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ルニ=ルニーニ・アリエッタ・ファイランW世

   
         
みんな、だいすき!

  

 唐突に解散した議会がその半数を入れ替えるという形で空転に終止符を打ったのは、実に四十日後の事だった。

 緊張した面持ちの若々しい議員たち。こちらは余裕綽綽、のはずが、幹部席に収まったアイシアスの顔を見るなり青ざめた古参の議員たち。議会幹部は勤めて涼しい顔を崩さず、アイシアスは肘掛に頬杖を突いてにやにやと笑い、最上段には壮麗な衣装に身を包んだウォラート・ウォルステイン・ファイランと、その現王に傅かれた「未来の女王陛下」。

 ルニは豪華なマリーゴールド色のドレスに金色のティアラを頂き、差し伸べた左手を取るウォルをにこやかに、少し緊張気味に見つめていた。再編されたばかりの議会。なんの前触れもなく指名されて姿を現したアイシアスとキャレ。その外見に見合わぬ暴君ぶりで議会を震え上がらせていた前王と、一見すると男性にしか見えない前女王に手を引かれたルニの登場で、議会は密やかなざわめきに包まれた。

 ウォルがルニを紹介する短い儀式。その最後を飾るのは、現王が小さな姫君に捧げる忠誠のくちづけと、代わって、小さな姫君が壮麗で美しい兄の元に跪きうやうやしく頭を垂れるという、双方がそれぞれに敬意を表するささやかな「挨拶」か。

 癖っ毛の姫君。アイシアスとよく似ている。

 美しく神々しい王。キャレよりも豪華。

 ドレスの裾を摘んで膝を折ったルニが、目礼するように瞼を閉じた。無言で、笑顔でそのルニに頷いたウォルが、妹の手を取ってから居並ぶ衛視たちへと視線を向ける。

 王下特務衛視団。王座の後ろに整列した、漆黒の制服を真紅のベルトと腕章で飾った彼らの右端には、若草色のワンピースも初々しいひとりの…真白い少女が笑顔で控えていた。

 マーリィ・フェロウ。青みがかった純白の髪と、淀みない真紅の瞳。

 ウォルに目で促されたマーリィはついと会釈し隊列を離れ、幹部席の後ろを回って陛下専用の通用扉前まで移動した。その頃にはウォルと手を繋いだルニも傍まで移動して来ており、同じく隊列を離れてマーリィの後ろに付いていたルードリッヒ・エスコーが、静かに通用扉を引き開ける。

 ウォルが微笑んだままルニの手を離し、マーリィに何か小さく言葉をかけてから彼女に姫を渡す。きらきらの黒い瞳で見つめてきたルニにマーリィはいつもと同じふかふかした笑みを見せ、その手を取り、通用扉から控えの間まで送ってくれるルードリッヒに頷きかけた。

 これで、ルニは議事堂から退去する。

 行く末女王としてこのファイランに君臨しようとも、彼女は議会の頂点に立つのではない。

 退室する間際、ルニは一度だけ議会席を振り返った。擂(す)り鉢状の議席から注がれる当惑した視線に微笑みかけ、傍についている真白い少女の手をぎゅっと握り締め、毅然と胸を張って通用扉の向こうに一歩踏み出す。

 少女は気付いていた。

 自分でなく、マーリィに注がれる好奇の視線に。

 だから少女は決めたのだ。今、ここで。

          

「あたしがね、みんなを…マーリィだけじゃなくて、マーリィも入れたみんなを、護ってあげるの」

         

 ウォルが、ミナミが、そうしたように。

 ルニが退場して、議会の緊張が微かに解けた。

 安心するのはまだ早い。と内心ほくそえむグラン・ガン。本来ならば議会には参列しないはずの電脳魔導師隊大隊長と一般警備部総司令、フランチェスカ・ガラ・エステルが幹部席の横に控えさせられている理由に議員が首を傾げ始めた頃、やっと王座に戻ったウォルの指示を受けて、クラバイン・フェロウの固い声が議事堂にこだました。

「王都警備軍一般警備部総司令、フランチェスカ・ガラ・エステル」

 呼ばれたフランチェスカがいかにも軍人らしい機敏な動作で議事堂中央に進み出、そこで陛下に一礼。すぐ議員に向き直って、一般警備部第三十六連隊への管理権及び命令権の放棄を宣言する。

 新生貴族院議会には、これで何が起ころうとしているのかまだ判らなかった。幹部会では特務室に電脳班が儲けられる事や、それに伴う警備軍再編なども報告されていたが、議会の承認は今からなのだ。

「王都警備軍電脳魔導師隊大隊長、グラン・ガン」

 フランチェスカに代わって中央に進み出たグランは、陛下にも議員にも敬意を表するような真似はしなかった。

 ただその場に佇み、鋭い目つきで議事堂の中を見回し、笑い出したいのを堪えて、平然と電脳魔導師隊第七小隊の解散を宣言する。

 そこでついに、議会がざわめいた。

 あれだけの騒ぎを起したのだから当然、という顔。第七小隊解散の理由を明らかにしろ、とやじる声。失笑。囁き。安堵の溜め息。それら渦巻く議事堂の中央にあっても、グランは顔色ひとつ変えない。

 当たり前だ。議会が騒いでもこの「再編」は成される。

         

「そうだろう? ミナミくん…」

        

「第七小隊解散に伴い、新たに電脳魔導師隊第七小隊を指名する。

 一等事務官ウロス・ウイリー。砲撃手ケイン・マックスウェル。魔導師ブルース・アントラッド・ベリシティ。魔導師タマリ・タマリ。魔導師イルシュ・サーンス。

 小隊長、魔導師スーシェ・コルソン・ゴッヘル」

 正面大扉が重厚な音を響かせて開き、指名された新設第七小隊が入場。真新しい、程よくこなれた、深緑色の制服に魔導師隊の腕章を掲げた六名が整列し、スーシェを除く五名がグランと陛下に敬礼する。

 スーシェは、緋色のマントを羽織っていた。色の薄い白皙も映える、鮮やかな緋色。新編成の議会席では、父親に代わって議員に選出されたスーシェの兄に、周囲の議員がお祝いの言葉を囁いたりしていた。

 グランの宣言を受けて陛下が立ち上がる。短く彼らに言葉をかけ、またすぐに座ってしまう。再度スーシェを除く五名が敬礼し、退場するのではなく空いた壁際に退去して、グランが座席に戻った。

 壁を背にして待機するスーシェが、そっと部下に視線を向ける。イルシュの名前を知っている議員もいたのか、そこここで何やら囁く声が聞えたりもしたが、当のイルシュは平然と正面を見据えていて、逆に、ブルースの方が居心地悪そうに見えた。

         

「小声で囁かれている噂を全部、はっきりぼくに言ってくれないかな、この……議員どもめ」

         

 などと物騒な事を考えてしまって、スーシェは自分で吹き出しそうになった。

 視線を議会中央に転じれば、陛下が玉座から立ち上がっていた。無言で議会を見回し、当惑する議員に短い吐息を吐き付け、「さて」と呟いてからクラバインに手を挙げる。

「貴族院幹部会にて王下特務衛視団増員を了承頂きましたので、構成員をご報告申し上げます」

 促されたクラバインが淡々と告げる名前。新規採用された六名の名前が呼ばれ、漆黒の制服に身を包んだ彼等がひとりずつ一歩進み出て、陛下に会釈する。

 それには当然あのクインズと、ルニを送り届けて戻って来たルードリッヒも含まれていた。ルードの名を聞いたグランは小さく口元を歪め、この議会中継を執務室で観ているだろう従兄弟に、「同席している。羨ましいだろう」という短い電信を不可視の電脳陣から送りつけ、「うるさい、ばか!」とかなりお怒りの返信を受け取ったりした。

 最後のひとりが隊列に戻り、それで全て終わった、と見えない安堵が議事堂に降りようか、という刹那、クラバインは勤めて平素と変わりなく、「新設、王下特務衛視団電脳班」とよく通る声で言い放った。

 途端、議事堂内部の温度が、一気に下がる。

 誰もが驚愕に目を見開く。

 なぜならば。

 開け放たれた大扉から、漆黒の長上着を真紅のベルトで飾った五名が入場して来たのだ。

「衛視アリス・ナヴィ」

 ベルトよりも深く鮮やかな赤い髪の美女。煉瓦色の睫に飾られた亜麻色の瞳でウォルを見つめたままアリスは、玉座から平面に降りて来た陛下に歩みより、その足下に跪いた。

 差し出された手を取る。

 電脳班には、陛下に絶対の敬意を払う義務があった。

 ただの衛視ではなかったから…。

「衛視デリラ・コルソン・ゴッヘル」

 アリスに入れ替わってデリラが進み出ると、議会はまたもざわめいた。アリスの時はなんとか驚きを…何せ彼女は、陛下と直接関わり在る醜聞の主人公なのだ、まさかおかしな噂を口に上らせる訳にも行かなかったのだろう…なんとかその驚きをやり過ごした議員も、あのゴッヘル卿の名を頂いた見た事もない、しかもちょっとガラの悪そうな男の出現に困惑していたのだ。

 が、スーシェの兄は笑みを湛え、陛下の膝元で頭を垂れた「義理の弟」を見つめている。

 今日の議会が終わったら質問攻めだな。などと…うきうきしつつ?

「魔導師アン・ルー・ダイ」

 色の薄い金髪に水色の目の少年が陛下の前に進み出たのを見て、ダイ家の当主は感涙せんばかりの表情で周囲に「あれは一族の誇りだ」と言った。しかしこの…マイクスの父親は、後でそれをこっぴどく息子に叱られるハメになる。

 陛下の繊手を取って短いくちづけを捧げ、アンが隊列に戻る。引き返すとき、緊張のあまり毛足の長い絨毯に足を取られて転んだらどうしよう、と扉の外で騒いでいたアンだったが、残念ながら、そんな醜態は晒さずに済んだ。

「魔導師ドレイク・ミラキ」

 ドレイクは。

 真っ直ぐ陛下に向かい、跪き、差し伸べられた手を取ってくちづけし、立ち上がり、きっかり踵を返して隊列に戻った。

 絵に描いたように完璧に、これから仕える者として堂々と…。

「王下特務衛視団電脳班班長、魔導師ハルヴァイト・ガリュー」

 呼ばれて陛下の御前に進み出る、ハルヴァイト。

 不思議な光沢を放つ鋼色の髪。

 透明度ゼロの鉛色の瞳。

 膝を叩くような漆黒の長上着。

 そして。

 ハルヴァイトは佇む王の足下に跪く時、制服の上に羽織っていた緋色のマントの裾を盛大に払った。

 緋色のマント。

 電脳魔導師である証し。

 所属が変わっても尚、それは、その緋(あか)は、ハルヴァイトが孤高であり何者にも傅く事のない唯一であると示している。

 しかし彼は、佇む王に頭を垂れたのだ。

 伸ばされた手を取り指先に親愛のくちづけを落とし、うやうやしく一礼したのだ。

 短く言葉をかけた陛下に再度目礼を返して、王が玉座に戻るのを待ってから隊列に戻る。その芸術的なまでに堂々とした姿と礼儀に、議会はしんと静まり返った。

 あのハルヴァイト・ガリューが。

「尚、旧王都警備軍一般警備部第三十六連隊が電脳班直属部隊としての任務に従事する旨を、幹部会が承認。

 以上、王下特務衛視団よりの報告を終了」

 国王陛下に忠誠を誓う。

 一瞬で凍り付いたきり無反応に陥った議会を静謐な観察者の瞳で眺めていたミナミが、ふと、視線だけを議事堂の天井に向けた。

 あれを見たのは、四十日振りのはず。

 あれ。

 クリスタル製の浮遊都市と、青い目の天使と、黒い羽根の悪魔。

 相変わらず天使は素知らぬ振りで、悪魔も素知らぬ振りで、少し…可笑しい。

 浮遊する都市に何があっても、なくても、天使と悪魔は人の判断と責任を尊重し、つまり無責任に見守ってくれているだけだ。とミナミは思う。

 静寂の議会にウォルの声が響いた。

         

「わたしは、全ての王都民がこの時この都市に生まれた事を幸運だと思う国を目指す。そのための自己犠牲を畏れるな。

 わたしが、全ての王都民を護ろう」

         

 美しく壮麗な王がそう宣言し、全ての議員、全ての衛視、今この場に居る、この議会中継を観ている全ての貴族と王立機関の者たちは起立し、微笑む王に敬意を払って頭を垂れた。

「互いを愛し許せ…。みなに感謝している」

       

       

 そして………………。

       

        

2003/05/02(2003/12/31) goro

           

   
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