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イルシュ・サーンス

   
         
友達を作ろう。

  

 数ヶ月前の「noise」騒ぎを起こした張本人と噂され、その後発覚し現在も継続している「アドオル・ウイン」事件の「被害者」であるイルシュ・サーンスという少年は、発育不全で身体が小さく、どこか奇妙に子供っぽく、でも、臨界第二位という大型の完全攻撃系魔導機を操る得体の知れないヤツだ、と、そこ、王都警備軍付属「魔導師訓練校」では言われていた。

 確かにその時、改めてイルシュに引き合わされた五人の制御系魔導修師たちは噂の通りだと思い、彼らと対面する形で教官の横に立たされているイルシュは、注がれる複雑な内情の折り込まれた視線に晒されて……。

 居心地悪そうに、でもなく、だからと言って平然とでもなく、やや緊張したような面持ちで、対峙する少年たちをじっと見つめていた。

 強いて言うならそれは、緊張しながらも相手を観察している目だ。と五人のうちのひとり、煉瓦色の艶々した髪を肩まで伸ばした背の高い少年は、赤銅色の目をイルシュから逸らすことなくぼんやりと考えていた。

 訓練校において制御系魔導機の顕現を終了した五人の少年たちは現在、この先死ぬまで(これは決して大袈裟な言い方ではない)付き合わなければならないだろう攻撃系魔導師が現れるのを待ちながら訓練を繰り返していたのだが、まさかこの時期…警備軍ではかの第七小隊が全員謹慎、貴族院は再編途中で議会空転、という非常事態の真っ最中…に、内々に通達されて来た新設第七小隊の編成選考を受けさせられるとは思ってもいなかった。しかも選考員は教官でなく、現役の魔導師でもなく、訓練校ではほとんど口も開かなければ訓練しているのも見た事がないイルシュだというのだから、戸惑いを隠せなくて誰が悪かろう。

 戸惑いを隠せないのは少年たちだけでなく、教官であるリーディー・クロウ・ガンも同じだった。

「以上、今話した通り…」

 平然を装いいかにも教官らしく言ってみたものの、何がどうなっているのか、リーディにも詳しい事はよく判らない。電脳魔導師隊からも、イルシュ少年の「相棒」を選出せよ、二週間以内に。という素っ気ない通達が来ただけだ。

 とにかく。

「あーーーーーー」

 何かしないといけないのだが?

 かなり本気で何から手を着けていいものか悩みつつ、困惑しきりの少年たちをリーディーが見回した途端、傍らに佇んでいたイルシュの内ポケットで着信音。それに「すみません」と小さく会釈した少年がいまだ真新しい訓練校の制服ポケットから取り出したのは、間違いなく、王都警備軍電脳魔導師隊の紋章が入った携帯端末だった。

 一瞬、五人の少年たちが息を飲む。

 やはり、聞き違いではないのだ。

「はい、イルシュ・サーンスで…、あ………。大隊長?」

 今度は吸い込んだ息を吐くのも忘れた…。

 イルシュが大隊長と呼ぶのは、あの…グラン・ガンくらいしかいないだろう。大柄で厳しい顔つきの、王者。並み居る、あのハルヴァイト・ガリューを含む一癖もニ癖もある魔導師を一喝で黙らせる事の出来る、上官。

「今から? えと、おれはいいけど? …………? !! ってーーーーーーっ!」

……小さい子には優しいのか?

「そこまで来てるって! だったらもっと早く言ってよぉ!」

 そして、意外にお茶目。

 イルシュは一方的に通信を切断し、呆気に取られるリーディーや他の少年たちを置き去りにして、演習フィールドバックルームを飛び出そうとした。

 盛大にドアを開け放った少年の背中が、何かに激突してひっくり返りそうになる。と、咄嗟にさっと伸ばした手で痩せた肩を押さえ転倒だけは防いでくれたそのひとを見上げ、イルシュは赤くなってしまった鼻をさすりながら唸った。

「というか、ドアの外から通信して来ないでよ…」

「うむ。諸君の無駄な緊張をほぐしてやろうという上官のささやかな心遣いだが、不満だったかな? サーンス」

 その倣岸な言い方に、遠縁であるリーディーだけが溜め息混じりに言い返す。

「ガン大隊長のお心遣いに感謝いたします。

 おかげでほら、この通り、ウチのちびどもはすっかり萎縮して、今日は選考どころではありません」

 このいたずら中年め。と続けたそうなリーディーに鷹揚な笑みを向けた電脳魔導師隊大隊長グラン・ガンは、気安くイルシュの肩を抱いたまま、「気が小さいな、お前たちは」と言い放った。

 彼ら五人の生徒が王都一の電脳魔導師を目の当たりにしたのは、これが…始めてだったのに。

                

            

 臨界理論の講習は通算で三十時間受けた。顕現実習は何時間か見学したが、イルシュ自身がここであの「サラマンドラ」を呼び出した試しはない。

「おれ、事情聴取とか、巡回に同行とかが多かったから、あんま時間取れなくて」

「プログラムのバランスが悪いと一度だけガリューが報告して来たな。モデリングの書き換えはやったのか? サーンス」

「それは、ドレイクさんが見てくれた。大抵学校休みの時に、フィールドだけ貸して貰って」

 演習フィールド監視ブースの中、支度されたパイプ椅子に座ったグランと、フィールドのよく見えるテラスの先端、手すりに掴まったイルシュが何気なくそんな会話を交わす。その様子を奥まったドアの前に控えたまま見つめ、リーディーは誰にも悟られないように小さく、深く溜め息を吐いた。

 リーディー・クロウ・ガンはガン系第四位のクロウ家の長子として生まれたが、魔導機を顕現させるほどの臨界占有率が確保出来ておらず、結果、電脳技士として城に上がり、数年前からこの訓練校に配属されて、臨界理論の教官として働いていた。

 そんなリーディーにとって、同じガン系でありながら、グランやローエンスは雲の上のひとだった。臨界に占有領域を持っていながら付き従う魔導機を構築出来なかったリーディー。なのに、家族と折り合いが悪く少年の時分から父親との喧嘩と家出を繰り返し、「ガン家の厄介者」と言われていたグランと、若い頃からろくろく自宅にも寄り付かず、一般居住区に居る愛人の家に入り浸ってばかりいるローエンスが揃って最強なのに、どうして真面目にやっている自分がただの技士で、どこから出てきたのか判らないイルシュがああも気軽に自分の従兄弟と親しげにしているか…と…。

 羨ましいとは思わない。

 どうせ、手の届かない場所にいる連中なのだと諦める。

 自分は堅実で、堅実なまま、中途半端に電脳技士の地位を頂き、零落もしないし栄えもしないクロウ家を守って、平穏無事に次代に引き渡せばいい。

 と、思う。

「それで、お前はどうするつもりだ?」

 グランの背中がイルシュに問いかけた。

「うん…」

 少年は小さく答えて振り返り、教官であるリーディーには見せた事のない明るい笑顔で、グランにこう答えた。

「友達になろうと思って。

 例えば、ガリュー小隊長とドレイクさんが友達みたいに。

 大隊長とエスト小隊長が友達みたいに。

 おれも、おれと「サラマンドラ」の友達作ろうと思ってさ」

「それはいい事だ、サーンス。お前は行く末、立派な魔導師になれるだろう」

 ありがとうございます。と会釈したイルシュを見つめ、リーディーは、やっと…判った。

               

 リーディー・クロウ・ガンは、グラン・ガンとローエンス・エスト・ガンを「最強の魔導師であり一族の誇り」だと思っていたが、友達だと思った事は、一度もなかった。

  

   
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