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青ひげの花嫁/C.ディクスン

My Late Wives/C.Dickson

1946年発表 小倉多加志訳 ハヤカワ文庫HM6-9(早川書房)

 カーは本書で、ブルース・ランソムがロージャー・ビューリーであるかのようなミスリードを仕掛けています*1。このミスリードだけを取り出してみるといかにも露骨にすぎて、すれた読者ならずとも“裏”が見え見えになってしまうところですが、その一方で原稿を入手した経緯など、ブルースがビューリーではあり得ないことをあからさまに示唆する“事実”も用意されていることで、ミスリードの露骨さがうまく相殺されているというか、“裏の裏”まであり得る――どちらに転んでもおかしくないと思わされてしまうところがなかなか巧妙です。

 ミスリードとしてはまず、ブルースの楽屋に女性(ミルドレッド・ライオンズ)が訪ねてくる場面(56頁~57頁)が実に思わせぶりに描かれていて、“七、四、二八-三六と書いた。”(56頁)という不可解な行動*2なども効果的です。またこの場面、カーにしては珍しく描写の視点が動かされており、本来の視点人物であるデニス・フォスターが退場した後の――デニスの目に見えないところでの出来事であるため、一層疑わしく感じられます。

 また、“メリヴェール卿はテーブルの上にR・Bという文字を書いた。(中略)字というやつは逆に書くと、実に妙ちきりんだと思ったことはないかね?”(87頁)という記述で、ビューリーの変名に共通する“R・B”の頭文字と、ブルースの頭文字である“B・R”とを関連づけてあるのもうまいところで、さらにその後の“字を逆によむとどんなふうになるか(中略)ブルース・ランソム(Bruce Ransom)の頭文字は、ロージャー・ビューリー(Roger Bewlay)の頭文字の逆だってこと”(111頁)というベリル・ウェストの台詞でそれが補強されています。ちなみにこの箇所では、頭文字に絡めて“ランソム”の綴りが示されているのが見逃せないところで、それが第二の被害者であるエリザベス・モスナー(→“Mosnar”(302頁))の姓を逆に書いたものだという真相――英語の綴りネタについての、日本語の読者にとってのフェアな手がかりとなっています*3

 一方、ジョナサン・ハーバートがビューリーであることの決め手となる、タイプライターの特徴が解決まで伏せられているのは、真相が見え見えになってしまうのを避ける上では致し方ないところではありますが、やはり少々アンフェア気味といわざるを得ません。しかし、“ハーバートはうつ向いたまま、ぼんやり書きもの机を見つめていた”(161頁)に始まり、H.Mが原稿とタイプライターに着目している場面(203頁)、さらにブルースの部屋が荒らされて“タイプライターはもはやねじれた屑鉄同然だった”(229頁)へと至る、一連の間接的な手がかり*4が用意されているのはなかなかよくできています。

 ミルドレッド・ライオンズの協力を得た十一年前のビューリーの“死体消失”トリックは、正直なところ反則に近い脱力もののトリックですが、唯一得られた目撃証言が存在しない事件のものだったという逆説的な構図は、まずまず面白いと思います。

 そのミルドレッド・ライオンズの死体に付着したが、当初は浜辺にいたブルースに疑惑を向けるミスディレクションとして機能しつつ、後にはゴルフ場のバンカーが真の犯行現場であることを示す手がかりとなり、ひいては殺された妻たちの死体の隠し場所を示唆するところまでいくという、“トリプルミーニング”が秀逸です。

 ただし、バンカーに死体が隠されていたという真相については、H.Mがゴルフ場を持ち出した時点(216頁)で予想がついてしまうのが残念なところではあります。

*1: ビューリーが以前に使った変名に酷似した“リチャード・バークリー”という名の人物も登場していますが、こちらは言及や描写が少なすぎて、ミスディレクションとしてはあまり機能していないように思います。
*2: これについては、“第一幕、七ページ!”“第二幕、四ページ!”“第三幕、二十八ページから三十六ページまで!”(いずれも167頁)といった具合に、脚本の中で重要な手がかりとなるページを示す数字であったことが後に明かされています。
*3: “モスナー”の綴りは事前に示されていませんが、“Ransom”を逆に書いた“Mosnar”が“モスナー”と読めるのは明らかで、手がかりとしては十分でしょう。
*4: カー名義の『盲目の理髪師』の中間部でフェル博士が示す“メタ手がかり”に通じるところがあります。

2000.01.20再読了
2010.04.23再読了 (2010.05.28改稿)