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念力密室!/西澤保彦

1999年発表 講談社ノベルス(講談社)

 ネタバレなしの感想にも書いたように、本書では“なぜ超能力で密室を作ったのか?”という密室のホワイダニットが前面に出されていますが、実際のところは殺人事件も含めて“何が起こったのか?”を解明する必要があり、いわゆる“ホワットダニット”といっていいのではないでしょうか。

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「念力密室」
[密室の目的:現場の隣室に第三者を立ち入らせるため]
 現場が密室だった結果として起きた出来事を考えれば、隣室の飼い犬の存在を暴露するという目的に思い至るのはさほど難しくないでしょうが、まさかそのために殺人を犯すとは考えにくいわけで、(本末転倒のようでもありますが)殺人事件の存在がミスディレクションとなっている感があります。そしてここで、殺人事件に関して容疑が晴れた保科に盗聴器を仕掛けた疑いがかかり、その流れで“密室犯”が殺人犯とは別人という仮説が出てくるのがうまいところです。

 殺人事件の方は、被害者・日下部の目的が保科との対決にあったと考えられるために、真相が見えにくくなっています。そこに盗聴器の事件が加わることで、“保科の部屋に侵入した犯人”が浮かび上がってくるのが鮮やか。そして、犯人との人違いを起こすため(だけ)に導入されたと思われる、保科の若白髪という設定の扱いが面白いと思います。

「死体はベランダに遭難する」
[密室の目的:自分たちをベランダに閉め出した“侵入者”を探し出すため]
 室内側から簡単に施錠できるベランダへの戸口ですが、そこに“ベランダ側から超能力が使われた”という観測結果が加わることで、“密室殺人”の様相を呈しているのが秀逸。当然ながら超能力は施錠だけでなく解錠にも使えるわけですが、先に施錠されていたとはなかなか考えづらいのがうまいところです。そして、我妻がスペアキーを手にしていたことと、事情聴取の際の不自然な様子から、“何が起こったのか?”がするすると解き明かされる解決が鮮やか。

 雨が降り出してから超能力が使われるまでに時間がかかったことから、被害者・柏木ではなく一緒にいた女性の方が超能力者だとする推理は妥当で、超能力をギャンブルに悪用されたくないという心理も納得できるものです*1。また、柏木の“モノマニアック”な性格ゆえにガラス戸を割ることができず、口論になったあたりもうまいところです。

 (〈チョーモンイン〉の関与がなければ)“侵入者”ただ一人にだけ認識できる“密室殺人”という構図もユニークですし、それによって“侵入者”をあぶり出す機会のある警察関係者――英田刑事が犯人という真相も面白いと思います。我妻の、“どちらかといえば、きみの方に似てたよ”(87頁)“あいつが買いそうな感じだけどな。女にプレゼントするために”(88頁)といった、いかにも適当そうな発言がしっかり伏線となってくるのもお見事。

「鍵の抜ける道」
[密室の目的:一時的に現場を離れる(子供を病院に連れて行く)必要が生じため]
[超能力を使った理由:子供が鍵を飲み込んでしまったため]
 “なぜ超能力で密室を作ったのか?”という謎が、この作品では“なぜ(一時的に)密室にしたのか?”“なぜ超能力を使ったのか?”二つの謎に分かれているのがユニーク。死体を置き去りにして一時的に現場を離れる理由は不可解ですし、死体を運び出す際には鍵を使ったことが明らかですから、最初だけ鍵を使わなかったことも意味不明。木佐貫秋子が“可能性{ポテンシャル}エスパー”で、自由に超能力を使えるわけではないという設定も効いています。

 それら二つの謎が、子供が鍵を飲み込んだという一つの事象で鮮やかに説明されるのが秀逸。木佐貫秋子と真理・サンダースの複雑な関係は少々作りすぎのきらいがないでもないですが、それも子守り(及びそれによる人違い)という真相の一端を隠しつつ成立させるためとあらば納得できますし、よく考えられていると思います。

「乳児の告発」
[密室の目的:犯人が赤ん坊を連れ去るのを防ぐため]
 念動力が三回にわたって観測されたことから、それが鍵とチェーンだけでなく、ドアを閉めるためにも使われたことは、おそらく多くの方が予想できるのではないかと思います。そうすると、殺人犯の仕業である蓋然性は低くなり、超能力者は自分の手でドアを閉めることができない被害者か赤ん坊の二者択一。そしていずれの場合であっても、“犯人を閉め出すための密室”という構図になるわけで、その点では、いわゆる“内出血密室”に代表されるような古典的な目的の域を出るものではありません。

 もちろん、この作品では“何のために犯人を閉め出したのか?”がポイントになっているわけで、そこに乳児誘拐事件――の陰に隠れた乳児死亡事件が関わってくるところがよくできています。殺された乳児誘拐犯・水無瀬が能解警部の叔父と接点を持っていたことで、能解警部の頭に浮かんできた疑念は現実味を帯びますが、さらに冒頭でのやり取りと中盤の回想を通じてしっかりと描き出された叔母の人物像が伏線となって、能解警部のみならず読者にとってもイヤすぎる真相*2を、受け入れざるを得ないところに追い込まれるのがさすがというべきか。

「鍵の戻る道」
[密室の目的:犯人の計画を妨害するため]
 まず、死体発見場面が冒頭に置かれた構成が巧妙で、その段階で、尼岸チエ――被害者自身が超能力で密室を構成したことが明かされ、なおかつ神麻嗣子が犯人を庇おうとした……のでしょうか?”(228頁)と仮説を示していることが、読者を幻惑させるのに貢献している感があります。

 やがて事件の背景が明らかになると、猿投が殺人犯であることまで見え見えになってしまいますが、尼岸チエが猿投に抱いていた感情からすると“ありそうな”密室の目的が、すでに示されているためにそのまま真相だとは考えにくいわけで、(超能力者も殺人犯もほぼ明らかになっている中で)密室のホワイダニットこそが残された最大の謎だと思い込まされてしまうことになるのではないでしょうか。ところが実際には、密室の意味/効果は、先に猿投の計画を詳しく解き明かして初めて見えてくるものですから、早くから密室の目的に目を引きつけられると真相が見えなくなってしまうように思います*3

 尼岸チエがチェーンのみかけたことが冒頭では明示されていない*4のも周到で、猿投がスペアキーを持ち去ったことが巧みに隠蔽されています。あまりにも自分に都合のいい考えに満ちた、猿投の独りよがりな計画には開いた口がふさがりませんが、“鍵の戻る道”*5までしっかり考えてあるあたりはよくできているというか何というか。

「念力密室F」
[密室の目的:超能力者の仕業であることを示すため]
 お読みになった方はお分かりのように、(おそらくは)全編が聡子の見た“予知夢”(?)で構成されている作品……というわけで、タイトルの“F”はストレートに“future”を意味していると考えていいでしょう(ただし、内容をみる限り、すべてがそのまま実現するわけではないようですが……)。“あのひと”は保科匡緒、“彼女”は能解匡緒で間違いないでしょうし、“彼”は後の作品で登場するようですが、“寿美子”は一体何者なのか……*6

 さてこの作品、“夢”であることをうまく利用して、実にすんなりと――〈チョーモンイン〉や警察に頼ることなく――密室内外の状況を読者に見せてあるのが面白いところ。ミステリとしては、手がかりも示されていないので弱いのは確かですが、“彼”の動機がかの「八百屋お七」のバリエーションであり、なおかつ、(一応伏せ字)警察関係者が事件を起こしたという点で、いくつかある“「八百屋お七」ミステリ”の中でも異色(ここまで)なのが、見逃せないところではないでしょうか。

*1: “彼女は立場上、そんないかさまに協力するわけにはいかない事情もあった”(110頁)というのは、少々行きすぎのようにも思われますが。
*2: 「死体はベランダに遭難する」で部下の英田刑事が犯人だったのに続いて、今度は身内が事件を起こしてしまったわけで、現実的に考えると警察組織内での能解警部の立場はかなり危ういものになるところでしょうが……。
*3: というわけで、殺人犯が見え見えであることもおそらくは意図的ではないかと。
*4: 冒頭の場面では、“現場のドアは、内側からロックされている上に、なんとチェーンまで掛かっていた”(227頁)と状況は説明してあるものの、その後は“現場を“密室”にした”(227頁)のような漠然とした表現が四度にわたって繰り返されています。
*5: 「鍵の抜ける道」と同様に、タイトルで大胆にヒントを示してあるところに脱帽です。
*6: 本書だけをみると、(時間のずれをどうするのかはさておいて)“寿美子=神麻嗣子”と考えられそうですが、後の『転・送・密・室』を読むと少々怪しくなってきます。

2014.07.10再読了

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