天壌無窮



 世の中が賑やかである。騒がしいともいえる。騒然というべきかもしれない。
 星が落ちた。一条の光を帯びて、瞬く間に落ちた。それは最初は一つであったのが、しだいにまわりの星が、そしてどこもかしこも落ち始めた。どんな星座も崩れた。一等星も、二等星も、三等星も、全部落ちた。古今東西、落ちた。やがて星は全てなくなった。
 悠然と構えてい、淡い光でその下を皓々と照らしていた月も、慌てふためいた。ぐらぐら揺れだし、落ちる時はあまりにもあっけなかった。それも瞬時の出来事だった。
 その万物の中心にいた太陽も、それを見て愕然とした。戦慄しているのが端からでも判った。だんだん支えきれなくなり、悶え、歪んだ。焦り焦って大きくなったり縮んだり、飛び跳ねていたりしていたが、やがて極まって破裂した。その偉大なるちりも荘厳たる最期の光も、しぼんで跡形もなく消えた。
 何もかもなくなった。しんと静まり返っているが、静寂という言葉は似合わない。別のものだ。光もないが闇もない。無とか虚とか形容しておけ。時も途絶えているようだ。とにかく空間が存在しているだけである。こうなってみると、あの頃が懐かしくも、感じられる。
 そして百年待った。漠然たるものがのっそりと蠢き始めた。点から発したものが、少しずつうねりながら拡がっていった。まとまり、整ってきたかと思うと、ぽんと突然、太陽が現れた。それは新鮮な核であり、まずその光芒が明と暗を造った。全てが我を覚え、ようやく活動しだした。
 壊れたと思われていた月が遠慮がちに姿を現し、しばらく彷徨していたが、そのうちに定位置に腰を落ち着け、やはり昔と同じように鷹揚に構えた。形も大きさも同じだったが、光に真新しさがあった。
 星はなかなか出てこなかったが、おそるおそる一つだけ上がってきた。一つ出れば安心感に背中を押されるのか、二つ三つ上ってきたかと思うと、後は洪水のように押し寄せた。それぞれに個性のある無数の星々が、燦然と誇らしげに輝いた。
 どうやら安定したようだ。
 これを見ていたら、やはりノスタルジアを感じずにはいられなくなった。気まぐれなものだ。
 また、世の中が騒がしくなる。
(平成十年十二月)



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