「さよなら」
あなたは上へ行く人間。だからわたしは、あなたを見上げて生きていくと決めた。
「つれないな、君は。こういうときは『さよならは言わない』と言うものだよ」
いつものように軽く流すはずだったわたしは、それに失敗していることに気付かずにいた。
「少佐、いずれまた私の元で働かす。それまでに――」
彼の言葉が途切れ、わたしの頬をゆっくりと指で触れる。
「・・・、君を一年以内に中央へ引き入れると誓う。それまで待っていてくれ」
中央へ転属の決まったロイ・マスタング大佐は、身近な部下たちを引き連れて行くことになった。だが、その中にわたし――・少佐――は含まれなかった。
それは当然と言えば当然だ。わたしは東部に来てまだ一年も経っていない。そして、東部の前にいたのが、これから大佐の向かう中央だからだ。
中央と東部。近いようで遠い距離。
「、君にひとつ、課題を与えておこう」
大佐はわたしの頬に流れる雫を静かに拭い、そこへ唇を押し当ててくる。温かくて柔らかいキスに胸が熱くなる。
「私とは相対する『水』を操れるようになってくれ」
「無理ですよ、わたしには」
「なら出来る。私が教えた基礎はわかっているのだろう?」
「わかってるつもりだけど」
「それならば大丈夫だ。それに――」
大佐は一度言葉を止め、にやりと笑う。その笑みは自信に満ち溢れている。
「が水を操ることができれば、私の焔が更に役にたつ」
空気が湿気ていれば大佐の焔は不発に終わる。だが、空気中の水を操ることができれば、彼の焔は雨の中でも燃えたぎる。
「私の言っていることが理解できたな?」
「――猶予は一年?」
「ああ、一年だ」
「せっかちですね」
わたしはようやく笑うことができた。「さよなら」という覚悟をしてから、きっと笑えていなかっただろう。
「君なしで私が一年以上大人しくいられると思うか?」
「そんなに威張って言うことじゃないと思いますよ?」
でも、嬉しいから今はそれ以上は突っ込まないでおくけれど。
「あなたの下に就ける日を楽しみにしてるよ」
「私も、君が錬金術師となる日を楽しみにしているよ」
視線を絡ませ、二人で歩むことを決意する。
だからそれまで。
あなたという希望という名の下に集まった仲間たちを、追いかけるために。
わたしは、彼のためにひとりで前に進むことを決めた。 |