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11枚のとらんぷ/泡坂妻夫

1976年発表 創元推理文庫402-11(東京創元社)

 まずは作中作「奇術小説集・11枚のとらんぷ」から。

「新会員のために」 (斎藤橙蓮)
 厚川昌男名義で「奇術研究」に発表された「ハートの2」(河出書房新社編集部・編「文藝別冊 泡坂妻夫」収録)をもとにしたもので、奇術の初心者でカードの“表”と“裏”がよくわかっていない志摩子をトリックに使った奇術。正直なところ、初読時にはトリックに拍子抜けしてしまったのですが、二つの不思議さ――志摩子に向けたものと他の会員に向けたもの――を組み合わせることで、志摩子以外の会員こそが真の“標的”*1だということをうまく隠してあるのがお見事です。

「青いダイヤ」 (マイケル シュゲット)
 乾燥剤(塩化コバルト)を使ったトリックも面白いと思いますが、念写→記念写真という状況をうまく作って、ダイヤのAが現れてくるところを見せないようにしてあるのが巧妙です。しかし、シャツの左袖の青いしみと、シュゲット夫妻の相合傘という手がかりはありますが、“粉雪が(中略)シュゲットさんの左腕に積もっていた”(173頁)ことを知っている読者であればともかく、そこまで知らない松尾にとっては、それだけで真相を見抜くのは難しそうな気がしないでもありません。

「予言する電報」 (松尾章一郎)
 現象が非常に鮮やかな一篇ですが、それを支えるトリックは物量作戦の力技で、そのコントラストが面白いと思います。また、電報を先に受け取るお手伝いさんの存在が不可欠*2なのも見逃せないところでしょう。
 なお、“ハートの7などは、心理的に選びやすいカードだ”(185頁)というくだりは、厚川昌男名義で「奇術研究」に発表された「♡の7」(前述の「文藝別冊 泡坂妻夫」収録)を再利用したものだと思われます。

「九官鳥の透視術」 (牧 桂子)
 演者の桂子ではなく、九官鳥が行う封筒のすり替えトリックがよくできていますが、それを成立させるための鳥籠の高さ*3も周到です。“鳥籠の底には日付が丁寧に書いてあった。”(192頁)というさりげない手がかりもうまいところです。

「赤い電話器」 (大谷南山)
 “その頃、僕は奇術から遠退いていた”(200頁)という大谷の言葉や、“玩具のような、赤い電話機”(201頁)という描写、そして何より“下品な魔法使いに変身した”(203頁)ことが手がかりといえるかもしれませんが、腹話術という真相に思い至るのは(作中の松尾らと同じように)少々難しいでしょうか。しかしそのために、真相が明かされる結末が実に鮮やかなものになっている感があります。

「砂と磁石」 (品川橋夫)
 松尾が指摘する、花札の厚みを利用して安全かみそりの刃を仕込むトリックがまず巧妙。そして、そのトリックの“あらため”の部分にも罠を仕掛けた、二段構えのトリックが非常に秀逸です。“ちょうど磁石を持っています”(211頁)というのは一見すると都合がよすぎるようにも思えますが、“思ったとおり、松尾さん、私の仕掛けた罠に飛び込んで来ましたなあ”(211頁)という品川の台詞をみると、(松尾の指摘がなくとも)“鉄片が仕込まれていないことを確認させる”ところまでが既定の演技、ということなのでしょう。

「バラのタンゴ」 (飯塚路朗)
 厚川昌男名義で「奇術研究」に発表された「クラブの4」(前述の「文藝別冊 泡坂妻夫」収録)に、若干の加筆訂正がされたもの。“再生”と見せかけて“録音”という発想もさることながら、コードのミスディレクションが非常によくできています。そして予言を成功させた後の、次の伴奏音楽を“当てた”こと――いわば“余計な予言”が手がかりになっているのが面白いところです。
 ところで、“スイッチを入れると、リールが廻りだした。”(219頁)という記述をみると、使われたのはオープンリールのテープレコーダーだったのでしょうか*4

「見えないサイン」 (水田志摩子)
 青いコンタクトレンズを使ったトリックは、ひねりを加えてはあるものの、手がかりがあからさまでかなりわかりやすく、少々物足りなく感じられるのは否めません。乾城のカードに仕掛けられた大胆なサインが秀逸なだけに、なおさらです。

「パイン氏の奇術」 (松尾章一郎)
 バー〈タンギング〉のバーテン(速足三郎)がトリックであることが「I部」で明かされているため、“テイル パイン氏の〈パーフェイクション〉”の真相はわかりやすいと思います。が、この「11枚のとらんぷ」の中で唯一、トリック――ハウダニットではなくそれを支えるホワイダニットがテーマとなっているのが面白いと思います。

「レコードの中の予言者」 (五十島貞勝)
 “心理的に選び出されやすい位置にあり、その部分だけ余計に他のカードより開いていたとすれば”(243頁~244頁)というのは、前述の厚川昌男「♡の7」で扱われている“フォース”の技法の一つですが、こちらではそれが真っ向から否定されている上に、補助的な“フォース”の手段もなく、トリックがレコードに仕掛けられていることがあからさまになっているのが潔いというか何というか。
 “あべこべの操作”はもちろんのこと、“レコードの針は、外側の端から内側の端まで、完全に一本の溝をたどっていた”(243頁)という割に再生時間が短い(はず)ことで、トリックが露見しそうな気がしないでもないですが、端的に真相を示す最後の台詞*5はやはり鮮やか。

「闇の中のカード」 (和久 A)
 香水を使って匂いの目印をつけるトリックはよくできていると思いますが、演者が“妙な形をしなければならない”(248頁)のは確かで(苦笑)、実用的でない奇術の典型といえるでしょう。
 松尾が言及しているように、“Aさんがカードに左手を伸ばそうとしていた”(250頁)ことが手がかりではあるのですが、“右手は別の用事をしていたのではないか?”(252頁)という松尾の台詞は一種のミスディレクションといえるかもしれません。というのは、Aの奇術が、“後ろ向きになった”間に香水を(右手の)指につけておいて、それからその手で“松尾さんのカードを取って”(いずれも250頁)カードに香水をつけるという手順だと考えられるからで、実際には右手は“別の用事をしていた”のではなく、使えなかった――他のカードにまで香水の匂いがついてしまわないように――ということでしょう。このあたりにも、松尾がこのトリックをまったく推理できていないことが表れている、といえるかもしれません。

*

 犯人が「11枚のとらんぷ」にちなんだ装飾を施した動機は、それによって容疑者の範囲が狭まるデメリットと秤にかけると、やや弱いようにも感じられますが、乾城の設計図の写し(ないしは設計図を知る人物)の存在を確認するためには、奇術にセンセーショナルな注目を集めるくらいしか手立てがないのは確かでしょうし、実際に蚤の市で飯塚路朗が貴重な古書を発見したことが伏線として用意され、説得力が高まっているのがうまいところです。

 「11枚のとらんぷ」を偽装に使った犯人に対抗して、著者の鹿川舜平が「11枚のとらんぷ」犯人特定の手段として使っているのが、実にユニークな趣向であると同時に、物語本篇と作中作とをより緊密に結びつける効果をあげています。消去法を支える嗅覚の描写に関しては、橙蓮和尚など少々強引な部分もある(苦笑)ものの、ほぼ全員についてさりげなく文中に紛れ込ませてある*6のが巧妙ですし、無嗅覚症が問題になった時点で最後の「闇の中のカード」が強く思い起こされて、松尾章一郎が犯人という結論にもすんなり納得できるようになっています*7

 犯人が特定されたところで、次に問題となるのがアリバイ“被害者”の側(志摩子)の所在――〈人形の家〉の直前まで会場にいたとされること――が障害となることで、他のメンバー全員のアリバイが(一見すると)成立し、フーダニットとアリバイ崩しがうまく両立されているのも見逃せませんが、やはり奇術絡みのアリバイトリックが面白いところでしょう。
 まず松尾が演じた〈とらんぷの神秘〉では、カード当てのトリックが“見破られる”ことで助手の志摩子の存在がクローズアップされる、逆説的(?)なアリバイトリックが何ともユニーク。そしてそれを覆して志摩子の不在を裏付ける、忘れられた眼鏡の手がかりもお見事。松尾がアドリブで採用した代替トリック(ハンドバッグの口金)もよくできていますが、桂子がホテルのプールで使った水たまりのトリック(298頁)という形でそのヒントが用意されているのも巧妙です。
 一方、〈人形の家〉でのトリックは単純な“身代わり”ですが、“志摩子”の姿が巧みに隠蔽される手順は周到ですし、氷酢酸がしみ込んだ“臭い袋”が決定的な手がかりになるのが鮮やかです。

 悪役を演じながら謎解きを続けてきた鹿川ですが、アリバイを崩したところで予想外の“犯人―被害者の逆転”が明らかになり、謎解きがその手を離れていく展開がまた何ともいえません。すべてが松尾の計画だとすれば浮いてしまう*8、志摩子が撮影していたリハーサルのスナップが、志摩子自身のアリバイ工作として犯行計画に組み込まれることでしっくりくるのも見逃せないところですが、やはり何といっても“逆転”によって浮かび上がってくる、“魔術の女王”となるために殺人も辞さない志摩子の人物像が強烈な印象を残します。

* * *

*1: 原型の「ハートの2」では、他の人物が一人しかいないので、この部分――他の人物に対して“仕掛ける”動機がやや弱いようにも感じられます。
*2: 家族(親族)では協力してもらうのがやや難しくなりそうな気が。
*3: 桂子自身の背の高さが、不自然さをある程度カバーしているようにも思われます。
*4: 原型の「クラブの4」「奇術研究」1972年春号に発表されたもので、時期的にはオープンリールでもおかしくないと思われます。
*5: “中央に星形のラベルが貼ってあった”(240頁)というのが、五種類のカードに対応する五本の溝を示す目印になっていた、ということではないでしょうか。
*6: 鹿川自身についての描写に、大谷南山が“自分で書いたのだから(中略)どうともなる”(345頁)と、ミステリを読んでいるかのような文句をつけているのにニヤリとさせられます。
*7: もっとも、(「闇の中のカード」で定型が崩れているとはいえ)「11枚のとらんぷ」のほぼ全篇で松尾が謎解き役となっていることで、松尾が本書の探偵役だと思い込まされてしまう効果もあるのは確かでしょう。そしてそれを考えると、創元推理文庫カバーの“この本の著者鹿川は、自著を手掛かりにして真相を追うが……。”や扉の“著者の鹿川舜平が辿りついた事件の真相とは。”といった、鹿川が探偵役であることをほとんど明かしているあらすじは、少々いただけません。
*8: この点について、鹿川がどう考えていたのか気になるところですが……。

2004.02.03再読了
2015.03.04再読了 (2015.03.20改稿)

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