ネタバレ感想 : 未読の方はお戻り下さい
黄金の羊毛亭 > 掲載順リスト作家別索引 > ミステリ&SF感想vol.136 > つきまとう死

つきまとう死/A.ギルバート

And Death Game Too/A.Gilbert

1956年発表 佐竹寿美子訳 論創海外ミステリ39(論創社)

 作中で直接描かれている、犯人による殺害場面(140〜143頁)では、殺人者の正体がぼかされている*1のは当然として、レディ・ディングルが意識を取り戻したことがはっきりと示されているのが秀逸です。殺害動機の核心部分につながっているこの真相、残念ながらクルック弁護士の推理は具体的な根拠に乏しいのですが、予め読者に事実として示しておくことで足りない説得力を補うという、実に巧妙な手法だというべきでしょう。

 そして、表面的な状況からは、遺言書の紛失にかかわらずルース以外の人物に動機がないように思えるところがよくできていると思います。ルースを除いたディングル家の人々は、それぞれに遺言書を破棄する動機は持っているものの、少なくともこのタイミングでレディ・ディングルが死ぬことによるメリットはない*2のですから、殺害についての動機はまったく見えません。つまり、ルース以外のディングル家の人々が殺人者だとは考えにくくなっていると同時に、殺人と遺言書の紛失が直接関係のない別個の事件のように思えることで、真の動機がうまく隠されていると思います。

 クルック弁護士が行った実験の結果、フランクが目撃したのはルースではない可能性があることが示されますが、ルースが犯人でないと証明されたわけではありません。この依然として曖昧な状況において、クルック弁護士は、ルース以外の人物が犯人となり得る新たな動機を提示して殺人と遺言書の紛失を結びつけるとともに、その遺言書の連署人の名前という手がかりを持ち出し、一気に事態を打開しようとします。

 しかし、ケイトが本来知るはずのないことを知っていたというのは、確かに強力な決め手となり得るようにも思えますが、この時点ではクルック弁護士の推理した“真の動機”と結びついて犯人であることが示されたようにみえるものの、厳密には連署人の名前だけではケイトが遺言書の中身を見た(ことを隠していた)ということが証明されるにすぎません。もちろん、アレクサンダー看護婦の歌声を聞いたことや、この日に限ってスコーンが用意されなかったことといった傍証から、ケイトがキッチン以外の場所(歌声が聞こえる現場の近く)にいたと結論づけるのは可能でしょうが、前述のように殺害動機に関する推理が(読者に対してはともかく)根拠を欠いているため、ケイトは開き直ることも可能だったかもしれません。

 逆にいえば、クルック弁護士のハッタリ気味の推理が功を奏したと考えることもできなくはないでしょう。このあたりは、本格ミステリとしては弱点となるのかもしれませんが、“私の依頼人はみな無罪”というクルック弁護士の辣腕ぶりには合致しているようにも思えます。

*1: 台詞の雰囲気などから女性であることはおぼろげにわかりますが、それは後のフランクの目撃証言からも明らかなので、問題にならないでしょう。
*2: (最新の遺言書を破棄した上で)遺言書の新たな書き換えを防ぐという意味はあるかもしれませんが、レディ・ディングルが意識を取り戻すとは誰も予測できなかったでしょうし、そもそもまずルースを追い出してしまえば当座はそれで安泰なはずです。また、ルースに疑惑が向けられたのはあくまでも殺害の結果であって、彼女を排除するためにレディ・ディングルを殺害する必要があるとも考えられません。

2006.11.19読了

黄金の羊毛亭 > 掲載順リスト作家別索引 > ミステリ&SF感想vol.136 > つきまとう死