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薄闇の中、目を開ける。
隣にある、規則正しく動く寝息を邪魔せぬようにそっと身を起こす。
闇の中にも、光はある。
部屋が見渡せる。私邸の二階、俺の寝室。
そして光は、その存在を明らかにし、隣の寝息の主‥‥‥アンジェリークをそっと照らした。
光と言っても、明るくない。その安らかな眠りを邪魔する事もしない。
ただ‥‥。
ただ、俺にその存在を写し込むだけ。
白い白い‥‥それこそシーツよりも白いかも知れない肌は艶めき、その表面には薔薇色の花弁が散っている。
それは、先程俺がつけた証。
外からは見えない位置にだけ、付けられた密かな証し。
本当は、痕などつけてはいけないのだ。
何故なら彼女は‥‥アンジェリークは、宇宙の女王候補。
俺が手を触れてはいけない至高の存在となるべき少女。
だが。
始めは、なんだっただろう?
育成の不備で悲鳴をあげる大陸・エリューシオン。
足げく通う彼女。
求められる強さ、炎のサクリア。大陸は、その存在を強力に求めてた。
それがどんなにその華奢の肩に重くても、かせられた責任。
その内。
輝く金の髪、煌めく新緑の瞳。今まで相手にもした事のない少女に いつしか惹かれていったのは、偶然なのか?
必死に己に架せられた使命を全うしようとするその姿を愛おしいと思ったのは錯覚なのか?
それでも‥‥どんなに必死でも、突然与えられた育成は、なかなか実を結ばず大陸は荒廃していった。
未熟な天使の翼は羽ばたけない。
その時、俺は彼女を抱いた。
弱味につけこんだ。
そう言われてもしょうがない。
ただ、傷付いた彼女を放ってはおけなかった。
傷が治るまで‥‥そう思い、この腕の中に抱き締めた。その思いに自分勝手な気持ちが入っていた事は認める。
けれど、今は。
安らかな寝息。
穏やかな顔。
既に天使の翼は、生え揃おうとしている。
大きく、強く。
全てのものを包み込み、慈愛に満ちた眼差しを注ぐのだろう。
それを拒む資格は、俺にはない。
傷は、なおった。
あとは、飛び立つだけだ。籠は、もう開けた。
俺の‥‥‥天使。
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視線を感じる。
燃え盛る炎のようなフレア・レッドの下のあの氷のように蒼氷色の瞳が私を見ている。
起きている事を悟られたくなくて、ぎゅっと目を閉じ直す。
何故?
何故、起きている事を知られたくないの?
時は、流れてる。
手を伸ばしても、声を嗄らしても。
どんなに止めたくても、どんなに止めようとしても。
あの日に戻れたらいいのに。
あの初めて会った日に。
そうすればもう一度、恋を始められるのに。
そうすればあなたとこういう風にならずに済むかもしれないのに。
‥‥‥そうすればこんなに別れの日を怯える事もないのに。
そう、エリューシオンは発展してる。
その『強さ』を持って、フェリシアよりも。
このままだと私は、女王になる。
この背に黄金色に輝く白い翼を持って。
傷が治ったら飛び立てばいい。
あなたは、そう言ってきっと背を向ける。そして女王の忠実な騎士となるのでしょう。
ずっとこのままで。
ずっとこのままでいたいなら、この翼切ってくれたらいいのに。
自分では、切れない。
切ったら、絶対あなたは私から離れてしまう。
それだったら、同じ時を生きられるだけ、いいのかしら?
あの時。
傷付いていた時、あなたの手が、瞳が私を助けてくれた。
お互い淋しかったのかもしれない。私は育成に、あなたは長過ぎる守護聖の生活に。
お互いがお互いの為に求めあったの。
もし今、同じ痛みを二人が持ってるとしたら‥‥私とあなたが同じ痛みを感じているとしたら、その手を離さなくてもいいのに。
でも、あなたは女王の御代には逆らえない。
もうすぐ、私の羽根は飛べるようになる。
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オスカーは、そっとアンジェリークの髪を撫でた。
「せめて‥‥今は」
アンジェリークは心の中で呟いた。
「せめて‥‥今だけは」
もうすぐ、天使が飛び立つ時が来る。
ひとりごと
『1』の最後、女王になってそのまま帰ろうとしたんです、主星へ。
でも、許して貰えなかったんです。それどころじゃないんですね、この宇宙は。
勝ったが最後、ロザリアに全てを託して帰れない。
お互いがお互いを思い遣った結果の悲劇ってことになってしまうんです。
其れ故の『2』の最後の台詞になるんですね。
‥‥なぁ〜んて、真面目に考えてしまいました☆