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[2005/05/03]
 [絶妙トライアングル <3>]

       

 始めは生クリームをふかふかに。

 それを冷蔵庫に押し込んだら、今度は卵とミルクとバターを取り出し、ボウルに入れて混ぜ、きちんと篩(ふるい)にかけた小麦粉を足して、慎重かつ手早く合わせる。気泡が出来ないように細心の注意を払って作ったタネを冷蔵庫で寝かせる間に、随分な量のいちごと格闘してヘタを取り、半分はミキサーでペースト状に、もう半分はスライスして、最後に、一番形の良いものを選んで取り置いたみっつを、さっくりとふたつに切る。

 それをまた冷蔵庫に収めて、寝かせていたタネを取り出し、熱したホットプレートにバターを縫って良い香りを楽しみつつ、鼻歌混じりに幾つも丸を穿つ。とろりと流れるクリーム色のそれが香ばしくふっかりと焼き上がるのを待ちながら、少年は使い古されたトースターの脇に置かれている時計をちらりと見遣った。

 一通りタネを焼き終えて少年は、テーブルいっぱいに並んだ皿の上で湯気を立てているパンケーキを、スツールに座ってぼんやり眺めていた。開け放した窓から忍んで来るのは、暖かく柔らかな風と打ち合わされる金属音。まだやってんのか、飽きないなぁ。と苦笑を漏らしつつ目を閉じて、うとうととまどろんだりしてみる。

 かくり、と首が垂れて目を覚ました少年は、いけね、と慌ててスツールから立ち上がりつつ、テーブルに散開しているパンケーキの上に掌を翳した。程よく風が通ってくれたからなのか、それとも少年が寝過ぎたからなのかは定かでないが、都合十枚のパンケーキは程よく冷めている。

 背伸びしてシンクの上の棚を開け、まったく同じ模様の皿を二枚取り出す。縁は銀色、中央に鮮やかなひまわりの模様が描かれた絵皿は、少年が最近買い求めたものだった。

 二枚の皿を並べてテーブルに置き、それから、一枚、なんの変哲もない白い皿を置く。先の物より小振りで装飾のない皿は酷く素っ気無く、少年は微かに唇を歪めた。

 二枚の皿に、出来るだけ同じ大きさのパンケーキをそれぞれ置き、冷蔵庫から取り出した生クリームといちごペーストをスプーンで慎重に測って載せる。その上にもう一枚ずつパンケーキを載せて、今度は生クリームといちごスライスを、これまた同じ分量、同じ枚数ずつ載せる。

 最後のパンケーキで蓋をして、スプーンに一掬いした生クリームを中央にぺたりと落とし、いちごペーストを溺れるほどたっぷりかけてから少年は、ふたつに切ったいちごをクリームの山に突き刺した。

 同じ皿に、同じ大きさの、まるでそっくり、見間違いそうに同じ形のパンケーキを眺めて、少年は満足そうに微笑む。

           

 手の掛る大人だよ、まったく。ひとりでも大変だってのに、倍かよ。

        

 残りのパンケーキを適当に皿に置き、余った生クリームといちごペーストとスライスを使い、こちらは四段重ねに仕上げて最後のいちごを置いてから、少年は指に付いたクリームをぺろりと舐めた。甘く柔らかな舌触りのそれにもう一度満足げな笑みを零し、やや早足でキッチンを飛び出す。

 薄暗い廊下を過ぎて事務所を経由し、開け放たれたドアから外を見遣ると、赤と蒼は相変らず無傷でじゃれあっている。それでも、多少疲れが出て来たのだろう、どちらも微かに息が上がっていて、少年は潮時だなと感じた。

 この拮抗を破らずにいられるのなら。

「まだ勝負付かない?」

 少年が、少年らしく中性的な声を金属音の間隙に割り込ませるなり、双子は同時に「まだだ」「まだだな」と答えた。

「あ、そ。残念。せっかく、フレッシュいちごのパンケーキ作ったのに」

 さもどうでもいいように言い放って肩を竦めた少年が、睨み合う赤と蒼に背を向けて事務所へと引き返す。それで、二歩も進まぬうちに切り結んでいたはずの刀と剣が離れ、大袈裟な溜め息と衣擦れが少年を追いかけて来た。

 歩数は絶対的に足りていないはずなのに、ストロークの違いなのか、平素よりやや早い足音はすぐ事務所の床を鳴らし、少年の脇に並んだ。

 途端、右脇から伸ばされた蒼い腕が華奢な背を経由して左の腰に添えられ、左脇から伸ばされた赤い腕が華奢な背を経由して右の腰に添えられ、あ、と思う間もなく。

 左右の頬に、まったく同じタイミングで優しいキスが降る。

 視界を埋める銀色。右のそれは撫で付けられて陽光を滑らせ、左のそれは毛先が遊び陽光を散らす。

 思わず足を停めた少年を、赤と蒼が追い抜いて行く。赤と蒼の残影。クロスするように背に回されていた暖かな腕が解かれて、離れ、少年はぼんやりと同じ背格好の後ろ姿を見送った。

         

         

 危ういバランス。絶妙トライアングル。

 きっと、あなた=あんた、は、そこに俺が居なくても、仲直りは同じに優しいキスだろう。

 手を握り合わなくても。

 視線を交わさなくても。

 あなた=あんた、は、誰より、あんた=あなた、を、近くに感じるんだろう。

 でも。だから。しかし。尤も。故に。

 危ういバランス。

 絶妙トライアングル。

 もしかしたら。

 針山の天辺でシーソー。

 あなたと、あんたと、俺と。

 身動き出来ない。

         

 どいつもこいつも、哀しいくらいに、強欲だ。

        

         

 ふ、と息を吐いた少年の唇に、淡い笑みが浮かぶ。

 きっと兄と弟は、テーブルに載ったみっつの皿のうち同じふたつのどちらかを、迷わずに選ぶだろう。そう。一枚多いパンケーキでなく、そっくり同じ、どちらかを。

 少年は、蒼いコートと赤いコートが向かい合って、いやに真剣な面持ちでいちごのパンケーキを睨んでいる姿を想像し、思わず吹き出しそうになった。

 その双子は正反対であって奇妙な所で良く似ており、なんというか、バイオリズムの接点が時折ぴたりとハマリ過ぎるくらいにハマってしまって、にっちもさっちも行かなくなる。

 だからなのか、意外にも好みはそっくりだと少年は思う。どちらも、甘いものが好き。そのくせ、酒も好き。煙草は大嫌いで…。

 多分、そういう自分も、好きなのだろう。

2005/04/28(2005/05/03) sampo-tei

    

[2005/05/02]
 [絶妙トライアングル <2>]

       

 飛燕舞うごとき華麗な剣技で、重々しくも迅速の巨剣を捌き。居合抜刀の構えで大きく後退した蒼色に向け、躊躇なく胴体の中心を狙って刺突を繰り出す。刹那で鞘走り、撥ね上がった峰が鋭い切っ先の軌道を変えて尚且つ上空へと銀の弧を描くと、返った刃で玉鋼を抑え付けるように、赤色が全身で間合いを詰める。

 よく怪我しないよな。

 少年は、立ち疲れてポーチの石段に腰を下ろし、自分の膝に頬杖を突いて思った。

 罵声を浴びせるでもなく、時折呟くように何か言い合って、すぐ飛び離れまた切り結ぶ、赤と蒼。放っておいたら体力の限界まで続くかもしれない…どうでもいい兄弟喧嘩を見せられているのにとうとう飽きたのか、少年は、一歩間違えばどちらかが命を落としかねないこの真剣勝負…気取り…観賞をとっとと切り上げて、ひとり事務所へと戻った。

 外からは、未だ金属の噛み合わさる澄んだ音が響いて来る。というか、どうせ何かきっかけがなければどちらも引くに退けないのだろうから、少年が見ていようがいまいが、あの…………………。

         

 くだらない撫で合いだ。仲良くしたいなら普通にそうすればいいのに、大人は大変だな。

        

 そもそも、原因がなんなのかという根本的な問題だとか、一般常識的にどちらが正しくてどちらが間違っているかとかいうものに、双子は興味がない。

 つまり。

 少年は、雑多に散らかった事務所を素通りして奥の居住区、薄暗い廊下の途中にぽつんと口を開けたキッチンに入り、その少女のような淡い桜色の唇を引き結んだ。

        

 構って欲しいだけなんだろ。どうせ。

         

 どちらがどちらにというのも、問題ではないのだろう。ただ、兄と弟は構い合いたいだけで、でもそうとは言い出せなくて、普通に天気の話から入るとか、お互いが観た人生最高にくだらない映画のあらすじを披露するだとうかいう手段をすっ飛ばし、とりあえずきっぱりと判り易い方法で、刀を、剣を抜く。

 あの人たち…というのも少々的外れな気はするが…は、他にコミュニケーションの取り方を知らないのだろうと少年は思った。まぁ、らしい、といえば、らしいのだろうが。

 そして、あの二人は似てないようで実は酷く似ているから、本気になればなるほど、勝負がつかない。どちらかが半呼吸でもいいから退けば、それを読んだもう一方が与えられた「勝ち」を恭しくも頂戴し、事は収まる。少年がここに来なければ、あの均衡は、それでよかったのかもしれない。

 奪うようにして差し出され、捧げるようにもぎ取られ。

 もしかしたら、その危うい均衡をますます危うくしたのは自分なのだろうかと、少年は考えた。だとしたら、少年は重大な役回りを押し付けられた事になる。

          

 そういうとこ、双子だよなぁ。いい大人が、大人げない。

           

 同じ顔をした同じ性質を持つふたりの大きな子供は、まるで正反対の殻を纏って朗らかに、正真正銘の少年をその懐に招き入れ、しかし、笑顔で無情にも宣告する。

 この均衡を破らずにいられるのなら。

 最悪。とひとりキッチンのテーブルを睨んで舌を出してから、少年は諦めたような顔で、小さく、くすりと笑った。

>つづく

    

[2005/05/01]
 [絶妙トライアングル <1>]

       

 この均衡が破れたら、世界は崩壊するのです。

        

       

 暫く姿を見なかった派手な出で立ちの男がひょっこりと根城に戻ってから少しの間に、ふたつ、変わった事があった。

 ひとつは、その男と瓜ふたつの兄弟…双子の兄だという…がどこからか流れて来て、あまり感動的且つ友好的でない顔つきで弟と再会し、ピンクのネオンが最低だと評しつつも事務所兼住居に住み着いた事。

 そしてもうひとつは、双子の兄が男の住居を我が物顔で占拠し始めて少し後、貧民街どころか、廃墟群の只中に犯罪者や浮浪者がひっそりと息を詰めているような都市の掃き溜めには到底不釣合いな東洋系の少年が突如現れ、ここいらでは知らぬ者のない赤いコートの男と、こちらは正真照明感動の再開を果たし、住み着いた事。

 奇妙奇天烈。ふたりでひとつと唯一無二の共同生活は、薄刃の上を裸足で歩く、勢力拮抗、絶妙トライアングル。

         

        

 同居人だが赤の他人でもある少年に言わせれば、その双子は概ね正反対でありながら奇妙な所で全く良く似ており、なんというか、バイオリズムの接点が時折ぴたりとハマリ過ぎるくらいにハマってしまって、にっちもさっちも行かなくなるのだそうだ。

 一瞬前まではお互い無視出来ていた些細な食い違いに兄が突如眉を顰めれば、その些細な食い違いを咎めたからと弟が不愉快そうに顔を歪める。普段ならばその程度で済むだろう衝突がどこで沸点を突破するのか知らないが、時たま大の大人が揃って剣呑な表情を作り、どちらからともなく建物を後する。

 そうなればこれはもう、反社会的破壊行動へと雪崩れ込む合図。

 つまりは、ただ単に派手な刃傷沙汰なのだが。

 しかし、その派手さがまた尋常でなく、本当にここが治安の悪いスラム中のスラムでよかったと、少年は人知れず胸を撫で下ろしたりする。

 何せ、兄が持ち出すのは生粋の日本人である少年でさえ母国ではお目に掛った試しのないような、立派な日本刀。直刃(すぐは)とかいう造りの…少年は日本刀に関する知識など皆無なのだ…重厚な真剣で、目の醒めるような蒼いコートに身を包んだ男がそれを一振りするだけで、廃屋の、分厚い煉瓦造りの壁が綺麗に断たれてずるりと滑り、一呼吸置いてからもうもうたる土煙を上げ崩壊する。

 武器も業物なら扱う男の技も技。

 片やその兄に対抗すべく弟が持ち出すのは、小柄な少年の背丈よりも長大な両手剣。幅の広い刀身は生半可でなく分厚く、バカ派手な赤いコートの男が気安く振り下ろした自重だけで、街路の敷き石を飴のように粉砕する。

 武器も大仰なら扱う男も大仰か。

 どちらにしても、それとそれとが手加減なしで繰り広げる兄弟喧嘩は、迷惑千万、鬱陶しい事この上ない、と少年は今日も、清々しく突き抜ける青空を見上げ、開け放たれた両開きのドアの一枚に背中を預けて、溜め息を吐いた。

>つづく