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死が招く/P.アルテ

La mort vous invite/P.Halter

1988年発表 平岡 敦訳 ハヤカワ・ミステリ1732(早川書房)

 まず、読んでいて最も気になったのは、サイモンのペンキ塗りです。あまりにも唐突な上に、作業の中身もいかにも不自然なため、文字通り“怪しい行動”になっています。この時点で、死体の臭いを隠すという真相までは読みきれないものの、サイモンが露骨に疑わしい人物となってしまっているのは否めません。つまり、本来伏線となるはずのものが浮き上がってしまい、とても“線”とはいえない状態になっているのです。全体的に書き込みをもう少し増やして、背景に埋もれさせるような工夫が必要だと思うのですが……。

 サイモンの怪しい行動としてはもう一つ、幽霊の目撃証言(56頁)があります。屋敷の門に近づいたところで人影を見たというものですが、彼が屋敷を訪れた場面(第3章冒頭;25頁)ではまったく触れられていません。もちろん、この章は彼が門を通った後(“人影を目撃”した後)の場面から始まっているのですが、人影の目撃が事実であれば、あえてその場面を描かないのは不自然でしょう。したがって、(いくらサイモン自身の視点とはいえ)地の文で書くことができない事情があると考えられるわけで、サイモンの目撃証言は最初から疑わしいものになっているのです。

 事件の構図は非常に凝ったもので、シオドア・ヴィカーズの死とチャールズ・フィールダーの死の状況が組み合わされてハロルドの新作『死が招く』が生み出され、さらにそれをなぞる形で事件が起きるという多重構造になっています。水の入ったカップをハロルドがどのように扱うつもりだったのかがわからないままなのが残念ですが、合理的な理由がないまま、いわば“シナリオ”に忠実にしたがったために、現場の状況が不可解なものになってしまっているところが非常に面白いと思います。

 密室トリック自体は古典的なもののバリエーションですが、“シナリオ”をなぞると同時に、父親が錠前職人だったヴィカーズ夫人に罪を着せるために密室を構成するという、その動機がなかなかよくできていると思います。ちなみに、解決場面が駆け足すぎるために、いつ窓の鎧戸を下ろしたのかがはっきりしなくなっていますが、一旦窓から出てドアの差し錠を壊した後、ドアに鍵をかけて立ち去る前だと考えるのが妥当でしょう。

 それにしても、留守宅に勝手に入り込んで主人を殺すわ、ドアを破るわ、死体の横で料理をするわと、犯人の傍若無人ぶりはある意味笑えます。本書の中では、実はこのあたりが最もJ.D.カーに通じるように思えるのですが。

2003.06.29読了

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