悪魔と警視庁/E.C.R.ロラック
The Devil and the C.I.D./E.C.R.Lorac
1938年発表 藤村裕美訳 創元推理文庫211-03(東京創元社)
まず、奇抜な発端の状況が、都合よく(?)あっさりと解明されてしまうのがもったいないところ。しかも、メフィストフェレスの扮装は仮装舞踏会、マクドナルド首席警部の車に死体が押し込まれたのは車の取り違えと、いずれも十分納得できる真相ではある反面、あまりにも妥当すぎて面白味に欠けるのは否めません。
また、死体の身元が明らかになる前に、容疑者がかなり絞り込まれてしまうのも難しいところで、“彼は小細工を弄して、まんまと目的を遂げた。”
(98頁)というミス・フィルスンの独白などをみても、その交遊のある範囲に犯人がいることはほぼ確実です。
問題となる容疑者のアリバイについても、俳優・バーン氏の死とそれに対するミス・フィルスンの反応(217頁~218頁)から、おおよそのところ――陳腐な替え玉トリックだと見当をつけることは難しくないでしょう。しかし、それを暴く“最後の決め手”――中国人をよく知るミス・フィルスンだけが、中国人の扮装の下の素顔を見分けることができた、というのがなかなかユニーク。
人種に関わるネタが西洋人からみた――日本の読者にとっては“裏返し”の――エキゾティシズムを強く感じさせるのもさることながら、いわずと知れた〈ノックスの十戒〉(→Wikipedia)の第五項“中国人を登場させてはならない”
をいやでも思い起こさせられるところが、何とも奇妙な居心地の悪さを生み出している感があります。そのあたりはさておいても、本書で最も印象的な人物といっても過言ではないミス・フィルスン――その周囲を自然に取り巻いて読者の記憶に残る中国趣味が、ある種の伏線になっているようにも思えるのが面白いところです。