自動人形
――自動人形
彼らが生活の一部となるまでに、長い時を要さなかった。
初代の人工知能は、天才、エルハ=カルナーの手によってこの世に生まれる。
ルミナと名づけられた彼女は、自分の意思で自動人形の元となる“体”を生成。その後、エルハと一緒の時を過ごす。
ルミナ自身は、記憶移植をすれば生き続けられるも、エルハとともに朽ちることを願う。
この物語は、エルハとルミナが他界したその後を描くものであることを、先に断っておく。
著 レイナーダ=シンフォス
自動人形、それは人の手によって作られた物である。それゆえに壊れもするし、意図しない行動を取る事も、ままある。
彼(彼女)らは、人の世話をするために、人の助けになるために、そして人に愛でられるために存在するのではない。彼女らには明確な意志というものが存在するのだ。人の言葉によって、傷つくし、喜びもする。まるで人と同じように――。
作者――エルハ=カルナーはなぜこんな機能をつけたのだろうか? なにも言わずに従うだけのロボットのほうがはるかに役立つというのに。感情など、邪魔になるだけだ。
わたしは、ファクトリーと呼ばれる自動人形を組みたてる工場で働いている。この工場では、1日に数体しか自動人形が完成しない。それはAIに適合する人形を一から作っていくせいだ。
特殊な合成繊維で作られる彼らの身体は、触れても人との違いを探しだすのは難しい。これまで多くの自動人形が作られるのを見てきたが、街で彼らとすれ違ってもほとんど気づく事はない。わたしでさえそうなのだから、一般の人なんかはさらにわからないだろう。
いつものように最後まで残っていたわたしが、ふと、何者かの気配に気づいたのは、深夜零時を回ろうとした頃だった。
後ろを振り向くと、そこにはぼろぼろの、ほとんど布きれに変わった服に身を包んだ、一つの影が立っていた。
わたしにはそれがすぐに自動人形だとわかった。
きょう最初に完成したのが、彼女だったのだから。
彼女はわたしをじっと見つめていた。
「どうしたの?」
わたしは彼女に椅子を勧めながら聞く。しかし彼女は座ろうとはしない。
少し考えてから、
「ちょっと待ってて。なにか、暖かくなるものを持ってくるから」
と言い残し、備え付けの簡易ダイニングに向かう。
自動人形といっても、人と同じように食べるし、飲みもするのだ。だからわたしはコーヒーを二つとり、彼女のところに戻った。
彼女は最初と同じ格好で立っていた。
テーブルにカップを置くと、わたしは再度うながす。
「どうしたの?」
しかし彼女はやはり黙ったまま何も言わない。
嘆息し、コーヒーに口をつける。
それは暖かく、疲れた身体に活をいれてくれる。
ふいにわたしは気づいた。彼女がかすかに濡れていることに。雨が降っているわけではない。ではなぜ?
彼女はわたしの視線に気づき、身体を震るわせる。
その目に浮かんだ感情は――恐怖。
「ま、さか……」
脳裏に一つの単語が浮かぶ。
――自動人形狩り
最近流行ってる遊びの一つで、自動人形だとわかったら、殴る蹴るは当たり前。精の処理までする悪質な、いたずらでは済まない犯罪行為だ。
見たところ、彼女に目立った怪我はない。だが服はぼろぼろで肌も赤くなっている。
やり場のない怒りがわたしの中を駆け巡る。と同時に、彼女は何を思ってここにいるのだろう? という疑問が沸き起こる。
自動人形は、AIの時点で就職先が決まっている。住む場所も用意されているのだから、ここに来る理由がわからない。
ひとりが嫌だから……?
でも、いつも最後まで残っているとはいえ、普段なら1時間前には仕事が終わっている。誰かがいる保証はない。
いや――。
人間じゃなくても、ここには彼女と一緒の存在――AIが眠っている。彼女は彼らに逢いに来たのだろう。人と同じように、慰めを求めて――。
気づくとわたしは彼女を連れて帰っていた。
考えてみたかった。
彼女が心に思っていることを。
彼女の感情が導き出す答えを。
それを通して、エルハ=カルナーが感情というものを取り入れた理由がわかる気がしたから。
完。