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赫い月照/谺 健二

2003年発表 (講談社)

 辻悠二が“起こした”過去の事件については、自殺をあえて殺人に見せかけるという屈折した計画、そして何とも後味の悪い動機が印象に残ります。不可解な現象を演出するトリックは、いかにも奇術的なもので今ひとつ面白味を欠いていますが、実況検分に備えて予めベンチの裏に写真を貼り付けておくという周到な計画には脱帽です。

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 作中作『赫い月照』の主な謎は、K655号殺人事件、コンテナハウスからの亜辺亜梨沙の消失、そして自動車の下からの狂月アキラの消失といったところでしょうか。古典的な密室トリック(作品名はわかりませんが)を思わせる亜梨沙の消失はともかく、K655号殺人事件も狂月アキラの消失も、異様な作品世界ならではのガジェットがうまく使われているところがよくできていると思います。

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 “血飛沫零”が起こした現実の事件には、機械的なトリックを使った二つの密室、さらにタンク内の水の消失と死体の出現といった不可能状況が盛り込まれていますが、第一の事件におけるドミノ倒しの密室がやや目を引くものの、さほど面白いトリックとはいえません。トリックそのものよりもむしろ、摩山隆介自身の犯罪と見せかけるために本格ミステリ的な謎を作り出すという動機が印象的です。

 死体の周囲に並べられたビデオの暗号は、まずまずといったところでしょうか。
 まず、解読するためのキーとなる死体の姿勢が、阪神大震災を象徴する“五時四十六分”になっているところに、犯人の歪んだ心理が表れているのが印象的です。
 そして、第一の暗号は非常にきれいに決まっているといっていいでしょう。“〔チミシクブラキユレリイコ〕”(468頁)の中に“チシブキレイ”という文字が含まれていることは比較的わかりやすく、それを取り除くことで“ミクラユリコ”という名前が浮かび上がってくるという演出が鮮やかです。
 一方、第二の暗号はやや強引。『セブン』から“ン”を持ってくるのは仕方ないにしても、“ビデオのタイトルの頭文字です”(468頁)といいながら『TATARI』からは2文字抜き出しているところが気になります。

 犯人の正体については、超越推理小説『赫い月照』に引用された『密室のサイコ・セラピー』という手がかりがよくできています。“女医は患者に何をしたのか”という副題を欠落させて真相を見えにくくするという小技もさることながら、結末でのどんでん返しを暗示する伏線として機能しているところが秀逸です。

 御倉百合子が語った動機には、やはり強烈なインパクトがあります。ただ、猟奇殺人が男性特有の性犯罪であったとしても、514頁で摩山が指摘しているように“男が誰でも、殺人の時に快感を覚えるわけじゃない”のは明らか(“P⇒Qが真であってもQ⇒Pが必ずしも真とはならない”のは論理学の初歩でしょう)なので、そこまで判断力を失った状態だったのかどうか気になるところです。もっとも、588頁〜589頁で琴野紀也が供述しているように、彼が百合子を操っていたということなのかもしれませんが。

 摩山隆介=辻悠二という真相には驚かされました。長い年月、さらには阪神大震災を経ているとはいえ、「序章」の前半と後半であまりに人が変わりすぎです(苦笑)。“血飛沫零”に面白いように翻弄されてしまったかつての“連続猟奇殺人犯”摩山が、自分を取り戻して“血飛沫零”と対決するというプロットがなかなかよくできていると思います。特に、木野曜子の頭部が出現する場面は圧巻です。

 一つ難があると思われるのが、事件終盤の雪御所圭子の対処です。犯人がすでにわかっているにもかかわらず、琴野紀也を問い詰める前にわざわざドミノ倒しの密室トリックを実演している(手錠抜けの方は実演する必要があるかもしれませんが)ところもどうかと思いますが、さらに問題なのが、504頁の時点で御倉百合子が黒獅子館に潜伏している可能性に思い至ったと思われるにもかかわらず、悠長に有希相手にトリックなどを説明しているところ(514頁〜519頁)です。もちろん、鯉口を介して警察が動くのを待っていたということは考えられますが、それでも一刻を争う事態であることは間違いないわけで、適切な行動とはいえないのではないでしょうか。

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 一旦は決着したかに思えた事件がもう一人の“血飛沫零”を生み出し、雪御所圭子の命が奪われてしまうという(シリーズの)結末は壮絶。シリーズ探偵の“退場”としてもあまりに惨く、救いのないもので、何ともいえない苦さが残ります。

2006.12.28読了

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