「絶対許さねぇ!」
血気盛んに叫ぶ一人の軍人。軍服の前ボタンを一つだけはずして着崩し、彼は叫んだ勢いで握った左の指を震わせている。
「何をそんなに怒っているのか理解できないな。私と君が錬金術でどちらが勝つかなど、誰でも予測できる」
誰が言い出したのか、二人は広い練習場で向き合っている。
「ヒューズだな、こんなセッティングをしたのは。ここを東部であって中央ではないことを一度教え込ませねばなるまいな」
本当はこんな茶番、君と行う必然性はないのだが・・・・・・君はきっと拒否することを許さないだろう。
「大佐! 部下に負けたら恥っすよ」
「少佐! 今までの鬱憤を晴らすチャンスだぞ!」
金髪のくわえ煙草の男が大佐に向けて放ち、隣にいた眼鏡をかけたにんまりと笑む男が少佐に言葉を放つ。
「ところで、ヒューズ中佐。なんでこんなコトをしたんっスか?」
金髪のくわえ煙草は、隣にたつ男に問い掛ける。
「面白そうじゃねぇか。それに、はあれで結構猫被りでな、中央でいた頃は素の顔を出させてやることができなかった」
「え? そうだったんすか」
「まあな。アイツの下につけば変われるかもしれないと思ってここへ異動させれば、いい具合に変わっちまってて、俺としては嬉しい限りなんだ」
ヒューズは笑みを浮かべたまま、頭から怒りを噴出している少佐を見遣る。
「ハボック少尉、はロイを尊敬している。他人に気付かせまいとしているが、俺にはわかる。いや、もしかすると・・・」
「もしかすると?」
「あ、いや。憶測で喋るのはやめよう。――とにかく、ロイと一度手合わせをしてみたいと思ってるはずだからな」
「だから、不本意と言いながらも願っている<それ>を叶える準備をした、というコトっすね」
なるほど、確かに少佐はやる気満々っすよね。それに比べてマスタング大佐ときたら・・・。
部下が噛み付いてくることに危機感はないのか、柔らかな表情に少しの呆れを含ませ、仕方がないと両肩を竦めてみせている。
「お二人さん、はじめるかい」
「当たり前だっ」
「まったく、年齢のわりにおとなげないな、は」
ロイの言葉に、再度、と呼ばれた彼は、ブチリと理性の一線を超えたことを自覚した。
「あいつ、キレたな」
ヒューズから呟かれた言葉は、ハボックにも聞こえていたらしい。
「キレたって・・・」
「まあ、見てればわかる。俺たちも他の奴らのいる場所まで避難した方がよさそうだな」
ヒューズが身を翻して歩き出す。その背中を追い掛けるようにハボックが歩く。着いた先には、ロイの部下である面々が揃っていた。
ヒューズは手に持っていたマイクのスイッチをいれた。
「はじめるぜ。・・・・・・このコインが地面についたら勝負開始だ」
ヒューズが投げたコインが宙を舞う。音もせずに地面へ落ちた途端、自身の足元に錬成陣が現れた。
彼に向けて大佐の放った焔が彼の目前で掻き消えた。
「マスタング大佐殿、僕を負かす気がおありではないようですね」
まるで先程の燃えるような熱さはどこへ身を潜めたのか、彼は静かな凛とした声を放つ。
彼は懐からナイフを取り出し自分の指先に刃を押し当てる。プツリと切れた皮膚からは流れ出る鮮血が、地面へ描かれた錬成陣へと吸い込まれていく。
「僕の二つ名をお忘れでは?」
「【楯】か・・・」
「この際ですからお見せしたいのですが、よろしいでしょうか?」
金の髪がふわりと風にのって浮き上がる。見た目以上に細い髪を浮き上がらせたまま、は薄い唇に笑みを刻んだ。それは間違いなく挑発。
「遠慮なく行かせてもらおうか」
ロイはの意図的な挑発に気付いていたが、知らないフリをしているのに、ヒューズは気付いていた。
「どんな攻撃も防ぎきるという【楯】を拝見しようではないか」
ロイは最大限の力を放つべく、発火布でつくられた手袋を脱がず、地面へ錬成陣を描く。
力が火炎となって放たれた。だがそれは発火布からだ。と、同時に現れたのは錬成陣からの武器の錬成攻撃。普段、武器の錬成をしないロイだが、基本のすべては知っている。
焔はの足元の錬成陣内へ入った途端に煙のように消え、武器は高熱の焔に溶かされたように消えた。
「焔には水を、武器には焔を与えればいい」
「・・・なるほど」
ロイが嬉しそうに次の策を考えているとき、ヒューズから待ったがかかった。
「それぐらいでいいだろ? 」
の足元を見れば錬成陣は消えていて、その表情は穏やかになっていた。
「僕に言わずに大佐に言ってくださいよ」
「私はの気が済めばそれで良いが」
「なら、もういいよな」
パンバンと手を打ち鳴らし、ヒューズが終了を知らせた。
「で、どうだった?」
「まさかあそこまでとはな」
「指パッチン以外のこともできたんですね、大佐」
「私を馬鹿にしているのか?」
いえ、そういうワケではないのですが。なんせ「雨の日は無能」と言われ続けてるから、とが呟けばロイは不本意そうに手袋を見せる。
「書けばできるが時間がかかる」
「そりゃあそーですがね」
ま、どっちにしてもこれからミッチリ仕事が待ってんだろうなぁ。
は胸中で呟きながら、自分たちへと歩み寄ってくるホークアイ中尉へと視線を向けた。
あんたには絶対に教えない。
僕がなぜ、こんな錬金術を使うようになったかなど――・・・・・・。
―― 愛の代わりにできることを探したなんて・・・・・・、 こんなことを言えば絶対に後悔するから、絶対に言わないんだ。 |