ネタバレ感想 : 未読の方はお戻りください
  1. 黄金の羊毛亭  > 
  2. 掲載順リスト作家別索引 > 
  3. ミステリ&SF感想vol.228 > 
  4. 先生、大事なものが盗まれました

先生、大事なものが盗まれました/北山猛邦

2016年発表 講談社タイガ キA01(講談社)
「先生、記念に一枚いいですか」
 現場での描写から空間に異変が生じていることは明らかで、それに関連する“形のないもの”が盗まれている可能性が高い――となれば、次元に思い至るのはさほど難しくないように思います。読者にとってはさらに題名がヒントになっているのが見逃せないところで、途中までの物語の内容にまったく当てはまらないことに着目すれば、題名の写真撮影――いわば“三次元を二次元に変換する”こと――が真相を暗示している、ととらえることも可能ではないでしょうか。

 そして最後に明らかになる、怪盗・コノミの盗みの動機が秀逸。次元そのものが必要だとは考えにくく、特定の場所から次元を奪って二次元化することが目的だったというところまでは予想できそうですが、次元を盗まれた三つの現場の共通点を手がかりに――さらには、ユキコらと同じ高校一年生のコノミ*1“同じ歳の女の子”(40頁)が自殺したことも合わせて浮かび上がってくる狙いはなかなか意外*2ですし、コノミの見かけによらない一面(失礼)をうかがわせることで、味わい深い結末になっているのが見事です。

「先生、待ち合わせはこちらです」
 ユキコが灯火管の反応に気づいた直後、チトセに連絡しようとして“リビングに行って受話器を手に取った”(122頁)時点で、携帯電話(に関する認識)が盗まれたことに気づく読者がほとんどだと思われます*3が、携帯電話を認識すらできない登場人物がどのようにして携帯電話にたどり着くかが見どころ。ここで、ユキコが挙げている数々の奇妙な出来事(162頁)“欠落”と“出現”に分けられることに着目すれば、(作中のヨサリ先生のように)“出現”した“黒いカード”を“多機能携帯型端末”と位置づけることは可能でしょう。

 盗みの動機は「先生、待ち合わせはこちらです」という題名で示唆されており、そこから怪盗の正体もかなり見え見えですし、その仕事道具もあっさり明かされます。しかしそこでヨサリ先生が指摘する、ユキコが現場(商店街)を訪れる前に“どうやって盗んだのか?”という謎から、その手段――島内放送*4をめぐる最後の対決へつながっていくところがよくできていますし、ヨサリ先生のバイオリンの練習が伏線となった決着が鮮やかです。

「先生、なくしたものはなんですか」
 “怪盗フェレスの隠れ家”で起きた殺人事件に関するミト(シシマル)の推理は、“こくいんがひとり/まぎれている”(213頁)というメッセージと“顔のない死体”を手がかりに、“黒印”(=犯人)がすでに何かを盗んだと想定することで、顔を盗む怪盗という結論を導き出すところが面白いと思います。しかし、(後にヨサリ先生が指摘しているように)メッセージが残された状況の不自然さは気になるところですし、よく考えてみると火賀が館の主の顔を盗むメリットがない(もしくは犯行後の行動が不自然)*5点でも、“火賀が館の主を殺した”という推理には無理があるのではないでしょうか。

 いずれにしても、ユキコらの前に顔を盗む怪盗が登場したことでミトの推理の誤りは明らかですし、ヨサリ先生が解き明かす三人での顔の交換*6も、よくできているとはいえ十分想定できるところではないかと思われますが、火賀に顔を確認させないためにカラースプレーであらゆる鏡面を塗りつぶすトリックが実に周到です。

 さて、この作品では前二つのエピソードとは違って、“何が盗まれたのか?”が早々に明らかになっている――ように思われますが、「先生、なくしたものはなんですか」という題名によって、怪盗フェレスであるはずのヨサリ先生自身が何かを盗まれたこと、さらに“なくした”という表現でそれが“顔”以外のものであることが示唆されているので、読者に向けてさりげなく“何が盗まれたのか?”という謎が提示されている、といってもいいのではないでしょうか。もっとも、手がかりとなりそうなのは“ヨサリ先生という複雑な構造体の基礎には、『怪盗』ではなく『先生』があるっぽい”(227頁)ことくらいなので、ヨサリ先生が記憶を盗まれたことに読者が思い至るのは難しそうですが。

*1: ところで、ヨサリ先生はいつの間にコノミのプロフィールを知ることができたのか……もしかすると、ヨサリ先生の仕事道具と思しきタイプライター(99頁)に、岸辺露伴(→Wikipedia)の“アレ”に似たような効果があるのでしょうか。
*2: 現場のマンションなどが横から普通に見えるのであれば、“『高さ』がなくなっている”とはいえないのではないかと思われますが、階段での様子(69頁/86頁)をみると“高さ”が影響を受けていると考えられる――ヨサリ先生によるコノミの“一次元化”も含めて、書いてあることをそのまま受け取るしかない――ので、少なくともアンフェアとはいえないように思います。
*3: 「先生、記念に一枚いいですか」の冒頭で“ケータイのアラーム”(10頁)を目覚ましに使っていますし、シシマルが襲われた直後にはチトセと通話している(84頁)ので、ユキコが携帯電話を持っていることは読者の記憶に残りやすいでしょう。
*4: 「先生、記念に一枚いいですか」では“もの悲しい曲調のグリーンスリーブス”(79頁)だったのが、“曲名はわからないけれど聴いたことがあるような寂しい音楽”(119頁)に変わっています。
*5: “主の顔なんて誰も知らない”(223頁)のであれば、入れ替わりのために顔を盗む必要はありませんし、誰かに顔が知られている可能性を考慮して主の顔を盗んだとしても、館の主(≒自分)に殺人の疑いがかかる状況をあえて作り出すとは考えにくい――ミトら他の侵入者も殺害してしまえば事件を隠蔽できる――ものがあります。
*6: 258頁の図では、“三者間でサイクル式に行われた”(257頁)ようなイメージになっていますが、怪盗自身が関与しない顔の移動(図でいえば、火賀の顔を被害者にすげ替える作業)を“盗み”と表現するのは違和感があるので、この図は実際の手順ではなく“結果として顔がどのように移動したか”を示したもの、と考えたいところです(この場合の犯行の手順は、まず火賀から顔を盗み、その次に被害者の顔を盗んでから殺害した、ということになるでしょう)。

2016.11.23読了