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(17)そして、告白の顛末

  

 帰れと言われた。

「うん。そのうち連絡する。一応謹慎扱いなんだから、あまり出歩いたりするなよ、ガリュー」

 というのが、「自称寛大な陛下」が議事堂から戻って来たハルヴァイトとミナミに向けられた第一声だった。

「僕は忙しいんだ。アイリーが勝手にレジーを呼び戻してしまったりとかいうイレギュラーも含めて、議会解散だとか第七小隊の活動停止だとか、今日一日だけで普段はやらなくていい仕事がたっぷり増えてしまったし…。まぁ、ウインの「事情聴取」が早急な課題でもあるけれど、それは、あれだろう? ガリュー。お前が居ないと、解読出来ないんだろう?」

「いいえ。わたし並か、それ以上のスペックを誇る誰かがいれば解読出来ますよ」

「……お前…そんなに投獄されてみたいのか?」

「…てか。そんなやついるなら、俺が会いてぇって…」

 細い眉を吊り上げてハルヴァイトを睨んだウォルの引きつった笑いに被って、ミナミ…、議事堂から戻って来てからは一度も口を開こうとしなかった青年がそっぽを向いたままぽつりと突っ込み、無言でハルヴァイトとミナミを見つめていた周囲の連中が、…………………。

「今日は反省したフリをして、大人しくしてるんじゃなかったんですか?」

「…そうだった。思わず反射的に突っ込んじゃうからさ、アンタ、面白い事言うのやめねぇ?」

 でもやっぱアンタ呼ばわりかよ。と…思った。

 腕を組んだままくすくす笑うハルヴァイトの左側で、ミナミはいつもと同じ無表情を貫き通す。

 盛大に毛先の跳ね上がった金髪の、ダークブルーの双眸でファイランという狂った閉鎖空間を観察し、なのに、ハルヴァイト・ガリューというひとが居ただけで、全てを愛そうとした綺麗な青年。

 綺麗で、突っ込みが厳しくて、大きく動かない無表情だが、時折、触れたら溶けてしまうようにふわりと微笑む。

 柔らかく。

 儚く。

 これから先は、ハルヴァイトのために。

 多分。

「わたしは大真面目なんですが?」

「…てーかさ…」

 ふう、と短い溜め息を吐いてからゆっくりとハルヴァイトに顔を向けたミナミが、薄笑みを噛み殺している「恋人」の口元で何を思ったのか、「やっぱいい…」と、こちらもかなり笑いたいのを抑えつつ呟いて、ぷいっとハルヴァイトから顔を背けた。

 それでまたミナミは口を閉ざしていまい、ウォルは、勝手にしろ、といわんばかりのうんざり顔で、ハルヴァイトとミナミを含む全員に「沙汰を待つように」と言い残し、玉座を降りようとした。

「陛下」

 と、それを遮るように、ハルヴァイトがよく通る低い声でウォルを呼び停める。

「追って通達される沙汰が、わたしの部下においては慈悲深い陛下のお心そのままでありますよう願うものでございます」

 なんとか笑わずに最後まで言い切って、ハルヴァイトは、執務室に投げ出して来た緋色のマントを授与された非常識は、まるで「陛下に仕える警備軍の兵士みたいに礼儀正しく」ウォルに敬礼して見せた。

「……………………」

「……」

「……………………」

「アイリー、突っ込んでよし」

「…アンタ、敬礼の仕方知ってたのな」

 それでついに、グランとローエンスが笑い出す。全く持ってその通り。という笑いを面白くなさそうに睨んだハルヴァイトの傍らで、ミナミはじっと、ウォルの黒瞳を見つめ、それから…玉座の脇に控えたドレイクに視線を移した。

 ドレイクは、少し困ったように苦笑いして、肩を竦めて、小さく首を横に振っただけですぐにミナミから視線を逸らし、玉座の前に突っ立ったままハルヴァイトを見つめているウォルに、手を差し伸べる。

 それに、陛下が気付く。

 漆黒の瞳をドレイクに向け、彼は、華やかな笑みを零した。

 ミナミの消えてしまいそうな微笑とは違う、惜しげもなく振りまくような笑い。知っていてもはっとするようなそれを陛下控えの間に居る全員に見せ、ウォルはドレイクの手を取り玉座を降りた。

「うん。いい気分だな、今日は。まさか、非常識と名高い電脳魔導師が僕を「陛下」みたいに扱ってくれるなんて、夢にも思ってなかったしね」

 だから、いい気分。

「…俺と陛下の予想は、大外れしたけどな…」

 囁いてミナミは、そっと…微笑んだ。

       

       

 陛下との会見を(…)終え特務室だとか魔導師隊の執務棟だとかに顔を出し、最後に第七小隊の面々と気軽に別れたハルヴァイトとミナミが自宅に着いたのは、日が暮れて暫くしてからだった。

 表通りは、ショーウインドウから漏れる光やパブからの賑やかな声に飾られ、まだ宵の口なのだから、食事に行こうというのか、それとも家路につこうというのか定かでない王都民が数多く歩いていた。その殆どは、今日城で起こったささやかながらファイラン浮遊都市の中枢に食い込んだ腐敗部分を抉り出すような事件を知らないし、知って混乱するくらいなら知らないままで健やかに過ごして欲しい、とミナミは衛視の制服に身を包み、緋色のマントと並んで歩きながら思った。

「…………………てかさ…」

「はい?」

「……もしかして今日、ここ…墜落しそうになんなかったか?」

 「? あ。あぁ…。ウインの持ってた、駆動系のアレですか」

 いや。

 ファイランを本気で護るつもりなら、もっと早く気付いて欲しい。

「起爆装置は分解。物質から構造までをデータにして臨界面の「空き領域」に一時保存してましたから、実際あそこでウインがあのスイッチを押しても、何も起こらなかったんですよ」

「………………物質の分解と再構築…」

「生体構成物質でないものは、意外と簡単にデータ化して一時的に保存、再構築し現実面に「再生」する事が出来ます。だからあそこでわざと「ディアボロ」が臨界に接触して起爆装置を取り出して見せたのは、そんな子供騙しはとうに明白、という意味だったんですが、残念ながら、気付いていたのはウォルだけだったみたいですけどね」

 言って事も無げに笑うハルヴァイトを見上げたミナミが、微かに口元に笑みを零す。

 それは、アンタだから簡単に思えるだけだろ。という突っ込みは、やめておいた。この手の話題にいちいち突っ込んでいたら、まともな会話が成立しそうにない。

「…生体構成物質って?」

「生物、動物、人間も含めた「生き物」は、再生するために莫大なエネルギーを必要とするんですよ。「エレメンタル」と呼ばれる四大元素を基本にして…と、これは……つまり普段「超重筒」のやっている事と同じですから」

「………………………じゃぁさ」

 喧騒の表通りから静かな住宅街に入る時、居住区と商業区を区切る門の所では、顔馴染みの門番がいつもと同じ朗らかな笑顔でふたりを迎えてくれた。一般市民で唯一、今朝ガリュー家から主人が衛視に連行されて行ったのを間近に見たはずなのに、彼は、いつもより少し遅い時間、見なれない制服に身を包んではいるが見知った綺麗な青年と、よくない噂もあるがここ最近は彼を見かけるたびに小さく微笑んで会釈して行く背の高い男が、いつもと同じか、もしかしたらそれよりも…少しだけ近く肩を並べて戻って来たのに、相変わらず人の好さそうな笑みを向け、蔦と葡萄の葉をあしらって厳しさを和らげている鉄柵を操作した。

 微かな排気音。

 するするとスライドした、歩行者用の門。

 ミナミはそれを目で追い、ニコニコ顔の門番に…ほんのりと笑って見せた。

「おどろきですね。アイリーさんは…衛視のお方だったんで?」

「…うん、まぁ…。辞めるかもしんねぇけど」

「そりゃぁもったいない。何せ衛視といったら、警備軍の中でもエリートですからね。ワタシの子供も将来は警備軍に入って、いつか衛視になって欲しいモンですよ」

 そういえば、まだ小さな子供がいる、と彼は言っていたはずだ。とこちらはミナミより各段に怪しい記憶力で思い出したハルヴァイトが、ふと、背後で閉じる門扉を振り返りながら、口元に笑みを載せる。

「なれますよ。自分の生まれた場所を愛せればね」

 無条件に。

「……ついで、でもな」

 見返りなど期待せず。

「は?」

 きょと、と目を見開いた門番に軽く手を挙げ、ハルヴァイトとミナミはそこを通り過ぎた。そこから自宅までは数分。その間ミナミもハルヴァイトも何も言おうとしなかったが、明かりの消えた煉瓦作りの家の黒々とした影が見え、そのドアに張りついて通りを睨んでいるだろう悪魔のレリーフを思い浮かべたところでミナミは、足を停め、もう一度、じゃぁさ、と溜め息のように囁いた。

「……アンタなら、無限に「俺」を造れる?」

「いいえ」

 ハルヴァイトは短く答えて、少し、笑った。

「ミナミが「あなた」でないのなら、それが「ミナミ」であると言うのを、わたしは認めません」

 だから。

「わたしのミナミは、後にも先にもひとりで十分ですよ」

 口元に笑みを残したまま、さっさとミナミに背を向けて歩き出すハルヴァイト。それを一瞬見つめ、ふと俯いて耳まで赤くなってから、ミナミは短い吐息を漏らした。

「…………やっぱアンタ、優しくねぇ…」

「? なんですか」

「なんでもねぇよ…」

 口の中で言い返したミナミが、ハルヴァイトを追いかけて歩き出す。

「珈琲でも煎れて一息吐きましょうか。今日は…いろいろ忙しかったですからね」

 ね? と小首を傾げたハルヴァイトを見上げ、ミナミは…。

      

      

 最初からやり直すんでもねぇし、だからって昨日までと同じでもいられねぇし、きっと、ちいさくそのひとを傷つけたり、もしかしたら小さく傷つけられたりするのかもしんねぇよな、と思う。

 でもそれって怯えたり嫌がったりする事じゃなくて、俺が……。

 俺が。

 誰かに好きになって貰うだけじゃなく、誰かを好きになれるんだって信じるために絶対避けて通れないもんで、それが他の誰でもなくて、あのひとなら、きっと、俺は俺を信用出来るんじゃないかと思った。

 実は優しくないハルヴァイトなら。

 ホントはもの凄く我が侭なハルヴァイトなら。

 でも。他の誰より俺を、突然この世に放り出された俺を、滅びるために生かされてた俺を。

 求めるために、嘘と不実の欲求にまみれて俺自身を否定しながら与えられる恐怖と快楽の性行為に溺れきった俺を。

 許してくれると言うから。

      

       

 愛しているよと、言わないけど。

      

「ホント…、忙しかったよな。で、俺は最後の締め括りに家着いたらアンタの脱ぎ散らかす制服拾って歩くんだけど?」

 そうわざとのように言って、肩を竦めた。

「………………それは…、暗に散らかすなと言いたいんでしょうか?」

「別に。いいよ、もう慣れたし…」

 その割に何か言いたそうなミナミの顔から苦笑いで視線を逸らし、ドアにキーを差し込んだハルヴァイトの背中に、ミナミの甘やかな囁きが弾けた。

「………キスしてくれたら、許す」

 あの、意味のあるくちづけを手向けてくれるなら。

「キスを許して貰えるなら、一生制服脱ぎ散らかしますけど?」

 言ってハルヴァイトは振り返り、そっとミナミの薄い唇に短いキスを、落とした。

  

2002/10/22(2003/07/15) sampo

  

   
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