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魔女の隠れ家/J.D.カー

Hag's Nook/J.D.Carr

1933年発表 高見 浩訳 創元推理文庫118-16(東京創元社)/(斎藤数衛訳『妖女の隠れ家』ハヤカワ文庫HM5-9(早川書房))

 代々の当主が首の骨を折って死ぬというスタバース家の“呪い”――そのもとになった初代長官アンソニーの死の謎が、合理的に解き明かされていく「13 バルコニーの秘密」が圧巻。“予に属する物はすべて持ち去らん”というモットー、長官に就任してから肩と腕が発達したこと、バルコニーの手すりのすり減った跡、バルコニーに通じる扉の鍵が相続されること――と、数々の手がかりを積み重ねてアンソニーの秘密に至る過程は見ごたえがあります。

 もう一つの手がかりである詩句の暗号については、あまり一般的でない知識を要する箇所もあるものの、解読自体はさほど難しくはないように思います。まず、十六行の中に疑問文が四つもあり、十二行目の“東、西、南――残りしはなんぞ?”の答えが“北(north)”しかあり得ないことを考えれば、一行が一単語に対応することは明らかで、それをつなげて文章にならなければ頭文字という発想に至るのは難しくないでしょう。もっとも、作中でもフェル博士が指摘しているように、前述の手がかりで“井戸”にたどり着くことはできるので、解けなくても問題はないのですが……。

 現在の事件については、姿を消して容疑者となったハーバートがすでに死んでいる――いわば“逆バールストン先攻法”*1であることはかなりあからさまですが、しかしそうなると適当な容疑者が見当たらないのが難しいところ。長官室の明かりが消えた時にマーティンを殺害できる人物がいない、という形でさりげなく主要登場人物のアリバイが成立しているのが巧妙で、“意外な犯人”と両立させるのが難しいアリバイトリック*2を巧みに仕込んであるのに脱帽です。

 終盤、井戸の中から“T・S”の縫い取りがあるハンカチが見つかったことで――作中には“ティモシー老人のものでしょう、きっと。”(251頁)というミスリードも一応はあるものの――トーマス・ソーンダーズ牧師が犯人であることは見え見えになりますが、これもトリックに自信を持っていたカーが意図的に犯人を示唆したものであるようにも思われます。というのも、作中では告発されたソーンダーズがアリバイを主張するとすぐさまフェル博士がそのトリックを解明しているわけで、予め犯人が示唆されていなければ読者がトリックの解明に挑む余地がないからです。

 いずれにしても、アリバイトリックはなかなか秀逸です。序盤のマーティンとハーバートの会話の中で出てきた“暗号は知ってるな、Gallows(絞首台)だぞ。”(56頁)という台詞などから、ハーバートがマーティンの代わりに長官室で一夜を過ごすという計画を思いつくのは容易ですが、マーティンの死体が〈魔女の隠れ家〉――長官室のバルコニーの下で見つかったことで、やはりマーティンは(ハーバートとともに?)長官室にいたとミスリードされることになります。

 そして、長官室の明かりが消えたのを主人公のランポール青年が目撃したことで、それが犯行時刻だと誤認させるトリックが秀逸。カーをある程度読み込んだ方ならおわかりのように、後年の某作品*3に通じるところのあるトリックですが、本書ではマーティンとハーバートの入れ替わりと組み合わされて複雑になっている分、綱渡りの危うさがないともいえるでしょう。

 これに対して、バルコニーへの扉のところに水たまりができていないことから扉が開かれた時刻を明らかにし、長官室にタバコの吸い殻がなかったことでマーティンの不在を、そして明かりが予定より十分早く消えたことからハーバートがそこにいたと証明するフェル博士の手腕はお見事です。

 犯人の往生際の悪さは特筆もので、犯人だと指摘されても言い逃れを試み、告白書でも言い訳を連発しています。自己中心的な動機による事件だということをしっかりと裏付けるその心情が実に印象的ですが、チャンスを与えられながらも自殺しきれないラストの姿が極めつけ。いつまでも記憶に残る、ある意味“名犯人”といえるのではないでしょうか。

*1: 殺された被害者を“生きている”と見せかけて容疑を向けているわけで、犯人が“死んだ”と見せかけて容疑を免れるバールストン先攻法とは逆になっています。
*2: いわゆるアリバイ崩しは容疑の濃厚な人物を対象とするものですから、通常は犯人の意外性に欠けるきらいがあります。
*3: (以下伏せ字)『皇帝のかぎ煙草入れ』(ここまで)のことです。

2000.02.04再読了
2012.07.10再読了 (2012.08.06改稿)