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実況中死/西澤保彦

1998年発表 講談社ノベルス(講談社)

 本書の最後には驚愕の真相が用意されていますが、その少し手前、物語が終盤に差しかかったところ(〈録画〉「マインド・シフト IV」)で、保科匡緒・神麻嗣子・能解匡緒らのディスカッションを通じて、真相にかなり近いところまで――より正確には真相の断片が、すでに読者に示されているのが実に大胆です。

 まず、最初の金谷澄子殺しについては能解匡緒が、岡安清隆の浮気相手・佐藤照代と間違えられたという構図を示していますし、併せて佐藤照代殺しについても、金谷澄子殺しを材料にした脅迫の結果という仮説を披露しています(230頁〜234頁)
 また、阿久津礼子殺しについては保科匡緒が、“ボディ”の目的は殺人ではなく礼子が襲撃された事実を作ることにあったのではないか、と推測しています(219頁〜222頁)
 さらに“ボディ”の正体に関しては、オフ会参加者のうち“ボディ”と会ったはずの井落海奈江と上地浩典が揃って“パティオのメンバーとは会っていない”と証言したことについて、神麻嗣子が(編集者の笹本を想定しながらも)“メンバーではなくゲストという認識だった”(258頁)という可能性を提示しています*1

 これらは、事件の複雑な真相の一部をあらかじめ小出しにしておくことで、最後の謎解きが煩雑になるのを避けるとともに、驚愕の真相を読者にすんなりと納得させる伏線として機能させるものでしょうが、当然ながら読者にとっては大きなヒントとなるはず。しかし、お読みになった方はお分かりのように、“ボディ”=殺人犯というあまりにも強力な錯誤が、読者の目を真相からしっかりと遠ざけているのが秀逸です。

 保科匡緒の方は、シリーズの主役(の一人)だということもありますが、“阿久津礼子を殺した”と告発する投書の内容を知らされた際の“むろん身に覚えはない。”(143頁)という独白などをみても、殺人犯ではあり得ないといってよく*2、結果として“ボディ”だとは考えにくくなっています。一方の岡安素子は、冒頭から描写され、なおかつ“パス・シフト”によって能解匡緒と神麻嗣子に確認されているように“パス”の“ソウル”側である以上、“ボディ”ではあり得ないわけで、それが殺人犯という正体の隠れ蓑になっています。このように、実際には別人である“ボディ”と殺人犯をセットにして扱うことで、どちらも“完全に疑惑の対象外(139頁)に置くことに成功しているのです。

 さらに、保科匡緒を襲撃した遅塚大介がおあつらえ向きの“ボディ”/殺人犯候補となる――能解匡緒と神麻嗣子が“パス”を通じて、襲われている保科匡緒の顔を目撃しているため、その犯人(遅塚大介)が“ボディ”だと考えざるを得ない*3――ことで、ますます真相が見えなくなるあたり、実に周到な企みといえるでしょう。

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 事件そのものも、四つの事件をセットにして連続殺人(未遂も含む)と見せかける形になっているのが面白いところ。これ自体は見慣れたものだとしても、あくまでもメインの企みを支える補助的な仕掛けだということもあってか、完全に独立した事件ではなく中途半端に関連している――第一の金谷澄子殺しと第二の阿久津礼子殺しが別の動機で同じ犯人である/第二の事件が第三の保科匡緒襲撃と、また第一の事件が第四の佐藤照代殺しとそれぞれ因果関係がある――のが異色で、そのために連続殺人と見せかけやすくなっているところがよくできています。

 一方、“ボディ”たる保科匡緒の行動をストーカーに見せかける手腕は実に巧妙。新作のネタの盗作疑惑が原因で、覆面作家・女婦木ミラがオフ会メンバーの一人ではないかと考えるのは納得できますし、その住所*4を探るために尾行するというのも(行き過ぎではありますが)わからなくはありません。女婦木ミラの正体や“盗作”の経緯を、それ自体興味を引く謎に仕立ててあるところも面白いと思いますし、何より、“盗作”で新作がボツになり急遽代わりの作品を書かなければならないという事情で、本書では絶対に不可欠な、保科匡緒が事件の捜査に同行しない状況を、ごく自然に実現させてあるところにうならされます。というわけで、一石三鳥くらいはある実に効果的なネタといえるでしょう。

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 これらの仕掛けに支えられた二つの真相は、いずれも強烈。“ボディ”の正体は、明示される直前の能解匡緒と神麻嗣子の様子でそこはかとなく匂わせてありますが、“あんまりじゃないのか、これは。”(287頁)という言葉がぴったりの、脱力を伴う“一撃”が何ともいえません。一方、殺人犯の正体は(“ボディ”の保科匡緒が犯人でないことを前提にすれば)“簡単な引き算の問題”(298頁)となりますが、真相を踏まえて読み返してみると、岡安素子自身が忘れている金谷澄子殺しはまだしも、自覚があるはずの阿久津礼子殺しの顛末を堂々と自分のことのように*5語る姿が、空恐ろしく感じられます。

 気になるのはやはり記憶喪失の扱いで、岡安素子が落雷のショックで金谷澄子殺しを忘れたことや、保科匡緒が遅塚大介に頭を殴られて記憶を失ったのはまだいいとしても、オフ会で泥酔した保科匡緒がどんな話をしたのかさっぱり覚えていないというのは、そうしないと話が成立しないとはいえ、ちょっと度が過ぎているように思います*6。また、保科匡緒がオフ会メンバーを尾行していたことを黙っていたのも少々引っかかりますが、(読者と違って保科自身の視点では)普通に考えれば事件と関係があるとは思えないので、これは伏せておくのも自然といえるでしょうか。

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 神麻嗣子の操作ミスもあって、三人の間につながれることになった“パス”を、最後にうまく流用して物語をきれいにまとめてあるのがお見事。当然ながら本書のネタバレになってしまうので、(読んだ限りの)後続作品ではこの設定がオープンにされてはいないようですが……。

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*1: これらの推理が、主役の三人にうまく振り分けてあるところもよくできています。
*2: 金谷澄子との間には接点がなく、またそちらは岡安素子が犯人であることを示す決め手(トイレの鏡)もあるのですが、阿久津礼子殺しについては(遅塚大介が勘違いしていたように)作中の登場人物からみると疑わしいといえますし、殺人犯ではないとする客観的な証拠はありません(そのため謎解き場面でも、能解匡緒に尋ねられて“あたりまえですよ(中略)私は単なる“ボディ”です”(298頁)と否定することしかできていません)。
*3: ただし、遅塚大介が“ボディ”ではないことが判明した時点で保科匡緒一択になってしまう、両刃の剣ではあるのですが。
*4: 細かいですが、保科匡緒自身の“自己紹介”という形で、日本推理作家協会の“会員名簿にも、ちゃんと筆名(本名に同じ)と住所が記載される。”(32頁)と、伏線を張ってあるのがうまいところです。
*5: 何かおかしい気もしますが、“ボディ”に“憑依”した状態として語られているので……。
*6: これが、阿久津礼子が命を落とす遠因になったわけですから、余計に釈然としないものが残ります。

2014.07.08再読了

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