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夜想曲/依井貴裕

1999年発表 (角川書店)

 本書の仕掛けのうち最も目を引くのはやはり、原稿(第一章〜第三章)の時系列の逆転でしょう。初読時には深く考えずに読んでいたので結末で仰天しましたが、今回再読してみると意外にわかりやすく書かれており、違った意味で驚かされました。多根井が指摘する日付の問題はやや把握しづらいところがありますし、一部の祝祭日が月曜日固定に変更されたために今後はよりわかりにくくなっていくことも予想されますが、それでも例えば乾電池の問題などの不自然な記述によって、時系列の逆転を見抜くことはそれほど難しくないように思われます*1

 本書ではこの時系列逆転トリックによって、「第一の事件」で死んだ(つまり最初に死んだと思われた)尾羽麻美こそが連続殺人の真犯人だという、意外な真相が示されています。しかし、作者の真の狙いはそこではなく、本文192頁で多根井が説明しているように同じ手がかり・同じロジックを用いて異なる犯人を導き出すところにあるのです。これはいわゆる多重解決ものとして例を見ない、きわめて特異な手法だといえます。

 例えば、真田啓介氏は「「毒入りチョコレート事件」論」「本棚の中の骸骨」内)“偽の解決が生まれる原因 (すなわち多重解決のテクニック) は、@証拠事実の取捨選択の誤り、A証拠事実それ自体の誤り、そしてB証拠事実の解釈 (推論) の誤りの3点 ――その中でも特に@とB――に集約される”(機種依存文字は原文のまま)と述べています。そして、証拠事実(手がかり)それ自体、あるいはその解釈が変わるということは、ロジック自体が変わることを意味します。つまり多重解決とは、一般的には異なるロジックにより異なる解決を導き出す手法であるといっていいでしょう。

 もちろん本書の場合でも、原稿の順序の入れ替わりは証拠事実(原稿そのもの)それ自体の誤り(あるいは解釈の誤り)に該当するともいえますし、また入れ替わりに気づかないということは証拠事実の取捨選択の誤りであるともいえるのですが、それは犯人を指摘するロジックに直接関わるものではありません。“山下殺害の際に車のキーを持っていた人物”及び“横山殺害の際にハンガーを持っていなかった人物”という犯人特定の条件はあくまでも正しく、どちらの順序で原稿を読んでも犯人は一意的に定まり、誤りが入り込む余地はないのです。

*****

 前述のように、本書の時系列逆転トリックは“同じロジックにより異なる解決を導き出す”ために使われている仕掛けですが、もう一つの仕掛けである桜木の多重人格が、時系列逆転トリックを成立させるためのものだということにも注目すべきでしょう。

 まず、原稿に記された事件と受取人との関係について考えてみると、(原稿の内容が完全なフィクションである場合も含めて)受取人が事件と無関係であるよりも、本書のように受取人が事件の関係者であるという状況の方が衝撃的であることは明らかでしょう。しかし、その状況で時系列逆転トリックが効果を上げるには、以下の条件を満たす必要があります。

  • 条件1:原稿の受取人が、(事件に遭遇していながら)事件の詳しい状況をまったく知らない。
  • 条件2:条件1が成立することを、原稿の差出人が知っている。
  • 条件3:受取人が、事件の詳しい状況を第三者に確認しようとしない、あるいは確認できない。
  • 条件4:受取人が、原稿の内容を信用する。

 「条件1」と「条件2」はともかく、次の「条件3」はかなりの難物です。受取人が第三者に事実を確認すればトリックは崩れ去ってしまうのですから、何らかの理由でそれをしようとしないか、あるいはそれが不可能な状況でなければなりません。しかも、その状況でさらに「条件4」を満たす、つまり原稿によってのみ与えられる情報を受取人に信じさせるというのは、決して容易なことではないでしょう。

 しかし本書では、これらの条件がうまくクリアされています。記憶喪失が偶発的でない上に、(以前の経験から)その間に思わぬ行動を取っているかもしれないという恐怖があるため、桜木が積極的に失われた記憶を取り戻そうとしないのも納得できますし、実際に事件が起きたということは知らされているので(“三人が殺された事実を知ったのも、しつこく追い掛けてくるレポーターが喚き立てるからだった”(9頁))、原稿の内容を信じてしまうのもさほどの無理はありません*2。また、“二人”の桜木が誰かの首を絞めた記憶を共有していることで、原稿の信憑性が増しているところも見逃せません。

 このように考えると、本格ミステリでは反則気味な多重人格ネタも、本書では不可欠といえるのではないでしょうか。

* * *

 多重人格ネタではさらに、“桜木剛毅”の人格を“殺す”という“桜木和己”の動機もなかなか面白いと思います。また、“桜木剛毅”の手が“桜木和己”に届くことはないため、計画が失敗して真相が露見しても何らリスクがない(責められることさえない)ところも、地味ながらよくできています。

 “桜木和己”の人格をわざわざ女性にしているのは、ややあざといようにも感じられますが、解決がより鮮やかなものになっているのは間違いないでしょう。

*1: ちなみに、「第一の事件」及び「第三の事件」という章題と原稿の内容(日付など)との不整合について、多根井は生じる矛盾の程度によって章題の方を虚偽と結論づけていますが、心証としては納得できるものの、厳密には原稿からだけではどちらが虚偽なのか決定できるとはいえないかもしれません。
*2: 事故などによる偶発的な記憶喪失の場合には、何をおいてもまず記憶を取り戻すために最大限の努力を払うのが自然だと考えられます。そして、それが不可能な状況では、唯一の手がかりとはいえ、原稿の内容を直ちに信じることはないのではないでしょうか。

2006.03.20再読了

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