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幻惑密室/西澤保彦

1998年発表 講談社ノベルス(講談社)

 〈ベイビイメイカー〉なる補助的な機能で一応の迷彩が施されていますし、〈カウンターエスパー〉*1たるアボくんの登場がミスディレクションとなっているようにも思われます*2が、“誰が超能力者なのか?”は早い段階で見当がつくようになっていると思います。“新年会”の不自然な人選やおせちを注文していなかったことなど、稲毛社長がすべてを計画し、何が起こるか予期していた節がある一方で、「イリュージョン・テキスト」での招かれた四人の心理描写をみると、彼らの中に超能力者がいそうな様子はありません。

 そして、四度使われた〈ヒップワード〉のうち最初の三つまでが“家から出られない”・“電話が通じない”・“時間が早く流れる”と早々に確定する中、愛人の古明地友美と山部千絵を岡松治夫と羽原譲に押し付けようという稲毛社長の計画が見えてくることで、稲毛社長が友美に言い残したとされるおまえはハネハラと――”(160頁)という言葉が、(その後の友美の行動も相まって)四つ目の〈ヒップワード〉であったかのように思わされる仕掛けになっています。そう考えると、超能力者――〈ハイヒッパー〉の正体がわかりやすくなっているのも、作者としては織り込み済みと考えていいのではないでしょうか。

 最終章の一つ手前の「コンヴァージョン・テキスト」において、羽原を刺す事件を起こした友美の告白により、“稲毛社長が殺された”が真の四つ目の〈ヒップワード〉だった*3こと――稲毛社長がその時点ではまだ生きていたことが明らかになりますが、これは――作中で保科匡緒は、“もし友美が、ある重大な点について未だに嘘をつき続けているとすれば”四人全員に“犯行は可能だった理屈になる”(281頁)という具合に、その可能性を想定してはいるものの――おそらくは手がかりを示すことが不可能に近い*4ので、推理の結果としてではなくこのような形で明かされるのも妥当なところでしょう。

 重要なのは、四つ目の〈ヒップワード〉が単なるサプライズにとどまらず、事件の真相につながる最後の手がかりであること、すなわちここでようやく手がかりが出揃ったことで、推理という点ではここからが本番になっています。そして、呼び集められた四人それぞれに稲毛社長と争いになる理由がある一方で、この期に及んで四つ目の〈ヒップワード〉がどのように影響するかがはっきりしていないことで、見ごたえのある推理が繰り広げられているところがよくできています。

 “稲毛社長が殺された”という暗示にかかっていなかった、酒屋の店員・大野慎吾が犯人だったという真相は秀逸。まず、“偽の犯行時刻”の時点でまだ現場にいなかったことで、ほぼ完全に盲点に入ってしまうのはいうまでもないでしょう*5。そしてまた、稲毛社長との接点がないため、常識的に考えれば稲毛社長を殺害する動機がないことも、非常に強力なミスディレクションになっています。

 能解匡緒を滅入らせてしまったその凄まじい動機についても、物語中盤に、羽原が保養所に放火したエピソードと、そこで保科匡緒が連想した航海実習中の事件(212頁〜213頁)伏線として用意され、そのような心理状態が“あり得る”ことが示されているのが周到です。

*1: 本書の「インティメーション・テキスト」では、アボくんがその場にいるにもかかわらず、神麻嗣子が羽原譲に対して“カンチョウキ”を使っています(218頁〜219頁)が、後の作品で、“カンチョウキ”の効果は〈カウンターエスパー〉でも無効化できないと説明されています(「神余響子的憂鬱」及びそれが収録された『転・送・密・室』「あとがき」を参照)。
*2: せっかく登場してきたにもかかわらず、超能力者との対決なしで終わるとは、さすがに考えづらいというか何というか(苦笑)。
*3: 稲毛社長が“退場”する必要があるのはわかりますが、何とも極端ではあります。夫人を“仮想犯人”として用意してあるところなどはよく考えられていますが……。
*4: しいていえば、千絵が目撃した“光っていて、ふわふわと空中を漂っていった”(188頁)“人魂”――実際には稲毛社長が手にしていた肉叩き(298頁)――が、手がかりということになるかもしれませんが、ここから“稲毛社長が生きていた”という真相に到達するのは、ほとんど不可能ではないでしょうか。
*5: 「イリュージョン・テキスト」の描写が、“時間の流れが元に戻った”ところで終わっているのも巧妙で、そこまでで殺人事件を含めた重要な出来事がすべて終わっているとミスリードされてしまうことになるでしょう。

2014.07.02再読了

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