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殺人交叉点/F.カサック

Nocturne Pour Assassin/F.Kassak

1972年/1959年発表 平岡 敦訳 創元推理文庫205-13(東京創元社)
「殺人交叉点」
 まず“最後の一撃”に関して。
 この性別誤認トリックが今ひとつ効果的に感じられないのは、主に二つの理由によると思います。一つは、今となってはこのトリックそのものがすでに比較的ありふれたものになってしまっていること。そしてもう一つ、訳者の苦労は並々ならぬものだったとは思いますし、またかなりのところまではうまくいっているのですが、それでもなお、会話文などに不自然さが残ってしまっていることです(特に、夫婦が会話する場面が多い第二部では顕著です)。前者はともかく後者については、日本語に翻訳する限りは避けがたく、少なくとも作者が意図したほどの効果を上げることは最初から不可能なのかもしれません。

 その意味では、“最後の一撃”よりもむしろそれ以外の部分に目を向けるべきでしょう。例えば、時効となる寸前に登場した証拠品の競売という展開はユニークですし、それがルユール夫人とセリニャン弁護士という二人の語り手の存在と相まって非常に効果的になっているところは見逃せません。また、ルユール夫人の人物誤認によって起きた終盤の悲劇を経て、二人の語り手が誰に対して語っていたのかが明らかになる結末は、それだけで十分に衝撃的だと思います。

 なお、旧版である荒川浩充訳『殺人交差点』(創元推理文庫173-1)では、第一部はまだ何とか大丈夫ですが、いきなり第二部の冒頭、平岡敦訳では“「だいじょうぶ、私が出る」と私は言いました”・“愛していましたから。”・“私の両親と向こうの両親が”(いずれも86頁)とされている箇所が、それぞれ“「いいわ、あなた」とわたしは言いました。「わたしが出ます」”・“彼を愛していました。”・“わたしの両親と彼の両親が”(いずれも旧版77頁)となっているなど、“セリニャン弁護士”の性別が早い段階で豪快に明らかになっています。
 というわけで、旧版では“最後の一撃”はまったく機能していないのですが、その分第二部以降のサスペンスフルな展開に集中しやすくなっている感があります(逆にいえば、改訂版では微妙に透けて見える性別誤認トリックがちらついて気になってしまう面もあります)。その意味で、旧版の方が面白く読めるともいえるのではないでしょうか。

「連鎖反応」
 昇進のために、邪魔になる人物を殺す――ここまではありがちですが、奇妙な昇進システムを利用した遠回りな計画が非常にユニークです。原題の“Carambolages”は玉突き(ビリヤード)の用語のようですが、“風が吹いたら桶屋が儲かる”という言葉を連想する方も多いのではないでしょうか。
 といったことを考えているうちに思い出したのですが、このアイデアはあるフランスミステリ((以下伏せ字)P.シニアック『ウサギ料理は殺しの味』(ここまで))に通じるところがあると思います。もしかすると、この「連鎖反応」を念頭に置いて書かれたものなのかもしれません。

 しかし、課長昇進を狙っていたはずのジルベールがあれよあれよという間に総務部長にまで昇りつめたことで、その後の皮肉な結末が際立っています。また、最後までジルベールの影に隠れていた語り手が、地位と恋の双方をちゃっかりと手に入れているのも皮肉です(そして、手に入れたどちらもがそれほどのものではなかったというところも)。

 なお、平岡敦訳では“私はこの事件が起こった協会にまだ勤めているし”(201頁)となっている箇所が、旧版の荒川浩充訳では“事件の起こった旅行社でまだ現実にぼくが占めている地位(旧版168頁)と訳されているところがやや微妙ですが、あとは特に問題なさそうです。

2005.01.05読了

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