墓場貸します/C.ディクスン
A Graveyard to Let/C.Dickson
プールからの消失トリック――“入った人物”と“出た人物”を別人と見せかける(*1)――は、原理としてはカー名義の(以下伏せ字)『夜歩く』(及び「グラン・ギニョール」)(ここまで)やディクスン名義の(以下伏せ字)『弓弦城殺人事件』(ここまで)で使われた密室トリックと共通するものですが、多くの目撃者たちの目の前という状況にあってプールの水を“目隠し”として効果的に使い、“プールの反対側”
(90頁)(“四十フィートはなれたところ”
(318頁))まで潜って移動することで“早変わり”を巧みに隠蔽しているのが秀逸です。
もちろん、マニング一人で実行できるトリックではなく、二人の協力者(ジーンとデーヴィス)を必要としているのは弱点といえば弱点ではありますが、本書の場合にはそれが(ある意味ではメインの事件ともいえる)マニング殺害未遂につながっていくあたり、なかなか巧妙な処理だと思います――ただし、それがまた後述の理由で弱点となってしまうのがもったいないところですが。
H.Mが早い段階で指摘している刈込み鋏や折りたたまれた新聞紙といった手がかりが、一見すると意味不明でありながら、説明されてみると見事に変装という真相を指し示すものに変じるあたりも鮮やか。そしてそこまで見抜いていたH.Mが、クリスタルの予期せぬタイミングでの登場を受けたマニングの咄嗟のアドリブに幻惑され、なかなか真相に到達できないというところもうまいと思います。
その後、H.Mがかっ飛ばしたホームランがきっかけで(*2)刺されたマニングが発見され、事件ががらりと姿を変えるのも面白いところで、さらに“愛人”疑惑(*3)や使い込み疑惑などが霧消するに至って、“一体なぜマニングはそんなことをしたのか?”
(274頁)というホワイダニットが改めて浮上してくるところがよくできています。
もっとも、その中心部分はディクスン名義の先行作品(以下伏せ字)『仮面荘の怪事件』(『メッキの神像』)(ここまで)と共通しており、そちらを読んでいればマニングの動機、ひいては殺害未遂の犯人まで見当がついてしまうのが難点。また本書単独でみても、容疑者がかなり限られているために犯人は見え見えになってしまうきらいがあります。
そして、殺害未遂の犯人は“消失”したマニングと会う約束をしていたのですから、マニングの消失トリックに協力した可能性も十分に考えられるところで、結果として消失トリックそのものまである程度予想できてしまうおそれまで生じてくるのではないかと思われます。このあたりは、真相の意外性を損ねることにつながる、本書の大きな欠点といわざるを得ないでしょう。
“入ったものだけしか出てはこない”(291頁)というヒントになっているのも見事です。
*2:
“マララーチ・テラーズの連中はふだんは塀越しのホームランを打ったりしないから”(196頁)というH.Mの台詞にはニヤリとさせられます。
*3: ただし、マニングが妻の生存を隠し通した心理にはうなずけないところがありますし、“マニングが死んだ”という誤報を受けてアイリーン・スタンレーが自殺を図るのは無用なエピソードではないかと思えてなりません。
2000.02.01再読了
2009.09.10再読了 (2009.10.27改稿)