわざ休暇返上して来てやったわよ。この借りは高いからね。ほ〜んと、あたしって人がいいわぁ。昔の同僚ってだけで助けに来てあげるんだから」
「昔の同僚・・・?」
あからさまにほっとしたアンジェリークの表情。それを見のがさなかったビビアン。
「やっだぁ! アンジェリークったらや・き・も・ち焼いてたの?」
「えっ?!」
一瞬でボンっと真っ赤になる顔。それは言葉よりも雄弁に語っていて・・・・。
「アンジェリーク………」
ヴィクトールの心底嬉しそうな表情。
何時の間にかほんわかとした雰囲気が漂う中。
「提督! 奴らが動き出しました!」
部屋に響く大音響は野暮としか言い様がなくて。
「あ、あの・・・提督・・・?」
見つめ合う二人には、部下もテロリストもなく。
「はいはい、話はあたしが聞くから」
呆然と立ち尽くす部下にビビアンは救いの手を伸ばす。
「じゃ、ヴィク。早いとこ、済ませてよ。これから忙しいんだから」
「あ、あの、提督は・・・?」
「ああ、お姉さんが後で教えてあげるから。馬に蹴り殺されたくないでしょ?」
「あの、本当に今日はお邪魔して済みませんでした」
友達の言葉に踊らされたとは言え、恋人を(一瞬でも)疑ってしまった自分が恥ずかしくてアンジェリークはヴィクトールの顔を見る事が出来ない。
「ヴィクトール様のお仕事は大変なのに」
謝罪の言葉は、最後まで言えなかった。
「アンジェリーク」
少女の身体は次の瞬間、すっぽりと恋人の腕の中にはいってた。
「嬉しかった」
「え?」
見上げた先のヴィクトールの琥珀の瞳はそれは優しく。
「お前が少しでも焼きもちを焼いてくれて。 いいんだぞ。お前はもっと我が侭言って」
髪を撫でる手はそっと静かに動く。
「 いつも、お前はあんまり聞き分けがいいから、俺は不安になるところだったんだ」
「ヴィクトール様・・・」
「俺は無骨だし、器用でもないし・・・おじさんだし、お前が何故俺の側にいるか分からなくなる事がある」
「そんなっ! ヴィクトール様は素敵です!
・・・私の方こそいつも子供じみてて、いつヴィクトール様に嫌われるか不安で」
「アンジェ・・・」
つっかえつつ言う言葉は、真実の色。
ヴィクトールはその桜色の唇を優しく塞ぎました。
「・・・いつになったらお前は信じてくれるんだろうな」
暫くの甘い抱擁の後、そう耳に囁かれる言葉。
「俺にはお前しかいない」
「ヴィクトール様・・・」
ほんのり紅をはいた頬は桜色で。
もう一度その唇に想いを伝えようと、身をかがめる。
「ヴィクっ!! 早くしろって言ったでしょっ! とっとと出てこないとあたしが終わらせちゃうわよ」
「ビビィ・・・」
それまでのラヴラヴモードを根本からぶっこわす声が響く。唇は寸前で止まったまま。
「くすくすくす・・・早くいらした方が良さそうですよ?」
にこにこしている少女にまたため息。
(でも、まぁ、しょうがないか)
ヴィクトールはひとつ額にkissを落とすと、
「仕事が一段落したら必ず連絡する。今度こそどこかいこうな」
「はい。・・・でも、ヴィクトール様。次にまたすっぽかしたらもう当分お約束はしませんからね」
可愛い我が侭に頬が緩む。
「ああ、肝に命じよう」
そして。
それでも
(アンジェリークは少し自分の我が侭を言うようになったし、まぁ、いいか)
と、思うヴィクトールは少し幸せだった。
でも
これから先、アンジェリークがヴィクトールの心をまったく疑わなくなったか。
ヴィクトールが不安になる事がなかったか。
二人のどちらのため息も落とされないようになったか。
それはまた別のお話になる。
おしまい
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