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15.赤イ、毒ニ濡レタ月

   
         
(14)

  

 世界はデータで出来ている。

 全ての人よ、うらむなかれ。

           

         

 近くに生体反応はないというタマリの報告に従って、一時的に休息を取っていた地下施設探索班が行動を再開する。場所は、未だイルシュの監禁されていた階層。

「…繋がってないって、それ、つまりどういう意味?」

 細長い廊下を歩き回るイルシュとブルースの背中から、傍らでひょいひょい揺れている黄緑色のショートボブに視線を移したミナミが微かに眉を寄せて呟くと、それを受けたタマリが、「うん? 聞いた通りの意味だよ、みーちゃん」と相変らず中身のない枯れた笑みで答えた。

「だからさぁ、何回解析しても、このフロア、イルちゃんの閉じ込められてた部屋のあるこの場所と、じゅーくんの居た一階層下のフロアとを直接行き来出来るような階段とか、エレベータとか、そういうモンはどこにもないのよ。つうか、それぞれの階層は完全に独立してる状態で、地上と繋がってるのがここだけって、そゆ事です」

 本当に何気無い風を装って返されたタマリの言葉に、しかし、ミナミはますます首を傾げる。それでは、絶対におかしいのだ。

 では、イルシュはなぜ「いきなり」王城エリアの居住区に現れる事が出来たのか。他の階層ないし施設、空間とこの階層が「繋がっていない」とすれば、少年はどうしても、一旦ジョイ・エリアのどこかに出なければ王城エリアへ移動する事が出来ない。しかしイルシュは、部屋を出て少しだけ廊下を歩かされ、ドアがあって、そこから出て夕方まで自由に逃げ回れと言われた、と「noise」発生日の朝について語っている。

 それに。

「それじゃぁ、イルくんもジュメールくんも言う「教官」ってヤツは、どっから来てどこに消えたってんだ?」

「全室データ解析すればもうちょい何か判るかもしんないけど、正直、相手が特定出来てないからねぇ、あんまうろちょろすんのは得策でないと思うのよ、タマリさん」

 うんうん、と腕を組んでやたら難しい顔で頷く、タマリ。そのわざとらしい仕草に苦い表情を向けつつも振り返ったブルースが、同意するように顎を引く。

「データ解析には多少なりとも時間がかかります。いくらタマリ魔導師がバケモノでも、この部屋数じゃ、ワンフロアに最低一時間は必要でしょうし」

「バケモノ言うな、クソガキ。つうか、あんたはいつまでアタシをタマリ魔導師って呼ぶつもりさ!」

「…………同じ制御系として、多分、あなたから学ぶべきは多いと思いますが、それに諦めがつくまでは、タマリ魔導師と呼びます」

 ぼそりと言い残してふいっと離れて行ったブルースの背中を、タマリが唖然と見上げる。

「複雑な心境なんだ、ブルースくんも…。じゃぁ、学ぶのはミラキ卿にしたらいんじゃねぇ?」

「それはそれで、ちょっとやり難いんじゃないかと…」

 微かに苦笑の滲む声がブルースの背中越しに聞こえて、ミナミは「そっか」と得心したように返した。なんだかんだで有耶無耶になったし、正直、ハルヴァイトの件さえなければ基本的に面倒見のいいドレイクなのだから、今更ブルースにどうこう言うつもりなどないだろうが、初対面でいきなり「ぶん殴る」などと言われたブルース少年の方はそうも行かないのだろう。

 それでミナミは何か言ってやろうとした。いつもの通りに素っ気無いからかいで笑ってやって、それでいいのだろうと。しかし、傍らのタマリに視線を移した青年はそこで言葉に詰まり、結局、口を開いたのは並んで移動するタマリとミナミの背後を守っていた、ルードリッヒだった。

「魔導師は魔導師として存在する事で学び存在し続ける事で発展するのであって、誰かから何かを「学ぶ」事はありえないよ、ブルースくん」

 それは奇妙な静寂と、緊張を纏った重苦しい言葉。

 不意に途切れた足音に驚いて振り返ったブルースとイルシュ、それから、傍らを歩いていたはずのタマリが引き倒された驚きに思わず立ち止まったミナミと、相棒の奇行に目を見張ったクインズが見たものは。

 タマリの小さな顔面を覆う、白手袋の甲。右手首を背中に捻り上げた状態で後ろから押さえ付けられ、左手で顔を掴まれて引き寄せられたからなのか、タマリは顎を上げた姿勢でルードリッヒの胸に後頭部を押し付け、得体の知れない冷たい笑みで周囲を黙らせた青年の、タマリの顔を掴んだ左手首に自由な左手で掴みかかり爪を立てている。

「それにね、タマリから何かを学べる人間なんて存在しないし」

 なぜ、ルードリッヒはタマリを抑えているのか。

「していいものでもないから」

 なぜ、ルードリッヒはタマリの表情を誰からも隠しているのか。

「ルード…」

 なぜ、タマリは蒼白い唇をこんなにも震わせ、ルードリッヒは微笑んでいるのか。

「大丈夫だから…さ、アタシは。アタシは大丈夫だから」

 なぜ。

 ミナミはその時、声にならないタマリの呟きを「感じた」。

           

「アタシ ハ ナイタリ シナイカラ」

        

 そうかとその時、観察者である青年はダークブルーの深層で知る。タマリ・タマリという青年の笑顔を「凍らせた」のは、この、何もなく怒りに満ちた「笑顔」だったのだと。

 ミナミは、知った。

       

       

 眼底を焼き尽くすような眩い光が刹那で収束しても、視覚はすぐに回復しない。ただ、ずしんと重く空気の震える轟音と金属音、一際大きなそれらに追随する細かな破壊音がリアルに鼓膜を叩き、「ディアボロ」と「アンジェラ」の不毛な生存競争はこの瞬間も続いているのだと判った。

 ちりちりと肌に刺さる緊張のようなものが、天幕内部に蔓延している。それが本当に緊張なのか、それとももっと他の何かなのかアリスには判らなかったが、彼女は数呼吸で気持ちを落ち着け、固く閉じていた瞼を持ち上げた。

 瞬間、激しい火花とともに弾き飛ばされる、純白。ほぼ天幕の中央に佇む漆黒を一方的に責めているようにして、純白は自らの産む反発力に押され漆黒に手を出しあぐねていた。

『動体観測範囲を丸盆(ステージ)直下に限定、ファイランアンダーストラクチャー(下層構造物)まで検索開始』

 ドレイクからの通信に即座に反応し、主天幕内部上層を監視していたシステムを範囲限定上下値未設定に切り換え、限界まで下へと観測域を広げる、アリス。目的は何かという疑問は浮かぶが、質問は口を衝いて出なかった。

 操作卓にしがみついて各オペレーションシステムのチェックと同時に、ドレイクからの指示を実行。その、緊張に蒼褪めた顔と固く結んだ真紅の唇を微かに流した視線で確かめてから、デリラは砲筒を担ぎ直して後退した。

 天幕上空に配置した合成雷雲の効力は、すでに切れている。というよりも、小さな雷雲のエネルギーなど食い潰してしまうような出力の電脳陣(?)が主天幕天井に浮かび上がり青緑色の燐光を吐き続けている今、デリラに出来る事は二種類しか残されていない。

「…慣れててもね、こういうのは…ちっとビビるよね」

 ここまで来ても苦笑交じりに呟いてデリラは、担ぎ上げた砲筒から数個のジャマー弾を排出し、球形のそれらをごろごろと床に転がした。同時に漆黒の長上着を捌いて踵を返し、アリスの傍ら、電脳班最後尾まで後退する。

「破砕弾頭の使用、通電許可を申請」

「副長より許可。一機残せと命令」

「了解」

 お互いの顔も見ずに囁き合って、アリスが「用意(レディ)」の声をかけた時、デリラは電子照準機能を備えたゴーグルを装着し、銃身を切り詰めたライフルのような、大型のハンドガンを構えていた。

 天幕に輝く青緑を警戒して上空を旋廻する、真紅の「フィンチ」。無秩序に動き回る六機を睨むように、肩まで差し上げた右腕を伸ばし銃口を水平に保持したまま、デリラはゆっくり息を吸った。

 完全に集中する。他の事は何も考えていない。遮光ゴーグル内部で踊るのは赤いワイヤーフレームで描かれた「フィンチ」だけで、他の何ものもデリラの世界には存在していない。

 これだけ激しく動き回る「フィンチ」を撃ち落せるのかという愚問は、アリスも、一時的に陣を消して駆け寄って来たアンも思い浮かべなかった。それが出来るからデリラはハルヴァイトに拾われて、今ここ(電脳班)に居るのだ。

 立ち姿が恐ろしく美しいと思う。いつものやる気なさげなだらけた空気など微塵も見せず、背筋を伸ばして肩を水平に上げ、腕の延長線上に銃口を向けた完璧な射撃姿勢。劇鉄を上げ引き金を引き絞る時の癖までもを完全に記憶し、微かな手首の動きだけで照準補正する。

 自らを律し、制し、彼は。

 ゴーグルの暗闇にすと赤い絵の具を流したような影を「感じた」瞬間、迷わず引き金に掛ける指先に力を込めた。

 号砲がアリスとアンの耳を劈き、しかしどちらも瞬きさえしない。デリラの腕の先端から放たれた四十五口径の弾丸は、一直線に空を裂き、何もない空間へとまっしぐらに突き進むかのように見えた。

 その進行を遮る様に、真紅の「フィンチ」が飛び込むまでは。

 対魔導機用の破砕弾丸は、攻撃系魔導師が臨界方式によって精錬し特殊プログラムでコートされている。ここでも有効な手段はデータで、世界は、臨界は、データで出来ている。

 真紅の「フィンチ」が派手な火花と伴に横に吹っ飛び、白い「フィンチ」と接触して、床に落下する。白い「フィンチ」は微かにバランスを崩したがすぐに姿勢を立て直し、荒れ狂う「アンジェラ」の上空を旋廻した。

         

     

「一機落とされた…。プログラムの崩壊命令を受諾しない? …あの弾丸は…内部になんらかのプログラムを内蔵している臨界式実弾だ、アリア」「? それって、何か都合悪ぃのかよ」「悪い、と言っていいだろう。あの弾丸に掴まると、一時的にデータの進行が停まる」「停まる?」「凍結(フリーズ)だ」

     

        

 脳内に響く「グロスタン・メドホラ」の声を感じて、丸盆(ステージ)上に佇むアリアはぎゅっと眉を寄せた。その、いかにも不愉快そうな表情から視線を逸らさない鋼色がまた笑い、模造の天使がびくりと背筋を凍らせる。

 どうすれば、そんな風に冷たく、全てを見下したように笑えるのか。炯々と暗く光る鉛色の瞳はただただ深く、なんの感情もなく、しかし、その全身で何もかもを凍えさせるかのように笑う、悪魔。

 ハルヴァイトは、「ディアボロ」を天幕中央に配し微動だにしないままずっと笑っていた。何かを待っている。何かを。それは、背後を守る「仲間」たちが何かを成す時間を稼いでいるのか、それとも、別の「何か」を待っているのか判らない、不気味な静寂でもあった。

 三機の赤い「フィンチ」が床に転がり、火花を散らして動きを停める。データ崩壊を起こす事もままならない小鳥たちは沈黙し、打ち棄てられた屍骸のように瓦礫に埋もれた。

 デリラの銃撃は、その立ち姿と同じに完璧だった。無駄な弾丸は一切使わず、確実に邪魔な小鳥を撃ち落し電脳班を有利に導こうとする。

「アンジェラ」と「赤いフィンチ」の劣勢を逆転しようというのか、残る三機のうちニ機の「フィンチ」が臨界へと逃げ去る。何をするつもりなのか。しかしドレイクはふと口の端を持ち上げて凶悪に笑み、自らの白い「フィンチ」七機を臨界へと帰還させる。

「「フィンチ」に「落下命令」!」

 モニターに割り込んだ文字列を目にするなり、アリスが椅子を蹴倒して叫んだ。

 瞬間、真白い「フィンチ」が真紅の「フィンチ」に組み付く。最早動くものは休みなく「ディアボロ」を攻撃する「アンジェラ」と、赤と白、二機の「フィンチ」だけという天幕に悲鳴にも似たアリスの声が反響し、これもまた瞬間、逃げ去ろうとする赤い「フィンチ」に激突し、絡み合いながら上昇する白い「フィンチ」を狙って、デリラは迷わず引き金を引き絞った。

 鋭角的に跳ね飛ばされた白い「フィンチ」の背に食い込む、破砕弾丸。刹那で白を包んだ火花は触手のような光を伸ばし、ぎくしゃく逃げ去ろうとする赤の胴体までもを巻き込んで、包み込み、二色の「フィンチ」は同時に動きを停め、床に叩き付けられた。

 ドレイクの陣の一部が崩壊する。しかし当の魔導師はいつも以上ににやにやと笑っていて、余裕綽々だった。

 その、薄気味悪いほどの笑顔を猛烈な勢いで立ち上がった臨界式モニターが照らす。これもまた、悪魔なのかもしれない。その凶悪に歪んだ笑顔が何を狙っているのか、サポートの消えたアリアは「あっ!」と声を上げたが、同じくサポートを失ったハルヴァイトは、顔色ひとつ変えようとはしなかった。

「連結状態で凍結に成功。ハッキングを開始」「掴めそうか」「どうだかね」「アリスの方は」「ファイランアンダーストラクチャーまで捜索範囲を広げた。骨格密度計測。異常なし。マスターシステム内の構造模式と内部構造不一致の確認は事後。動体は…」「?」

「動体観測の精度を最高まで上げろ。温度感知プログラムもだ」

 苛立っているらしいドレイクからの通信に、アリスはキーボードを殴り付けるような勢いで言い返した。

「そんなのとっくにやってるわよ!」

 文字列による喧嘩腰の返信に、ドレイクが眉を寄せる。

 おかしい。

 これは、おかしい。

 そしてその異常に、アリスも気付いた。

「動体の観測、温度感知、伴になし。これ、どういう事?」

 様々な数字の弾き出されるモニターを睨んだまま、アリスが呟く。その愕然とした声に気付かなかったのか、アンはようやくゴーグルを外して腹腔の息を吐き切ったデリラの傍らに滑り込むと、早口で指示を出した。

「通常弾頭で「アンジェラ」の動体に単発(セミオート)五射。連射(フルオート)カートリッジ一本。すぐいける?」

「…ああ、五秒待ってな」

 アリスの緊迫した表情に何か言いかけたものの、デリラはアンの指示に従った。ここで少年が何を考えているのか、アリスが何に驚いているのか、デリラに訊く余地はない。

「一体どういう事だ?」「何が」「「アンジェラ」を操作してる目の前の魔導師を除き、この近辺に俺達以外の魔導師は存在してない」

 ドレイクからの通信を境に暗号は途切れ。

 今までとは赴きの違う銃撃音が五度響き渡り。

 それから。

 息吐く間もなく新たな銃撃音が連続して大気を震わせ。

「班長!」

 少年がもどかしげに叫ぶ。

 ハルヴァイトは、嘲笑(わら)った。

        

      

「全て、そう、全て「判って」いた。こうなるだろうとわたしは知っていた。「アンジェラ」を操る魔導師は「アリア・クルス」。天使の模造。いいや。全くの別人。それは、判っている。そして、あの赤い「フィンチ」を操る魔導師が「ここに存在しない」かもしれない可能性さえ、わたしは……判っている。

 理解している。

 ありえない事など、ないのだから。

 そして」

     

        

「赤い「フィンチ」のアカウントを割り出し魔導師を特定。対象の人物が「どんな状況」にあろうとも、即時拘束し監視を強化。アリア・クルスは王城エリアへ移送後特別防電室へ収監し、外部との接触は厳禁。これで、わたしの指示はおしまいです、ドレイク」

 流れる文字通信を追っていたドレイクが、奇妙な表情をハルヴァイトに向ける。しかしハルヴァイトは相変らず倣岸に腕を組み、ふんぞり返って、にやにやと笑っているばかり。

 アリスの操作する端末経由でアンからの報告を受け、ハルヴァイトが振り返る。満足そうに小さく頷いたその表情はどこか穏やかで、なぜなのか、アンは…不安になった。

 アンは、ハルヴァイトにあまり褒められた覚えがない。いつも無茶苦茶な事を言われて泣かされて、それでもなんとか食い付いてばかりいた気がする。出来ないと言えばやれと命令され、出来たら出来たで、当然でしょう? と素っ気無く返される。だから、こんな風に微笑んで見せられると、何か…不吉な予感しかしない。

 ざわざわと胸の疼くような、不安。

 何か、良くない事が、起こる。

 アリスの観測機材を使って「アンジェラ」の恒常防御圏を解析していたアンの出した答えは、防御圏の上限値を超える打撃を出す事ではなく、カウンター方式の発展系であるプログラム発動までのコンマ数秒というタイムラグを衝く方法だった。今現在は動かない「ディアボロ」を警戒して「アンジェラ」も動きを停めているが、先ほどまで繰り返し行われていた攻撃を観測しているうちに、アンは気付いたのだ。

「ディアボロ」と「アンジェラ」が同時に攻撃を繰り出した場合、お互いが闇雲にぶつかり合うから、「アンジェラ」の防御圏は常にカウンターを発動し続けていた。それが、いっとき「ディアボロ」の攻撃が止んだ事で、意外にも、その弱点は露呈するはめになった。

 防御圏に護られた「アンジェラ」は、自らの攻撃も直接外部へ到達出来ない。しかし、内部で放った打撃が「ディアボロ」に到達し、その反動が防御圏に戻って、カウンター式に衝撃が再度悪魔に向かって放たれるのだ。常に二度、防御圏の表面で衝撃波が生まれるのを目にして、少年は観測数値を必死に解析し、結果、打撃から打撃までのラグを割り出し、ラグ発生時は「アンジェラ」の防御出力が極めて下がると見切った。

 しかも。

「運動因子の集中による防御です。同時に数カ所で連続した攻撃をしかければ、防御圏の密度は分散します」

 呟くようにアリスに告げて、それが文字列に変換され、ハルヴァイトに伝達される。

「以上報告。サポートに回りますか?」

 索敵を終了したアンの問いにハルヴァイトから返ったのは、意外な言葉。

「いいえ。全ての陣を消し、そのまま待機。ドレイクの終了を待ちなさい」

 直後、デリラにも待機の命令が下り、アリスを含んだ三人は訝しげに顔を見合わせた。

          

          

「そう。判っている。「フィンチ」を操作する魔導師は「グロスタン・メドホラ」。そこまで判っているのに、だからこそ、「手の出せない人物」。そしてその人物を「手の出せる場所」まで引きずり出すために、これは、不可欠な「儀式」」

         

        

「赤い「フィンチ」のアカウントを逆行して魔導師の割り出しを開始。向こうも抵抗して来てる。そう簡単にはいかない」「「アンジェラ」はこちらの様子を窺っている。こちらも、しばらく様子を見ます」

        

      

「凍結した「フィンチ」のデータを辿ってわたしを割り出すつもりだ、向こうは」「まさか見付かったりしねぇよな、グロスほどの魔導師がさ」「…正直、今現在わたしに出来るのはハッキング防止のプログラムを稼働させる事くらいしかない」「なんで?」「「フィンチ」の操作に占有領域の八割を裂いている。そのうち半分が応答不能だ。ドレイク・ミラキが本当に恐ろしいのは、占有領域が広大な事でも、八機の「フィンチ」を自由に操る事でもなく、その器用さにある。少ない領域で的確に相手の嫌がるプログラムを組んで割り込ませてくるのはローエンス・エスト・ガンに通じるが、彼らの違いは、システムであるか否かという階級にある」「どういう事?」「……一方的に命令して来るシステムと同じ事を、臨界第八位のAIと組んで仕掛けて来る、という意味だ」「訳判んねぇって」「そうだな…、王と同じ命令を、一般人があらゆる手を使って出し従わせようとする。そしてそれを防ぐ方法は、ない」「だから、なんでだよ」「わたしとドレイク・ミラキが、同じ階層に位置しているからだ」

          

         

 優劣のない同じ土俵(フィールド)。

 同じ機能を持つ「フィンチ」を味方に付けたグロスタンとドレイク。

 全くとは言えないまでも、ほぼ互角の二人を分かつのは。

      

      

「わたしの「フィンチ」は、臨界内でわたしを…………護ろうとはしない」

        

        

 文字列のたゆたう草原で、ドレイクはあの日真白い小鳥に出会った。

 まだ少年臭さの残る腕を上げ、ふわと舞い降りた小鳥たちに彼は、今にも溶け崩れそうな弱々しい笑顔で言ったのだ。

「僕は、君たちが、すごく、スキ。だよ」

 例え何があっても、ドレイクと伴にある「事しか」出来ない小鳥を、少年は、本当に。

「好きだよ」

        

       

 瞼の奥でハレーションが弾けるのと同時に、またも無数に立ち上がった臨界式モニターが猛烈な勢いで稼働し始める。その、目にも停まらぬ勢いで流れる文字列を曇天の瞳に映して、ドレイクはにやりと笑った。

「相手ファイアウォルは「フィンチ」が抑えた。あと少しで魔導師が特定出来る階層まで辿り着く」「特定を終了したら即刻臨界との接続を切り、後退して待機」「「アンジェラ」はどうする?」「抜かりない」「……………そうか」

 高速でやり取りされる文字列からハルヴァイトの横顔に視線を映し、ドレイクは微かに唇を震わせた。何かが口を衝いて出そうになる。しかし、それがなんなのか、自分にも判らない。

 ただ、にやにやと笑うハルヴァイトの横顔に、ドレイクもその時、何か言い知れない恐怖を感じた。

 何か。何か。

 スーシェの感じた不安。

 ヒューの感じた焦燥。

 アンの感じた不吉。

 ドレイクの感じた恐怖。

 それが姿形を持った時、彼らは、自らを責めるだろう。

         

          

 全て、判っていた。

  

   
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