「カカシ、聞いたか?」
アスマが上忍待機所で銀髪を見つけて声をかけた。
「ナニを?」
「暗部が一人、増えたらしいぜ」
どこからそんなネタを仕入れてくるのか。
「この間、仮面が一つ、注文されたらしい」
なるほど、そんな方向から情報を仕入れたか。
「で、そいつはどうやら下忍らしいって話だ」
「下忍? そりゃまた・・・珍しい」
「まぁ、暗部ってぇのは上下関係なしに能力の高い者たちが選ばれるわけだけど・・・」
「血継限界ね、多分」
二人の背後から、同じ上忍である紅が現れてそう言った。手には三人分の湯のみ。
「はい、二人の分」
「気がきくねぇ」
「褒めても何も出ないわよ」
紅は向かいの席に座ると、自分も茶をすすった。コトリと湯飲みを机の上に置き、言葉を続ける。
「その能力というのがね」
「『過去視(かこみ)』と『未来視(さきみ)』の両方ができるらしいよ」
紅の横にやってきたアンコがその続きを奪う。その手にある湯のみの中にはお汁粉。
「過去視と未来視の各家系の末っ子どおしが結婚した話は知ってるよね? どうやらその二人の子供らしいんだけどね」
椅子に腰を据え、アンコはお汁粉を流し込む。
「あんた、よくそこまで調べたわね」
「特別上忍の特権かな」
特別上忍より上忍の方が格は上だが、そういった他方からの情報が集まりやすいのは特別上忍だ。各々の特殊能力のスペシャリストが集まるその場に集まるのだから、当然だ。
「それは一度、直接拝んでみたーいねぇ」
ずずず・・・とカカシは茶をすすりながら、見える右目を細めた。
三人三様の仮面で顔を隠し、三人同じ黒いフードを被る。ちらりと垣間見えた腕には、暗部という証の入れ墨。
背の低い一人の人物が足を止めた。他の仮面へ顔を向け頷く。
「ここは任せる」
「了解しました」
一人を残して二人は先に急ぐ。大物は先に逃げているが、それに集う者たちがまだいたようだ。
追っ手のうちの一人は、先に進んだ仲間の方へと抜けていった。それは敢えて逃がす。仲間とは、はじめからそういう手筈になっている。
残りは二人。気配を消さないまま、その場で二人を迎え撃つ。・・・これも、手筈どおり。
額あてをしていない忍者。どこの者かは関係ない。彼らの盗んだ、木ノ葉の忍術を書き示した巻物さえ戻れば。
月が雲で隠れていく。完全に隠れきったとき、敵忍の二人が動いた。
一人は印を結び、もう一人は体術で挑んでくる。
するりと軽い身のこなしでクナイの握られた右手から逃れ、息をついた。が、すぐに地を蹴り、印を結びながら二人の背後へと飛び降りた。
敵忍は火遁を放つが、彼はまた、その場を離れ木の上にいた。
「ちょこまかと・・・!」
むやみやたらにチャクラを使えばいいわけではない。下忍でさえ知っている基本を、彼らは忘れているらしい。
月がまた顔を出した。
敵忍は動こうとして、動けないことに気付く。二人は、月の光で作られた影に捕われていた。
次の刹那。
もう一人の忍者がどこからともなく現れ、二人の敵忍の首をクナイで掻き切った。
「どこに隠れて・・・」
「影分身・・・か・・・」
色を失った瞳を曝したまま、二つの肢体が転がる。それをただ静かに見下ろし、仮面の下の瞳を閉じた。
暫くそうしていると、カサリと木々の揺れる音がした。
「俺が確認するよ」
彼は木の上からそう言うと、転がる二つの肢体を確認する。
「ターゲットと確認した」
自分以外の人物に確認してもらい、火遁で死体を始末すれば任務終了。
印を結んで火を放つ。
「帰ろう」
炎が消えてもまだそこから立ち去るそぶりはない。
「名前、なんてゆーの?」
死体を確認した忍びが、死体を作った暗部に聞いた。
「名前などありません」
「そんなことなーいでしょ?」
銀髪の忍者が仮面に問い掛ける。
「あぁ、名前聞くのに、自分が先に名乗らないとね」
俺としたことが。
呟き笑って、彼はぽりぽりと頭をかいた。
「はたけカカシだよ。暗部にいたコトあるけど、今は上忍。7班を受け持ってる」
自己紹介が終わると、カカシは面に向けて笑みを浮かべる。
にこやかな笑みに騙されてはいけないと、面の下の目は眇られた。
「君は?」
沈黙が流れる。
「礼に欠けることはしないよね? 喋りから察するに、君は上忍じゃなさそうだし」
「・・・・・・」
仮面の下から小さな小さな溜息と「仕方ありませんね」の言葉。
「です」
「・・・下忍の子が暗部に配属されたって噂あったけど、本当だったんだなぁ」
カカシは下忍と一緒に活動しているからだろう、名前に覚えがあったらしい。
「貴方の好奇心は満たされましたか?」
あきらかな皮肉を含め、はしっかりとした口調で言った。
「残念。俺は好奇心で聞いたわけじゃなーいよ」
おどけた口調はそのままに、カカシはに笑いかけ、気配が移動したのを感じさせないくらい早業で、その目前を陣取った。
「君のことはね、忍者学校(アカデミー)で見たことがあるから知ってるよ。どうして力を隠してるんだろうと思ってた」
言葉に、の放つ気配が消えた。生きた匂いのしないモノのように、気配が完全に消える。
「隠さなくてもイイと思うケドね、俺は」
「一族の掟にケチをつけないでいただけますか?」
「掟、ね・・・」
自分を殺さなければいけない『掟』など、掟の意味がないではないか。
「自分を捨てるなんて愚かだよ」
そんなことはわかっている!
はそう叫びそうになった。
自分とて、それが正しいとは思っていない。だが、それを通さなければならないモノもある。自分自身を殺すことを覚え、この思いを振り切るのに時間がかかった。
忌ま忌ましげな視線を、面の下から送ってしまう。
「面をはずす気なし?」
「義務を感じませんから」
「じゃあ、上忍命令」
「・・・・・・職権乱用」
「ナントデモ」
カカシは両手をポケットに突っ込み、面を見遣る。自信満々な顔に、はしかめ面をしたまま面を取った。
「やっぱりカワイイね、」
しかめ面をしたままの彼女の顔を、それでもカカシはそう言った。
「ちゃん、表情なーいよ?」
紫紺の瞳、薄い唇。
「それがどうしました? ――貴方も同じようなものだったでしょう?」
暗部にいたというはたけカカシ。彼も時により、表情がかわる。それは戦闘中もしかり、だ。
「それも掟があるから?」
「――・・・掟のせいと貴方は言う。けれど、掟に縛られる生きかたを認めた私に、何を言ったところで無駄だとは思いませんか?」
仮面の下の顔は、下忍らしく幼い。
カカシは近寄り、息を吐き出した。右手をの頭に置き、ぽん! と叩く。
「賢くなる必要があるの?」
「生きるために」
打てば響くような返答。
「じゃあ、どこかで息抜きしないとね」
銀髪を揺らして、カカシはの黒装束に身を包んでいる体を抱き上げた。
「うわっ?!」
抱き上げるというより担ぎ上げられたが驚きの声をあげた。
「何するんですか!!」
「何って・・・・・・誘拐」
語尾にハートマークが飛びそうな勢いでそう言い、嬉しそうににっこりと笑う。
「ゆっ・・・誘拐?!」
「そーゆーコト。それから、そこに隠れてる暗部の人たち。あとの報告はヨロシクね」
カカシはにっこり笑顔をそのままに、を担いだまま地を蹴った。
「かーわいーねー」
はようやく地に足をつけた。それは誘拐をされて数分のこと。目の前に広がるのは、扉。
「ココ、俺んち」
「――・・・それで?」
「どーぞ。遠慮なく入って」
カカシは扉を開いての背中を押して促す。仕方なく押されるまま足を踏み入れたは、思った以上に生活感のある部屋に驚いていた。
「どーしたの? 俺の部屋って感じがしない?」
緑色のベストをリビングのソファに置き、カカシは手甲をはずして同じ場所に置いた。振り返ると、は入ってきたままの姿で立ち尽くしていた。
カカシはの目の前までやってきて、額を軽く小突く。
「突っ立ってないで入る。それで、俺と呑もうよ」
「呑むって・・・私はまだ酒を許されている年齢ではありません」
二十歳まではまだ五年ほど残されている。
暗部が担がれてここまで誘拐されたなどと吹聴されれば、解任だけでは済まされない。それなのに、カカシは平気で素顔を曝したを担いでここまでやってきた。
「自分のしたことがわかってるんですか?」
「なーんのコト?」
「問いがわかっていてはぐらかしていますね」
は大仰にため息をつき、靴を脱いでフローリングに足をつけた。
「私は別に、暗部というモノに未練がありませんから、良いですけれどね」
「じゃあ、別にいーじゃない」
カカシはキッチンにある冷蔵庫から缶ビールを取り出し、に手渡す。
「ほんとーに人の話を聞きませんね、貴方は」
諦めたようなため息と声。カカシはいまだニコニコしていて、それが更に脱力感を生む。
「そう。俺の性格をあいつらも良く知ってるから大丈夫でしょ。もし駄目だったとしても――・・・」
ソファに座るよう目で促しながら、カカシは缶ビールのプルタブを指でひいた。
「責任とって俺が養ってあげるよ」
言葉とは裏腹な、真剣な声音。
――この人の本当はいったいどれなんだろう? ニコニコしている彼の本音は、この土地にいる誰もがきっと知りえないものなのかもしれない。
も受け取ったビールを開けていいものか悩む。
「もしかして飲めない??」
ぽすん、との隣に座ったカカシが、プルタブをあけていない缶ビールを見やって問うと、は「さあ? あまり呑みませんから」と曖昧な返事を返した。
「本当はソコ、『呑んだことありません』って言うモンだよ?」
「――・・・あ」
「あはは。ま! 俺が誘ったわけだし、ちゃんと責任持つから呑んで呑んで」
「――――・・・はい」
少しだけ表情をほころばせ、が笑う。
今まで掟で縛られ、自分の持つ能力の大きさ故に自分の感情を押し殺してきた。自分の言葉に少しずつでも、彼女らしい反応を示してくれれば良いとカカシは思う。
本当は興味本位で誘ったんだけどなー。
「ちゃん」
「はい?」
「暗部なんてやめて、俺と一緒に上忍しよーよ」
「そんな簡単に言わないでください!」
「でも、なら大丈夫でしょ?」
――カカシは自信ありげに笑う。
「それに、ちゃんと一緒にいたいし。でも、暗部じゃナカナカでしょ?」
俺の七班に移ってこれればいーのにねー・・・。
カカシの呟きに、がため息を吐く。
「無理ですよ。私は忍者学校(アカデミー)卒業後、すぐ暗部に入りましたから、三人一組(スリーマンセル)には入れません。一年先送りでもしないと――・・・」
「じゃあ、一年間、俺と逢瀬を楽しんで、来年俺のチームに入ればいい」
「はたけ上忍!」
イライラした声でが叫んでも、カカシはそれを耳にしながらも自分の考えに浸っているよう。少しの沈黙のあと「そっかー」と彼の間延びした声。
「確かアスマんとこが中忍になって、ひとり抜けたんだよね。だからあそこは二人。ちょうど良いね」
でも、そうなると・・・ちゃんとアスマに釘さしとかないと。
「何の話をしてるんですか!」
「の先行きについて」
「だから・・・っ!」
「――本当は暗部にいたくないんだろ?」
「――――・・・」
「だったら俺がかけあってもいーよ」
カカシの言葉が心に染み渡る。自分を見失いそうになる。やっとのことで納得したのに、それをまた思い起こすようなことを言わないで――・・・。
「私は決めたんです! 暗部に入るよう要請があったときに、私は自分を封印することにしました」
彼女の言葉は、まるで自分に暗示をかけているよう。
「自分の意思は必要ないって言うコト?」
カカシの目は真剣そのもの。言葉も声も、ふざけたようなものではなくて。
「馬鹿なこと言ってんじゃなーいよ。自分を捨てちゃ駄目。ちゃんと自分の心と向き合って、それから答えを出さないと」
先ほどまでの、ピリピリした空気はなくなり、今はカカシの放つ温かい色が満ちている。
「――泣かないで、」
家族以外で、今まで誰一人そんな風に言ってくれる人はいなかった。まわりの人たちは皆期待するだけで、自分自身を気にとめてくれない。家族は自分を大切にしてくれるけれど、多勢に無勢。
「泣かないで」
ぽろぽろと、無意識に零れ落ちた涙は止まる気配を見せない。
「仕方ないなー」
カカシの左腕がの頭を引き寄せる。右手に持っていた缶はテーブルに置き、ついでにの手にある缶も奪い取ってテーブルに。左手で胸に抱き寄せ、右手であやすようにポンポンと背中を叩いて。
「泣いちゃっていーよ。思いっきり泣けば、気持ちの整理もつくし。が本気で考えてくれたら、三人一組(スリーマンセル)の件は、本気で火影様にかけあってあげる」
「――いいえ」
カカシの腕の中、涙で目をはらしながら、はそれでも強く言い切った。
「私自身のことだから・・・・・・自分の口から言います」
目を真っ赤にしたまま、は顔をあげる。途端にくしゃりと髪を撫ぜられ小突かれる。
「すっきりした?」
「はい」
「じゃ、さっそく呑み会の続きしよーか」
「まだ呑むんですか?」
「とーぜんでしょ。それとも――・・・」
言葉の尻を途切れさせ、潜めた声を耳元で。
「呑む以外のコト、する?」
ニヤリと笑う口元に、はビクリと肩を震わせる。
「嫌な予感がするので結構です」
テーブルの上にある二本のうちの一本を手に取り一気に煽るに、カカシは更に怪しげな笑みを浮かべて言った。
「そのビール、俺の呑みかけ。間接キスだねー」
はその言葉に顔を真っ赤にして、カカシを横目で睨みつけるのだった。
そして、数日後。
「、頑張ってる?」
「はい」
「よかったー。頑張っちゃった甲斐があったよ、俺も」
「あの時はありがとうございました」
「いえいえ、どーいたしまして」
受付で任務を受け取ったばかりのアスマたちの中に、はいた。腕にあったはずの刺青はなく、そこには木の葉のマークの入った額あて。
「おい、カカシ」
「今日の夜、久しぶりに会おうかー?」
「おい!」
「それとも、夜ご飯でも食べに行くー?」
「カカシ!」
「あ、アスマ。いたの?」
カカシは見える右目をようやくアスマに向ける。
「わざとやってるだろう、おまえ」
ふぅ・・・とため息を大きく吐き出すアスマに、カカシはその手の中にある任務を書いてある巻物を奪い取る。
「今日は警備? あの店の閉店は七時だから、八時には会えるねー」
「あ、あの・・・」
「おい、が困ってんだろうーが」
「俺が嫌い?」
カカシは巻物からへと視線を向けた。途端に、彼女が視線をそらせる。
「困ってるじゃないですか」
「ホントホント」
いのとチョウジがの心を代弁する。だが、カカシは聞いていないよう。
「ちゃん?」
「――・・・いいですよ」
「じゃあ、八時にウチにね」
「はい」
の頭をぽんと軽く叩いて、カカシは受付から消えていった。
「、あいつには気をつけろ」
「――嫌というほど身に染みてます」
「あははは、そりゃあそーだわな」
アスマの引きつった笑いに、いのもチョウジも困惑顔だ。そして、その隣に立つも複雑そうな表情で、けれども、胸中は意外なほど晴れやかに。
貴方の、人を厄介ごとに巻き込む性格、私は嫌いじゃないですけれどね・・・・・・。
そっと胸中で呟き、カカシの消えた先を眺めやった。
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