アレン警部登場/N.マーシュ
A Man Lay Dead/N.Marsh
本書のミステリとしての見どころはやはり、間の抜けた犯行場面につながるアリバイトリックだと思われますが、最も印象に残るのはその伏線となる以下の会話です。
「(前略)手すりといえば、ミス・アンジェラ、滑り降りたことはありますか?」
「ええ――ときどき」アンジェラは驚いて言った。「みんなで滑りくらべもするんです。頭を下にして、手を離して」
(208頁)
伏線としての必要性に加えて、直ちに犯人が特定されてしまうのを避けるためという事情があるのは理解できるのですが、いい大人が揃って手すり滑りに興じるというのはいかがなものか(苦笑)。もっとも、ワイルドのズボンを脱がすという悪ふざけまで行われているので、さほど違和感はありませんが。
しかしながら、手すりの球飾りに残された指紋と上記の会話から、早い段階でトリックの見当がついてしまうところは問題でしょう。しかも、球飾りの指紋の主はすでに明らかになっている(117頁)ので、犯人までもが見え見えです(さらに、手すりから足の指紋が検出されたこと(255頁)――すなわち靴を履いていなかった人物が犯人であること――がダメ押しとなります)。つまり、作中での解決場面ではすでに驚きは残されていないわけで、手がかりの提示などに大きな難があるといわざるを得ません。
トリックについては、どうしてもインパクトのある犯行場面に目を引かれますが、例えば“浴室のドアがきちんと閉まっていなかったのです”
(81頁)というワイルド夫人の台詞や、“彼が風呂で湯を出していましたから――音がしても聞こえなかったでしょう”
(105頁)というナイジェルの台詞など、細かく伏線が張られているところはよくできています(もっとも、きっちり回収されているとはいえないのが残念ですが)。また、明かりが消えて銅鑼が鳴るという出来事により、殺人ゲームの開始と勘違いした登場人物たちが二分間動かなかったことで、犯人がアリバイを確保しやすくなったのが巧妙です。
ただし、この殺人ゲームのルールの中の消灯と銅鑼の順序が、解決場面で大いに足を引っ張っています。
まず、事件が起きた時にはルールの通りに“あたりがいきなり真っ暗になった。”
→“そして銅鑼が鳴った。”
(49頁)という順序だったにもかかわらず、終盤のアレン警部による解明では“ランキンは前のめりに倒れて、銅鑼に頭を打ちつける。手すりに乗った人物は明かりのスイッチに手を伸ばし、あたりは漆黒の闇に包まれる”
(256頁)ということになっています。明かりを消してからチャールズを殺すのは難しく、アレン警部の説明した手順の方が自然なのですが、作中の事実とは矛盾しているようにみえます(もっとも、チャールズがゆっくり倒れたとすれば矛盾は解消できるかもしれませんが)。
次に、階段の“手すりに乗った人物”
が“階段の裏”
(51頁)にある“明かりのスイッチに手を伸ばし”
て消すのはいくら何でも無理で、本来なら犯行後に手すりから降りて階段の裏へ回れば十分ですが、銅鑼が鳴るより先に明かりを消すには時間の余裕がありません。
このあたりはいずれも、殺人ゲームのルールが銅鑼→消灯という順序になっていればまったく問題はなかったはずで、今ひとつ練り込みが足りないという印象を受けます。
解決場面についてはもう一つ、直前にアレン警部がナイジェルに犯人役を振っている(257頁)意図が、まったく理解できません。結局は実現しなかったわけですし、わざわざそのようなことをするのは無意味としか思えないのですが……。
2006.08.15読了