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仮面荘の怪事件/C.ディクスン

The Gilded Man/C.Dickson

1942年発表 厚木 淳訳 創元推理文庫119-5/(村崎敏郎訳『メッキの神像』 ハヤカワ・ミステリ491(早川書房))

 まず、本書の原題である『The Gilded Man』の扱いが難しいところです。本書では一貫して“金箔の男”と訳されていますが、実際には“太陽は〈金箔の男〉と呼ばれる神の形をして”(162頁)というアンデス地方の信仰対象と、スタンホープが“わたしが狙っている金箔の男*1は、ただ一人だ”(23頁)と表現している人物、すなわちヴィンス・ジェームズとのダブルミーニングになっています。

 ところが、“金箔の男”という表現にはあまりネガティブなイメージがないため、スタンホープ(ひいては作者)が意図したニュアンス*2が伝わりにくくなっているのは否めません。これに対して村崎敏郎訳『メッキの神像』では、(“メッキの男と呼ばれる神像*3になつている、太陽を礼賛するためで”(同書121頁)という箇所もあるとはいえ)基本的には“メッキの男”と訳されることで意味がわかりやすくなっていますが、裏を返せば早い段階から見え見えになっているともいえるわけで、何とも難しいところです。

 ちなみに、「エル・ドラード - Wikipedia」“コロンビアのグァタピタ湖ではその土地の首長が全身に金粉を塗り儀式を行う風習をもっていた。ここから「黄金の人」を意味するエル・ドラードの言葉が生まれたとされる。”とあるところをみると、“金箔”でも“メッキ”でもなく“金ぴかの男”とでも訳すのが無難なのかもしれませんが……。

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 メインの事件については、やはり短編ネタとしてはよくできていると思います。“邸の主人が変装して自宅に盗みに入る”という逆説的な状況は魅力的ですし、保険金目当ての自作自演というありそうな仮説が直ちに封じられることで、事態が混迷を深めているのもうまいところです。そして、覆面の盗賊とそれを迎え撃った者との立場の逆転という真相は、なかなか鮮やか。非常にシンプルな真相でありながら、衣服を交換する時間がなかったと見せかける偽装工作が効果的で、さほど容易には見通せなくなっているのではないでしょうか。

 衣服の交換が可能な体格であることを示す手がかり――“なんのことはない、ヴィンスですよ――いや、これはどうだ。あなたのお父様だ”(17頁)というニックの見間違いはやや曖昧なものに思えますが、ヴィンスが負傷していることをうかがわせるしぐさや、現場に残されたスタンホープの指紋と手袋の矛盾、さらには長編化にあたって追加された“ドメニコじいさん”(162頁)という不用意な言葉*4など、数多くの手がかりがばらまかれているのも見逃せないところです。

 長編化されてスタンホープの人物像がしっかりと描かれているだけでなく、原型の短編(一応伏せ字)「軽率だった夜盗」(ここまで)にはなかった娘のエリナーとヴィンスとの“恋愛関係”が付け加えられていることで、事前に誰にも説明することなく犯行現場を押さえるというスタンホープの行動についての説得力が高まっているところもよくできています。

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 犯人のそもそもの目的が絵画泥棒であり、その現場を見とがめられたという“アクシデント”によって起こった事件であることからすれば、その後にさらなる事件が起こる余地はなく、長編を支えるには相当厳しいものがあります。そこでカーは、原型の短編では殺害されていた被害者を、口がきけない程度の瀕死状態で生かしておくという改変を加えて、事件そのものを引き延ばそうとしています。

 犯人としては、現場で時間をかけて偽装工作をする前に、確実に被害者にとどめを刺しておくべきだったとも思えますが、“脈は感じられないほど細くて頼りない”(62頁)という状態では仕方ないといえるかもしれません。いずれにしても、スタンホープの口から真相が暴露されれば身の破滅なのですから、犯人が機会を見つけてスタンホープの口を封じようとすることは確実です。

 したがって、H.Mやニックとしてはスタンホープの身辺を厳重に警護しなければならなかったのですが、結局はむざむざ死なせてしまった――しかも、真相をほとんど見抜いていながら、奇術に興じている間に――というのは、重大な怠慢と映ってしまいます。

 意地の悪い見方をすれば、スタンホープの口から真相が暴露されるという形では、探偵役による謎解きという見せ場がなくなってしまうわけですから、スタンホープが生きているのは作者にとっても都合の悪い事態ともいえます。つまり、犯人と探偵と作者が“共犯”となって被害者を死なせるに至ったという図式が見て取れるわけで、それが結末の後味の悪さを強めている感があります。

*1: この部分だけ〈〉でくくった表記がされないことで、固有名詞ではないことが暗示されています。
 ちなみにこの部分、村崎敏郎訳『メッキの神像』では“わたしがねらつているメッキの男はただ一つだ”(同書19頁)と訳されており、(致し方ないとはいえ)少々アンフェア感があります。
*2: 「Yahoo!辞書 - gild」によれば、“gild”には“1 …に金(ぱく)をきせる, 金めっきする;…を金色に塗る./2 …のうわべを飾る, 見ばえをよくする.”という意味があり、スタンホープの言葉は“飾られたうわべとはまったく違う内面を隠し持った男”といったような趣旨だととらえるべきでしょう。
*3: (『メッキの男』ではなく)『メッキの神像』という訳題がこの部分をもとにしているのはいうまでもありません。
*4: エル・グレコの本名が“ドメニコ・テオトコプーリ”(291頁)だということまでわからなくとも、流れの中で“浮いている”言葉であることは確かで、ヴィンスに疑惑を向けるには十分といえるのではないでしょうか。

1999.10.14 『メッキの神像』読了
2009.01.24 『仮面荘の怪事件』読了 (2009.02.11改稿)