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壺中の天国/倉知 淳

2000年発表 (角川書店)

 最大の見どころはやはり、女子高生(野末由香)・家事手伝い(甲斐靖世)・主婦(吉田孝子)・老人(小金井忠治)という、一見ばらばらな被害者たちをつなぐミッシングリンクです。そして用意された真相(の一つ)は、盗聴用受信機にも見えるピアス・指輪・金歯・補聴器を身に着けていたことという、何ともとんでもないものになっています。さすがにこの真相は見抜くことができませんでしたが、『スーパーサイボーグGちゃん』が手がかりとなったこと(376頁)でかろうじて知子よりは先に気づくことができました。

 このあたり、犯人が『おばさん怪文書』を手にしたことで“妨害者”(他の受信者)の存在を知ったという棚橋正太郎の推理が面白く感じられますし、甲斐靖世の指輪に関するビデオの手がかりもよくできていると思います。

 しかしこれだけならば、特にピアスや指輪に関しては多数の人々が身に着けているだけに、被害者の選抜基準としてはあまりにも弱すぎるのですが、正太郎が指摘しながらも推理しきれなかった“何かもう一つ別の要因”(423頁)、すなわち「犯人(補遺)」に列挙された電波絡みの台詞(426頁)には脱帽です(以下のリストを参照)。

  • 『傍受傍受』 → “私は望儒、絶対に望儒がいい”(75頁)
  • 『受け取っている』 → “もう受け取りました(144頁)
  • 『交信した』 → 更新ならこの前もしたでしょう”(234頁)
  • 『受信』だの『送信』だの → “ひと通り受診するわけです。(中略)儂はご覧の通り痩身ですからな。”(346頁)

 殺害に至る場面が犯人の視点ではなく被害者の視点から描かれているため、台詞の字面が犯人の認識とはまったく違っており、真相が非常に見えにくくなっているのが秀逸です(“望儒”などは完全に目が滑ってしまい、後で本文中から探し出すのに少々苦労しました)。

 ちなみに、このミッシングリンクに関してフクさん(「UNCHARTED SPACE」)はこちらで、“いくら犯人の行動範囲が狭くても、他にも「彼から見て目に付く電波受信中の人」はもっと町中にいくらでもいるだろうに、なんでわざわざこんな特殊な状況の人だけを狙ったのか。携帯電話で通話している人はいいのか? 衛星放送の受信アンテナは気にならないのか? 「受信料〜」NHKの集金人は来ないのか?”と指摘していらっしゃいますが、犯人の家にテレビがあることを考えると、犯人の想定している“電波”は通常の電波――テレビや携帯電話で誰でも受信可能な――とは違った種類のものなのではないでしょうか。つまり、問題となる“盗聴用受信機”は、携帯電話や衛星放送の受信アンテナなどとはまったく別物だと犯人は考えていたのではないかと思うのですが……。またNHKの集金人については、1)“盗聴用受信機”に見えるものを身に着けていなかった、2)犯人が『おばさん怪文書』を入手してからはまだ来ていない、3)そもそも口座振替だった、といった可能性があるでしょう。

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 犯人の怪文書を手がかりにして、通り魔の正体を詳細に浮き彫りにする正太郎の推理は圧巻です。が、結果として明らかになった犯人が、主人公や被害者たちの前に少しずつ姿を現しているとはいえ、完全に無名の人物だったというのは今ひとつ面白味を欠いています。正太郎の推理(プロファイリングというべきか?)によれば普通の人付き合いが難しい人物だということもあり、主人公の周囲に配置することができなかったのは致し方ないともいえますが、フーダニットとしては不満の残る犯人といわざるを得ません。

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 なお、謎のフィギュア製作者についてはすっかり騙されてしまいました。ただ、その独白の様子をみるとやや不謹慎にすぎるようにも思えて、知子の将来が案じられてしまうのですが……(余計なお世話か)。

2006.11.21読了

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