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深水黎一郎『ミステリー・アリーナ』/〈十六番目の解決〉

2015.07.13 by SAKATAM

 まず、作中で示された〈最後の解決〉――樺山桃太郎が用意した、[鞠子の息子・平三郎が犯人]とする解決に対して反論しておきます。

 問題となり得るのはやはり、鞠子が残した(とされる)“S”のダイイングメッセージです。樺山の説明では“平三郎の苗字がSではじまる(中略)鈴木平三郎”(文庫版402頁/単行本331頁)とされていますが、鞠子が息子の平三郎を苗字で呼ぶとは考えられないので、平三郎を指し示すのに“S”と書くことはあり得ないのです。また、平三郎による偽装だとした場合、自分自身にもつながる“S”は避けるのが自然でしょう。

 実のところ、“問題篇”の中では鞠子の苗字が鈴木だと明示されてはいないので、平三郎犯人説を完全に否定できるわけではないのですが……そこはそれ。鞠子が平三郎をかばうために、三郎や沙耶加に疑いを向けようとして“S”と書いた可能性も残りますが、これは少々疑問です(後述します)。

 “問題篇”の中のルビが振られていない“平三郎”は、当然“たいらさぶろう”と読むことができますし、地下室の明り取りの窓などはどうにでも解釈できるので、鞠子の息子・平三郎なる人物が存在しないとする余地は、十分にあると思います。

* * *

 さて、ネタバレ感想にも書いたように、“メタ情報”――《ミステリー・アリーナ》のルールと、「第20章」“問題篇”最後の文太と沙耶加のやり取りから読み取れる〈犯人の条件〉は、以下のようになります。

  1. それまでの“解決”と重複しない人物
  2. 鞠子に特別近しい人物
  3. 沙耶加にとって一番犯人であってほしくない人物

 また、解決の中で何とかして辻褄を合わせるべき事項――〈解決の条件〉としては、おおむね以下の三点が挙げられるでしょう。

  1. “S”のダイイングメッセージを説明できる
  2. 文太による“平三郎”の目撃証言を説明できる
  3. 沙耶加の口紅が盗まれたことを説明できる

*

 まず大前提として、「第20章」最後で犯人に関するやり取りをしている文太と沙耶加は、犯人ではないと考えていいでしょう。その会話を通じて沙耶加は“犯人がわかった”わけですし、文太が犯人ならばわざわざそのようなことを口にするはずがありません。

 そして、平三郎(へいざぶろう)が存在しないとすると、残るは恭子・秋山鞠子・たま・ヒデの四人ですが、このままだと恭子以外はそれまでの“解決”と重複することになり、また恭子が上の〈条件2〉〈条件3〉を満たすとは考えにくいものがあります。さりとて、この四人以外にさらなる“隠れた人物”の存在を許容するような記述は、どうも見当たりません。

 仕方がないので、ここは新たな属性を付け加えて重複を回避することにします。その手がかりとなるのは〈条件3〉。“一番犯人であってほしくない”というのは、他の人物とは違った特別な感情を抱いているととらえるのが自然ですが、三郎のプロポーズを(場合によっては)受けようとしている(文庫版162頁/単行本130頁)沙耶加には、他に恋愛対象はいないと考えてよさそうですし、“常日頃からたまのことをとても可愛がっている”(文庫版25頁/単行本17頁)というだけではやや弱いでしょう。ということで、沙耶加にとってより身近な立場――“この中に一人、親族がいる!”という方向で考えてみます。

 そうすると、親族(姉妹?)ならばわざわざ“とても可愛がっている”というのも変なので、たまは除外。また、秋山鞠子が苗字から“アキ”と呼ばれていることから、グループ内に他に同じ苗字の人物はいないはずで、普通に考えれば姉妹ではなく、血縁関係を示唆する根拠も見当たらないので除外。そして恭子は、“恭子と沙耶加が、まるで双子の姉妹のように(文庫版60頁/単行本46頁)と書かれていることから、双子でも姉妹でもないと考えられますし、これまた他に根拠がないので除外。

 したがって残るは一人、その年齢を考慮して[沙耶加の父親・英(ヒデ)が犯人]というのはどうでしょうか。沙耶加が他の男性陣を“さん”付けで呼ぶ一方で、“英”だけ呼び捨てにしているのは、自分の身内だからと考えることができるでしょう。また、父親ならば、後ろからぶつかられても(文庫版102頁/単行本80頁)気にしないのも自然ではないでしょうか。さらに「第19章」で、一同が疑心暗鬼に陥って食事もろくに取ろうとしない中、まったく警戒する様子もなく英と二人で三郎を探しに行くのも、信頼できる父親だからと考えれば納得がいきます。

 娘の友人に管理人として雇われているのはやや不自然かもしれませんが、そこは何といっても〈気配りの英〉ですから、あまりそういうことを気にする人物ではなさそうですし、例えば(定年)退職後に暇になったところ、その気配りを見込んだ鞠子に頼まれた、といったことはあってもおかしくないように思います。沙耶加の父親であれば、管理人であるとともに半分は仲間として、三郎に気安い態度を取ったりするのも不自然ではないかもしれません(三郎の方も、本人の希望で「ヒデ」と呼び捨てにしながら、内心では「おじさんは優しいなあ」と)。そして管理人の英(ヒデ)が、犯人候補の中で最も〈条件2〉に該当する可能性が高い人物であることは、明らかではないでしょうか。

 なお、作中で“ヒデ犯人説”が否定されているのは、“犯行後にワックスがけをするのは心理的に不自然”(文庫版200頁/単行本162頁~163頁)という理由でしたが、その後〈十三の解決〉で導き出された二重螺旋階段の存在を考慮すれば、“ワックスがけの後の犯行”が成立し得るので、英(ヒデ)が犯人であることを否定する理由はなくなります。鞠子は“問題”の準備を手伝ってもらうために、ワックスがけを終えてからこっそり二重螺旋階段で四階まで上ってくるよう、英(ヒデ)に指示していた、というのはあり得るのではないでしょうか。

*

 あとは〈解決の条件〉ですが、まずは〈条件6〉の口紅の件からいきましょう。タクシーで到着した英(ヒデ)には口紅を盗む機会はなさそうですし、そもそも沙耶加の父親だとすれば、娘に疑いを向ける偽装を施すとは考えにくい――というのが難点ですが、「思うにこれは“問題”で片がつく」。単に鞠子の“死体”が転がっているだけでは、ミステリ研OB・OG向けの“問題”としてはどう考えても不十分で、推理の材料――仮想の犯人を指し示す“手がかり”が必要になるのは明らかでしょう。つまり、沙耶加の口紅を盗んだのは鞠子の仕業で(鞠子にはその機会があるはず)、“問題”の“手がかり”(もしくは“偽の手がかり”)として爪の間に破片を残したと考えることができます。

 犯行後、英(ヒデ)は慌てて狂言の道具と口紅を(娘のものとは知らずに)一緒くたにして現場から持ち去ったものの、爪の間の口紅やダイイングメッセージには気づかなかった、ということは十分考えられるのではないかと思います。

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 次に、〈条件4〉のダイイングメッセージの問題。“ヒデ”が“S”で始まらないのはもちろんですが、“俺たちのグループの中で名前や苗字のどちらかがSではじまる人間といえば、俺以外には沙耶加と文太がいる。”(文庫版182頁/単行本148頁)という記述をみると、英(ヒデ)の苗字も“S”には当てはまらないかもしれません。三郎が英(ヒデ)をグループの中に入れていなかった可能性もありますが、鞠子が“一度親しくなると、苗字はほとんど使わなかった。”(文庫版183頁/単行本148頁)わけで、英(ヒデ)を示すのに“S”と書く可能性としては……“Shiyounin”(使用人)の“S”?

 ……冗談を飛ばしていてもらちが明かないので、ここで一つインチキをかますことにします。作中にはダイイングメッセージが図示されず、ただやや細長いSの文字(文庫版182頁/単行本147頁)と記されているだけなので、そのように見える限り、どのようなものでも想定できると考えていいのではないでしょうか。ということで、もし下の画像のようなものだったらどうでしょう。

[やや細長いSの文字]

 私が大文字の“S”を書く場合、だいたい最初と最後に短い縦棒(セリフ→「セリフ (文字) - Wikipedia」)をつけるので、上の画像もセリフから始めていますが、これなら(途中で力尽きてはいるものの)“やや細長いSの文字”に見えると思います……見えますよね?(積分記号には見えませんが、“問題篇”の中の登場人物たちは誰もそんなことを言っているわけではないのでセーフ)。

 さてこれを、ダイイングメッセージものでは定番の手法の一つ、違う角度から見てみることにしましょう。画像は“上から下に書かれた”ように見えるので、実は“左から右に書かれた”というのが一番ありそうです。そこで、画像を左に90°回転してみます。




















[左に90°回転]

 はい、かなり上下につぶれた感じになっていますが、もうおわかりですね。実は鞠子は、平仮名で“ひで”と書こうとしていたのです!(ΩΩΩ<ナ、ナンダッテー!)

 作中で、(“たま”は平仮名で表記されていたにもかかわらず)片仮名で“ヒデ”、もしくは漢字で“英”と表記されていたのも、平仮名表記を隠蔽するミスディレクションだったのです。そもそも、日本人であるにもかかわらず、わざわざアルファベットでダイイングメッセージを残すとは考えにくいものがあり(前述の、鞠子が三郎や沙耶加に疑いを向けるために偽装した、というのもこの点で難がある)、仮名文字を使うのが自然ではないでしょうか。

*

 最後に〈条件5〉の“平三郎”の目撃証言ですが、証言した文太に悪意がなく、なおかつ三郎が嘘をついていないとすれば、文太による勘違いと考えるよりほかありません。別荘とはいえ深夜の廊下のこと、照明がそれほど煌々と輝いているとも考えにくいので、(おそらくは黄色っぽく)薄暗い常夜灯の明かりの中で、文太は、年配で白髪頭のヒデを金髪の三郎と見間違えたのです。Q.E.D.!

*

 以上、かなりインチキと妄想で補完していますが、これよりマシな“解決”は思いつきませんでした。あしからず。


2015.07.13掲載