五匹の赤い鰊/D.L.セイヤーズ
The Five Red Herrings/D.L.Sayers
本書では、六人の画家にキャンベル殺害の容疑がかけられていますが、第24章から第26章にかけて、その全員が以下のように告発されます。
- ディーエル巡査部長の解決: 犯人はファレン
- 警察長サー・マクスウェルの解決: 犯人はストラハンとファーガスン
- ダンカン巡査の解決: 犯人はグレアム
- マクファースン警部の解決: 犯人はガーワン
- ロス巡査の解決: 犯人はウォーターズ
- ピーター卿の解決: 犯人はファーガスン(真相)
個々の誤った“解決”に一つ一つ突っ込む気力はありませんが、真田啓介氏が「「毒入りチョコレート事件」論」(「本棚の中の骸骨」内)で “偽の解決が生まれる原因 (すなわち多重解決のテクニック) は、①証拠事実の取捨選択の誤り、②証拠事実それ自体の誤り、そして③証拠事実の解釈 (推論) の誤りの3点 ――その中でも特に①と③――に集約される”
(機種依存文字は原文のまま)と指摘しているとおり、本書でも証拠事実の取捨選択の誤り(例えばディーエル巡査部長の解決において、ユーストンへ送られた自転車が無視されていること)や、証拠事実それ自体(もしくは解釈)の誤り(例えばダンカン巡査の解決において、被害者が死んだ日が火曜日とされていること)など、多重解決の常套的な手段が使われています。
その中でとりわけ目を引くのが、“誤った”五人のいずれも、ピーター卿が着目したフレーク・ホワイトの絵具の紛失という事実を無視していることです。そして、この事実が読者に対して伏せられている(*)ことで、ピーター卿による正しい解決が一層鮮やかなものになるという演出上の効果も見逃せません。
ところが、キャンベルの遺体発見時にピーター卿は、ディーエル巡査部長(やロス巡査)に何を探しているかを告げており(44頁)、さらに殺人と結論づけた根拠の一つとして“捜していた物が見つからない事実”
(47頁)を挙げています。つまり、紛失した白い絵具が重要な手がかりである(とピーター卿が考えている)ことは十分に認識されていたはずであり、それを捜査陣が揃いも揃って無視するというのは、いささか不自然であるように思われます。
2006.11.16読了