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新世界/柳 広司

2003年発表 (新潮社)

 この作品のミステリとしての最大の見どころは、やはり犯人の動機です。

 に命じられたのであれば、人間はどんな行為でも正当化できる、というのは古来から連綿と続く宗教絡みの紛争をご覧になればお分かりの通り。これは、自らの行為の責任を、無謬の存在とされている神に押しつけるということに他なりません。

 この作品の犯人もまた、(厳しい書き方をすれば)原爆投下による未曾有の惨事の責任を神にも等しい天才科学者たちに押しつけて、自らの行為を正当化しようとしたともいえるのですが、キスチャコフスキーの犯した過ちを知った犯人は、科学者たちに対する認識、ひいては原爆投下という行為そのものが誤りだったという可能性に直面せざるを得なくなったのです。

 科学者たちを殺すことでその誤りを正すという犯人の論理には狂気が感じられるのですが、狙われる側の科学者たちもまた狂気に取り憑かれているといっていいでしょう。これによって、犯人の狂気だけを一概に責めることができなくなっています。むしろ、狂気の種子は誰の胸の中にも存在する、というべきかもしれません。

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 純粋なミステリ部分についてはあまり書くことはないのですが、“銃式{ガン・メソッド}という原子爆弾の仕組みが、犯人に対して仕掛けられるになっているところなどは非常に面白いと思います。

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 ところで本書は、その大部分がイザドア・ラビの視点で書かれている(「第16章 黙示録」だけはマイケル・ワッツの視点でしょう)上に、ラストでは“ロバートは何一つ思い煩わないことに――地獄から眼を背け、うめき声に耳をふさぐことに決めた……”(252頁)と、オッペンハイマーを断罪するかのような厳しい見方がなされています。にもかかわらず、冒頭(11頁)“たしかにオッペンハイマー自身の筆跡である”と書かれているように、オッペンハイマー本人が書き残したもの(という設定)であることは間違いないようです。ラストで描写されているオッペンハイマーの姿にはそぐわないのですが、ここで失われた“半身”が、自身の受けた告発などを経て甦ったということなのかもしれません。

2003.08.03読了

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