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青銅ランプの呪/C.ディクスン

The Curse of the Bronze Lamp/C.Dickson

1945年発表 後藤安彦訳 創元推理文庫119-06(東京創元社)

 まずヘレンの消失については、アリム・ベイの予言が効果的に使われていると思います。一見すると、ヘレンがあえてアリム・ベイの予言を成就させるメリットがわかりにくいため、ヘレンの自発的な“消失”という可能性を想定しにくくなっていますし、その後ヘレンがなかなか姿を現さない(タイミングをはかっていたのでしょうが)ことで、ますますヘレン自身の意思だとは考えにくくなっています*1。しかし真相が明かされてみると、そのしたたかな企みにはなるほどと思わされます。

 実際にヘレンが“消失”する際には、ヘレンの足音が途絶えたという鉛管工パワーズの証言によって状況が不可解なものになっているのが秀逸です。ヘレンがスリッパに履き替えたという理由も納得のいくもので、実に見事な演出だといえるでしょう。

 一方、ヘレンが消失し続けるためのトリック――メイドに変装して邸で働いていたというトリックには、色々な意味で無理が感じられます。邸から脱出する必要がないというのは大きなメリットですが、普通に考えれば変装を見破られる可能性が高い――とりわけ使用人同士の間では、“見えない人”トリックが通用しにくい――わけですし、それをカバーするための、ヘレンの写真うつりが悪いという設定は噴飯ものです。もっとも、それがH.Mとベンスン執事のスクラップブック談義の中でさりげなく提示されているあたりはなかなか巧妙ですし、肖像画の動きなども面白くは感じられるのですが。

 ダグラス・G・グリーン『ジョン・ディクスン・カー〈奇蹟を解く男〉』によれば、本書の原型となったラジオドラマ「The Curse of the Bronze Lamp」(未訳)ではこのヘレンの消失のみが扱われていたようです*2が、本書ではさらに第二の消失――セヴァーン卿の消失が組み合わされることで、事件がより複雑なものとなっているところが非常によくできています。

 今となっては定番の感もありますが、二つの消失が一体として扱われることで、ヘレンが消失した際に遠くエジプトにいたサンディが容疑の圏外に置かれているのが巧妙ですし、その動機の一端となる発掘品の横流しに関して細かく作り込まれているのが周到です。

 最後にサンディが罰せられないのはいただけませんし、オードリーが“その白い顔にあらわな憎悪の色を浮かべて、ひとわたりみんなの顔を見渡して”(425頁)サンディとともに退場するのもどうかと思いますが、結果オーライの大団円ということで後味が悪くないのは好印象です。

*1: さらにその後、セヴァーン卿までが“消失”してしまったことが、真相を隠蔽するのに一役買っているのはいうまでもないでしょう。
*2: 同書312頁~313頁でラジオドラマ「The Curse of the Bronze Lamp」のプロットが紹介されていますが、セヴァーン卿の“消失”にはまったく言及されていません。

1999.12.28読了
2009.05.19再読了 (2009.06.27改稿)