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髑髏城/J.D.カー

Castle Skull/J.D.Carr

1931年発表 和爾桃子訳 創元推理文庫118-39(東京創元社)/宇野利泰訳 創元推理文庫118-12(東京創元社)/白木 茂訳『どくろ城』集英社ジュニア版世界の推理3(集英社)

 まず、対岸の別荘にいたはずの被害者マイロン・アリソンが(ひいては犯人も)、いつの間に、どうやって髑髏城へ移動したのか、というところが微妙に不可能状況のようでもあるのですが、それに対してぬけぬけと別荘と髑髏城との間に隠し通路が用意されているのが愉快。もちろん、カーらしい(?)トリックを期待する向きとしては拍子抜けでしょうが、ジェフ・マールが自力でそれに思い至っている(184頁~185頁)ようにそれなりの手がかりは示されていますし、(ミステリとしてはさておき)ゴシック小説の舞台であれば隠し通路があっても不思議はない――むしろ“お約束”ともいえるのではないでしょうか*1

 さて、〈フォン・アルンハイムの解決〉は、まず過去の事件の謎解きから始まります。死んだと思われていた魔術師マリーガーが生きていたことはありがちともいえますが、自らの意思ではなくマイロンとジェローム・ドネイの共謀であったのみならず、マイロンによって十七年もの間監禁され続けていた事実が何とも強烈。そのマリーガーが、皇帝ネロに処刑される場面を再現しながらマイロンを葬るという壮絶な復讐譚――フォン・アルンハイムが組み立てた“物語”は、心情的には十分納得できるものです*2し、もうこれだけで“お腹いっぱい”という感がなきにしもあらず。

 この〈フォン・アルンハイムの解決〉の存在が、“アルンハイム男爵に推理の危なっかしい部分を押しつけ”(287頁)てしまうカーの“トリック”だとする、【新訳版】の青崎有吾氏による解説は卓見で、なるほどと思わされます。例えば、事件の真相を解き明かす上ではマリーガーの生存を証明するのが不可欠――そうでなければ、“人間たいまつ”を対岸から目撃したアガサ・アリソンのアリバイが崩せない――なのですが、はっきりした手がかりの不足をフォン・アルンハイムが“想像力”で補い、ついにはマリーガーその人を連れてくることで、結果として〈バンコランの解決〉の一部を肩代わりすることになっているのは確かでしょう。

 その〈バンコランの解決〉では、〈フォン・アルンハイムの解決〉の中でまったく取り上げられなかった*3重要な手がかりが列挙され、堅実な謎解きという印象を与えています。まず、銃に残された手袋痕――推測される手の大きさもさることながら、“彼の監禁当時、指紋捜査法は実用化すらされていなかった”(262頁)が秀逸――や、マイロンの部屋の床に小さな泥汚れしかなかったことから、マリーガーが犯人ではあり得ないことが示されているのがお見事。さらに、マイロンを追って隠し通路に入るためには合鍵が必要であることを根拠に、容疑者を一気に絞り込む推理もよくできています。もっとも、一足先に隠し通路に入ったバンコランは、靴跡と杖の跡という決め手をつかんでいたわけですが……(苦笑)

 しっかり隠されていた動機は、読者が推理するのは少々難しいと思われる反面、〈フォン・アルンハイムの解決〉の延長線上にあるもので、マリーガーとアガサの関係が明かされるとすんなり納得できます。つまるところ、兄と妹夫婦――いわば城主一族の確執による事件であったわけで、ゴシック趣味が強く表れた本書にふさわしいといえるかもしれません。そして、事件の犯人であったアガサは同時に、本書において隠れていた“ヒロイン”*4といっても過言ではないでしょう。

 というわけで、ネタバレなしの感想には“幽霊の代わりに得体の知れない犯人の“影”を据えて、それに対抗する武器として頭脳/推理を配した”と書きましたが、本書では“犯人vs探偵”という一般的な図式の裏に、バンコランが“ヒロイン”であるアガサを守ろうとする冒険ロマン的な――しかして実体は探偵が犯人を守るという、異色の構図が隠されている*5のが面白いところです。そして、〈フォン・アルンハイムの解決〉が事件の表面的な解決として採用されることにより、真犯人が守られることになるわけで、本書は推理対決の趣向を物語に巧みに組み込んだ作品といってもいいかもしれません。

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 ちなみに、本書のジュヴナイル版である白木茂訳『どくろ城』(集英社ジュニア版世界の推理3)では、(やはり不倫は問題なのか)イゾベルがドネイの妹になっていたり、最後にアガサが毒を飲んで自殺していたりと、細かい部分が改変されているのが興味深いところです。

*1: このあたりは、某新本格作家((作家名)綾辻行人(ここまで))の“アレ”((以下伏せ字)〈館シリーズ〉(ここまで))にも通じるところがあります。
*2: これ以上の動機は考えにくいものがありますし、そもそも他に動機のありそうな人物が見当たらないということもあります。
*3: あまりにも豪快にスルーされてしまうために、読者も一層手がかりに気づきにくくなる、という効果もあるように思われます。
*4: 特に【新訳版】では、『不思議の国のアリス』の“公爵夫人”を意識した口調が強調されているため、“ヒロイン”であることがよりしっかりと隠されている……ということもあるかもしれません。
*5: これが読者に示唆される場面――バンコランが“ほうき”(203頁)に言及したことをジェフが思い出す場面(249頁~250頁)が印象的です。

1999.11.21 創元推理文庫旧訳版読了
2015.12.05 創元推理文庫【新訳版】読了 (2015.12.19改稿)