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  4. ノックス・マシン

ノックス・マシン/法月綸太郎

2013年発表 (角川書店)
「ノックス・マシン」

 〈ノックスの十戒〉の第五項――No Chinaman must figure in the story.”を、“No Chinaman を登場させなければならない”と読み替える〈No Chinaman 変換〉は、ルイス・キャロル『鏡の国のアリス』での“nobody”の扱い*1あたりを下敷きにしたものかと思われますが、実体を持たない“No Chinaman”を探偵小説に必須*2のキャラクターと位置づけて、“見えざる手”を振るう神のような役割を与えてあるのが面白いところです。

 タイムトラベル先の1929年で、ロナルド・A・ノックスが記している〈十戒〉の第五項が違ったものになっていますが、ユアン・チンルウとの邂逅を経てノックスがそれを書き換えるのは想定の範囲内でしょう。しかし、探偵小説のフェアプレイを危うくするタイムマシンの排除がノックスの真の狙いとして示されているのが秀逸。しかも、作中で一旦はノックスがそうしているように、第四項――“未発見の毒物や最終章でくどくどしい科学的解説を要する装置や設備は使ってはならない。”の続きとして記すべきところ、婉曲的に示すために新たな第五項を作ったという結末がよくできています。

「引き立て役倶楽部の陰謀」

 まず、アガサ・クリスティの有名な失踪事件*3を、『アクロイド殺し』の出版を受けた〈引き立て役倶楽部〉の“最初の陰謀”として物語に取り込んであるのが巧妙。真相の不明な事件に(あくまでも虚構とはいえ)一応の回答を示してあるのもさることながら、〈倶楽部〉がすでに一度クリスティに対する犯罪に手を染めていることで、現在の陰謀がより過激なものになっていることに説得力をもたらしています。

 緊急理事会が採決まで進んだところでヴァン・ダインが急死し、物語がどこか奇妙なフーダニットに転じるのも面白いところ。コーヒーを注いだバンターの嫌疑が晴れた後、動機と機会――“ヴァン・ダインですら、無関心を装いきれず、肩ごしに振り返っている……。”(105頁)――のあるヘイスティングズ大尉に疑いがかかりますが、一人だけバンターの方を見ていなかったバンター自身が証人として、探偵助手らしく“けっして嘘の供述をしてはならない!”(109頁)と追及されるのが圧巻です。そしてそれに対するバンターの返答も鮮やか。

 ……と、虚構と現実が交錯するメタフィクションの様相を呈する物語ですが、最終章の「8 真相(編者による解題)」に至ってもう一つ“外枠”が用意されているのがお見事。これまでの章がクリスティ自身によるメタフィクション*4に姿を変えることで、あり得たかもしれないクリスティの心理を描き出すことになっている*5、といえるのではないでしょうか。

「バベルの牢獄」

 テキスト中の文字の配置に基づく仕掛けは、近年の某作家((以下伏せ字)倉阪鬼一郎(ここまで))による一連の(一応伏せ字)“バカミス”(ここまで)などで、ミステリ読者にはおなじみのものではないでしょうか。特に、句点とその鏡像をワームホール見立ててあるところは、前述の作家の(以下伏せ字)『新世界崩壊』(ここまで)などの仕掛けに通じるものがあります。

 “テキストの中のワームホール”というアイデアを支えるために、“私”が囚われている“牢獄”がバーチャルな書物という形式”(138頁)の空間に設定されているところがよくできています。また、ナカグロや半濁点などが使われなかった理由(145頁)には苦笑を禁じ得ませんが、本来なら奇数頁と偶数頁で重ならない句点を重ね合わせるために、“鏡像人格”との交信――鏡文字がうまく使われているのもお見事。

「論理蒸発」

 〈読者への挑戦〉を物語の中の特異点になぞらえてあるのも非常に面白いところですが、そこからさらに、『シャム双子の謎』における〈読者への挑戦〉の不在をブラックホールの蒸発に見立ててあるのが秀逸。また、『シャム双子の謎』が包含する二重性のみならず、クイーンとロス、エラリーとレーンまで含めた二重性に着目し、“見立て”を補強してあるのが興味深いところです。

*1: アリスの“I see nobody on the road.”という台詞について――例えば「アリスは「いない人 Nobody 」を見ることができる(GLASS7-3) - 鏡の国のアリス:短評」を参照。
*2: 第五項原文のmustに注目。
*3: 「アガサ・クリスティ#失踪事件 - Wikipedia」を参照。
*4: いうまでもないでしょうが、ヘイスティングズ大尉が犯人という真相が、(おそらくはあえて)(以下伏せ字)“語り手=犯人”、すなわち『アクロイド殺し』と同じもの(ここまで)としてあるのも興味深いところです。
*5: 一方で、作中のワトスンやヴァン・ダイン、タウンゼンドらのひどい(?)扱いを、最終的に全部クリスティに押し付けている、ともいえるのかもしれませんが……。

2013.04.15読了