やわらかいまなざしがいたい





 
 。25歳。
 階級・少佐。
 3ヵ月前までは中央勤務でマース・ヒューズ中佐の部下、今は東部でロイ・マスタング大佐の部下。
 一年前、国家錬金術師になった。二つ名は楯。基本は防御。あまり攻撃向きではないから、知らない人もいる。知らないならそれでいいと思う。
 俺の特記事項はそれぐらいだな。










「ここがイーストシティか」
 はホームにおりたち、辺りを見渡す。迎えが来ると聞いていたが、見渡す限りでは見当たらない。仕方なく、は鞄を持って歩き出す。
 改札を出ると、雑踏の遠くから声が聞こえてくる。その声の方へ振り向くと、黄色い頭が見えた。
「ようやく見つけたー」
 ホーム行ったらいなかったから探しましたよー。
 金髪を尖らせた男の唇に挟まれているのは、火のついていない煙草。軍服についた階級を確認してから、自分より上の人間に対しての態度を考える。
 この男は、食えないかもしれないな。
 火のついていない煙草は、火をつけていないというあたりが、上である自分に対する礼儀なのだろうとは判断を下す。
「お手数をおかけしました、少尉」
 は丁寧に言い、少尉に小さく頭を下げた。
「頭なんて下げなくていいっすよ! 遅れた俺が悪いんですから」
 彼は言い、の手から荷物を掠め取る。そして、そのまま「行きましょう」とを促した。
「ところで、君の名前をまだ聞いてないね。教えてもらっても良いかな」
 は笑顔で問い掛ける。
「あ、自己紹介がまだですね。俺はジャン・ハボック少尉です」
「君は煙草を吸うんだね」
「ええ。・・・・・・着きましたよ、少佐。」
 着いた先にある車に乗り込む際、ハボックは後部座席の扉を開いた。助手席より遥かに安全性のあるその場所を選んだ彼に、少なからず好感度を得る。
「僕は形にこだわる人間じゃないから、気にしなくていいよ?」
 にこやかな笑顔と態度を会ったときから崩していないに、ハボックはどんな印象を受けているのだろうか。
 僕の『本当』に気付けた人間は、大総統とヒューズ中佐だけ。嘘つきの僕の本当――。
 嘘をつくことに慣れて、僕は、嘘をつく僕を真実と思ってしまいそうになる。引き止める人間から――ヒューズ中佐から離れてしまった今、僕は戻る術を失うのではないか。
 は笑顔を絶やさず、ゆっくりと発進する車窓を眺めていた。
少佐、質問してもいいですか?」
「その前に、煙草をくわえるなら火をつけてもらえないかな。気になるんだ」
「それじゃ、遠慮なく」
 ハボックはすかさず煙草に火をつけ、深く息を吸った。
「幸せそうだね」
「えぇ、俺にはとって至福のひとときっス」
 あ、・・・えっと・・・。
 言葉のすぐあとに、そんな呟きが聞こえる。この喋り方がいつもの彼なのだろう。
「気にしなくていいから。いつも通り喋ってくれていいよ」
 ハボックは少しだけバツの悪そうな顔をして、バックミラーでを確認する。にこやかな表情はそのままに、彼は脚を組み換える仕種を見遣った。
「ハボック少尉、東部はどんな感じなのかな。中央より治安は良いだろうけど、やはり事件は起きるだろう?」
「そうっすねぇ・・・。中央でいたんなら、こっちの方の治安なんてたいしたことないと思うけど――どっちかっていうと、治安よりも内部の方が・・・」
「内部の方って・・・軍内の方が大変?」
「まぁ、すぐにわかると思うっすよ」
 ハボックは苦く笑うと、その答えをはっきりと言わずに吐き出す紫煙と化した。










 建物内に一歩踏み入れると、緊張感が漂ってくる。これはどこも一緒で、軍内は静かな清らかな空気に包まれている。だが、建物の奥へ入るに従い、騒がしさが表立つ。それは仕方のないことで、事件は待ってくれない。一つが解決しない間にもう一方の事件が起こりうる可能性もある。だから、いつでも騒がしい。
 しかし、ここの騒がしさは少し違ったように、には思えてならない。
少佐、気づいたんッスね。この現状に」
「何? これは」
「大佐が仕事放棄して、中尉とかくれんぼしてるところっすね」
「大佐が仕事放棄?」
 馬鹿げたヤツがいたものだ。ここの大佐とは一人しかいない。名前を『ロイ・マスタング』大佐。ヒューズ中佐からは「曲者」だと言われていたが――・・・。
「中尉、中尉!」
「あ、ハボック少尉。――そちらの方が、少佐ですね?」
 金色の髪を結い上げた、凛とした姿は神々しい。
「はじめまして、ですね。本日付で移動となった少佐です。東部の方はまるっきりわからないので、よろしくお願いします」
 会釈して言えば、上司に頭をさげていただくなんてと彼女は微笑む。
「私はリザ・ホークアイ中尉です。騒がしいところ、大変申し訳ございません」
「いいんですよ。ところで、大佐はどちらに?」
「私もわからないんです。探しているのですが・・・このあたりで見かけなかった?」
 語尾はハボックに向けられた。彼はふるふると頭を振り「見かけなかったっすよ」と述べた。
「手分けして探しましょうか?」
「いや、それには及ばない」
 ハボックがホークアイに問いかけるのに、はそう割って入る。
「大佐に会うのは後でも構わないから、とりあえず、皆さんのいるところへ案内してはもらえないかな」
 会うのが後先になったところで、別に僕は構わないから。
 が言うと、「そうですか、それでは」と数歩歩いた先にある扉まで促したホークアイがその扉を開いた。
「こちらが、そのお部屋です」
 ホークアイの言葉とやわらかな視線に頷き、はその中へ一歩を踏み出した。


 俺にはすべてに色がない。


 嘘をつく俺の視界には色がない。


 まるで、モノクロの世界。


 やわらかなまなざしがいたいと思うのは、気のせいだと思いたい。





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