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被害者は誰?/貫井徳郎

2003年発表 講談社ノベルス(講談社)
「被害者は誰?」
 被害者探しが中心だと思わせながら、手記の主へとポイントがずらされています。この仕掛けはなかなか面白いと思います。
 ただ、手記の内容には釈然としない部分があります。吉祥院先輩が挙げている、手記の主が亀山美枝子だとする根拠は、いずれもやや弱く感じられますし、手記の主と“ミコ”、あるいは手記の主と妹の会話も不自然に思えます。何より気になるのは、妹までが“ミコさん”と呼びかけている(72〜73頁)点です。これについては、“妹は私の真似をして、「ミコさん」などと呼ぶ”(72頁)と書かれてはいますが、二人だけの会話の中ならともかく、本人に対してその旧姓をもとにしたあだ名で呼びかけるのは、いくら何でも無理があるのではないでしょうか。
 ラストには、3人の被害者候補がいずれも幸せな人生を送っていることが書かれています。運命の皮肉のようなものを表現したかったのかもしれませんが、手記の中でかなり嫌な人物として描かれているだけに、読んでいて後味の悪さが残ってしまいます。

「目撃者は誰?」
 目撃者探しと謎の旅行券とがまったく無関係だったというのがタネであるわけですが、それを成立させているのは二つの視点による巧妙なミスディレクションです。もし桂島の視点のパートだけであれば、さほどのものではないと思うのですが、不倫をしていた吉村の視点で書かれたパートの存在によって、目撃者探しが大きくクローズアップされているのです。
 途中からどんどん事態が怪しくなっていくものの、止めを刺すように吉祥院先輩の(結果的には誤った)推理が示され、再び目撃者探しと謎の旅行券とが強力につなぎ合わされます。そのため、最後に明らかになる真相との落差が強烈なものになっています。お見事。

「探偵は誰?」
 この作品の正体は、探偵当てに見せかけた犯人当てなのですが、その趣向が今ひとつ効果的でないのがもったいないところです。
 吉祥院先輩の実体験をもとにしてあるとはいえ、キャラクターは変えてあるわけですから、誰が探偵かを特定するための条件は“犯人ではない”という一点のみ。逆にいえば、確実に探偵ではあり得ないのは犯人だけ、ということです。
 作者は、真の探偵である松沢を犯人らしく描くことで探偵候補から除外させるというミスディレクションを狙ったと思われるのですが、前述のように除外される条件はただ一つなのですから、探偵当てに関してトラップを仕掛けるとすれば、それ――真の探偵を犯人らしく描いておくこと――しかないのです。
 さらにもう一つ、桂島があっさりと松沢を犯人だと断定していることも、松沢が探偵だという推測を補強してしまいます(インチキではありますが)。本書の中で、吉祥院先輩と桂島との力関係がはっきりしていることもあって、桂島の推理が当たらず、賭けに負けてしまうという結末が、たやすく予想できるでしょう。裏を返せば、桂島が犯人だと断定した松沢こそが、探偵である可能性が高いということになるのです。

 一方、本題である犯人当ての方は非常によくできています。手がかりや伏線の配置、犯人特定のロジック、そして意外な動機と、ほぼ申し分なし。しいて難点を挙げるとすれば、嗅覚障害という特殊な条件を用いた犯人の特定に、先例(作品名は伏せておきますが、ここで想定しているのは国内ミステリ長編です)があるところくらいでしょうか。

「名探偵は誰?」
 これまでの3篇には、ある共通パターンがあります。まず、(本題ではないにせよ)タイトルに掲げられた謎が登場すること。そして、叙述トリック(のようなもの)が仕掛けの中心となっていることです。
 この作品のタイトルは「名探偵は誰?」なのですが、本書で“名探偵”と形容されているのは吉祥院先輩に他なりません。したがって、タイトルに掲げられた謎を、“名探偵(である吉祥院慶彦)は誰?”という謎に置き換えるのは困難ではないでしょう。それを踏まえてこの作品を読んでみると、どうも叙述に怪しげなところ(病室で会話する先輩と後輩の名前が出てこない)が見えてきます。つまり、入院した“先輩”は吉祥院先輩ではないことが推測できるのです。連作短編としての統一性(特にタイトルの問題)を考えると、致し方ないのかもしれませんが……。
 ただ、桂島が吉祥院先輩の態度を真似ていた心情は、十分に納得できるところです。

2004.01.31読了

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